表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/137

老将の覚悟



 とにかく一旦自宅へと帰り、準備を済ませてから再びギルドへ足を運ぶ。

 今は玄翁さんのクエストも終わり、日もだいぶ傾いてきた頃だが、今から本当に行くのだろうかという疑問が浮上中。

 まぁ、クエストは朝昼晩関係なく受けれるけども、現実も入り混じっているこの世界では些か現実的ではない気がする。


 今回持っていくのはとりあえず全種類の武器と、幾つかの装飾品だ。

 力の腕輪は常備していても問題ないだろう。他の装飾品が必要になったら指に填める方向で。


「待ちなさい」


 もう少しでギルドに着くという時だ。

 路地裏からひょっこり顔を出してきた人物が俺に声を掛けてきた。

 その人物は男性で結構御高齢だ。この世界では珍しく老人のキャラクターだ。


 でも、俺はこの人を見たことが無いぞ?

 モブだろうか?


「えっと、どなたですか?」


「……お前がマクラギか。着いてきなさい」


「え?」


 誰だか聞いてみるが、そんな質問は最初から無かったかのようにスルーされてしまった。

 この老害め、さっさと施設行くなりしろよ。人の話をよく聞けって親に教わらなかったのか。


 そして、人の事なんて気にせず歩いていく老人。

 しかし俺には行くところがある。こんなモブに構ってやれるほど俺は暇ではない。

 それなら、まだこちらに利益のあるキャラクターと行動するわ。


 ということで老人に着いて行かずにギルドへ急ぐ俺。

 きっと、ゲーム基準がこっち寄りならばアゾットさんたちは昼夜問わず俺を待っているはずだ。それなら、いくら俺でも申し訳ない。

 今の時間帯は日が半分くらい沈んだ頃。今から出発したんなら到着する頃には日が明けてしまう。


「あぁ、くそ。走って行くか」


 そんなこんなでギルドが見えてきた頃だ。

 俺の後襟首を掴まれて引き摺られてしまった。そのため、完全に首が絞まってしまう体勢に。

 ガンガンHP(ヒットポイント)が削られていくのを感じた今日この頃。ぶっ殺してやろうと無理矢理振り返った先にいたのは、なんと先ほどの老人だった。


 もしや俺を追いかけて来たのか?


「おい、離せよ!」


「お前は言葉も分からんのか。ワシは着いて来いと言ったんじゃ」


「俺は行くところがあるの! 爺さんに着いて行く暇はない! そもそも、非常識だ!」


「分からんやつじゃな。ワシは着いて来いと言ったんじゃ」


 わけわからん。

 この爺さんは同じことしか喋れない村人A的なポジションなのか?

