皮肉
「ち、遅くなっちまった」
糞ジジイから解放され、ようやくギルドへと辿り着く俺。
時刻は既に九時を回っている。しかし、年中無休二十四時間営業のギルドには明かりが灯っている。
さっき、糞ジジイに言われたことは信じる気にはなれない。
そんな設定があったなんて聞かないし、そんなのがあったらデバックルームを覗いた奴らが騒ぎ出すに決まっているだろう。
だが、なんでだろうか。最後、見送ってくれた玄翁さんの顔をまともに見ることが出来なかった。
仕方ないが、少し玄翁さんとは距離を置こう。またあの糞ジジイが何か言いださないとは限らないし。
「お、来たか」
そして、俺の想像通りこんな時間だというのに夕方に会った時と変わらない場所で二人が俺を待っていた。既に二人は準備万端だ。
しかし、ホントにこれから向かうのだろうか。さすがにぶっ通しで歩き続けるのは若さがあっても無理がある。
「で、手伝ってほしいってのはどんなクエストだ?」
「おぉ、そういえば言ってなかったな。これから向かうところは“無何有の廃墟”って場所だ。目的は、そこにあるという旧文明の遺産を発掘することだ」
「私たちだけじゃ発掘スキルがないからね。その点、マクラギは鍛冶屋だから発掘スキルは約束されている物だから」
やっぱり、向かう場所は無何有の廃墟か。
適正レベルは四十五。俺のレベルでは物足りないが三人がうまく立ち回れば問題ないし、一人は錬金術師でもう一人はほぼ無限の肉壁だ。
なんとかなるだろう。
別に必須クエストって訳ではないけど、この世界に来てから俺はまだそこに行ったことは無かったはず。
その場所は確か景色が綺麗なことでも有名だ。時代の荒波に飲み込まれてしまった廃墟は、満月だけが見守っているらしい。
そういえばそのあたりはいつも夜で満月だったな。その辺はどうなっているのだろうか。
「移動はどうするんだ? さすがに徒歩となれば骨が折れるぞ」
「あぁ、下級区の正門にあるところに馬車を用意してある。それで行こうや」
「馬車……あそこの街道って凸凹してるから酔うんだよねぇ」
馬車か。
ゲームではなかったシステムだが、現実寄りのこの世界ならあってもおかしくないか。
それもそうだ。物の物流が全て徒歩だったらこの世界はこれほど反映していない。とは言っても、ここに来るまでに馬車は見たことがあったな。
「それじゃ、行こうか。あそこはいつでも夜だから、馬車の中で寝とかないときついぞ」
やっぱり無何有の廃墟はいつも夜なのかと思いつつ下級区を通り抜ける。
道端に転がっている酔いどれやホームレスが絡んでき鬱陶しい。ブッ飛ばしてやろうか。
やがて守衛がいるところまで来ると、確かに馬車が用意されている。
運転する者がいないが、おそらく交代で運転するのだろう。
……待てよ、俺って馬車を運転したことないぞ。
「なぁ、ちと恥ずかしいんだけどよ。俺ぁ馬車を動かしたことがねぇんだが……」
「あん? 安心しろ。こっちから甘えて手を貸してもらっている身だ。アンタには万全な体調で臨んでもらわなければ困る。寝とけ」
「そんなこと言っちゃって、ホントは素人に運転させたくないだけでしょ?」
「おまっ、人が折角美談にしようってところを……!」
その点に関しては問題ない様だ。
なら、俺はお言葉に甘えて寝させてもらうとする。
話も済んだところで馬車に乗り込む。
馬車の荷台の中は二人が横になれる程度の広さで、その約半分は食糧や何やらで埋め尽くされているため、実質二人が身を寄せ合って座る他無い。
最初はアゾットさんが運転するようだ。
ということで俺とヨフィさんが荷台で寝ることに。
「んじゃ、寝るとしますか」
「そうだね、なんなら私の膝で寝る?」
「遠慮しておく。アゾットさんに殺されちまう」
「あはは、そうだね。私が言うのもなんだけど、あの人……私のことになると意地になるから」
そう言って笑うヨフィさんに、どことなく翳りが見えた気もするが、そんなのは俺には関係のない話。
興味も湧かなかったのでそのままスルー。俺は深い眠りに身を任せることにした。
◆ ◆ ◆
「ほら、起きろ。着いたぞ」
「んあ?」
肩を叩かれる衝撃で目を覚ます俺。
目の前にはむさいアゾットさんの顔が。どうやら無何有の廃墟に着いたようだ。
