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だけど



 きっと、彼女は楽しくて仕方がないのだろう。

 世界最高峰の人間が辿り着く境地は孤独だと言う。そんな孤独の中に見えた光明はさぞや眩しく映っただろう。


 その気持ちはよく分かる。ラスボスを倒し終わって、裏ボスも倒し終わってセーブデータをロードした後ほどプレイをするにあたって空しいものはない。

 もうこの世界には自分に敵う者なんか誰もいない。どれだけ待っても、ゲームの中の世界は進化することなく、上限は一定のまま。


 そうすると、人はそのゲームをプレイすることなく押し入れや引き出しの中に眠るか、中古として売られるだけ。

 その感情を今、彼女【勇者】セントレア・ギルデロイは爆発させたのだ。

 目の前に進化がいたのだから。


「マクラギ! アイツは何者なの!?」


「レベル三百。“無敵”の人だよ」


「レベル三百っ! 凄い! 私より百レベルも高いなんて! わははっ!」


 彼女はすっかり目の前にいる“無敵”に興奮し、得物を抜きはらって見据える。

 今にも飛び出さん限りの勢い。しかし、それでも飛び出さないのは俺がいるせいでもあるだろう。


 だが、安心なされよ。


「三十六計逃げるに如かず!」


 ここで戦っては死ぬのは目に見えている。

 一撃で殺された俺は役に立てることも無く、何より死ぬことはいつになっても恐ろしい。

 何度死んだって慣れることは無い。慣れて堪るものか。


 恐怖を無くしてしまったのなら、その先にまっているのは破滅しかない。


 だからこそ、俺はその場から逃げ出した。

 いきり立っている【勇者】に目もくれず、脱兎のごとく飛び出す。

 普段ならば、逃げれる確率を上げるために色々ステータスの底上げなどを行うのだが、それすらもする猶予もないことに俺は気付いている。


 何故なら、今まさに蒼衣の騎士と【勇者】がぶつかり合おうかと言う時だったのだから。


「うぐぅ! うわぁお!? HP(ヒットポイント)が真っ赤! 凄い、凄いよ!」


「一撃で倒しきれないか……!」


 二人が衝突する瞬間に間一髪、岩の陰に隠れることが出来た俺。

 岩越しからも伝わるすさまじい衝撃波に俺は戦慄する。岩の陰に隠れていなかったら、俺は余波で死んでいただろう。

 世界を代表する二人の戦いをこの目で見ることが出来るとは思わなかったが、素直に喜んでいられる状況ではない。

 この岩だっていつまでもつか分からないのだから、一刻も早く次の隠れ場所を見付けなければいけない。


「《極大回復魔法》!」


「《インターセプト》!」


「なんの! 《吸血剣》!」


「っ! 防御無視か!?」


 どうやら岩の背後ではすさまじい応戦が繰り広げられている様子。

 びりびりと伝わってくる振動は今までに味わったことの無いものであり、地形が変わってしまうのではないかと思うほど。

 いや、既に地形が変わっている。俺がマッピングを生業としている人だったら激昂していただろう。


 直ぐに決着が付くかと思いきや、意外にも善戦する彼女。

 さすがは【勇者】を名乗るほどがある。戦闘のセンスと、経験でなんとか食い付いているようだ。

 それに彼女の装備はメタルライトヒューマノイドスライムの粘液を惜しげもなく使われて作られた至極の一品。

 作中最強の装備は伊達ではない。レベル差が百もあるのにも拘らず、一撃で削られていないのは装備と急所に当たっていないおかげであろう。


「……ん?」


 直ぐ様違う岩の影に逃げ込み、陰から様子を窺っていると視界の端に動く者を捉えた。

 この戦場で目標から目を離すのは死ぬことと同義。しかし、それが魔物だったとしていきなり襲われたら敵わない。

 だから、二人とその動いたものを一緒に見られるように動くと、その動いた者の正体が分かった。


 それは、先ほど蒼衣の騎士と供にいたローブを纏った人物だった。

 俺は人質に使えるかも知れないと思い、その人物に近づくことに。


「……静かに」


「……っ!?」


「大人しくしている限り危害を加えない。俺たちはあるものを求めている。それを渡してくれとは言わない。交渉のテーブルに着いてほしいんだ」


 鉄の短剣〈伝説的〉を装備し《隠密の影》を発動して一気に距離を詰める。

 蒼衣の騎士に見つかっているために、既に《隠密の影》は効果は無いが、ローブを纏った人物は俺を見失っているために適用されている。

 そこを狙って、一気に詰める。そして、なるべく相手には油断してもらいたい。


「……私たちが、何をしたと言うのですか」


「知りません。ただ、メタルライトヒューマノイドスライムの粘液を渡していただければそれで」


 相手の喉元に杖と剣を合わせたような形をしたフェザースタッフ〈伝説的〉を当てて話す。

