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安堵



 走りに走って無何有の廃墟の出口付近までやって来た俺たち。

 近くにあった瓦礫に腰掛け、安堵の息を漏らす。スタミナが付いたとは言っても闇雲に走れば疲れるもの。


 息を切らしながらもアゾットさんはヨフィさんの容体を確認する。

 服は燃え尽きており、丸裸だがアゾットさんはそんな下心がないのか真剣に怪我がないか確認している。対する俺はその裸体を網膜に焼き付けるのに精一杯だった。

 しかしながらヨフィさんの再生能力は凄い。焼かれて皮膚が融けて肉も焼かれ、内臓を破壊されようとも再生して元通りになる。

 これほど頼りになる盾は早々無い。


「アゾット、私は大丈夫だから……着るものを貸してくれない?」


「ヨフィ! 気が付いたのか! 痛いところは無いかい?」


「私はそう簡単に死なないよ。だから、着るもの貸して」


「俺が付いていながら……やっぱりトイレまで着いて行った方が良いんじゃないかい?」


「だから着るもの貸してってば!」


 それにしてもアゾットさんは心配性だ。

 ヨフィさんが死ぬことなんてそれこそ即死級のトラップに引っかかるか、オーバーキルされない限り無い。生半可な傷くらいなら直ぐに再生するから、心配するのがおかしいものだろう。


 だけど、ヨフィさんってそこまで弱くないはず。

 キマイラに勝てはしないけれど、逃げるくらいのことなら出来そうだけど。

 そこは現実寄りで上手くいかないものなのだろうか。


「あ、後さ、気になるところ見つけたんだ」


「気になるところ?」


 アゾットさんが全身鎧の中からなぜか女性物の服を取り出してヨフィさんに渡し、着替え終わった頃にヨフィさんが口を開いた。

 そのことに何も言わないところを見ると、アゾットさんがヨフィさんに服を貸してあげることが日常だってことなのか。


 ところで、ヨフィさんが気になるところを発見したらしい。

 いったい、それを見つける時間はどこから来たのだろうか。


「トイレして、二人のところに帰る途中で変なところを見付けたんだ。なんか、建物の中だったんだけど、床も壁も天井も一面真っ白で、縄みたいのがいっぱい転がってた」


「中へ入ったのか?」


「うん、危ないってわかってたけど、私なら大丈夫かと思って。それで、白い箱みたいのがあって、その箱に縄みたいのがいっぱいくっついていて……何だったんだろうなぁ、あれ。そこでいきなりキマイラが現れて、逃げたんだけど……」


「捕まったのか……」


「うん……」


 なるほど、好奇心は猫を殺すって言葉の再現だな。

 興味本位で行ってみて、仕事を増やすのならば迷惑も良いところ。しかも、一番戦いたくない奴を連れてきやがって……。

 まぁ、フラグっぽいの建ってたからそこまで強くは言えないけれども。


 だけど……そんなフロア、ここにあったっけか?

 ここはこの廃墟だけのマップだけだったはずだ。一応、一番最奥には栄えていた頃の主要な役割だったであろう王宮をオマージュした建物はあるが、その建物はあそこからかなり遠い場所にあった。

 あの短時間で覗ける場所ではない。更に、あの中は廃墟という言葉が似合う惨状だ。ヨフィさんの言うほど綺麗な場所ではない。


 だったらなんだ?

 ヨフィさんは何を見たんだ?

 それを見たからこそキマイラが現れたのか?


「あのさ、その場所って誰かが入った形跡はあったのか?」


「ううん、埃と砂利が凄かったから、魔物すらも入っていないんじゃないかな」


 誰も入った形跡がない?

 ここは一応、冒険者には踏破されていて地図まで書かれているくらいだ。

 考古学者だって調べに来るほどの場所だって設定だったはず。それなのに、そんな重要そうな場所だってのに誰も入っていないのか?


 いや、待てよ?

 確かここには没設定があった聞く。しかも、ゲームでは行けなかった場所も、この世界では行ける。

 それこそ魔女の森での出来事だ。ネヒトさんと魔女の森を歩いていた時、休憩場所として池の畔をキャンプ地としたんだが、本来ゲームでの魔女の森ではあんなフロアは無かった。


 とするなら、ここも例外ではないのでは?

 いや、全てのマップで言えることだこれは。もしかして、これまで鍛冶屋を構えるためにわたって来たマップでもあったのか?

