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そう、あれかし



 茫然、次いで悄然。

 先ほど信仰を全て手中の物とした光景は今はどこにも無い。

 朽ち果て、未練がましくその残骸が転がるのみ。飽きた苦学生が鉛筆を転がすように。

 どういうことなのか理解した時に訪れる脱力感。


 ここにはもう、彼女はいないのだ。


「……見ての通り、ここには何にも無い。でも、さっき貴方が入って行った時には神代が広がっていた」


「あぁ……そうだ」


「どうしてあなたは神代に入ることが出来たのか、私から言わせないで」


「…………そうだよ。俺はどういうわけか間違いで“選ばれて”しまったんだ」


 実感は無い。されど否定する理由も無い。

 俺は彼女に間違いだとは言え選ばれてここに来てしまったのだから。

 不服ながらにも、悪くは無い体験だ。今後の俺の人生で大いに役に立つことだろう。


 なによりも、今時点で役に立つ。


「俺は彼女に選ばれた」


「……なら、私に着いて来て。私も……これでも選ばれてしまった人だから」


「元よりそのつもりだった」


「だったらどうしてとぼけたりなんか……なんて問い詰めたりしないよ。どうだって良いことだし」


 彼女の管理は相も変わらず杜撰なものだった。

 なぜなら、本来部外者である“この世界の住人”に見られてしまったのだから。

 本来なら彼女と話したことは秘密の秘密。もう既に彼女はこの世界にはいないことになっているのだ。


 それを見られたとなっちゃ、利用しない手は無い。

 今頃彼女は見えないところであたふたと【勇者】に見られてしまったことに対しての事後処理に終われていることだろう。

 だが、この偶然舞い込んだチャンスを棒に振る気は毛頭ない。


 話を合わせるんだ。

 彼女が一番納得する方法で。


「俺はこの世界に宿命づけられた。一緒に【魔王】を討とう」


「えぇ、よろしくね。名前は?」


「枕木智也だ」


「マクラギ、ね。覚えたよ。よろしく」


 どうやら【勇者】は俺のことを自信と同じく選ばれてしまった人間だと思い込んでいるらしい。

 なら、俺も選ばれてしまった人間だと言ってしまえば簡単に彼女の仲間になれる。これほど棚から牡丹餅なことは無い。

 俺はついている。最高についているぞ。


 なんてたって、本来であれば仲間になるために必要なプロセスを全てすっ飛ばしているのだから。

 全力でやれば出来ないことは無いだろうが、それでも頑張ることは嫌いだからなるべく穏便に済ませたかった。


「レベルは……四十四か。不安が残るレベルだけど、私に着いて来たら直ぐに上がるか」


「だろうな」


「……でも、どこかで見たことあると思うんだよなぁ。新聞で……ついこの間」


「赤の国での闘技場大会を優勝したってことじゃ?」


「あぁ! 思い出した! あの小娘に勝ったやつだ! ようやく任せる相手が出てきたと感心してたんだよ」


 姫様を小娘呼ばわりするとは肝の据わった御仁だ。

 それもそのはず。彼女【勇者】はレベルが脅威の二百。【魔王】が百五十で裏ボスが二百五十としたら、その脅威が分かるはず。

 そりゃプレイヤーが何もしなくても【魔王】が倒されるわけだと。さすがに裏ボスは倒せなかったみたいだけどさ。

 そして赤姫はレベルが百。余裕で勝てちゃうね。


 だがしかし、これでも作中最強のキャラクターではないと言うんだから驚きだ。

 更にその上、レベル三百のカンストキャラクターがいる。この先どうせ一度会うことになるだろうから珍しくもなんともないけれど。


 けれど、こうも自分とレベルが離れていると不安に感じてしまう。

 しかし、心配ご無用。黒の国のシナリオ中は【勇者】がパーティーに入ってくれるために雑魚敵は全て彼女に任せておけば問題ない。

 そして、同じパーティーなのだから俺に持経験値が入る。すなわち、何もしなくてもレベルがガンガン上がっていくのだ。


 それでも、ある程度までだけれど。


「じゃあ、先だって王様に会いに行きましょ」


「赤王か」


「そう。あの娘に勝ったんだから会ったことあるでしょ?」


「あやうく結婚させられそうになったんだ」


「あははは! 結婚は良いよお少年。伴侶は幸せ子は宝って言うでしょ?」


 なんだか特にに苦労もせずに無事に【勇者】一行の一因となった俺。

 ということでまずは赤王に会いに行くらしい。


 このシナリオの流れはこうだ。

 まずは各国の王と会談し、五国の不可侵条約を結ばせる。

 それが終わった後に【勇者】一行である“大正義”戦士・“知恵遅れ”盗賊・“冷淡剽軽者”賢者と対面して【魔王】を倒す。

 そこで黒の国の二人の【勇者】エンドとなるのだが、【魔王】が倒されると裏ボスが出現し、その影響か魔物が活発になる。

 そこからは全編共通で、裏ボスを倒すと晴れてゲームクリアとなる。


 まぁ、裏ボスはゲーム内で十日以内に倒さないとゲームオーバーとなるのだが。


 しかし今回はその必要はない。

 何故なら裏ボスは倒すのではなく封印するのだから。

 裏ボスを倒さないとエンディングがやって来ない。だが当の裏ボスは封印されるので倒せない。

 シナリオが終わることによって起こるカタストロフィを防ぐのが今回の目的だ。

 クルスさんとの約束。絶対に果たして見せる。


 それなりの代価はもらったからな。

