プロローグ
「五時! 漏れたぞ!」
「無茶言いなさんなって!」
世界を救ってくる……だなんて格好つけて出発をしたは良いものの、やることは今までと変わらないって言うね。戦って戦ってシナリオを進めていくだけの簡単な作業でございます。
赤の国の首都を出発して半日が経とうとしている。
街道を進んでいるはずなのに容赦なく襲い掛かってくる魔物はどこかお約束のように感じてくる。
それに、これまでろくにレベル上げをしていなかったせいか、魔物との戦闘が大分忘れかけている。
パソコンをしばらくやらなかったらキーボード入力の仕方を忘れてしまうのと一緒。
これまで戦う相手と言ったら人間ばかりだったので、獣型の魔物の対応の仕方が今一型にはまらない。
対して【勇者】の方とは言うと、やはりかなりの戦闘をこなしているのか動きに無駄が無い。彼女のレベルは二百だが、技術面を合わせたらきっとそれより幾許か高いだろう。
だからか、戦っている魔物は手ごわいはずなのに簡単に見えてくる。
まぁ、それは【勇者】だけなのだが。
「ほら! 七時! 余所見しないの!」
「ちょっと待って! なんでわざわざ俺より適正レベルの高いところを通っていくのさ!」
「そんなの少年のレベル上げに決まっているじゃない」
「ですよね!」
他にも楽に通れる道はある。
しかし、例によって【勇者】は俺のレベルより幾つか適正レベルの高い道を通っている。
それでも【勇者】とのレベル差は百以上あるために本人はまるでただ歩いているだけのような余裕。
だが、俺にとっては気が抜けない。下手をすればすぐに目の前が真っ赤に染まってしまうから。
この道を通っている理由は至って簡単。
俺のレベル上げのためである。ハッキリ言って俺は今のままでは足手まといどころか全身を使って邪魔をすることになってしまう。
これではいったい何のために着いてきたと言うのか。俺は俺のために世界を救う…………いやいやいや、世界の人々のために世界を救うのですから、はい。
「うんうん、中々良い動きするじゃない。そのレベルにしたら」
「伊達に姫様に勝っていないんでね……」
「よし、口が聞けるならまだまだ行けるね。ここらで時間を掛けて進んでいくよ」
「え、ちょ」
「ほらほら、せっかく私がこんな臭い物を持ってあげているんだから頑張れ頑張れ」
この世界が幾らゲームが基盤となっていると言っても、現実と何ら変わらない。
もちろんそこに住まう魔物にとってもそうで、自分が敵わないと分かったら逃亡するなり野生の動物のような行動をする。
もちろん人類の最高峰に位置する【勇者】は魔物から見ればただの“暴力”でしかない。そんな彼女が前線に出れば魔物たちが逃げてしまって俺のレベル上げどころでは無くなってしまう。
そこで使われるのが臭袋。
なんでも、魔物の赤ん坊の臭いがするとか。人間にとってはただの臭い袋に過ぎないが、魔物にしてみれば自分の、または仲間のかも知れない赤ん坊が袋に入っているように感じるのだと言う。
それで、たとえ敵わないと知りながらも果敢に赤ん坊を取り返すために襲ってくる……という設定らしい。
その臭袋を【勇者】が片手で持っているために魔物が襲ってくる形となっている。
なんとむごく、合理的ではない設定なのだろう。
たとえ赤ん坊が敵に捕まっていたとしても、自分らが死ぬ可能性があるのだったら諦めるのが普通ではないのだろうか。
赤ん坊なんてまた産めばいいのだし。獣ならなおさらだ。
「そら、干し肉だ」
「……自炊ってしないんスか?」
「私が出来るとでも?」
「……俺がするから、大きめの石とか一か所に集めて。火なら熾せるだろ?」
「おぉ、頼もしい!」
日が傾き、そろそろ野宿のために火を熾そうとしている時、【勇者】は懐から大きめの干し肉を取り出して、手で無造作に千切って渡して来た。
どうやらこれが夕食らしい。何とも野性的な方だ。
仕方なく俺が自炊をすることに。俺だって温かいものを食べたいからな。仕方ない。
というか、主婦だったんだよな、一応。旦那さんが家事をしていたのかな。
「持ってきたぞ」
「……砕けます?」
「任せて」
俺が四次元ポーチの中を漁り、一通り食材を取り出していると、彼女はどこからか大きな岩を一つ持ってきた。
確かに大きめの石とは言ったけども、身の丈ほどもある岩を持ってこなくともいいのではなかろうか。片手で持っているところから何とも旦那さんの苦労が知れる。
その岩は砕いて手頃の大きさにして事なきを得たが、続いて問題となるのは火熾し。
今度は手頃の大きさの乾いた枝などを持ってきたは良いものの、魔法で点けようとしたために炭になってしまう事案が発生。
彼女は野営をしたことが無いのだろうか。