寝ている感覚にしては数時間のような気もするが、実質半日は経っているだろう。
馬車から降りてみると、先に無何有の廃墟を見てきたらしくヨフィさんがこちらに歩いてくるのが見えた。
そして、その奥。無何有の廃墟がまるで赤子が何気なく投げ出した玩具のような感じで広がっていた。
ところどころ朽ちてはいるが、原型が何なのか程度に分かる建築物。
完全に崩落して瓦礫と化している物体。風によって舞う砂粒。あちこちに残った建築物の土台。
しかし、そのどれもが見覚えのあるもの。
どことなく、元の世界に似ているこの廃墟。
建っている建築物はコンクリートの様な物質で出来ており、骨組みは鉄筋だ。
街の区画も車が通りやすい感覚で区切られおり、メインストリートらしき場所にはビルの残骸が残っている。
それもそのはず、このエリアは旧文明……つまり大昔に栄えて科学が進んだ世界の名残という設定なのだから。
そのため、ところどころに見たことのあるものが沢山ある。それでも、朽ちてはいるが。
それらを明るく妖しく照らすのが、年中満月の夜空だ。
「相変わらず、ここだけは他のエリアと一風が変わっているよな」
「そうだね。大昔の人たちがどんな暮らしをしていたか、これを見ても想像がつかないよ」
俺は容易に想像がつく……と言うのは無粋なので口を閉じる。
ともかく、ここのどこかにあるという旧文明の遺産というアイテムを手に入れればクエストはクリアだ。
そのアイテムは毎回ランダムのようで、結局全域を回らなくてはならない。魔物も出るので警戒は怠ら無い様にしよう。
「俺はここらに少し覚えがあるから、俺が先導しても良いか?」
「そうなのか? 来たことがあるのか?」
「あぁ、数える程度だがな」
俺は魔物が出にくいルートやアイテムが配置されている場所の全てを網羅しているため、無暗に回るより覚えのあるところを片っ端から回る方が良い。
こういうところで知っているというメリットは嬉しいことだ。
というわけで俺の先導の元、無何有の廃墟を進む。
一見、ガラクタにしか見えない子の廃墟の中は俺にとっては幻想的で、元の世界を垣間見える場所で早くも気に入りつつある。
中には公園らしきところがあり、その中にブランコのなれの果てがあるのを見て不覚にもジーンと来てしまった。俺はなんだかんだ言って早く元の世界に帰りたいらしい。
何か行き詰ったことがあるとここに来るとしよう。心の整理がつきやすいだろう。
「それにしても、迷いなく進んでいくんだな。罠とかありそうなものだけど、一回も引っかからないし」
「本当に来たことがあるんだね」
「まぁな」
それはもう、とある魔物を狩るというクエストではお世話になってましたから。
……あ、そう言えばそいつも出るんだよな。確か……キマイラだったっけか。ありきたりな合成獣の様な何気に強い魔物。
こんな科学の進んだ廃墟の街で、人工的に作られた様な合成獣が生息していたら、大昔にそう言うことをしていたんじゃないのかと思ってしまう。そんなことを考えるのが大好きです。
それはさておき、キマイラが出るのか。
このメンバーだと勝てないことは無いが、無傷では済まないだろうなぁ。
攻撃力半端ないし。俺だったら半分は持ってかれるな。
「お、あったあった」
大体半分を回った辺りだ。
アイテムが置いてあるポイントまで来ると、このクエストの目的である旧文明の遺産らしきものがあった。
歯車が幾つも重なった幾何学的な物体だ。ゲームではこの旧文明の遺産にはグラフィックが無かったから、こんな形になっていたんだな。
どことなく時計に似ているような気もする。
「これが旧文明の遺産化?」
「そうらしいな。さて、さっさと帰ろう」
「うん、その前にさ、ちょっと良いかな?」
「なんだ?」
無事クエストも完了し、帰ろうかというところだ。
ヨフィさんが帰ることに待ったを掛けた。どうやら何か気になることがあるようだ。
「ちょっとさ、トイレ行きたいんだ……。すぐ終わるから、待ってて!」
そう言うなり飛び出して行ってしまった。
なんだ、トイレか。何か変な物でも見つけたのかと思った。ヨフィさんは探索技能も持っているから、たまに何かアイテムを見つけることがあるのだが……期待しすぎか。
……むさいおっさんと二人っきりというのもなんだかな。