看板(ロボット)
「ごめんください」
「はいはいって、マクラギ? どうしたの? 後ろの娘は?」
「親父さんいるか? ちょっと、話がしたいんだけど」
無何有の廃墟から首都に戻ってきた俺。
背中に背負っているのはロボット。外れた手足は四次元ポーチに突っ込み、ここまでやって来た。
途中、衛兵に何度か話しかけられたが、矢を射られた膝を狙うことにより事なきを得た。衛兵は膝が弱点、テストに出るよ。
もう夜分遅いというのに怪訝な顔色を見せずに出迎えてくれた玄翁さんの懐の広いこと。
そして自然に目が行くのは背負っているロボット。人を背負っていると思っていたのか、玄翁さんはロボットの下半身を見てギョッとしていた。
とりあえず上がらせてもらい、糞ジジイの元へと行く。
糞ジジイは例の和室で詰将棋をしていた。俺の姿を見ると、なにやら訝しげな表情をした。
「なんじゃ、騒々しい。それに、女連れで来るとは感心せんな」
「女じゃねぇ。よく見てくれ」
「お初にお目に掛かります」
俺はロボットを無造作に畳の上に置くと、四次元ポーチの中からロボットの四肢を取り出す。
糞ジジイはそれを見た瞬間、目を皿のようにひん剥き、その目の前のテクノロジーを凝視した。当のロボットはどこか恥ずかしげだった。
「こ、これは……」
「詳しいことは聞かないでくれ。拾ったんだ」
「むぅ……」
外れた四肢を光に掲げ、接続部や構造を見る糞ジジイ。
続いてロボットの眼を覗き込んだり、千切れたコードの断面部をよく観察する。
この糞ジジイにしてみれば、目の前にとびっきりの道具を出されたも当然。
興味津々なのも頷ける。
しばらく観察した後、大きく息を吐きだす糞ジジイ。
しかし、その行動とは裏腹に目はまるで若者のように輝いていた。そこから察するに先ほどの溜息は感嘆の息だということが窺える。
早く手を付けたくて仕方がないのだろう。
「うむ……ワシのところに持ってきたということは、そう言うことなのじゃな?」
「あぁ、バラしてくれ」
「直……なんじゃと?」
さすが名工玄翁心昭だ。
このロボットの価値が分かるのだろう。
俺がこの糞ジジイのところにロボットを持ってきたのは、バラしてもらって実用性のある製品にしてもらうため。
さすがに、このロボットが如何に凄まじい動力を持っていようと俺には扱えない。それならば腕に覚えがある人に頼むのが一番だ。
残った残骸は然る機関に売っ払うとして、使える動力は鍛冶屋として役立ってもらおう。
やっぱり、遊んで暮らすのは止めだ。ある程度仕事して、残りを有意義に遊ぶのが一番だ。
「……」
「頼むよ。金なら払うから」
「ならん」
「え?」
「解体するなぞせん! ワシの手で修復してみせる」
「はぁ!?」
なんと俺の頼みを断った糞ジジイ。
その理由は分からないが、頑なに首を縦に振ろうとしない。
頑固ジジイだとは思っていたが、何が気に食わないのだろうか。
「なんだ? 金か? 金は確かにそこまで払えんが、バラして売ったらちゃんと支払うから。念書に一筆も書く」
「バラすじゃと! 小僧、本気でそれを言っておるのか?」
「当たり前だ」
金持ちのジジイのことだ。俺が大した金も払えないと足元を見て言ったのだろうと思い、金が入り次第払うことを約束する。
念を押しての一筆書くこともいったが、糞ジジイの表情が憤怒の色に染まっていく。
明確な殺意。そんな俺は反応できないでいた。
「ふざけるのも大概にしろ小僧! 見たところこの娘っ子は心を持っておる。この娘っ子の意見も聞かずにいけしゃあしゃあと……!」
「心? 持ってたとしても関係ないだろう? 人間じゃあるまいし」
「なんじゃとぉ……!?」
いったい何を怒っているのだろうか。
金じゃないとしたらなんだ。しかもバラすこと自体に反対している様子。
このロボットをばらさずに修復することのメリットか?
