収穫
「んだよ……紙切れ一つ落ちてやしねぇ」
胸に希望と童心を秘めて進んだ結果、特に収穫は無かったという落ち。
研究所らしく近代的な機械やら実験道具はあったのだが、素人目には何なのか分からない。
きっと、見る人によっては凄まじいテクノロジーの塊なのだろうが、俺からしたらガラクタも良いところだ。
というか、俺が求めているお宝ってのは黄金の塊だとか、クラウンズ・ジュエルなんだよ。
ん、待てよ。
よくよく考えてみれば、ここって研究所なんだからそんなものあるわけないじゃないか。
よくて古代の兵器がこんにちはしてくれればよかったのだが、施設が生きている割には何もない。
書類すら見当たらない。端末を操作しようとしてもパスワードが分からない。
マスターキー(斜め四十五度チョップ)しても開かないとなれば、お手上げだ。
なんかそれらしき巨大なビーカーみたいのがあったが、遠い昔に割れてしまったのか中には誰もいませんよ。
けれども、あのビーカーの中にはキマイラが入っていて、そのキマイラが脱走して無何有の廃墟を闊歩しているのではないかという妄想が出来たので良しとする。
「ん? 機関長室?」
仕方ないので最初のロビーに戻ろうと歩を進めていた時だ。
来るときには気付かなかったのか、途中に機関長室と書かれたプレートの部屋があった。その部屋は他の部屋と違って頑丈な造りをしている。
これまでの部屋はマスターキー(物理)で開けていたのだが、この部屋は一筋縄ではいかなさそうだ。
俺はスレッジハンマーを装備して振りかぶる。
槌が一番物理で攻撃力が高い武器だ。コイツで開かなきゃ後は知らねぇ、諦める他ない。
とは言っても、ここからは何だがかぐわしいスメルがする。この中に何かあるに違いない。
「ふんぬっ!!!!」
喧しい音が辺りに響き渡る。
それと同時に警報が鳴り響くが気にしない。ここには警備員はいないのだから。
というか、それこそ警備をロボットにすればよかったのにな。文句も言わないし、良い駒だろうに。
勢いよく叩き付けたスレッジハンマー弾かれ、扉には傷一つ付いてはいない。
再度チャレンジしてみるも結果は同じ。両腕がビリビリと痺れてしまう。
よく、百回叩いて壊れる壁を九十九回叩いて諦める人が云々って話を聞くけどよ。
それを言ったやつは絶対壁を叩こうともしていない奴だと思うんだよ。叩いた側だったらそんなこと言うはずがない。
現場をよく分かっていない人の発言だよなぁ。
叩いたことがあったとしても、それはその人の経験なんだから全員に当てはまると思うなよ。自己啓発本然り、上司の小言然り。
「よし、諦めよう」
諦めるのが得意になった俺には死角は無かった。
何の後腐れも無く諦められるって幸せだと思うわ、ホント。
踵を返し、ロビーへと戻ろうとする俺。
しかし、何気なく突っ込んだポケットに何かは言っていることに気付く。
出してみると、それは先ほど仏さんから勝手に拝借したネームプレートだった。そこには機関長という文字が。
……もしかすると、これで開くんじゃね?
そうと分れば再び踵を返して機関長室に行く。
手の平返しが得意になった俺には死角は無かった。
何の後腐れなく手の平返しが出来るって幸せだと思うわ、ホント。
機関長室のカードリーダーっぽいところにネームプレートをスライドしてみる。
すると、先ほどの苦労が笑えてくるほどの簡単に扉が開いた。
とりあえずコレはもう必要ないのでそこらへんに投げる。ゴミはゴミ箱へ。糞喰らえ。
意気揚々と機関長室に足を踏み入れる俺。
中は意外にも片付いており、無縁仏と成り果てた人の部屋とは思えなかった。誰かが意図的に片付けた……そんな気がする。
その証拠に、机の上には何も無かった。研究所の機関長ともなれば多忙なのだろうが、気持ちの悪いほどに片付いている。
スタッフがそこまで作っていないといえばそれまでなんだけどさ。
「お?」
机にばかり目が行ってしまって足元を見ていなかった。
そのせいか、俺の爪先に何かが当たる。視線を落としてみればそこには見知った物が落ちていた。
長方形型の二枚貝型の機械。ノートパソコンだ。
拾い上げて机の上に置き、開いてみる。
もう数百年放置されているというのに生きているようで、電源ボタンらしきものを押したら起動した。
科学の力ってすげー!
