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キサラの森



 どこか懐かしさを内包した空間は、物悲しく感じる。

 現実離れをした現実の中でも、一際に幻想を思わせた。

 作られた喧騒が無く、自然の喧騒が耳に届く。決して、不快なものではない。


「……」


 何も考えずに落ち着けるに良い場所だと思った。

 ピクニックに行ける気軽さではないが、何かとても悲しいことがあった時に落ち着ける、そんな場所だと俺は感じる。


 だからだろうか、ここはこの世界にある場所ではなく、どこか遠くのどこでもない場所なのではないかと思うのは。


「……いらっしゃい。元気そうね」


「年増魔女っ娘……」


「開口一番にその言葉って……ううん、この際どうでも良いわ」


 そして、コツコツとヒール特有の脚を音を鳴らして現れる女性。

 一昔前の魔女っ娘が着ているような紫色の年期のはいったローブ。茶色い栗色の癖の強い髪。

 俺より年上だろう容姿では些か無理がある恰好をしている女性は、思いだせる内で一人しかいない。


 俺をこの世界に連れて来た全ての発端。

 おそらく一番に憎むべき“常命”から外れた世界の管理者。

 【副王】に仕える年増魔女っ娘が神殿の奥から現れた。


「一年ぶりね。どう? 調子は」


「おかげさまで」


「私が送った三つの餞別は役に立ってる?」


「剣は大いに役立っているぜ。他二つは泣きたいくらいに役に立たないけどな」


「そう? 衣服に困らず、種族に関係なく意思疎通できる指輪なんてこの世界のどこを探しても無いのよ」


「胴と脚はノーガードってどんなハンデだよ。それに、この世界は一律日本語だよ。文字を読むときには必要だけど」


 お互いがお互いにあの時のことを気にせずに軽口を叩き合う。

 無駄にスタイルの良い年増魔女っ娘は俺の反応を見ると、少し落ち込んだような、どこか残念そうに嘆息を吐いた。

 その嘆息の意味なんて知らない。考えようともしない。


「……ごめんなさいね。巻き込んでしまって」


「なんだ改まって」


「あの時は私も混乱していたの……って言い訳が通じればどんなに良いことか」


「……」


「……後二年。後、二年だけ、我慢してちょうだい」


「我慢すれば、帰れるんだな?」


「えぇ、約束するわ」


 彼女は最初にあった時よりもだいぶ落ち着きがあるように見えた。

 あの時の彼女は申し訳ないと言う謝罪はあったものの、雰囲気は完全にギャルだった。

 しかし、目の前にいる彼女は淑女と居ても差し支えが無い。恰好以外は。


 だからだろうか、再会したら思いっきり鼻フックでもしてやろうと言う気持ちは薄れていた。

 薄れているだけで、鼻フックはしてやりたいとは思っているわけだが。


「私はここの管理で貴方が何をしているのかまったく知らない。今、どこに住んでるの? ちゃんと食べていけてる?」


「ついこの間まで白の国で鍛冶屋をしていたよ。当分食うには問題ない。今は……冒険でもしてみようかと」


「そう、それはなによりよ。もう、私には貴方を援助できるほどの力は残されていない。事の発端なだけに悔やまれる」


「まったくだ。どうせなら生き抜くに必要な資金だけでも良いからくれても良かったのに」


「……」


「なんだその『そうすればよかった』みたいな表情は」


 どうやら本気で心配しているらしく、拍子抜けした俺は素直に答える。

 皮肉で言ったつもりの言葉も鵜呑みにしている辺り、どうやら相当に参っているようだ。

 これでは憎まれ口も言えそうにない。張り合いの無い女だ。


 連日仕事に追われているのか、それとも上司である【副王】から叱られたのが相当に効いているらしく、化粧で上手く隠れてはいるが目の下に隈も見えている。

 それに少しやつれているようにも見える。なんだか見ているこっちが不憫に思うくらい。


「ここには何をしに来たの?」


「ここら辺に俺の知らない神殿跡地があるってんで見に来たんだ」


「冒険って言っていたものね。でも、あまり表立ったことだけはしないで頂戴ね」


「最初にも言っていたな。分かっているよ」


「なら、何も言うことは無いわ」


 まさか【勇者】を捜しに来たとは言えず、本当のことではないが嘘でもない言葉を使って誤魔化す。

 彼女には人を疑う力すら残されていないのか、俺の言うことに素直に頷いた。

 それとも、最初から見透かされているかのどっちかだ。


「それじゃ、頼んだよ」


「えぇ、貴方の行く末に、私の加護がありますように」


「なんだそれ」


「私だって信仰される対象だもの」


 そう最後に微笑み、すぅっと天井から降り注ぐ光の中へ入って行くように消えた。

 残されたのは五月蠅いぐらいに響く静寂に、心地よい自然の喧騒だけ。光は変わらず俺を照らす。

