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結代



 赤の国にしては寒い今日。

 息が白くならないものかとホッと吐き出してみるも、そこには相も変わらず色の無い息が吐き出されるだけ。

 そんな肌寒い外に、防寒具の代わりに鎧を着こんだ【勇者】が俺を待っていた。王宮から少し離れた関所の壁にもたれて。


 小走りで駆け寄ると、こちらに気が付いたのか軽く手を振ってきた。

 三十過ぎの女性に手を振られると、どう反応したものかと考えてしまうので是非ともやめていただきたい。


「逢瀬は済んだのか少年」


「逢瀬じゃねえっての」


「若いっていいなぁ、ほんと。私も若い頃は旦那と……」


「三十過ぎって若いって言えないけど年寄りって訳でもないんじゃ?」


「若いの! そうよ、三十過ぎで結婚する人達だってたくさんいるし。うしっ、元気出て来た」


 彼女がからかってくるもので思わずこちらもからかってしまう。

 心の奥底から彼女を陶酔する者が聞いたら卒倒ものだろうけれど、俺は陶酔しているわけではないので別に良い。

 世の中の人たちのことを考えるだけ無駄だ。


「それで、今後の予定はどうするんだ?」


「うーん、そうだね……じゃあ、黒の国に行こっか。盗賊と合流したいし」


「盗賊、か」


「ちょっと変わっているけれど、きにしないでね。腕は確かだから」


 もう赤の国で残すことは今日の夜の飲み会と、糞ジジイのところに行くくらいだ。

 というわけで次の目的地を訊ねることに。どうせ、世界を回るんだ、どこからでもいいさ。


 って、思っていたのだが、まさか一番最初に一番厄介なところへ行くことになるとは。

 黒の国はもう説明不要なくらいに面倒なところで、宰相とはなるべく関わりたくないのが本音。

 そしてなにより、仲良くすることが出来そうにない盗賊と接触するって言うのがもう無理。


 盗賊は名前の通り盗み取ることや盗み聞きはもちろんのこと盗み見ることを得意としている。

 そのために隠密に関してはカンストしており、常に視界に入れておいて頭が認識していないと直ぐに見失ってしまう。

 すぐ目の眼にいたとしても。彼が本気になったのなら誰にも見つかることは無いだろう。

 索敵能力に秀でている者なら辛うじて彼の動きを見ることは出来るが、それすらも“今何か横切った”程度しか認識できない。


 だが、暗殺はしない。

 堂々と目の前から名乗り上げ、そのうえで首を掻き切るからなおさら質が悪い。

 そして、一番のポイントは狂っていることだろう。戦闘と隠密に明け暮れていた彼の精神はすでに崩壊しており、まともに話すことも難しい。

 一応話は出来るが、こちらが考えて飲み込まないと理解が難しい。それに絶対に背中を向けないし。いつの間にか後ろにいるし。

 それ見て喜んでいるとか性格が悪いにもほどがある。


 まぁ、仲間にすればすごく頼もしいのだけれど。


「よし、そうと決まれば明日にも出発しよう。何か用事はある?」


「今日の夜と明日の朝にはあるな」


「じゃあ、昼に北門に集合ってことで。それじゃ! お酒が私を呼んでいるーっと」


 目的も決まったところで今日は解散することに。

 明日は昼に首都の北門で落ち合うことになっているため、そのうちに用事を終わらせてしまおう。

 とは言っても、何か準備する必要も無い。ただ時間が流れるだけに身を任せておこう。


「……そうだ」


 今気付いたが、今晩の宿が無い。

 ちょっと億劫だけども、寒空の下で寝るとすればそのくらいの労力は惜しまない。

 と言うことで宿屋を探そう。そんで、宿屋でゆっくりと休んで二人の元へ行こうじゃないか。


 うん、それが良い。

 せっかくだから、上級区の高級ホテルにでも泊まろうかしら。

 懐は余分な物を売ったおかげか潤っているどころかびちゃびちゃだ。当分食うに困らないお金を散財しようと俺の勝手だ。


「……」


 やっぱり、やめておこう。

 後で困るのは俺だ。彼女の食う分も無くなるし。

 なんで【勇者】なのに無一文なんだよ、ホント。




◆ ◆ ◆




「ってぇ訳なんですよ」


「あいやぁ……あの国王様が、よくもまあ無条件で……」


「で、姫様の方は相も変わらずマクラギにお熱か。ヒューッ! 羨ましいねぇ」


 夜の帳が降り、昼間の顔は姿を隠して夜の顔が辺り一面に広がる時間。

 そんな飲んべぇたちが蔓延る夜の街。一人の色男と一人の巨人と一人のクズが同じようにして酒の席を囲んでいる。

 ジョッキは既に合わせて十は空けており、徳利は五本にも及ぶ。それでも飲み足りないのか次々に胃の中へアルコールを注ぐ。

 ある者は酒に強いから、ある者は明日は非番だから、ある者は巨人御手製の薬があるからと気にせず飲む姿は心配させるほど。

 もう女将さんからはストップがかかっているものの、例の四次元ポーチの中に入っている酒を取り出して飲む始末。


 もう止まらない。止まれないの間違いか。


「それでそれで? 噂の【勇者】様はどうだったよ」


「聞いた限りでは変に着飾ることをしない凛とした面達の別嬪さんと聞き及んでいたんですがねぇ。戦場ではあまりにも美しい剣戟に見惚れる者もいるとか!」


「なんだか、子供をそのまま大人にした感じだなぁ。いや、悪い意味ではないよ? 子供のように笑って喜んで、子供のように悪を心の底から恨んでいる。そして、大人も目を見張るような聡明な策を講じる……ってところか」