ログイン自体にはロックが掛かっていないらしく、デスクトップが映し出される。
随分とデータが無く、あったとしてもシステムやらファイアウォールの更新がうんたらかんたらばかり。このパソコン、ノー〇ン入れてるんだな。
少し漁ってみると、今日の献立というファイルを見つけた。
開いてみると、ホントに人がいなくなるまでの献立が書かれたテキストデータが入っている。
その有象無象のフォルダーの中に、気になるものを見付けた。
“魂と肉体の剥離・被験者「始まりの魔物」”というファイルを。
俺はその文字を見た瞬間にダブルクリックしていた。
その言葉に、心当たりがあったから。何故なら、この世界での敵に始まりの魔物の魂とされるユニークモンスターがいるからだ。
これにはさすがに反応せざるをえない。俺が知らない没設定がこの中に眠っているかも知れないのだ。
「ちっ」
しかし、そう簡単にいくはずも無く、そのファイルにはロックが掛かっていた。
半角文字で十二文字入るパスワード。これを開けるためにはいったい何通り試せばいいのだろうか。
かすかな希望を求めてネームプレートを見るが、それらしきパスワードは書かれていない。なんだよ、一生結婚しない同盟って、勝手に孤独死してろ……って、孤独死してたな機関長。
仕方ないのでノートパソコンを持って機関長室を後にする。
魂と肉体の剥離ってことは、始まりの魔物の魂と何か関係があるってことだよな。
それに、一応配信クエストに“始まりの魔物の抜け殻”っていう魔物の討伐があるのだが、アレは倒せるものじゃなかったな。正攻法がないことで有名だったし。
始まりの魔物とこの施設は何か関係があるのは間違いなさそうだ。
きっと、メインクエストに大きくかかわるエリアになるはずだったのだろう。
そんなことを考えているうちにロビーに戻ってきてしまった。
これ以上ここで収穫はなさそうだし、帰るとするか。何か思い立ったら今度はちゃんと準備してから来よう。
例えば、古代の分明に詳しい人を連れてくるとか。
受付のカウンターには、生気が抜けたように座っているロボットが一機。
その視線の先には操作していただろう端末。その端末からは黒い煙が昇っており、素人目で見ても壊れているのが分かる。
きっと、どこも返信が来なかったのだろう。受け入れられない現実を見て傍観しているのか。
俺には関係ない。
「あ」
その脇からこっそり帰ろうと忍び歩きで歩いていたのだが、ロボット故の高性能な感覚で見つかってしまった。
こっちを見ている。思いっきり見ている。穴が空くほど見ている。いや、穴を開けるビームが飛んで来るかも知れないけど。
しかし、俺には関係なし!
そんな悲しそうな眼で見られても俺は動じない。今は帰るのみ。
「ちょ、ちょっと待ってください」
無視。
「聞こえているのでしょう、こっちを向いてください」
あーあー、聞こえないー。
「このやろう」
「おうっ!?」
背後から感じる確かな熱量。
次の瞬間には俺の直ぐ右隣を光線が突き抜けて行く。
右側を見てみると、何かが抉ったかのようなミミズ跡が付いていた。ついでに右腋に抱えていたノートパソコンも何故か一緒に消えていた。
再び来る赤の世界。
死の恐怖。迫り来る絶望の足音。
ゆっくりと振り返った先には、なぜか涙目になりながら睨んでくるロボットの姿が。
「お、おま、貴重なデータの詰まったノートパソコンが……」
「無視するとは酷いではないですか」
この際、光線が飛んできたことはどうでも良い。
一番の気がかりだった始まりの魔物のデータはノートパソコンと共に消え去り、その秘密を知るのは口無し死人のみ。
このエリアでの初めてお宝とも言えるものが。この糞ロボットのせいで消え失せたのだ。
この喪失感は大きい。
「おまっ……もういいわ。知らねぇ」
途端に興味が失せていく。
胸の内にあったワクワク感はどこへやら。代わりに投げやりが満ちて行く。
光線を放つような狂ったロボットなんか知らない。もうどうでも良い。
「ちょ、どこへ行くんですか」
「あぁもう、うっせぇな。止めさすぞ」
「ホントに、もう誰もいないのですか?」
「いねぇっつってんだろうが! 死ね! 化物が!」
早く帰ろう。
もう嫌だ。もうやる気が起きない。寝たい。
何も考えたくない。くそったれが。何でこんな目にあわなくちゃならねぇんだよ。
「……なら、私はもう自由なのですね」
「……」
「待ってください。私も連れて行ってください」
「……」
「役に立ちます。何でもしますから」
「ん?」
お約束的な言葉に思わず反応してしまう俺。今、何でもするって言ったよね?
そんな軽い言葉に反応してしまうあたり、俺もいい加減なものだ。
「お願いします。外を、見てみたいのです」
ちょっと待てよ。
よくよく考えてみれば、コイツってロボットだったよな。
この世界ではオーバーテクノロジーの。それなら、何かしら利用価値があるのでは?
例えば、コイツの原動力を取り出して、鍛冶屋の炉に使うことは出来ないだろうか。
いや、その前に然る機関に売り飛ばせば、一生遊んで暮らせるかもしれない。
見世物小屋に喋る達磨として売っても良いかも知れない。というか、店先に置いておけばそれだけで金が取れる。
コイツに散々な目に合わされたんだ。それなりに苦しい思いをさせたくなってきた。
所詮こいつはロボット。人間じゃないんだから殴ったって捨てたって罪にはならない。
気が変わった。
「良いだろう。お前を連れて行く」
「本当ですか?」
「おう。その代わり、俺の言うことには絶対服従だ。それが大前提だ」
「はい。お約束します」
連れて行くと言った瞬間に嬉しそうな顔をするロボット。
そんな表情に少し怒りを覚える。ロボットが喜ぶんじゃねぇよ。
とりあえず、玄翁心昭のジジイのところに持っていくか。
自分の娘を造っただなんてトチ狂ってはいるが、腕は確かだし。
思いもよらない収穫だったが……くそ、データが惜しいな。
まぁ、こうして鬱憤を晴らすサンドバッグも手に入ったことだし、過ぎたことだと思っておこう。