 依然として、どういう原理で降り注いでいるのかは分からなかった。


 だが、ここにきてようやくゴールが見えたような気がする。

 明確な終わりが見えるのとは違う。ぼやけた輪郭を持ち、それでも進むべき方向が分かった、そんな感じだ。


 胸に空気を入れ、踵を返す。

 今はここに【勇者】はいないようだ。周辺を散策して帰ろう。

 彼女に接触できなかったのは悔やまれるが、来て良かったと思える。


「ん?」


 出口へ繋がる薄暗い通路を通っている時だ。

 出口から差し込む日の光に手元がキラリと光る。確か今は指輪は填めていないはずだ。

 填めてあるのと言えば、今朝新聞を読むときに填めた言語の境が無くなる指輪くらい。

 だが、この指輪は光を反射するような光沢は持っていないはず。


「……なるほど、年増魔女っ娘の加護ねぇ」


 それまで填めていた言語の境が無くなる指輪は鉛色をしていて光を反射しないものだった。

 しかし、今この指に填まっている指輪は、確かに光沢を持っており、掘られている女神像は一際輝いているような気がする。

 その女神像は、どこか年増魔女っ娘に似ているような、似ていないような。



「ちょっと待て」


「あ?」


 神殿跡地から出て、中で見たような優しい光ではないカラッとした日差しに少し目が眩む。

 あれは太陽の日差しと言うよりは、雲の切れ間から差し込む夕日のような優しさを持っていたな。


 そんなことを思いながら、周辺を見てみようと踏みだした時に聞こえて来た声。

 どこか焦燥感を感じるその声は、聞き間違えでなければ知っている声だった。それもそのはず、ゲームの中では結婚したことのある女性の声だったからだ。


「聞きたいことがあるのだけれど」


「……【勇者】」


「私を知っているのね。話が早くて助かるわ」


 待ち伏せていたのか神殿の影から出て来た人物は今捜していた人物、【勇者】ことセントレア・ギルデロイその人だった。

 白銀の鎧を身に纏い、背丈以上もある騎乗用のランスを背負うその姿は見間違うことは無い。

 齢三十二歳。一児の母であり、早くに夫を亡くしている。しかし、一人でその身に業を背負い戦う様はとても美しく、そして憧れでもある。


 民間の間ではな。


「率直に訊くけど、貴方“も”世界に選ばれた人なのね?」


「……ん? 話が見えないぞ。俺はアンタを捜していたのは確かだけどな」


「とぼけるつもり? 言い逃れは出来ないわよ。私はちゃんと見たんだから」


「見た?」


 しかし、その実は子供のようにどこまでも愚直で、賢者のように思慮深い。

 腹の内を探るのを嫌い、軍を動かすことを渋り、仲間内でしか動くことは無い。

 国から頼まれることはあれど、国に頼み事はしない。

 そして何より一番に子供のことを優先する姿は、おおよそ民間が抱く【勇者】像とはかけ離れている。


 だからこそ彼女はどこまでも魔物と戦うことが出来る。

 だからこそ彼女は挫けそうになりながらもただ直走る。

 だからこそ彼女は小を捨てて大だけ救うことが出来る。


 皆は知らない。

 彼女こそをが一番に人間らしく、人間性を捨てている。

 【勇者】として宿命づけられた時からずっと。


「この神殿は朽ち果てて機能なんかしていない。でも、貴方が入って行った時だけ神殿は過去に戻ったかのように機能し、そして……女神と出会うことが出来た」


「女神? 朽ち果て?」


「……こっちに来て」


 せっかく念願の【勇者】と出会うことが出来たというのに、当の【勇者】は理解できない事ばかり口にする。

 見ていただの、神殿が機能していただの、女神と出会っていただの。【勇者】に虚言癖があるなんて聞いていないからして、その可能性はあり得ない。

 なにより、彼女はゲームの中でよく見ていたために、そんなことは絶対にあり得ないことだ。


 だが、彼女は確信を持っている。

 そのためか、俺の手を引いて再び神殿の中へ入って行ってしまう。


 女性とは言えこの世界をその背に負う【勇者】だ。

 大の男である俺が為す術なく怪力に引かれて行くだけ。せめて歩かせてと思うばかり。


「ちょ、ちょっと待ってや! な、何をするだー!」


「これを見ても、しらばっくれる?」


「あ? ……なんだこれ」


 俺が言葉を失うのも無理はないと思いたい。

 神殿へと入り、長くヒビ割れが目立つ廊下を通り抜けた先の光景に、思わず言葉を忘れてしまう。

 廊下を抜けた先には崩れた天井から外で浴びた日差しを何ら変わらない光が射し込んでおり、あれだけ綺麗だった大理石の床はくすんで光沢すらも無くなってしまっている。

 木々の囀りや小鳥の歌が聞こえていたはずの空間には隙間風の風鳴が響くだけ。


 あれだけ別世界のように感じた神殿内は、見るも無残に朽ち果てていたのだから。

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