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特異点



「どこだよ……。建物なんて見当たらねぇぞ」


 明くる日。

 頭上にぽっかりと浮かぶ満月だけが足元を照らし、照らし出されるのは廃れた栄華。

 ポーション片手に瓦礫の中を彷徨っているのは俺。月光のおかげか散策するのには困らない。

 目的は、未実装エリア。獲物は置き去りにされた素材。


 昨日、ギルドへと無事帰ることが出来た俺たちは報酬を山分けにして解散した。

 どことなくヨフィさんがあまり俺には好意的な感情を抱いていないような気がしたが、まだ知り合ったばかりだ、これからこれから。

 それから、店に帰って武器を造るでもなく就寝し、朝一で馬車で無何有の廃墟に出発したのだ。

 もちろん、自分で運転しちゃいない。ちゃんと日雇いのおっさんを使ってのことだ。


 来た理由はヨフィさんの言っていた未実装エリアのこと。

 ゲームであるからして、未実装の設定というものがある。かの有名な何作もナンバリングされている最後の幻想だって沢山の未実装の設定があるのだそうだ。

 このゲームだって例外ではない。実際、掲示板や攻略本のコラムなどでも度々見かける。しかも、無何有の廃墟には黒の国のシナリオに関わる設定があったそうだ。


 だとしたら、その設定がこの世界で転がっていてもおかしくない。

 未実装エリアは、データの中に存在しているのだから。行けない場所なんて無いこの世界で、無いはずがない。


 だがしかし、


「辺り一面瓦礫だらけじゃないか」


 見渡す限りの瓦礫。

 まだ形が残っているエリアなら廃墟と言えるのだが、今いる俺の場所は完全に崩れてしまっていて家屋の形すらない。

 こんな場所で、いったいどうやってヨフィさんは屋内に入って行ったんだ?