「どう? 私にもできたよ!」
「食材の下準備が終わる頃で良かったな」
それでも苦労の甲斐があってか中々の出来の竈が出来上がった。
本当はもっと前に下準備は終わっていたのだが、彼女の尊厳を守るために敢えて余計に食材を切ったりしていた。
食材は四次元ポーチの中に入れておけば腐る心配も無いので問題なし。冷蔵庫涙目。
今日の献立は干し肉と黒コショウを使ったスープにサラダ、それと干し肉を軽く炙って芳ばしくしたもの。
決してお世辞にも手が込んでいるとは言えないが、初日しては贅沢な方だろう。
なんせ、これからは食糧配分を考えて作らねばならないのだから。
食材の減りは思ったよりも早い。まだあると思っていたらいつの間にかなくなっていたなんてよくあること。
「おぉ、美味そう!」
「いただきます」
「いただきます!」
動物の胃袋を使った容器に酒を入れてお互いに乾杯。
ぼちょんとお世辞にも乾杯の音とは思えない音がぶつかり合った時に鳴る。
しかし、これで良いのだ。最終的には酒も飲めなくなるのだろうから。今日くらいは良いのだ。
「コショウが効いてて美味しい。炙った肉も美味しい!」
「ってことは一人旅の時は干し肉と酒だけで?」
「料理はからっきしなのよ。作ろうとしたら消し炭になっちゃうし」
「レベルが高いとそう言う障害も出てくるのか……?」
そう、彼女は料理が下手だと公式設定にある。
それでも、料理が下手としか書いていないので食えないことは無いのだろうと思っていたのだが……まさか物理的に下手だったとは思わなんだ。
確かに何度挑戦しても料理が消し炭になってしまうのであればそのうち諦めもするのだろう。
「……で、黒の国に行ってまず何をするんだ?」
「そうだね、とりあえず盗賊と合流しよう。盗賊はパーティーを組むのは嫌いだから会うだけだろうけど」
「盗賊……俺としてはなるべく会いたくはないな」
「勘違いされがちだけど、話してみると意外と気さくだよ? 精神が狂っているだけで」
「それが何よりの判断材料になるわ!」
話の流れは黒の国で何をするのか。
旅を一緒にして初日でする話ではないのかも知れないが、一応確認しておきたかった。
このままの流れならば、盗賊に会って情報などを交換した後に黒王のところへ行くことになるだろう。
黒の国は赤の国と緑の国と地続きで、就業率と技術が五国の中でもトップを誇る。
そして、唯一国王に方角を表す称号が無い。赤王は南海龍王。白王は西海龍王。青王は北海龍王。緑王は東海龍王。
だが、黒王にはそういう称号は着いていない。代わりに四国を見定める管制塔のような役割を持っている……のだが、そんな風にはとても見えない。
おそらく、遠い昔にそんな役割何ぞ消え失せたのだろう。
ちなみに黒王は俺の中では一番合いたくない人物トップテンに入っている。
「黒王とはホントは中々謁見できないんだけど、私が謁見したいって言ったら大丈夫だと思う」
「黒の国の助けを借りれれば、この先楽になるよな」
「そうね、あの技術と軍事力は目を見張る物があるもの」
このシナリオは力を借りることが出来た国の数によって難易度が違ってくる。
黒の国の力を借りることが出来れば城壁崩しの自走砲を使用することが出来る。
それがあれば荒涼の丘にある強固な壁を破壊するのも容易になる。ちなみに名前はドーラ。
補足すれば赤の国は軍隊を派遣してくれる。ありがたいことだ。
出来ればすべての国の力を借りたいところ。定石を打てばまず協力してくれるだろうが、
「少年、黒の国に入ったことがある?」
「一応」
「多分、これから黒の国の汚いところとかもっと見えてくるだろうけど……我慢してね」
「人体実験のことか? 人間を使った生態兵器のことか? 奴隷商のことか? 奇形児を見世物にした小屋のことか? ありすぎて困る」
「……知っているんだ」
「一応って、言ったはずだけど」
「そう」
何とも危ないところではあるが、黒の国ではそれらが合法なのだ。
宰相である国王が黒の国ではすべて。独裁とはそういうものだ。
ちなみに、金を払えば奴隷を買うことや見世物小屋に入ることが出来る。中々に楽しい体験ができることで嫌いではない。
好き好んでみようとはしないが。
生態兵器についてはお察しだが、これがまた強い。
戦う機会もあるのだが、その際のレベルが何と全て八十超。元はレベル十くらいのおっさんだったとは思えないほど強かった。
ちなみに見た目は吐き気を催すほど醜悪です。それでも整えているのだそうだが。
黒の国は、なるべく早く済ませることにしよう、うん。
今更ですが、仕事が繁盛期に入ったので不定期更新になります。
定期読者の方はそれほどいらっしゃらないとは思いますが、一応報告までに。