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クズの帰還



「おぉ、懐かしき街だ」


「と言っても、私たちは一週間ぶりだから大してねー」


 船に揺られ揺られ、馬車に揺られ揺られ、約三か月ぶりに戻って来た赤の国の首都。

 赤レンガ造りの街並みは白で馴れた目には痛いほど映り、喧しい往来はもはや懐かしいとさえ感じてしまう。

 冬でも雪が積もらない温暖な赤の国でも首都は南に位置し、冬の欠片さえも感じられない。


 それでも、赤の国に住まう人たちにとっては寒いのか、もっぱら厚着している人たちばかりである。

 対して俺は薄着。半袖で過ごせる気温だ。


「これからマクラギはどうするの?」


「一回ギルドへ行くよ。こんな時に利用しないでどうするってんだ」


「え? 大丈夫なの?」


「俺だって一端のギルドメンバーだ。それに、あっちにだって都合があった。それだけだ。あっちも大人だろうし、特に何か言ってくることは無いと思うしな」


 かつて貴族の圧力に屈し俺を見捨てた赤の国のギルド本部。

 それについては思うことはあるけども、情報を集めるならこれほど適任なところは無い。

 それに、あちらにとっては仕方のないことだったのだろう。俺を見捨てたことは“絶対”に赦さないが、変に目くじら立てることもあるまいて。


 そこまで言うと、玄翁さんはどこか安心した様な表情になった。

 まさか俺が今だにそれを引き摺っていて、殴り込みにでも行くのかと思っていたのだろうか。


「なら、私は一旦家に帰るよ。お父さんのこともあるしね。ロボ娘ちゃんも一緒に行こう?」


「ええと……」


「俺のことは気にすんな。むしろお前がいない方が話も捗る。それに、どの道心昭の爺さんには礼を言いに行かなきゃならないしな」


「そうですか。でしたら、私はレナさんと一緒に行きます」


「おう、行って来い」


 玄翁さんはやはり一旦家に帰るとのこと。

 あの頑固ジジイが一週間もまともな生活が出来るとは思えない。それを分かっているのか定かではないが、彼女は家のことを心配している様子。

 ロボ娘も連れて行くとのことで、後で糞ジジイに不服ながらも礼を言うときに回収していこう。


「あ、マクラギ。ギルドに着いたら……多分驚くよ」


「なんだって?」


「良いから良いから。ほら、早く行かないと【勇者】様がいなくなっちゃうよ!」


「なんだってんだ」


 目的地も無事に決まったのでここからは別行動をする。

 その去り際に玄翁さんが何やらギルドに対して意味深長な言葉を残していった。

 一体ギルドに何が起きているって言うんだ。あの反応からしても悪いことではないのかも知れないが、何分少し気になってしまう。

 それと同時に行きたくなくなるような心境。もったいつけられると少しムカついてしまう。


「……」


 なんだか最近、ムカついていることばかりだ。




◆ ◆ ◆




 メインストリート沿いにある、中華風の建物。

 年季が入っている木造建築の建物は漆塗りで染められており、そこに建っているだけで荘厳な雰囲気を醸し出している。

 噂によれば加護がわんさか付加されているとか。


 ここに来る道中では幸か不幸か知り合いには出会わなかった。

 少し気になり、元俺の鍛冶屋跡地にも酔て見たところ、そこには既に別の建物が建てられている途中だった。

 こんどはしっかりと貴族に赦しをもらっているのかどうか。


「……あー」


 なんだか脚が重い。

 別に気負いすることも無いのに、なぜか足が重い。

 俺がこの場所に何か思い入れがあるわけでもない。敢えて言うなら武具を売るだけのためにここに入ったのだから。


「……」


 少し呆れ気味に溜息を吐くと、観念したように歩を進める。

 観音開きの気喉を開けると、相も変わらず橙色の薄暗い照明に賑やかな飲んだくれの喧騒。

 ポーカーにいそしんでいる連中もいれば、真面目に作戦を練っている者たち。見慣れない受付嬢に花の下を伸ばしている連中、飯を食らっている大喰らい。


 懐かしい光景だが、俺はその中にはいない。居て堪るものか。


「あ、あれ! もしかしなくても、もしかして!」


「あ?」


 とりあえず入り口にいても仕方がないので、受付へ向かう。

 その途中、奇異な視線を感じながらも無視をしていると、どこかできいたことのある快活な声が聞こえて来た。


 喧騒の中でもはっきり聞こえて来た声をのする方を向くと、そこには少し薄めの青い髪の毛を長めのツインテールに纏めたメイド服姿の女性が立っていた。

 地面すれすれまであるツインテールの毛先はゲル状になっており、白い手袋を付けている特徴的な彼女の名前はスラン。

 このギルドの事務員で、魔物であるヒューマノイドスライムだ。


 スランは俺を見るなり駆け寄って来た。

 彼女はギルドの中でもマスコット的な人物……魔物であり、そんな魔物が特定の人に駆け寄れば目立つものだろう。


「あぁ! やっぱりそうだ! ほら、覚えてるぅ? 貴方、ここで盛大に下呂吐いたのよ?」


