とある男の独白
しかし、こうしてただ待っている間は暇なもんだ。
ヨフィさんが用を足しに行ってから既に五分は経とうかというところである。
時間が経ちすぎているということで、本当ならばここで探しに行くのが賢明なのだろうが、いかんせんここらにはヨフィさんを倒せる魔物はキマイラくらいしかいない。
それでも、キマイラに襲われたと言っても持久戦になるだろうから容易に逃げだせるだろう。
だが、万が一ということもある。
「長いな。捜しに行くか」
「これで大の方でしたってなるとビンタの一発は覚悟した方が良いな」
そこらの瓦礫に腰掛けていた重い腰を上げて歩き出す俺たち。
物陰で用を足しているだろうから声を出しながら捜すとしよう。代わりに、俺たちが魔物に見つかりやすくなってしまうが。
「それにしても全くヨフィのやつは……こんな時に緊張感も無いんだから」
「旧文明の遺産を見付けてホッとしたのかも知れないぞ?」
「おいおい、それは戦地で一番やってはいけないことだろうが」
「それもそうか」
確かに、こんな戦地で余裕着々に用を足しに行くなんて狙ってくださいって言っているようなものだ。
自殺行為だと言われても仕方がない。せめて、皆で向かうのが賢明だったろう。
しかしなんだ、さっきから中身のない会話ばっかりをしているな。
俺としてはもうちょっと好感度を上げたいと思っているからして……別に中身のない会話が嫌いと言っているわけではない。むしろ、何気ない会話というのは大事にしたい。
けれど、どことなくパンチが足りないような気もする。
ここはヨフィさんのことを話題に振るか。
「そう言えば、アゾットさんはヨフィさんを集中的に回復するんだな。放っておいても回復するんじゃないのか?」
「それもそうなんだが……アイツがあんな体になったのも俺のせいなのもある。それに、幾ら自然に回復するとは言っても、何も回復しないのは人としてどうなのかって思うんだ」
オッケー、これ以上聞いちゃいけない話だったわ。
地雷踏むとこだったな、うん。俺は地雷原で踊る趣味は持ち得ていない。
それにしても……ヨフィさんが自然回復する体質になったのがアゾットさんのせいか。聞いたことのない裏設定だ。
公式サイトでも明言していなかったことだし、ここは聞いておきたいところだけども今後とも仲良くするにはここで止めておいた方が良いだろう。
それに、後でヨフィさんにも訊いてみて、もしそれで訊けるのならばそれでいい。
あくまでも、アゾットさんの口からは聞いちゃいけないってことだしな。
「キャアァアアアア!!!!」
「っ! おい!」
「あっちだ、行くぞ!」
空気が悪くなったところで、そんな空気を吹き飛ばす悲鳴が俺たちの耳に届いた。
女性の悲鳴だ。ここで女性と聞いて思い浮かぶのは一人しかいない、ヨフィさんだ。
お互い飛び上がるように悲鳴が聞こえた方へ駆け出す。
もちろん、全力疾走でだ。そしてアゾットさんの顔が鬼気迫るような表情だ。よっぽど彼女が大切なのだろう。
そんなに恋人が自分より大切なんだろうか。家族なら俺にも分かるが、恋人を命に代えても守りたいと思ったことは無い。
そして、拓けた場所にヨフィさんはいた。
まるで、大きな生物がむちゃくちゃ暴れたみたいに瓦礫が乱雑に散らばっている。
その中心には恐れていた魔物。獅子の頭に山羊の体、蛇の尻尾に火を吐く胃袋。合成獣キマイラだ。
そのキマイラがヨフィさんを強靭な前足で押さえつけており、口から吐く火でその体を焼いていた。
肉が焦げる臭いと衣類が融ける臭いで辺りは鼻が曲がるほどの悪臭が充満している。
そんな中でも、ヨフィさんの再生能力はすさまじいもので再生と破壊を繰り返していた。
それを見たアゾットさんは当然、ジッとしているはずがない。
「貴様ァアアアア!」