 良い体してたなぁ、クルスさん。


「……何をにやにやとしている? 気持ち悪いよ」


「思い出し笑いだ」


「へぇ、何か楽しいことでもあったの?」


「一見若いように見えるけど若作りに必死になっているだけな人を見れば笑えてくるよ」


「なっ! 言ったなぁ? 化粧しないでこの美貌を保つのって大変なのよ? って、それって思い出し笑いじゃないじゃないの!」


 少し子供っぽく、大変大人な【勇者】様。

 本当の姿はその身に業を背負い、生きて破滅に向かう一人の女性。

 【勇者】は世界を救うが、世界は【勇者】を救いやしない。偉人はよく言ったものだ。




◆ ◆ ◆




「南海龍王敖欽だ! よく来たな【勇者】よ!」


「お久しぶりです。赤王様」


 善は急ぎ過ぎかもしれないが、早速王宮へと出向いて謁見の間にやってきた俺たち。

 赤の国は事前に意見具申の申請を出さなければ国王と謁見できないのだが、そこはさすが我らが【勇者】様。

 守衛に国王と謁見をしたいと言うと、一時間と経たずに出来てしまうのだ。さすがVIP待遇。


「それで? 何用か? 【勇者】がわざわざ俺様に謁見したいなどと」


「はい。この度、我が一行に新たな者を招き入れましたのでその後報告をば」


「新たな仲間? ほう、貴様の慧眼に適う者が他にもいたのか! さぞや名の有る武芸者なのだろうな」


「えぇ、私を同じく、世界に選ばれてしまっ……選ばれた者です」


「なんと! それは本当か!?」


 ちなみに、俺は今ローブを着ており、フードを深く被っているために赤王からは見えていない。

 俺がやって来るだなんて知ったら、おそらく何らかの形でアクションをしてくるだろうから。


 民から慕われる赤王。しかしその実態は民を民として扱うのは中級区にから内側に住む平民だけで、下級区に住んでいる民は知らんぷり。

 その証拠に下級区の開発は全く手を付けておらず、中級区から内側が発展していくばかり。

 更に、俺が中級区で開いていた鍛冶屋を貴族の機嫌を損ねただけで取り壊されたことを、構ってやる暇はないと一蹴してしまったのだ。

 その鍛冶屋は俺が営んでいたと知ってから体裁を保つためにようやく動き出したくらい。そんなご機嫌取りみたいなことを……一国の主がやってしまったのなら終わりだと俺は思う。


 幸い、この場に赤姫はいない。

 赤姫が居たら、きっと俺に対してご機嫌取りをしてきただろう。

 何故なら赤姫は俺の惚れており、そして赤姫も下級区に住む民のことは民だとは思っていない。

 そのことを俺に知られてしまったから、どうにかして誤解だと言うことにしていただろう。


「そっちの者が世界に選ばれた者なのか?」


「はい。私も、この目でしっかりと見ました。今はもうこの世界にいない女神と話していたところを」


「ほう! ほうほうほう! どれ、前に出て顔を見せろ。そんな暑苦しいものを被っておらずに! 出来れば俺様とも一戦交えてくれぬか?」


 ちなみにそのことを【勇者】は知らない。

 彼女にはサプライズをすると言って顔を隠すと言ってある。

 確かにサプライズとしては間違っていない。ある意味が俺が一番心臓に悪いのだろうから。


 【勇者】が一歩引き、代わりに一歩前へ出る俺。

 もったいぶって中々フードを取ろうとしない俺に対して、少しじれったい気持ちになっている様子。

 しかし、ここでバサッと取ってしまっては何とも味気ない。ここは少し時間を稼ごう。


「国王様。まことに勝手ながら申し訳ありませんが、少々お尋ねしたいことがございます」


「ほう、なんだ。そこまで俺様を勿体付けたいのか? 良いだろう! なんでもメインは後に取っておくべきだ。前菜として聞いてやろう!」


「ありがとうございます」


 外面は豪胆で、細かいことは気にしない性格の赤王。

 その性格だからこそ、きっとこの問いかけに応じてくれると分かっていた。

 本性を知っている俺からすれば笑いの種にしかならないが。


「国王様。この街の下級区と中級区には大きな差があるようですが、そこにつきましてお聞かせくださいますか」


「ふむ……下級区か。この貧富の差はどうにかしたいと常々思っているのだが、それをどうにかするには中級区と下級区の隔たりを取っぱらわねばならない。主に賃金の問題でな」


「……そこは貴族の土地で、一存で全てを失うこともあるそうですが?」


「それも、なんとかせねばと思っている。そもそも貴族と言う者はとても機嫌を損ないやすい。また、敵に回してはならない。ご機嫌取り……というわけではないが、奴らを土地と言う名の楔で縫い付けているに過ぎない。いずれどうにかせねばなるまい」


「嘘ですよね」


「なにぃ?」


 やはりこの場に【勇者】と世界に選ばれてしまったと言う俺がいれば、変に答えられないのは分かる。

 しかし、この赤王が言っているのは今の現状を甘んじて受け入れている。そして、その体勢が続いているためにどうにかする気も無い。

 そう言っているのだ。さて、ここで俺はフードを取ってみよう。


「お久しぶりです」


「き、貴様は……っ!」


 今赤王が言ったことをは、全て解決する気が無いと知る俺に対して、どういう態度を取るのか。

 見者じゃないか。

マクラギが装備しているのは火の指輪じゃない。

緋色の指輪だった!

今頃気付いた!

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