考えてみても、どうしてもバラした方がメリットが高いような気がする。
よく分からない。
「小さなことで喜び、些細なことで怒り、何でもないことで哀しみ、何気ないことで楽しむ。そこまで出来るものを、簡単に解体するとは何事か!」
「なんだよ、なんで怒ってるんだよ?」
「そんなものも分からんのか! そこまで出来る者を、なぜ一人の人間として見てやらない! 扱ってやらんのじゃ!」
「いや、人間じゃなくてロボットだろうが。見て分からないのか?」
言っている意味が分からない。
なんでロボットを人間扱いしなくてはならないんだ?
なんでそこまでしてこのロボットを助けようとするんだ?
……この糞ジジイは玄翁さんのことを自分で造ったロボットだと思い込んでいるんだよな確か。まさか、情が湧いたのか?
自分の娘と重ねて見てしまったのか?
そんな一時の気の迷いでこんなお宝を腐らせるわけにいくものか。
「アンタの理論だと、機械型の魔物だって人間になるんだぞ? 確かいたよな、人語を解する機械型の魔物が」
「ぐ……」
シフト・ワールドの魔物には機械型の魔物がいて、心と知能を持っている種族がいる。
説明では【魔王】に命を吹き込まれた機械が恩に報いるために仕えているという設定だ。糞ジジイ曰く、心があるロボットは人間だというなら、この魔物も人間だということになる。
対する糞ジジイは歯を食い縛って恨む様な目で俺を睨む。
何も言い返せないようだ。
「能書きをベラベラとぉ……! ともかくダメじゃ!」
「なら、他に持ち込むまでだ」
「なにおう!」
話にならないので、ロボットを再び背負おうとした時だ。
糞ジジイはいきなり長刀を装備し、こちらに振りかぶっている。
間一髪、大盾を装備して防ぐことが出来たが、明らかに不意打ちだった。更に、幾ら防ぐことが出来たとはいえかなりダメージを受けてしまった。
それほどまでに俺と糞ジジイのレベル差が大きいのだろう。真っ向から向かって戦えば勝てない。
「な、なにするんだよ!」
「お主には心というものがないのか! この娘っ子のことも考えろというておるのじゃ!」
「そのロボットに心があるとして、どうしてそういう考えになるんだよこの糞ジジイ!」
「その娘っ子の眼を見たのか小僧! とても深い悲壮に満ちておる! 辛い過去があったのじゃとなぜ分からない!」
「事情は一通り知っている!」
「ならばなおさらじゃ!」
拮抗していたのも一瞬。
とんでもない力に俺は押し負けそうになる。
よぼよぼの年寄りに見えるその体のどこにこんな力があるというのか。しかも、守備力の高い大楯を装備していてこれだ。
なんという化物。
「ちょっと、何しているの!?」
と、そこへ勢いよく開かれた襖の先には驚愕の表情をしている玄翁さん。
神の助けか。このままでは目の前が真っ暗になって近くのセンターに送られてしまう。
俺から無理やり糞ジジイを引きはがす玄翁さん。
しかし、糞ジジイの怒りは収まらない。それどころかヒートアップしているのが分かる。
「小僧! 今ここで貴様の根性を叩き直してくれようっ!」
「三十六計逃げるに如かず!」
「こら、待たんか!」
このままここにいては殺されてしまう。
命の危険を感じてロボットを置いたままその場を逃げ出す俺。
背後からは糞ジジイの怒鳴り声と玄翁さんの金切り声が聞こえてくるが、振り返らず真っ直ぐ逃げる。
途中、膝を攻撃した衛兵がいたので事情を説明しようとしたが、何故か追いかけられる羽目に。
もうこの街に俺の味方はいないんじゃないかと思えてくる始末。
あの糞ジジイ、早く施設に入れるなりにしろよ。人の話を聞きやしないくせに、人の所有物に対してあれこれ口出しするとか堪ったものじゃない。
玄翁さんがなんだかかわいそうな気になってきた。
心中お察しします。
もうダメだ。
何もやる気が起きない。さっさと寝てしまおう。
そして、明日玄翁さんに掛け合ってロボットを返してもらおう。今度は中級区にあるギルドにでも掛け合ってみるか。
全力疾走して辿り着いた我が家。
気が付けば数日店を開けていない。明日はやることがいっぱいある。
そんなことを考えながら、俺の意識は微睡の中に消えていった。