「へぇ! へぇ! いやぁ、私も一度いいからお目に掛かりたいものですなぁ」


「子ども、か。なるほど、だからどこまでも純粋に戦い続けることが出来るのか」


 話題はもちろん、俺のことと、【勇者】とその一行のこと。

 二人には【勇者】と接触を図るとは言っていたものの、まさかその一行に加わるとは思っていなかったらしく、大層驚いた反応を示した。

 その驚きように俺も驚いた。特にネヒトさんなんかひっくりかえってしまうほど驚いていた。アゾットさんは口をあんぐりと。

 それほどまでに【勇者】一行の仲間になることは凄いことなのか。


 考えてみよう。

 化物並の手力に山を動かせるほどの無意気力を持つ戦士。

 意識していても捉えることは難しい隠密と短剣スキルを持つ盗賊。

 単騎で国立魔法兵団を凌ぐ魔力と残忍で冷酷で穏やかで飄々とした賢者。

 そしてそれらを率いる一人でも世界を救える化物筆頭の【勇者】。


 その中に、俺が入るのだ。

 うん、凄いって言うより化物認定されたようで気持ちよくないな、コレ。

 っていうか考えないと分かんなかったのか俺。嫌だなぁ、今からでも抜けられないかなぁ。


「で、これからどこへ行くんだ?」


「黒の国だってさ。そこにいる盗賊と合流して黒王に不可侵条約を結ばせる。まぁ、それまでに一悶着も二悶着もあるんだろうなぁ」


「黒の国……」


「盗賊かぁ……」


「まぁ、そう言う反応になるよな」


 そして次は黒の国に行くって言うと揃って神妙な顔つきになる二人。

 それぞれ反応したワードは違うが、同様に面倒な相手をするような渋い顔だ。


 俺も最初はそんな顔になったよ。

 そこだけは最後に回したかったってね。


「マクラギ殿ぉ、私ゃ……他から行くべきだと思いますよ」


「俺も同意見だ。まだ、それならまだ賢者の方がマシだ。あっちは会話が成り立つが、こっちは会話どころか命を刈り取られちまう」


「いや、彼女がいるから大丈夫だろうけど」


「【勇者】様かい? 彼は【勇者】だけには忠実だと聞く。だがそれ以外なら仲間だろうと刈り取るらしいですぞ」


「マクラギ……骨は拾っておいてやるぜ」


「死ぬこと前提に話すな」


 自分だって同意見だと言ってやりたいが、嫌だからと言って他のところへ行きたいだなんて口が裂けても言えない。

 それだったらどんな幻滅されるだろうか。きっと、彼女は俺が怯えていると知ったら嘆くだろう。

 だって、そう言う人だから。


「さぁて、死ぬマクラギに向けて乾杯!」


「どう足掻いても俺は死ぬのかよ!」


「だっはっはっは! 大丈夫ですよ、マクラギ殿。マクラギ殿には女神の加護がぁついているじゃあないですか。なんせ、姫様に勝ってしまったのだから」


「よく分かっているじゃないですかネヒトさん。そうだ、勝ってしまったんだ。あぁ、どうしてもう少し利口に出来なかったんだよぉ」


「だってマクラギだもの。あぞっと」


「どこからか怒られるから止めい」


 ネヒトさんの言うことに思わず声を上げる俺。

 今思えば全てが狂い始めてきたのは……いや、歯車がきしみ始めてきたのは赤姫に勝ってしまった時からだ。

 あの時は仕方がなかったとはいえ、血が頭に昇りきっていた。もうちょっと器用に生きられなかったかと思うことはあるが……いや、止めよう。

 いつも俺は後悔しない生き方をしているはずだ、思うことすら間違っている。

 あぁそうだ、俺は後悔なんてしていない。


 あの赤姫に勝てたことを誇りに思うのだから。


「じゃあ、次に帰ってくるときは、一緒に戦う時だな」


「えぇ、そうですとも。そうなった時はマクラギ殿をこの背中で護って見せます」


「……その時は、お願いします」


 そう、そうだ。

 次にこの二人と会う時は戦場だ。

 まさに全世界を巻き込んだ全面戦争が巻き起こるのだから、特に罪の無い人達ばかりが死んでいくのだろう。

 どこの誰が悲しもうが死のうが俺には関係ないからどうでも良いのだが……あぁ、そうだ、関係ない。


「……じゃあ、ここはマクラギ殿の出世を祝って奢ってもらいましょう」


「良いねぇ、ごちなりまーす!」


「え、ちょ!?」


 こうしてて楽しく酒を飲めるのも、いつになるのだろうか。

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