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触発



「あぁ、あぁ、本当ならこの再会を喜ばなければいけないのに」


「そう! 喜ばしいことなのだ! あぁああいやぁ……! マクラギ! 俺は貴様と肩を並べて共に戦えるのが嬉しくて堪らんぞ!」


「いや、まず落ち着いて。どうどう」


 部屋へと入り、椅子に腰を落ち着かせて向かい合う三人。

 お願いだからと座ってもらったベズワルは、飛び出さん限りの様子で椅子に一応座っている。

 しかし、その願いももう少ししたら叶わないのだろうな。


 対する姫様は落ち着いた様子だが、俺との再会を喜んでいるようだ。

 なんせ、俺が好きだと公言しているのだから。しかし、ベズワルが興奮しているのを見たせいか逆に冷静になっているらしい。

 分かる、分かるぞその気持ち。


「まずは【勇者】と共に得物を振るえる喜びを。おめでとうございます」


「えっと、ありがとうございます。その……」


「だっはぁ! 男ならば一度は憧れる座に二度も着いてしまうのか貴様は! だが、嫉妬の気持ちはこれっぽちも湧かん! むしろ、到達してくれて自分のように嬉しい! ここまで興奮したのも小さき頃以来だ!」


「ベズワル、落ち着きなさいと言ったはずです」


「うぅ、ですが姫様……」


「わかります。私も思わず頬が綻ぶほどに嬉しいですが、その……貴方のために歯に衣着せずに言いますが、正直ドン引きです」


「な、なんと……っ」


 どうやら五分と保たなかったようだ。

 再びベズワルは座っている椅子をけっ飛ばす勢いで立ち上がり、いかに自分が興奮しているかを捲し立てた。

 それを見ていた赤姫は嘆息にも似た溜息を一つ吐き、ベズワルを冷たい眼で睨んで感情を露にした。

 その瞳はどこかぞくぞくするもので、本能が危険だと警報をガンガン鳴らす。きっと、今さっきの赤姫は一国の姫ではなく騎士団長として言ったのだろう。


 それを見た聞いたベズワルはやっと委縮したように大人しくなる。

 その姿は親に怒られて罰が悪くなった子供のようだ。確かに、子供のように興奮していたが。


「それで……何故私のところへ? 正直、もう二度とその御姿を見せてはもらえないものだと……」


「……国王様の言い付けで」


「そう……やっぱり、そうなんですね。私、私は……」


「…………」


「…………」


「…………」


「……何も、仰ってくださらないのですね」


 やっとこさ話が出来る状況になり、本題ともいうべき核心に赤姫が触れる。

 彼女に嘘を言っても見透かされるだけなので素直に言うと、やはり悲しみに満ちた表情になった。その表情はおそらく腹の探り合いでするようなものではなく、本心からなのだろう。