 しかも、口ぶりからしてまだ崩れていないで建物という機能を維持したままの場所だ。

 そんな場所が本当にあるのだろうか。


 ここに来て疑わしくなってきたぞ。

 こんなことなら詳しく話を聞いてみるべきだった。もしくは連れてくればよかった。


「お?」


 昨日、キマイラと戦った場所周辺から少し離れたところでのことだ。

 瓦礫と瓦礫が重なり合って出来た少しの隙間を見つけた。なんてことはない、人一人通れるくらいのどこにでもある隙間だ。

 そこに視線が行ったのは、その隙間のところで何かが動いたような気がしたからだ。

 魔物だったら不意を突かれかねない。今のうちに用心して先手を打つのが良いだろう。


 俺は狭いところでも振り回しやすい鉄の短剣を装備して隙間に近づく。

 幅は申し分ないが、高さが若干低くてしゃがまないと入れない隙間。こういうところなら燻り出すのが一番良いのだろうが、生憎そんなもの準備はしていない。

 燻りだすといえばなんか金長だとかいうの狸を……なんだったっけか。


 念のために短剣スキル《隠密の影》を使って進む。

 更に、短剣を装備している間は足音が消えるらしいので、この散乱している瓦礫を踏み抜かない限り見つかることは無いだろう。


 慎重に近づく。

 中は光が届かず真っ暗ではあるが、何者かの息遣いは感じる。

 中に何かがいるのは間違いなさそうだ。


「ハウンドドックの……子ども?」


 夜に慣れた眼は、薄らだがその生物を捉える。

 それは魔獣に分類されるハウンドドックの幼体だった。毛並みがふっくらとしていて、生体よりも幾分も小さな体。

 けれども本能が告げているのか、俺に対して威嚇をするような体勢になっている。歯は既に剥き出しだ。


 どうやらこの隙間を住処にしているようだ。

 俺が見た何かもこの魔獣なのだろう。俺の脅威ではない。


「んじゃ、恨むんなら俺を恨みな。オメェをこんなところに産んだ親を恨むんじゃねぇぞ」


 未だに威嚇をしているハウンドドックの幼体に近づき、鉄の短剣を一振り。

 レベル差が十以上も違う一撃は、容易くハウンドドックの幼体の首を刎ねた。苦しんで死ぬとか安らかに逝ける殺し方を知らないから、痛かったら堪忍な。


 今は驚異じゃないかも知れないが、コイツが成体になって人間を襲うのは目に見えている話。

 放っておくわけにもいかない。今のうちに不安の種は取り除くに限る。


 そう思って踵を返して出て行こうとした時だ。

 振り向けば、生体のハウンドドック。おそらく、先ほど首を刎ねたハウンドドックの親だろう。

 嫌なところを見られてしまった。できれば何事も無く去りたかったな。


「じゃあな」


 先ほど同じく鉄の短剣で首を刎ねる。

 子供が一匹であの世に逝くのは心許ないはず。あの世で二匹仲良く暮らせや。

 親より先に逝っちまった魂は賽の河原に行くんだったっけか。あれ、そもそもこの世界に地獄とか天国とかの概念はあるのか?

 それ以前に畜生って地獄に逝くのか?

 よく分からねぇ。


 まぁ、せめて添い遂げるようにおいてやるか。俺って優しい。


 そう思って刎ねた親の首を探して子供の傍に置こうとしたところ、その親の首が転がっている先に更に空間があることに気付く。

 なにやら人の手で造られた様な道が続いている。心なしか保存状態が良いような気もする。


「…………」


 行ってみることにする。

 どうせ手がかりが無くなって行き場も無くなっちまったんだ。

 好奇心が猫を殺しやがれってんだ。もしかしたら、ここがヨフィさんが言っていた場所かも知れないし。


 なんだか、最近俺って情緒不安定なような気もする。


 俺は転がっている魔獣の首を蹴り飛ばして奥に進む。

 どうやら光源があるらしく、先ほどのハウンドドックがいたところよりも明るい。

 それでも暗いことには暗いのだが。


 歩くこと数十秒。

 近未来的な真っ白な通路を歩いていることに気が付く。

 なんだかどこぞの防衛軍の基地の中を歩いているような感じがするぞ。どことなく青い光源で照らされているような気もするし。


 そして突き当り。

 そこはもう既に薄暗くなく、歩いたり見渡したりするのには充分なくらいに明るくなっていた。

 廊下の行き止まりは扉が一つあり、その横にはネームプレートの様な銀色の板が貼られている。何か文字は書いてあるが、読めない。見たことも無い字だ。


「……そういえば」


 俺は四次元ポーチの中をまさぐる。

 確か、ヨグさんからもらった物の中に“言語の境が無くなる指輪”があったはず。

 最初のうちは填めていたけど、昨日のドラゴンとの戦いで緋色の指輪を填める際に外したままだった。

 だって、この世界の標準語が日本語なんだもの。指輪が無くても言葉分かるし。


 とりあえず填めてみる。


「中央化学研究所?」


 なんと、読み取ることが出来た。

 今見ている文字が何の文字かは分からないのに、頭の中で勝手に日本語に変換されて読めるぞ。

 なるほど、こういう使い方なんだな、この指輪は。


 もしかすると、大図書館に置いてある古代文字なんかも読めてしまうのではなかろうか。

 ゲームでは古代文字なんて読めないっていうテキストが出てきて終わりだったが、この指輪があれば読めるに違いない。

 なんだか楽しくなってきたぞ。


 ともかく、この施設が古代の研究所だということが分かった。

 どうやらこの施設はまだ生きているらしい。こんなところ、ゲームには無かった。

 今、俺はかなりワクワクしている。こんなワクワク久しぶりだ。


 胸に好奇心を秘めて、扉を開ける。

 中は通路と同じような真っ白な造りで、ロビーのような印象を感じた。

 受付のようなカウンターもある。


 そして、そのカウンターのところに、一人の女の子が座っていた。

 コードやら基盤を剥き出しにしながら。

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