 うわ、これは冒険者魂が騒ぎ出すってもんだ。特にお気に入りのマップは隅々まで見たい。


 そんな時だ。

 もう出口間際で、息も吐いていて安心しきっていた俺たち。

 魔物もマップ端ではそこまで強いものは出ない。逆に奥に行けば行くほど強い魔物が出る。

 つまり、ここでは強い魔物は出ない。


 だからこそだ。

 だからこそ、


「危ない!」


「のわっ!?」


 目の前に迫り来る火球。

 それと同時に俺に覆いかぶさるように躍り出たヨフィさん。

 アゾット剣を取り立ち上がるアゾットさん。


 その出来事が全て、一瞬だった。


「うぐぅ……!」


「あっつ!」


 肉の焼ける臭い。耳障りな焦げる音。

 俺の体に感じる熱。燃えるような痛み。


 目を開けてみれば、炎にその身を焼かれるヨフィさん。

 余波が俺に届いてダメージを受けたのか、俺のHP(ヒットポイント)が減っているのが分かる。

 どうせ、盾になるのならダメージを全部受けきれよ。何のための盾だ。


「だ、大丈夫?」


「ダメージ受けたわ! まったく!」


 俺はヨフィさんの脇から進み出て敵を確認する。

 それは、先ほどアゾットさんが重傷を負わせたキマイラがいきり立った様子でこちらを睨んでいた。

 まさかあそこから追ってくるとは思わなんだ。


 アゾットさんは今度は止めを刺すつもりなのか、キマイラに向かって駆け出している。

 というかヨフィさんがダメージを負っていても回復しないんだな。あれだけヨフィさんの傷を確認していたのに。

 どうやら完全に頭に血が上っているようだ。


 あの状態で近づいても返り討ちに合うのが落ちだ。

 本当は、アゾットさんの代わりに緋色の指輪十個装備した俺が行くのが良いのだろうが、この距離では間に合わない。

 というか、今更俺が緋色の指輪を装備したところでどうするのだ。


 だから、出来ることをしよう。


「《アクアエッジ》!」


 キマイラがアゾットさんに傾注している今がチャンス。

 その隙だらけのポンポンにどぎついもんぶち込んでやろうじゃないか。

 というわけで、先ほどのようにキマイラの真下から貫くように杖スキルの《アクアエッジ》を唱える。


 やはり、強いとは言っても所詮獣型の魔物。

 知能は限られている。俺が唱えた《アクアエッジ》は面白いほど呆気なくキマイラの腹を貫いた。

 止めにはならなかったが、それでも怯ませることは出来た。後は、主役の番だ。


「うぉおおおお!!!!」


「ぬぎゃ……!」


 大口を開けて痛みに悶えているところに、アゾットさんの一撃がキマイラを貫く。

 まるで、その吐く炎に恨みがあるのかのように口内目掛けアゾット剣を突き出し、その体を貫いた。

 キマイラは悲鳴のようなものを一瞬上げて、糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちた。

 それと同時にアゾットさんのレベルが上がる。能力値アップだ。


「……そうだ、ヨフィ!」


 キマイラを倒して、余韻に浸る間もなくヨフィさんの元に駆け寄るアゾットさん。

 しかし、ヨフィさんは既に再生済みだ。火球が当たった背中は服が焼け爛れていたが、肌は綺麗な物だった。

 若干エロスを感じる。


「大丈夫か!」


「うん、私は大丈夫。ごめんね、迷惑を掛けて……。私に出来ることと言ったら盾になることしか……」


「何を馬鹿なことを言っているんだ! ヨフィがいなければ俺は満足に戦えない! だからそんなことは言うな!」


「……ごめんね」


 おうおう、お熱いことで。

 確かに、アゾットさんはヨフィさんがいない時はてんで役に立たないからな。ある意味的を射ている。

 それにしても、ゲームではヨフィさんは盾として役に立っていたが、この現実寄りの世界ではあまり意味はないみたいだ。

 あたり判定が現実寄りじゃあな、仕方ないと言えば仕方ない。


「なぁ、またキマイラが出ないとは限らないから、さっさと出ようぜ」


「……そうだな、そうしよう」


 こうしている合間にも魔物は現れるから、さっさとここを出ることに。

 おっと、キマイラの素材を持ちかえらなくちゃな。キマイラの皮は良い断熱材になるらしく、火耐性にボーナスが付与されるんだ。

 それと、ついでにそこらの瓦礫も拾っておこう。もしかしたら鍛冶に使えるかも知れんしな。


 こうして、怒涛の一日は終わった。

 もうしばらくクエストはやりたくない。

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