畦道
「いや、いやいや、さすが西海龍王と冠す御方だ! 民のために尽力をなさる素晴らしい御方だ!」
「……俺様を強請って……何が欲しいのだぁ……!?」
「強請るだなんて! 畏れ多い! 赤王様から授かった“武闘王”という称号にかけてそんなことは」
「……ククッ。そうか、そうか。貴様は……言ってみろ」
朗らかな笑顔から一変、まるで密会に忍び込んだ間者を見付けたかのように歯を食い縛り表情を歪ませる赤王。
あの一件以来、一国の主ともあろう男がご機嫌取りみたいな真似をしている。それを見て、俺が感激するほど単純だったらどれだけ良いものだったか。
俺が皮肉たっぷりにそう言い放つと、どうやら俺が弱みに付け込んで強請りに来たと思ったらしい。
もしこの場で俺だけだったら“不運な事故”が起きて俺は土の下で寝ていることだろう。
だがしかし、隣には赤王よりレベルが五十も高い【勇者】が控えている。下手な真似は出来ないどころか、【勇者】がこの枕木智也を世界に選ばれた者だと公言している。
下手な真似をすれば世界から排除されかねない。まぁ、実際は選ばれてすらいないんですけども。
当の【勇者】様は何が何だか分かっていないようだが、そこはさすが【勇者】様。
空気を読んで神妙な顔つきで赤王を睨んでいる。おおよそ、この国で一番権力がある者でに向ける目ではない。
「国王様。実は折り入って申し上げたいことがございます」
「俺様は言ってみろと申したはずだ、セントレア・ギルデロイ」
そして、ここが切り込み際だと半断したのか、【勇者】が赤王に話を持ちかけた。
当然のごとく機嫌が悪そうな赤王。そのレベル百五十から放たれる威圧感を一身に受けている俺の意識が切り離される前に終わってほしい。切に。
話というのは、もちろん五国の不可侵条約のことだ。
「私を含め、【勇者】一行はこれより【魔王】の住まう“荒涼の丘”へと馳せ参じます」
「ほう……下がれ」
赤王の一言。
それだけで謁見の間にいた兵士たちが退室した。
この場に居るのは俺と【勇者】と赤王のみ。他に漏れてはいけないと判断してのことだろう。
「準備は終わったのか?」
「はい。十分なレベルと経験を積み終え、今がその時だと」
「なるほど、なるほど。それで?」
「私はここに五国の不可侵条約を意見具申します」
「ふんっ。良いだろう。断る理由も無い。だが、分かっているな?」
「えぇ、必ずや、黒の国には」
「ならば良い。下がれ。俺様は疲れた」
意外なほどに話はとんとん拍子で進み、なんと不可侵条約の赤王の許可をもらうことが出来た。
後ほど文書にして渡してくれることだろう。戦闘狂がトップに立つ戦闘に明け暮れる国がこうも簡単に不可侵条約を赦してくれるとは思っていなかった。
ゲームでも散々お使いイベントをしてようやく結んでくれると言うのに。いったい、彼に何があったのか。
そして、黒の国が何だと言うのか。
後で彼女に聞いてみることにしよう。ただ、分かっていることは黒の国を除く四国が黒の国を快く思っていないと言うことだけ。
「おい、小僧」
「なんでしょうか」
「俺様はどうであれ、アンジェリカは小僧を憎からず思っている。顔を見せるだけでも良い。会ってくれ」
「……わかりました」
最後に一つだけ、と赤王自らが席を立ち俺に耳打ちをしてきた。
内容は赤姫のこと。どうやら親としてもどうにかしたいと思っているらしい。
要するに、早めに縁を切ってくれとのこと。勝手だよな、王族って。
無能王を見倣えってんだ、まったく。
「それでは、失礼します」
「失礼します」
「あぁ、吉報を待っているぞ。二人の【勇者】」
謁見の間を去る際に、チラリと見えた赤王の姿は、本当に疲れている様子だった。
そして、この世界を救う者に対してのそれではないものを向けて。
◆ ◆ ◆
「少年、寄るところがあるんだろう?」
「あぁ、少しな」
「さっきの立居振舞は見ているこちらとしてははらはらしたよ。その男気に免じて、早く行きな。立ち入りできないところに行くんだろ?」
「赤姫様のところへ」
「逢引かい? 若いねぇ。私も若い頃は逢瀬を旦那としたものだ……って、人の話は最後まで聞けって。まったく。そんなにお熱なの」
謁見の間から出て、王宮を歩き出入り口まで歩いている時。
嫌に察しが付く【勇者】はここで一旦別れようと言う。だがしかし、ここで別れてしまっては容易に会えないような気がするのは気のせいだろうか。
そんなこんなで彼女の話を聞き終わる前に俺は王宮内にある赤姫の元へ歩いていく。
