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つぎはぎ



 やけに眩しく感じる朝日。出発の時は来たり。

 その身に感じるのは冷たくごつごつとした感触。ついで訪れる頭の痛み。

 まるで頭を強く打たれ脳が揺れているかのようなじくじくとした痛み。沸騰しそうなほどに熱く火照る体。

 関節の節々に至るまで軋む。動かす度に軟骨がしょりしょりと擦り切れる痛みも感じる。


 あぁそうかと悟るも、既に遅い。無理をしてでも動かそうとすれば体が悲鳴を上げてしまう。


 がやがや。

 そんな喧騒が耳に届いた時、脳は完全に覚醒する。


「……」


「……生きてるか?」


「なんとか。そっちは?」


「ネヒトさんが普段通りだぜ」


「さすが。アゾットさんは?」


「俺はなんとか。でも、ヨフィに対してなんと言い訳を言おうか思いつかねぇ」


「ご愁傷様」


 いつも通り酔いつぶれ、いつも通り路上で寝てて、いつも通り風邪を引いただけであった。

 そんな苦楽を共にしたアゾットさんは俺の隣で頭を押さえている。口では強がっているが、二日酔いが酷いのだろう。

 自分が今いる場所は路地に入る曲がり角。体は日陰だが、顔は太陽の光を浴びている。

 奥にはネヒトさんの姿が見える。その手にはどこからか持ってきた桶とタオルが見える。

 その桶の中には光る瓶がチラリと。きっと、お手製の薬だろう。炭酸じゃなければいいな。


「二人とも起きられましたか。顔を洗う桶と、タオル。それから二日酔いにい効く果実水です」


「いつも済まない。ふーっ、さっぱりさっぱり」


「ネヒトさん。風邪に効く果実水はありますか?」


「もちろんです。風邪を引いたんですか。今日は確か心昭翁のところへ行くのでしたな」


「お、ゼリー状か。ありがたい。いただきます」


 ネヒトさんが気を利かせて持ってきてくれた桶で顔を洗い、二日酔いに聞くと言う果実水を煽る。

 更にお手製の風邪薬をもらい、それも煽る。弱った胃腸には優しいゼリー状であり、吸収も早くて即効性のある果実水だ。

 後は過度な運動をしなければ問題は無いだろう。


「いやぁ、まさか、真冬にもなって路上で一晩明かすとは。いやはや、酒は怖いですなぁ」


「俺はあんだけ飲んで潰れないネヒトさんの方が怖い」


「そうだ、そうだ」


「あいや、私はこれでも酔い安い体質なんですよ?」


 ぶるりと体を震わせて今更ながら訪れた寒さに悪態を吐く。

 ここは赤の国。年中通して温暖な気候だが、季節は冬。それも真冬も真冬。

 人の往来に見えるのは冬服姿の人々ばかり。しかし、己の姿を見てみろ、冬将軍も真っ青な薄着姿だ。


 きっと、飲んでいるうちに暑くなってしまったのだろう。

 それを本能の赴くままに脱いでしまって、今に至るというわけだ。

 いやはや、我ながら恐ろしい。そこまで至るまでに考えが及ばなかったのか。

 お酒と言うのは、本当に恐ろしい。止めないけど。


「マクラギ殿。早めに行った方がよろしいですぞ。今は十の刻ですから」


「うっわ。玄翁さんにどやされる」


「はっはっは、レナは怒ったら怖いからね。俺たちは良いから、早く行きな。名残惜しい別れが湧かないうちに」