 思わず言葉に詰まり、何も言えないでいると、それをどう捉えられたのか一層哀しそうな表情になる赤姫。


 ゲームの中では初回プレイで見初めて結婚した赤姫。

 その妻たる姿や甲斐甲斐しく、夫を立て、想い想われる素晴らしい奥さんだった。

 しかし、俺は彼女の本性を知ってしまった。ゲームの中でも、彼女のはそう思っていたのではないかと。あの微笑ましい場面でも、プレイヤーのために怒ってくれた場面でも。

 生涯を契り、共に語り合ったあの口付けの時も。


 そう思ってしまうと、目の前にいる彼女がどうしてもけがらわしい者にしか見えなくなる。

 彼女はとても聡明で、人間らしいと言うのに。裏切られたわけでもないのに。


 俺って勝手な奴だな。今に始まったことじゃないけれど。


「……これから、大規模な魔物との戦争が起こるでしょう。その時は……共に、戦場を駆け抜けましょう」


「それは、それは……私は、もう、貴方の視界にいないのですね?」


 より一層哀しそうな表情になり、遂には両の眼からぽろぽろと堪え切れなかった涙が流れて始めた。

 しかし、それでも俺の前では笑顔であろうとしているのか無理に笑顔を“作る”彼女。

 そんな彼女に言ってやりたい。


 いや、言ってやる。


「いいえ、むしろ両の腕の中に居ますよ」


「へっ……?」


 決して傍で何人も殺してきているんじゃないかと思わせるベズワルの殺人眼光を浴びているからではない。

 俺は俺の私利私欲のために生きている。何のために人間として生を受けたと思っている、俺は俺が思うがままに人間として生きている。

 そんな人間らしい彼女に同族嫌悪的な感情が無いわけではないが、俺の生き方がまかり通って彼女の生き方がまかり通らないわけがない。


 理解は出来ないが、否定も出来ない。

 他の奴が私利私欲で生きていると反吐が出る。だが、俺は私利私欲のために生きる。

 それのどこが悪いと言うのか。


「人は、人ありきです。それも、全人類。なら、なぜ貴女を嫌わなければならないのか」


「あぁ……! 私は赦されて良いのですか……?」


「良いわけないじゃないですか。私にした仕打ち、絶対に忘れません、赦しません。でも、それを貴女が気にすることは無い。そうでしょう?」


「どういう、こと?」


「そのままの通りです。いずれ女王となる御方が、そのようなことで一々気にしていたらキリがありませんよ」


 俺の言うことに救われたかのような表情になったり、希望が絶望になったかのような表情になったり、理解が出来ないというような表情となったりと忙しい赤姫。

 なにも難しく考えることは無いと思うんだよ。かのシッタールタさんだって生まれた時に甘露を浴びながら言ったじゃないか、天上天下唯我独尊って。

 え、意味が違う?


「姫様……ここは、素直に頷いた方がよろしいかと。その方が、姫様のためにも……」


「そう、ですわね。ここは……私にもまだ機会があるのだと分かっただけでも僥倖です」


 感情百面相から硬直して動かない赤姫に、補佐の副騎士団長らしく助言を申し出るベズワル。

 もう考えるのが嫌になったのか、それとも俺の崇高な思考に理解が追い付かなくなったのか素直に頷く赤姫。


 実際、赤姫って絶世の美女だから言い寄られて悪い気はしない。

 だからこそ初回プレイをした時に結婚相手に選んだのだから。姿だけで。

 あと、パーティーに入れておくと戦闘が超楽ちん。


「それで……貴方方が【魔王】の住まう“荒涼の丘”へ攻め入る際に、軍を派遣することをここに約束いたします。もちろん、お父様も私も」


「それは頼もしい」


「俺様もいるのだ! 熊の子と称される俺様に任せておけ!」


「えぇ、頼りにしてます」


 さてはて、ここからは大人の話として【勇者】に対する助力の話に。

 この世界ではなにも【魔王】のことは全て【勇者】任せではない。国一丸、世界一丸となって【魔王】へ立ち向かうのだ。

 ちなみに、全ての国を回って助力を求めても選択肢によっては全て却下されることもある。その場合は【勇者】一行のみで立ち向かうことになるが、その助力なしで【魔王】へ挑むのが一時期流行ったこともある。

 正直、五国が一丸となったら【魔王】程度などどうでも出来る。もちろん、【勇者】ありきだが。


 今回は特に地雷を踏む様なこともしていないので簡単に約束出来た。

 俺は別に苦行は好きじゃないからな。


「では、【勇者】を待たせていますので」


「もう……行かれるんですか? もう少し、傍にいてくださいませんか?」


「……こうしている合間にも、この世界のどこかでは【魔王】によって命を落とすかもしれない人が沢山いるのです。行かなければ」


「そう、ですか」


「御心配なさらず。全てことが終われば、いつまでも傍におります」


「っ!? それは一体どういうことっ!?」


「それでは、また」


 やることは全て終わったので帰ることに。

 しかし、赤姫はまるで乙女のようなことを言いだしてきたので、そこはお得意の嘘はつかずに本当のことも言わない話術で言いくるめることに。

 今の赤姫は俺のことを信用している状態なので、変に疑わないから簡単だ。それに、奥歯が浮きそうなことを言えば顔を真っ赤にしてそれどころじゃなくなるのがとても滑稽で面白い。


 全てが終わったら、つまり俺が元の世界に帰った後の話だ。

 セーブデータの中ではいつまでも俺は赤姫の元にいるから、嘘はついていないぞ。

 なんて俺は優しいのだろうな。心配な彼女を安心させることを言えるなんて。


 しかも、きっとこれで俺のことは全面的に協力してくれるだろう。主に戦力と資金面で。


「それでは」


「待て、小僧」


「……なにか」


 颯爽と去ろうとした時、背後からお呼びがかかる。

 その声はベズワルの声。興奮していた時とは違う、真面目トーンの声。

 そんな声に俺は思わず肩が震える。まさか、見透かされてしまったのではないか、と。


「……小僧、死ぬでないぞ」


「…………ははっ、誰だと思っているんです? 武闘王ですよ?」


「そうだったな。愚問だった。健闘を祈っているぞ」


 しかし、杞憂だった。

 なんて信じやすい人たちなのだろう。だから、いとも簡単に黒の国に出し抜かれてしまうんだ。

 このイベントで一番厄介な国は黒の国だしな。周回プレイをしているのに未だに安定して助力を得ることが出来ていないし。

 あの腹黒宰相を出し抜くことは結構難しい。俺よりも悪事に関しては頭が回る奴だからな。俺はバカだけれども。


 さて、【勇者】はどこだっけか。

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