途中で何人もすれ違う女中さんは俺のことを見るなりまるで国賓を扱うかのようにうやうやしく一礼をする。
おそらく赤姫様に何らかの説明を受けているのだろう。将来の旦那さまだってか、冗談じゃない。
それでも、ゲーム内での俺の生き写しは彼女に惚れていたことさえある。
俺も彼女の本性を知らなかったら惚れていたところだ。ゲームの中でな。
「……貴様は、マクラギ! マクラギではないか!? いやぁ、戻っていたのか、えぇ!?」
「副騎士団長……」
「堅苦しい呼び名は止さんか。姫……いや、騎士団長殿に会いに来たのか?」
「えぇ、国王様からの言い付けでね」
「……あぁ、貴様が、その……会い難い、あー……会いたくない気持ちはよーくわかる」
「どこに耳があるか分からないですよ?」
「……そうだな、すまん」
つかつかと妙に足音がなる床に耳を傾けながら歩いていると、全欧から嫌に興奮した声が聞こえて来た。
集中していた意識を戻し、見てみるとそこには“熊の子”と評されるベズワルが目を見開いて立っていた。
俺が反応すると歩くことを思い出したのか早歩きで近寄ってくる。
興奮は冷めないようで早口でここに何をしに来たのか捲し立てるが、そんなに俺に会いたかったのだろうか。
最終的に何かと気にかけてくれていたのは知っているが、そっちにフラグを立てたつもりはない。
しかし、俺の目的を知った途端、面白いくらいに冷静になるベズワル。
どうやら同情してくれているようだ。少なくとも、二人の本性を知る数少ない人だからな。
それでも、赤姫様のことを愛しているのは滑稽だと言えよう。
「それで、大元の目的は何なのだ?」
「実は、今さっき五国の不可侵条約を国王様に結んでもらいまして」
「不可侵条約だと!? え、あ、いやぁ! そうか! ついに【勇者】様は決断成されたか! 俺の剣が唸る日は近いな! はっはっは! ……で、何故貴様がその申し立てを国王様に? えぇ?」
「なんと俺も【勇者】一行に入ったんですよ」
「なんだって!? そんな、いや、貴様なら申し分ない! 違う! 姫様に死をプレゼントした貴様なら相応と言えよう! こいつは楽しみだ!」
「お、おう……」
なにやら理解がとてつもなく早いが、嬉しそうで何よりだ。
やはり騎士団の所属し、副騎士団長の役職柄も相まってか相当な戦闘狂なのだろう。
これからもしかしたら大戦争が起こるかも知れないって言うのにこの喜び様。戦いの中に喜びを見出したやつしか至れない境地だ。まぁ、大戦争は起きるんですけども。
「ならば一足先に姫様に伝えよう! あぁ! 済まない! こればっかりは俺に任せてくれ! きっと、貴様より大いに誇大に的確に説明できる自信がある。赦してくれっ! 姫様! 姫様!!! 大変ですぞ! あぁ! ダメだ! 興奮して死んでしまう!!!」
「え? あ、あぁ、た、頼みました……」
依然として興奮が収まらないベズワルはなんと、自分が赤姫に伝えると言いだし、こっちの有無も言わさず姫様の元へと走っていってしまった。
なにがそこまでして彼にそうさせるのか、一体全体わからないが何だか逆に冷静になった。ありがとう、戦闘狂。
もう遠くまで走っていってしまったと言うのに廊下の奥からは怒号のような歓喜の声が響いてくる。
しかも一言一句聞き取れるくらいの大声でだ。どれだけ嬉しいのだろうか。
そこまで嬉しいのは分かったから、いい加減にしないと赤王に怒られてしまうのではなかろうか。
そうしてようやく辿り着いた姫様の部屋前。
他の部屋の扉とは違って金の金具で装飾された扉は、それだけでただならぬ者の部屋だと認識させる。
そして例のごとく部屋の中からはベズワルの大声と、それをなだめようとする困惑した赤姫の声。
おそらく赤姫ですらこんなにも興奮したベズワルの姿は見たことが無いのではなかろうか。俺も無い。
扉のノブに障るだけでも振動が伝わってくる。きっと部屋全体が揺れているに違いない。
意を決し、開けてみる。すると、髪の毛が逆立ってしまうのではないかと思うくらいの衝撃波、もとい大声は俺の顔面にぶつかって来た。
「えぇ! もう! これからは大変ですぞ! もちろん、このベズワルも力の限りを尽くし、この国に勝利と栄光を導き……おお!!! マクラギ! よぉく来た! さぁさ、こっちへ来るのだ!」
「ま、マクラギ様!? お会いできて嬉しいです。あぁ、それよりも、ベズワル。どうか落ち着いてください。聞こえていますの?」
そして、予想通りか凄い剣幕で叫び続けるベズワルに、俺との再会を喜びたいようなのだが、素直に喜べない赤姫の姿があった。
なんだか初めて赤姫に同情したな。