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そっと、求めるためだけに



「ほら、お水だ」


「ありがとう」


 かっさかさになった口で絞り出した声でお礼を言う。


 考えてみればみるほど無謀さがよく分かる。作戦と言うものが無かった時点で止めておけばいいものの、眼先にある宝物に飛びついてしまっては意味はない。

 そのせいで彼女を危険な目に会わせてしまった。まぁ、彼女には良い経験になったかもしれないが。


「よいしょっと。それで、あの騎士は何者? どこの出身か分かるか?」


 この旅で馴れたのか、手慣れた手付きで竈を作り上げる彼女。

 手を動かしつつも会話が出来る人は有能な人間だと聞いたことがあるが、その通りだと俺は思う。

 だから今回ばかりは素直に答えてみようと思う。


「名前は蒼衣の騎士。出身は黒の国。レベルは三百。黒の国のお尋ね者さ」


「最高レベルなら国ぐらい亡ぼせるだろうに」


「出来ない理由があるんでねぇの? それこそ、さっきのローブを纏った女性とか」


「……守りたい人?」


「かもな」


 どこか達観した様子で話し合う二人。

 圧倒的な力を見せつけられ、いとも簡単にねじ伏せられたのにも拘らず特に精神的ダメージを受けている様子は無い。

 もっとも、その印象は俺の主観でしかなく、もしかしたら彼女の心では復讐の業火で燃え盛っているかも知れない。

 それか、溢れるほどの好奇心か。


「ふーん。で、次はいつ戦える?」


「……ところがどっこい、もうそのチャンスは無いに等しいんだなこれが」


「どうしてさ」


 やはり彼女の心の中は蒼衣の騎士で一杯なのか、素っ気ないように言ったように見えて、室は一番気にしていることだとばればれである。きっと、嘘を吐くとかも苦手なのだろうな。