「えぇ、そうです。それに、思い出なら昨日のうちにたくさん作りましたからなぁ」


「……じゃ、二人とも……いってくる」


「行って来い」


「どうぞ、お気をつけて」


 次に会う時は戦場で。

 そんな風に別れを告げてコートを羽織り往来の中へ踏み入れる。

 足取りは少しフラフラとしていたが、その見つめる先は一点に。その先にはきっと……怒鳴り声があるんだろうなぁ。

 遅い、とか。酒臭い、とか。昨日のうちに顔を出せ、とか。


 その怒鳴り声を、ガンガン響く頭の痛みを覚悟して受け入れなくてはならない。

 それがどんなに辛いことか、想像に難くない。


「……さすが」


 しばらく歩いたところで体の火照りは消え去り、いつの間にか真っ直ぐと歩けるようになっていた。

 きっと、まだ完治はしていなくて騙し騙しで体を動かしているにすぎないのだろう。けれども、こんなにも早く効果が出るだなんてさすがネヒトさん。

 このまま安静にしていたらきっと明日には治っているだろう。念のため、リンゴも齧っておこう。


 あれだよ、人生ネギとトマトとリンゴを齧っていればなんとかなる。


「はい、こんこんこんっと」


 意外にも快調な歩みで辿り着いた玄翁さんの家。

 世界で見ても最高峰の鍛冶師が住む家は、ハッキリ言ってぼろい。

 壁の塗装は禿げ、看板はところどころ朽ちている。玄翁さんが直しているのだろうが、いかんせん追いついていない状態だ。

 そもそも修繕費が無いのではなかろうか。売り上げのほとんどは生活費やからくり人形のための開発費になるそうだからな。


 俺は鍛冶屋の入口ではなく家の戸を三回ノックして窺う。

 家の中からは少し急ぎ気味の足音が聞こえ、やがて戸は軋みながら開いた。

 現れたのは玄翁さん。俺の顔を見て少し驚いたような表情をしている。


「わっ、マクラギ! やっと来たんだね。ささ、上がって上がって。てっきり来ないのかと思ってたよ……マクラギのことだから」


 ところどころにとげが見え隠れする言葉だったが、そこまで怒っていないようなので謝罪をせずに中へ入る。

 あれから少しばかり模様替えをしたのか、家具の配置が変わっている。更に、鍛冶屋として開店しているためか店側の方が少し騒がしい。

 ここに玄翁さんがいるってことは、いったい誰が接客をしているのだろうか。糞ジジイでないことは確かだけどね。


「ちょっと待っててね。今ロボ娘ちゃんが店番してるの。凄いんだよ、店の商品の配置を一瞬で覚えちゃうんだから。この家にいる間は手伝ってもらってたんだ」


「そらロボットだから覚えるも何も間違えようが無いだろうに」


「……うん、そだね。茶の間にいて、呼んで来るから」


 どうやら店番はロボ娘がやっているらしく、玄翁さんに預けてから店番を手伝っていたそうだ。

 鍛冶屋の店番なら俺のところでもやっていたから応用が利いたのだろう。なにより、仕事があるとアイツは活き活きするからな。生きていないけど。


 ロボ娘を呼んで来ると言い、俺に茶の間で待つように言う玄翁さん。

 ちらりと店側の方を覗くと、さすがは玄翁心昭、いつだってお客さんがいる。

 その糞ジジイは店側に備え付けてある炉の前で武具を鍛造していた。中腰なのに全く揺れず一心に打ち続けるその姿は正に職人と言えよう。

 俺は椅子に座りながらやっているがな!