 それにしてもこの爺さん、かなり力が強い。力の腕輪を二つ装備した俺が勝てない程ではないが、踏ん張らなくては引っ張られてしまうほど。

 ここで流血沙汰は避けたい。しかし、この爺さんに時間を掛けてしまうのは惜しい。


 一回着いて行くふりをして全力でギルドへ走ろう。


「分かったから! 着いて行くから離せ糞ジジイ!」


「なんじゃ、言葉が分かるのではないか。どこぞの知恵遅れかと思ったわい」


 誰が知的障害だ、誰が。


 ようやく離してくれたので空気を肺に入れるべく大きく深呼吸する。

 だが、いきなりやってしまったのでむせてしまった。あぁ、イライラする。

 そんな俺にはお構いなしに踵を返して歩き出す糞ジジイ。俺は渋々その後を着いて行った。


 五分くらい歩いた頃、糞ジジイが突然立ち止まり、一軒の家に入って行った。

 中級区のメインストリートから少し外れた場所だ。住宅が見えたり、小さな個人営業の店なども見える。

 俺はそれを見届けた後、ギルドへ行こうと踵を返した時だ。

 とあることに気付いた。


 あの糞ジジイが入っていった場所に見覚えがあるのだ。

 しかも、うろ覚えではなくしっかりとした記憶だ。俺は糞ジジイが入っていった場所を見上げる。

 そこには申し訳程度の看板が立て掛けられおり、こう書かれていた。


 「鍛冶屋玄翁」と。


「あれ? お客さんってマクラギのこと?」


「うわっ」


「うわってなにさ、うわって。失礼しちゃう」


 突然目の前にニュッと現れる頭。

 そのことに俺は仰け反るように尻餅を着いてしまった。

 尻をさすりながら立ち上がり、その人に出会う。言わずもがな鍛冶屋玄翁心昭の一人娘の玄翁レナだ。


 そんな玄翁さんは俺の態度に若干ムッとした態度で俺を出迎える。

 いきなり目の前に頭が現れたのだから仕方がないと思いたい。


「お父さんがお客さんを連れてきたって言うから、どんな人かと思ったよ」


「あの糞ジジ……爺さんは玄翁心昭だったのか。いきなり着いて来いって言われて、何も説明されず辿り着いたのがここだったから驚いたよ」


「お父さん……何も説明しなかったのね。ごめんなさいね、とりあえず上がって?」


「お邪魔します」


 直ぐにギルドへ行こうとしたけれど、相手が玄翁心昭なら話は違う。

 ゲームでは玄翁心昭の名前は出てくるが、玄翁心昭自体はゲームでは出てこなかった。デバックルームには立ち絵はあったらしいが、没になったのかゲームには出てこない。

 ちなみに、玄翁心昭に関しては齢六十歳で玄翁さんを産んだということで、かなりの偉丈夫でハッスル御爺ちゃんと掲示板では囁かれていた。

 実際は小さく細い威厳たっぷりの糞ジジイだったがな。

 俺が見たことないのも仕方がない。


 玄翁さんの鍛冶屋に入るとまず目にするのは熱を放つ大きな炉と金床、他には俺の店では見かけないものも多くあった。

 その横を通り抜け、防火扉みたいな分厚い扉を開けて居住スペースへと入る。

 これもゲームでは実装されていなかった空間だ。


 玄翁さんの家は良くも悪くも昔ながらの家だった。

 床は何回か取り替えているのか比較的新しいフローリングだが、壁には古く趣のある染みが見受けられる。奥には客間らしき改装された部屋と藺草の畳が敷かれた和室が見える。

 その和室がどうやら玄翁心昭の部屋のようだ。


「お父さん、マクラギを連れてきたよ。後、そうやって自分勝手にやっちゃダメって何回言えば分かるのさ!」


「おぉ、八号。ご苦労だった。お茶を用意してくれんか」


「いや、あのさ……やっぱいいや。ごめんマクラギ、ちょっと手伝って?」


「お、おう」


 お客さんに給仕を手伝わせるとはなんたる非常識。

 俺の中で玄翁さんの株が急暴落でっせ。


 だがそこは口に出さずに手伝う俺。こう言うところで好感度を稼いでおくと可愛いモブを紹介されるかも知れないからな。

 なにも登場人物は名のあるキャラクターだけではない。そこらじゅうに可愛いグラのモブがいるのだから!


「あの、さ。さっき言ってたことは気にしないでね」


「ん? さっき? 爺さんが玄翁さんのことを“八号”って呼んでたことか?」


「うん、そう」


 お茶を沸かしているその間。

 何もすることが無いその時間にポツリと玄翁さんが呟いた。

 それは先ほどの玄翁心昭の言葉。自分の娘をまるで物のように“八号”と呼んだことに、違和感を感じざるをえない。自分の娘を愛しているのなら、そんな愛称で呼ばないはずだ。