 だからこそ、彼女の口から再戦の旨を聞いても何ら驚かない。至極尤もな質問だと。


 だがしかし、蒼衣の騎士に出会えるのはさっきの戦闘が最後となる。

 これ以降蒼衣の騎士はゲーム中では姿を現さず、クリア後のスタッフロールで名前を見るだけだ。

 残念ながらこればかりは帰ることは出来ない。シナリオでもなく、ただのプログラムなのだから。


「……得た情報だと、これから海を渡るそうだ」


「海を? 渡ってどこへ? 青の国?」


「いや、五国以外のどこかに別の大陸があるらしいぞ。そこへ行くんだそうだ。だから、もう会うことは無いだろう」


 もちろん嘘だ。

 全くの口からのでまかせだが、こうでもしないと追いかけそうで怖い。

 もう会えもしない人を追いかけて旅をするだなんて不毛なことこの上ないと思う。

 しかし、それでも諦めきれないのか彼女の顔色から口惜しさの色が窺える。


 いつの間にか彼女の手は止まっていた。


「……まぁ、生きていればどこかで会えるんじゃないか」


「そうかな」


「そうだよ」


 中途半端な返事をして会話は途切れた。

 俺だってできることならもう一度会いたいものだ。今度こそ、今度こそあの伝説の素材を手に入れたいと思うのは当然だと思いたい。




◆ ◆ ◆




 少しばかりか長い旅路の果てに辿り着いた黒の国。

 五国の中心に位置し、黒の国の中心にある首都はバベルと呼ばれている。

 その名前の通り、強固で天高くそびえ立つ当のような形をしている。そして、まだ未完成なところが如何にもそうではないか。


 この首都は大きな壁に囲まれている。

 その壁際に工場や就業場所が大半を占めており、それより中心に行くと労働者たちの企業団地が並んでいる。

 それ以外の人たちの住宅街はそれよりさらに内側だ。そして、中心の中心に王族の住まう天を突く城が建つ姿は圧巻だ。

 しかし、その城の最上階は存在しない。未だ建造途中だ。


「……相変わらず空気が悪いわね」


「ぜんそく持ちには辛いな」


「ぜんそく患ってるの?」


「気管支炎をな」


 そして工場地帯は想像通り空気が澱んでおり、気管が弱い人にとっては地獄だ。

 また、過去には公害も発生しており、これでもだいぶ改善された方だ。しかし、それでも空気が悪いのは否めない。

 今でも川には工場から出た汚水が垂れ流し状態だ。それでも魚は生きていけるのだから大したものだ。

 公害問題だってここ最近になって浮き彫りになり始めている。そろそろ黒王も重い腰を上げねばなるまい。


「早く中心街に行こう。ここは空気が悪すぎる」


「そうだね。盗賊はこの先の噴水前で落ち合う予定だから」


 ここにいる理由も無いので来て早々に通り抜けることに。

 特に見るものも無く、すれ違う人々は皆疲れ切った顔だ。見ているとこっちまで疲れかねない。


 企業団地を抜けると、身の丈以上もある風の魔法石が見えてくる。

 この魔法石でこの街の風向きを操っており、工場からの煙や噴火による火山灰などが街までやって来ないのだ。尤も、工場地帯には降り注ぐがな。

 風の魔法石は街の中心にあり、その真下に待ち合わせ場所に使われたりする噴水がある。


 安心してほしいが、その噴水はちゃんときれいな水だ。

 汚水が垂れ流しだったら住民に取り壊されかねない。景観を損ねると言う意味でもそうだ。


「えっと……盗賊はっと」


「こんな人の往来で待ち合わせているのか?」


「え? だって盗賊には関係ないでしょ?」


「……そう言えばそうだったな」


 盗賊の隠密は世界一。

 こんな人の往来の真っ只中であっても、隠密状態ならば見つけることは至難の業だ。

 だから、ここで待ち合わせしても何ら問題は無い。俺たちにだけ隠密状態を解けば他の人に見つかることも無い。


 しかし、目の前にいても気が付けないだなんて相当だ。

 存在感が無いとか、そう言う問題ではない。そこに存在していないと錯覚させているのだろう。

 光の加減や体勢などでそんなことが出来るだなんて、隠密を極めれば暗殺稼業や斥候なんてお手のものだろう。


「止めなよ、盗賊」


「あ?」


 どこに盗賊がいるのだろうと、辺りを見回していると唐突に【勇者】がこちらを向いてそんなことを言いだした。

 まさか背後にいるのかと振り返ってみるが、そこには誰もいない。もちろん、目の前に誰かがいると言うことは無く、相も変わらずな人の往来が見えるだけである。


 だがしかし、【勇者】は俺を……いや、その奥にいる人物へ向けるような眼をしている。

 そのことからして俺の背後に盗賊がいるのだろうが、どうやら俺に心を赦していないらしく俺には認識できない。

 それもそうか、初対面でそれも隠密家業を生業としている者にとって顔がバレることは何としても避けたいところ。

 俺の前の前に姿を現さないのも頷ける。


「少年」


「あ?」


 少し溜息を吐こうと口を開いた時だ。

 【勇者】が自身の首元を指さすようなジェスチャーをしてきた。

 まるで俺の首元に何か付いているかのように。ゴミでも着いているのだろうかと首元を触ってみると、そこにはひんやりとした感触が。

 しかも、俺が何度も触り慣れたような感触だ。ごくごく最近も触ったことがある。


 そうだ、刃物だ。

 刃物が俺の首元に当てられているのだ。

 それを理解した瞬間に吹き出る汗。俺は何も気が付けなかった。風邪や熱すらも感じさせずに俺の首元に刃物を当てることが出来る人物がすぐ背後にいることに戦慄する。

 そして、俺には感じられないが、その刃物にはきっと殺意が籠っているのだろう。いつでもお前を殺すことが出来るんだぞ、と言わんばかりに。


「彼は私たちの仲間よ。新しい仲間」


「……枕木智也だ。アンタの使っている刃物……コイツは俺が打った代物だな。愛好者が近くにいてくれて嬉しいよ」


 けれどもこんな修羅場、今までに何度も乗り越えて来た。

 今更怯える必要はない。むしろ、情けない姿を見せたら例え【勇者】の言葉であっても俺の首が掻き切られてしまう。そんな気がしたのだ。


 そんな物怖じしない俺の物言いに満足したのかスッと刃物を離す盗賊。

 その瞬間に襲い来る安心感。バカだな、俺は。まだ安心できる状況ではないと言うのに。

 むしろまだ背後に盗賊がいることを警戒するべきだ。頭でそう分かっていても、俺の体は一目散に安心感を求めてしまったのだ。

 それだけに悔やまれる。これで俺の度量が知れてしまったことだろう。


「ほら、盗賊。挨拶しな」


「……」


「っ」


 痺れを切らしたのか【勇者】は盗賊に挨拶をするように促した。

 すると、突然【勇者】の横に全身黒で統一した服を着た男が現れた。髪も長く、その髪のせいで顔も良く見えない。

 口元は隠しているようだが、少しだけ窺えるその顔からするにまだ若い。俺と同じくらい、もしくは少し上だろう。


 しかし、何よりも驚いたのは今までなんら気にも留めていなかった人が突然存在感を出し、俺の眼の前に現れたことだ。

 確かに盗賊はそこにずっといた。しかし、まるで道端の小石を見るかのように気にしていなかったのだ。俺は見えなかったのではなく、気にしていなかっただけなのだ。

 それもそうだ、道端に転がっている一センチも無い石ころをどうして気にすると言うのか。


 それが盗賊。

 コイツの一番の武器なのだ。


「……」


「ほら、自己紹介は?」


 まるで母が子にしかりつけるように言うと、しぶしぶと言った感じで盗賊は口を開いた。

 口元は見えないのだが。


「ふへっ、ふへへへへ、ワシは盗賊。こここ、この武器、良いよ、凄く良いよ。斬れるんだ、じぶん、もね、へへっ」


 見えないはずなのに、醜いほどに口端が弧を描いている様が分かるのは何故だろうか。

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