「…………あ」


 茶の間で待っている間、暇だったので窓の外を覗いてみると、裏庭が広がっていた。

 敷地だけは無駄にあるので裏庭にしているそうなのだが、冬草や枯れ木が無造作に生えている。

 その中に頻繁に人が通っているのか草が全く生えていない道が出来ており、その先にとある人工物が見えた。


 それは日本の墓石に似たもので、二つ並んでいる。

 文字が良く見えないため立ち上がり、窓から身を乗り出してみてみると、片方はどうやら玄翁心昭の妻、つまり玄翁さんの母親のお墓だと言うことが分かった。


 そしてもう一つにはこう書かれていた。

 十の歳にて一生分愛された少女、玄翁レナここに眠る、と。


「…………」


「マクラギ、お待たせ。お客様が列を作っていてね、参った参った」


「嬉しい悲鳴ってやつか」


「そうそう、それそれ! それが言いたかったのよ」


 やがて玄翁さんが戻ってきたので大人しく茶の間に座る。

 背後にはどこか少し疲れ気味のロボ娘。機械が疲労なんて溜まるものなのだろうか。


 ロボ娘は玄翁さんに渡されたであろう割烹着姿。良く似合っている。

 和と洋のコラボ……意外にありだな。


「心昭の爺さんは?」


「ダメ、話しかけても気付かないよ。まぁ、鍛造している途中で中断なんかできないしさ」


「それもそうか。一言、お礼が言いたかったんだけどなぁ」


「へぇ、お礼ね。大丈夫だよ、なんだかんだ言ってお父さん、マクラギのことを心配してくれていたから」


「心配ねぇ……ま、口ではあぁだけど、優しい人ってことは分かってるから」


「……驚いた。今までお父さんのことをそんな風に言う人なんていなかった」


 糞ジジイは鍛冶をしている最中らしく、抜けられないとのこと。

 今の今までロボ娘を世話してくれたことを一言礼を言いたかったんだが、それなら仕方のない。

 また別の機会にするか、時間もないことだし。


「マクラギはこれからどうするの?」


「とりあえず、【勇者】に着いて行くことは決まったから、これから黒の国に行ってくるよ」


「そう、黒の国に……気を付けてね。私も手伝うと言った手前、悠長にはしていられないけど」


「ギルドの一員として、手を貸してくれな」


「うんっ。……それにしても、マクラギがあの【勇者】様と……なんだか遠くに行っちゃった気分」


 少し、寂しげに笑う彼女。

 煤で薄汚れたノースリーブに、作業ズボンがよく似合う彼女。

 思えば玄翁さんに会ってから半年しか経ってないんだよな。凄く濃密な一年間だった。

 俺はどこにも行っていない。言うなれば、俺は自分の部屋から一歩も動いていない。

 ただ、テレビ画面に向かってゲームをしているだけなんだ。だから、俺はどこにも行っていない。


「……俺は、遠くなんかにはいない。目の前にいる。そうだろ?」


「そう、だね。うん、そうだそうだ! だってマクラギは……うん、私は胸を張って送り出せるよ。ふふん、意外にあるんだよ、私」


「知ってる。八十四のDだろ?」


「えぇ!? 何で知ってるのっ!?」


 だって、公式にそう書いてあったんだもの。


「……御主人様」


「ロボ娘は、そうだな。お前には一応世界を歩けるだけの術は教えたと思う。後は、勝手にふらつけ。それこそ、俺のためでも良い、誰のためでも良い」


 次いでロボ娘。

 コイツはどう足掻いたって俺のために動くのだろうから、もう止めはしない。

 一応、この剣に関しては首は突っ込むなとは言ってあるが、無理だろう。絶対に首を突っ込むだろうな。

 せめて、旅には同行させないが、後は何をしたって構わない。大分前に俺の所有物では無くなったのだから。


「私は、御主人様に付いていけないのが心苦しく思います。ですが、私には私にできることがある。それを教えてくれたのは御主人様でした」


「なんだなんだ、しおらしくなりやがって」


「そうですね、私だって憎まれ口を言いたいわけではありませんから。ただ、少し……そうです、少しだけ砕けた会話がしたかったのです」


「だから辛辣なことを? 冗談きついぜ」


「なんだか、今日はやけに素直ですね。風邪でも引かれたのですか?」


「よく分かったな。風邪ひいてんだよ」


「……はぁ、私が管理していたながら風邪を引かせるだなんて」


 少しだけ、ほんの少しだけ不器用に微笑むロボ娘。


「……いってらっしゃい、マクラギ。突拍子もないことを言って、本当に動くところがマクラギらしいや」


「いってらっしゃいませ、御主人様。夕食は腕によりをかけスープを作って待っています」


「あぁ、行ってくる。次は戦場で」


「うん」


「はい」


 さぁ、世界を救って来よう。

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