 ものすごく気になるが、玄翁さんの表情が苦しそうな笑顔なのを見て、俺は頷くしか選択肢が無くなってしまった。


「分かったよ。何も訊かない」


「ありがとう」


 お茶が沸いたので盆に乗せて運ぶ玄翁さん。

 というか家でいる時もその鍛冶屋スタイルなんだな。


「お父さん。お茶だよ。じゃあ、私はあっちに行っているから、あまり遅くならないようにね」


「うむ」


 はてさて、問題の玄翁心昭との対談だ。

 何を思ってこの糞ジジイが俺を呼び出したのか皆目見当が付かねぇ。というか何を考えているか分からねぇ。

 もうボケてんじゃねぇのか。


「あのさ、爺さん。ちょっくら先に訊きてぇことあるんだけどさ」


「なんじゃ」


「何で自分の娘のこと八号って呼んでるんだ?」


 だけど俺が訊きたいことを先に斬り出す。

 玄翁さんに訊けないのなら、そもそもその愛称で呼んでいる本人に訊くのが一番だ。

 こうすることで玄翁さんに知られることなく知ることが出来る。俺って天才。


 その質問を聞いた玄翁心昭は伸び放題の白髪眉をピクリと動かす。

 それを見逃す俺ではない。


「ふむ……元々、話と言うのは娘のことだった。良い機会だ、着いて来なさい」


「は?」


 糞ジジイがそう言うなり、畳が敷かれたとある一角を右手の甲で数回叩いた。微妙に違う感覚で叩いているので、何かリズムがあるのかも知れない。

 糞ジジイが叩いた場所は、まるで何かのギミックが作動したかのように音も無く開いて行く。

 やがて、人一人通れるくらいの空間が開いた。階段があるところを見ると、地下室に繋がっているようだ。


 糞ジジイは俺のことなんかお構いなしに降りて行く。

 この時ばかりは大人しく糞ジジイに着いて行く俺。


 会談はそれほど長いというわけではなく、二十段くらい下ったところで地下室へと辿り着いた。

 糞ジジイは明かりを点けると、その地下室にあるものが照らし出された。


「なっ……?」


 そこにあったのは“玄翁さん”だった。

 いや、玄翁さんらしき人形だ。裸で、下半身がない。本来下半身があるところにはコードの様な太い管が伸びており、その先はどこに繋がるでなく投げ出されている。

 しかし、上半身はまるで生身の人間のような見た目だ。人形とはとても思えない。


「これはな、七号だ」


「七号?」


「そこらにも転がっておるじゃろ。六号も五号も四号も」


 そう言うので見渡してみると、確かに地下室の端の方に追いやられるように人形が転がっている。

 それは雑な造りが見えるものもあれば、多少型落ちはするが綺麗な人形もあった。


「実はの、ワシの娘は……小さい頃に死んでおるのじゃ」


「はぁ!?」


 いきなり明けられた真実。

 なんとこの糞ジジイは自分の娘が死んでいると告白したのだ。それも、娘にそっくりな人形の前で。


「ワシは……鍛冶屋の傍ら、カラクリ技師もしておったのだ」


 そう言えばそんな職業もあったな。


「昔のワシはどうかしておった。娘が死んでから、娘を造ろうと躍起になっておったのだ。そして、十年前。娘が死んでから五年の歳月が経っておった」


「はぁ」


「ようやく完成したのだ。失敗作と思っていた八号が動き出したのだ。それも、ワシを理解して。世界を理解して」


 なんか語り始めたぞこのジジイ。


「そんな折じゃ。お前のことを聞いたのは」


「俺のこと?」


「そうじゃ。他ならぬ八号の口からな。面白い鍛冶屋が来た。そして、今日はドラゴンを退治して来た。こうして、一目見たかったのじゃ」


 呼び出したのは俺が見たかったからかい。

 そうならそうと言えよな。こっちはかなり誤解していたぞ。いや、誤解はしていないんだけども。


「まぁ、早い話、お前に八号を任せる」


「……はい?」


 いきなり話が飛んだぞ。

 明後日どころじゃねぇよ、銀河の彼方までぶっ飛んだぞ。


「お前の眼を見て気に入った。ワシはの、こうして頑固ジジイと呼ばれて世間には知り合いもおらぬ。そんな中、八号とてワシの娘じゃ。気に入った相手に任せるのは親の勤めじゃ」


「ちょっと待てよ! なんだよいきなり! そんなこと言われたって信じられるはずないだろうが! そして、そのカラクリを任せるだって!? ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ糞ジジイ!」


 我慢していたことが全て弾けて糞ジジイにぶちまける。

 ここまで置いてけぼりにされて、あまつさえ何も分からぬまま娘を頼むと言われてはいそうですか頷けるわけがない。俺の意思はどこに行った。


 そんな当の糞ジジイは一回だけ溜息を吐いた。

 溜息を吐きたいのはこっちだ。


「信じないというのならばそれも良かろう。これからも、娘と仲良くしてやってくれ」


 そう言って頭を下げる糞ジジイ。

 なんなんだよ、いったい……。


 俺が知ら無い設定が独り歩きしているのかよ、ちくしょうが……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