 どうやらローブを纏った人物は女性のようで、中々に可愛らしい声を持っている。そんな声がもう少し力を入れるだけで出なくなるだなんて本当に可笑しい。

 もっとも、相手もそれを分かっているのか余計なことはしようとはせずに口だけを動かしている。


「私は、私はただ生きたいだけなのです……!」


「なら、話は早い。そうでしょう?」


「……本当に、本当に貴方たちは……っ!」


 しかし、相手もそんな伝説上の代物をはいそうですかと渡す気はないらしく、中々に強情だ。

 今まさに命を握られていると言うのにも拘らず、首を縦に振らない。口振りからして持っているのは確かみたいだけれど。


 このままでは少し痛い目に合わせなくてはならない。

 けれど、それは最後の手段だ。人質が一人しかいない以上、そう簡単に殺すことは出来ない。

 二人いれば片方を殺してももう一人いるから問題は無いけれど、そうはいかない。


 しかも、相手は蒼衣の騎士。この世界での無敵のキャラクター。

 一応HP(ヒットポイント)は設定されているものの、有効打となる手段が無いから無敵も良いところ。

 そんな相手に人質をしてしまったとなれば地の果てまで追いかけられてしまう。そんなのは御免だ。

 まぁ、この時点で恨まれていても何らおかしくはないが。


「こちらとしても手荒な真似は……」


「エスタ!!!」


 もうそろそろ限界だと思い、撤収しようかと思い始めた頃、ダメ押しでもう一度口を開いたところで声が岩陰に響いた。

 若者の声で、男性の声。この声を俺は知っている。知っていなければおかしい。

 どうやら本格的に撤退を考えなければならないようだ。


「貴様! エスタを離せ!」


 セントレア・ギルデロイが相手をしていたはずの蒼衣の騎士が駆けつけ、俺にハルバードを向けている。

 きっと、この数分のうちに【勇者】を殺して彼女を捜したのだろう。この状況は非常にまずい。

 どう足掻いたって俺が生き残る道は見当たらない。ダメだ、詰んだ。


「わ、悪かった。離すから、それを下におろしてくれ」


 もしかしたら最初から無謀なことだったのではないか。

 話し合って譲ってもらおうだなんて夢のまた夢の話だったのではないだろうか。

 そもそも蒼衣の騎士の目の前に立つこと自体がダメなことだったのかも知れない。


 しかし、どうやったって過去は訪れない。


「《蒼破斬》!」


 俺は彼女から手を離し、得物を捨てて両手を上にあげたままゆっくりと距離を取った。

 しかし、俺の予想は正しかったようで蒼衣の騎士はスキルを使用する。真空の刃となったそのスキルは吸い込まれるように俺の元まで届き、レベルカンストから繰り出される攻撃にあえなく目の前が真っ暗になってしまった。




◆ ◆ ◆




「……っうえぇ! ごほっ! ごほごほ!!!」


「大丈夫? 生きてる?」


 目を開けるが白く濁って良く見えない。

 息を吸おうとしてもなかなか息を吸えないためむせてしまう。しかし、むせることで少なからず呼吸が出来たようで段々と目の前が色で染まっていく。

 真っ青な良い空だ。いい気分とは言えないけれど。


「動かない方が良いよ。首の皮一枚ってところでくびちょんぱ寸前だったんだから」


 声のする方を見てみれば、そこには何やら苦笑した表情の【勇者】が座っていた。

 お互いに死んだはずなのに蘇生できているのはどう言うことなのだろうか。声を出すことが難しくて訊くに訊けないが。


「実はさ、装飾品で“命のお守り”を装備してたんだ。だから、なんとか死なずに済んだの」


 命のお守りとは、致死に値する攻撃を受けた際にダメージを肩代わりしてくれる装飾品だ。

 店で買うことが出来ず、ダンジョンの宝箱から入手するか、人からもらうほかに入手方法は無い。

 まぁ、【勇者】だったら持っていてもおかしくは無い。


 ちなみに俺は持っていない。


「やっぱり死に戻りキツイ? 休んでていいよ、ここでキャンプするから」


「……」


 一度落ち着いて、思い返すのは先ほどのこと。

 よく考えてみればそう易々とメタルライトヒューマノイドスライムの粘液なんて渡す奴なんていないだろうよ。

 俺だって渡さない。死んだって渡さない。

 そして、よりにもよって勝つ算段が立てられない相手に話し合いに持ち込もうとすること自体が間違いだったんだな。

 結果的に痛い目に会っただけだ。もうメタルライトヒューマノイドスライムの粘液が手に入ることは無い。ちくしょう。


 ……こうして失敗に終わってみて、なんも悔しくもないからするに、心の奥底ではダメだと思っていたのかも知れないな。

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