「もちろんだ、スラン」


「みんなー! 聞いて聞いて! ここにいる方こそが! この世界で唯一闘技場で姫様を打ち負かした……ううん、殺せた男だよ!」


「ちょ」


 スランは俺のことを覚えていたようで、懐かしい顔触れに喜びを隠せないようだ。

 飛び跳ねるように俺の手を掴み、ぶんぶんと上下に振るためとても痛い。しかし、そこはスライムで手がめちゃくちゃ柔らかくて気持ちが良い。

 手袋越しなのが悔やまれる。


 だが、今はそんなことを悔やんでいる暇はない。

 まるで気に入らない奴を見るかのように、周囲にいるギルドメンバーたちが睨みつけてくる。品定めするように。

 俺はその四面楚歌の状態にたじろぐが、そこは俺。負けじと胸を張る。

 本当はこの場から逃げ出したいのに。


「あ、そうだ! 紹介したい人がいるの! こっちに来て!」


「あ、おい!」


 渦中の人物と化した俺はこれからどう動こうかと思案するが、それは杞憂に終わる。

 スランが突然に紹介したい人がいると言いだし、そのまま手を引いて奥へと連れて行かれてしまった。

 先ほどより強く握られた手のひらは……なんて邪念を振り払う。かつて何度も足を運んだそこは、以前より少し綺麗になっている。

 そう感じた。


 そして、その奥にいるのはおそらく支配人。

 あの支配人と顔を合わせるだなんて、美味く愛想笑い出来るかしら。


「支配人! 失礼します!」


 ノックを三回。

 そして返事を待たずに支配人室へと入っていくスラン。

 手を繋いでいる俺も当然のごとく入ることに。


 そこにいたのは……なるほど確かに驚くな、これは。


「アゾットさん?」


「これはこれは……マクラギじゃないか! いやぁ、久しぶりだなぁ。いつこっちへ?」


「いや、今日だけど……って、なんでアゾットさんが? その席は支配人じゃ……」


「見ての通りだよ。今は俺が支配人なんだ」


「はいぃ?」


 なんと、そこにいたのはアゾットさんだった。

 しかも、今の支配人はアゾットさんだと言うではないか。

 これにはさすがの俺も驚いた。と言うか前の支配人はどこへ行ったのだ。


「実は、マクラギがここを出て行ってから、全支配人のやったことが浮き彫りになったんだ。ギルドメンバーであるマクラギを大のために見捨てたって」


「それはギルドメンバーのことを思ってじゃないのか? 貴族が敵になったら大変だからさ」


「いやぁ、それは建前だったんだよ。手切れ金か口封じ代価は知らないけど、件の貴族から大金をもらっていたようだしね。それに、その貴族は結局国王様が失脚させたよ」


「赤王が?」


「あぁ、なんでも国の大事な武人に無礼を働いたから、といってね」


 なんと今までいた支配人は、俺に対してやった行いでの責任を取らされたのだと。

 更に言えば、俺の鍛冶屋を難癖着けてぶち壊した貴族は国を追われたのだそうだ。

 他でもないこの国の国王によって。


 一見、聞こえはいいが、俺はその赤王の行為には快く思っていない。

 なんせ、あの筋肉バカ王と暴力姫様は俺の目の前で言いのけたのだ。


 下級区に住んでいる者なんてどうでも良い。そんなものに一々構っていられない、と。


 俺は忘れない、あの時の言葉と顔を。

 俺がその被害に遭ったものだと知ったから貴族に制裁を加えたのだろう。

 これが俺でなかったら見向きもしていないのだ。そんな後出しじゃんけんをやってしまって、俺に合わせる顔があるのか。

 しかも、これからどのみち顔を合わせることになるのだ。その時の顔を、よく見ておこう。


「それで……なんでアゾットさんが支配人になったのさ? アゾットさんてランク低いっしょ?」


「いやぁ……それが、皆の後押しが凄くてね。なんか貧乏くじを引かされたみたいなんだ」


「あぁ、なるほど。誰も好き好んでやる奴なんてここにはいないからねぇ」


 そして何故アゾットさんが支配人になったのかと言うと、率直に言えば押し付けられたのだそうだ。

 この赤の国ギルド本部の特徴は、なんといってもパワータイプが多い。昔から武勇の国だった赤の国は力が強く、戦いに秀でている男ばかりが活躍して来た。

 あの赤王を見て分かる通り、国自体が脳筋なんだ。


 それはギルドにも言えることで、計算やら作戦を考える人は圧倒的に少ない。

 そんな中、地質学者で頭の良い錬金術師が居て、更に統率能力に優れているとあれば推しに推しまくるだろう。

 頭の使うことなんて誰もやりたがらないから。


「なんというか、ご愁傷様」


「副支配人もいなくなっちゃたから、経理も俺がやっているんだよ全く。だから最近は土なんて弄ったことも無い」


「ヨフィさんは……無理か」


「うん、意外にヨフィは体育会系だからね」


 がっくりと肩を落とすアゾットさん。

 よく見てみれば、彼は日焼けしていて実に健康そうだったが、今の彼は少し肌が戻りつつある。

 太陽の下で土をいじっていないのだろう。可哀想に。

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