「ちょ、近接はダメだって!」
キマイラは見た目の通り近接攻撃に優れている。
アイツを良いだけ狩った俺は知っている。子のレベル差で近接戦闘をキマイラに挑むことが無謀であることを。
ここはヨフィさんを囮にして、後のメンバーは離れたところから魔法や遠距離攻撃をするのが得策だ。
けれども、それをアゾットさんが赦すはずもない。現に、アゾットさんは闇雲にキマイラに向かっている。
このクエストが難易度が高めだということを分かっていない。あのキマイラがいるからこそ難易度が高めなんだ。
それでも、戦闘から逃げることが出来るから脚の速いキャラクターがいれば脅威ではないのだけど。
「あぁ、もう」
俺は新調したばかりの鉄の杖を装備して構える。
キマイラが苦手とするのは水属性だ。それはレベル差があっても何とか通る程度であるが、やらないよりはマシ。
アゾットさんがヨフィさんを救出する時間を稼ぐ、欲を言えばキマイラを追い払うこと。
誰も勝とうなんざ思ってはいない。
「《アクアエッジ》!」
ヨフィさんを押さえつけている前足目掛けて《アクアエッジ》を唱える。
《アクアエッジ》とは杖スキルの初期スキルで、最初から覚えているスキルだ。一本の水で出来た槍を対象の下部から出現させて貫くスキルで、自動で対象を狙ってくれるために扱いやすい。
ヨフィさんごと貫いて現れた水の槍は見事にキマイラの前足を貫き、怯ませることに成功した。
それと同時に吐かれていた火も止まり、目標をヨフィさんから俺たちに向けたのが分かる。
その隙を狙ってアゾットさんがキマイラに襲い掛かる。
「よくも、よくもぉ!」
アゾットさんの得物であるアゾット剣を振りかぶり、怯んだキマイラの首に深々と突き刺さる。
普通の魔物であればそこで終わっていただろう。しかし、相手はキマイラだ。重症を負わせることが出来たが、まだ決定打にはならない。
「ちぃ!」
アゾットさんは仕留めきれなかったことに気付いたのか、早々にアゾット剣を引き抜いてグズグズになったヨフィさんを抱きかかえて離脱する。
アゾットさんに抱えられたヨフィさんの体は必死に体を再生しようと蠢いている。その光景に少し、吐き気を覚えた。
しかし、それをキマイラが良しとしない。
俺の隣までやって来たアゾットさんは傍らにヨフィさんを置いてアゾット剣を構える。
それと同時にキマイラも怯みから脱してこちらを見据える。
「どうするよ!」
「アゾットさんはキマイラに牽制を掛けてくれ! その間に俺がもう一度魔法をキマイラにぶつける! もう一回キマイラが怯んだら全力で逃げるぞ!」
「おう!」
作戦は至ってシンプル。
アゾットさんがキマイラの囮となり、俺が使える中で一番強力な水属性魔法をぶつけるというもの。
下手したらアゾットさんは死んでしまう可能性があるが、俺がやるよりはマシだと思う。
警戒しているキマイラの元へいきり立ちアゾット剣を振り回すアゾットさん。
先ほどの一撃が予想以上に効いたのか、キマイラはその振り回しているアゾット剣を睨み付けながら後退している。
狙うならばキマイラが後退している今。あのどてっぱらにぶち込んでやる。
「くらえ! 《ベアドロップ》!」
時期を見計らい、キマイラが少し地面が窪んだ場所まで後退したところで中級スキルである《ベアドロップ》を唱える。
すると、キマイラの足元一帯が水溜りとなり、その水溜りに落ちる。その水溜りは底なし。用意には逃げ出せない。
このスキルは相手を身動きできなくするスキル。ダメージは与えられないが、この時はそれでいい。
「逃げるぞ!」
その言葉を聞いたアゾットさんはヨフィさんを再び担ぎなおし、急いでその場から逃げ去る。
その頃にはもうヨフィさんの体は完全に再生しているので、命の問題はない様だ。
その様子に、思わずため息が出る。