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出発



 ぎゅむぎゅむと鳴る雪に耳を傾けて歩く。

 行きずりにチラリと屋台を眺める。ポケットの中に手を突っ込むも、感触からしてわずかに足りない。

 仕方なしに視線を外し、再び歩き出す。


 隣を歩いているのはロボ娘。

 寒さを感じないくせに厚着で、首にはマフラーを巻いている。

 茶色いコートは少し大きめで、袖が少し邪魔そうにも見えた。


 新しいコートでも買うか。

 そんなことすらしてやらない。これから暑い土地へ行く、なんて理由をつけて。


「良かったな、借り手が見つかって」


「そうですね」


 先ほどまでいたところは不動産屋。

 増築途中だった俺の家は、貸家として不動産屋に登録してきたところである。

 元々はイグニード会長に紹介してもらったところだったため便宜を図ってもらい、貸家として貸し出すことにしたのだ。

 せっかくの建てた家だ。壊したり売ってしまうのはもったいない。


 なにより、あそこは白の国での拠点なのだから。


「玄翁さんは?」


「船着場で待っていますよ」


「じゃ、俺たちも行くか」


「はい」


 もうこの白の国でやることは無い、はず。

 溜めてあった武具は全てイグニード商会へ納品し、預けていた金は全て引き出した。

 持っていくものは全て四次元ポーチの中へ突っ込んだ。後は帰るだけ。


 先に玄翁さんは船着場で待っているらしく、俺たちも向かうことに。

 着ている冬服の下のは夏服を着ている。赤の国に着いた時に暑くないようにだ。

 気候がガラリと変わってしまうため、体調にも気を付けなければ。


「御主人様、大変です。手袋を失くしてしまいました」


「俺の見た通りだと、手のひらから出した火で燃やし尽くしたとしか思えないのだが」


 元々会話も多くない俺たち。

 歩いているうちに無言になるのは慣れたものだった。

 そんな時、いきなりロボ娘が掌から出した火球で片方の手袋を燃やし尽くしてしまった。

 しかも、それを失くしたと言う始末。意味不明な行動は今に始まったことではないけれど。


「今、私の片手はとても寒いのです。ですから腕を絡まらさせてください」


「それを赦すと思うか?」


「御主人様は拒絶しないはずですよ。ね?」


「嫌に決まってんだろ」


「……拒絶は、しないですよぉおおおおおおいてててて!!!」


「アホらし」


 どうやら俺といちゃつきたいらしい。

 そんなことは俺が赦すはずもなく、腕に絡み付こうとしているロボ娘を尻眼に拳武器であるニードルアーム〈伝説的〉を装備する。 こいつは腕全体をトゲの着いた腕甲で覆っており、その腕に絡み付こうしたロボ娘に刺さるのは至極尤もなことだ。


 痛覚なんてないくせに一著前にいたがるその姿は、どこか人間臭く、それでいてムカつくものだった。

 けれども、嫌悪感は抱いていないので、心の底では嫌がっていないらしい。どうも俺は俺自身が分からない。


「ちょ、地味に貫通しそうになったんですけど……」


「貫通って……どんだけの力で抱き付こうとしたんだ」


「そりゃあもう、折る勢いで」


「愛が重いってこう言うことを言うんだな、きっと」


「可愛さ余って憎さ百倍って言うじゃありませんか」


「……」


「あ、置いて行かないでください」


 そんなバカみたいな会話をしつつ港へ向かう。

 昼を過ぎた港で出会う人は大抵が漁師や漁業協同組合職員くらいなものである。

 幸い、一悶着あった時にみたいに人も多くなく、あの時のことを見ていた人達もいない様だ。

 ロボ娘を騙そうとしていた店は、潰れていた。会長に潰されたのだろう。


「連絡船は……これからか」


 船着場に向かうと、荷物を積んでいる最中であろう連絡船が停泊していた。

 きっと昼の便の折り返しであろう。早くチケットを買って乗り込もう。


「おーい! こっちだよー!」


「目を合わせるな。他人のふりをしろ」


「畏まりました」


「あ! 気づかない振りするなー!」


 停泊している連絡船に近づくと、待っていただろう玄翁さんが気付き、こちらに向けててを振りだした。

 もちろん他にも人はいるので目立つ。ということで恥ずかしいので他人のふりを決行。

 ロボ娘も同様だったのか、特に反対することなく俺と一緒に他人のふり。


 そうすると面白くないのが玄翁さん。

 気づかないふりをしているのがばれたようで、わざとらしく大声で近づいてくる。

 本当に恥ずかしいからやめてほしい。


「やめてよね、まったく。私が恥ずかしい人みたいじゃない」


「恥ずかしくないと思っていたのか。さっきの光景をよーく思い出してみろ。子供が指差してたぞ」


「ダメだよマクラギ。子供に笑われるようじゃ」


「お前わざとか?」


 駆け寄って来た玄翁さんはあざとく頬を膨らませて怒っている。

 そんな構ってほしいアピールはスルーするに限る。経験が物語るぜ。


 依然としてむくれている玄翁さんを尻目に、辺りを見回す。

 クルスさんがもしかしたらいるのではないかと思っていたが、どうやらいないようだ。

 ヒロインさんがいないと盛り上がりに欠けてしまう。これがギャルゲーだったら、ぽっと出の新キャラに全部かっさらわれていると同じなんだろうなぁ。

 クレームが怖い怖い。


 だがしかし、このシフトワールドでは彼女はヒロインとして設定されていない。

 彼女はああ言っていたが、残念ながら攻略不可能だ。だからと言って攻略しようとも思わないが。

 やっぱりヒロインはゲームではなく現実で攻略せねば。


「よし、じゃあチケットとるか」


「まって! えーっと、じゃーん。船のチケットだよ。二人の分も取っておいたから、早く乗ろう?」


「お、気が利くじゃねぇか。ごちそうさん」


「え、ちょ、奢りじゃないよ!? マクラギお金持ちなんでしょー?」


「いやぁ、俺は今無職だから」


 いつまでもぼんやりしているわけにもいかず、とりあえず乗船券を買おうと券売所へと向かおうとする。

 すると玄翁さんは待ってましたとばかりに懐から乗船券を取り出した。

 せっかくの玄翁さんの御好意だ。ここは甘えておこう。


「うー、お小遣いが……」


「玄翁さん、あそこで渦巻ソーセージが売っているぞ」


「えっ? どこ? どこどこ?」


「ほら、あそこ」


「ホントだ! 買ってくるからちょっと待っててね!」


「俺、マスタード付きなー!」


「奢らないよ!?」


 どうやら玄翁さんは懐が涼しくなっている様子なので、極寒になるようにお手伝いをしてあげよう。

 その一連の出来事を見ていたロボ娘は呆れたように溜息を吐くと、こちらをジトっとした眼で睨み付けてくる。

 主人に向ける目ではないことは確かだ。


「御主人様ってなんだかんだ言ってレナさんのこと好きですよね」


「あぁ、アイツは面白いからな。お節介焼だし」


「その点については概ね同意致します」


 二人で渦巻ソーセージを美味しそうに食べる彼女を見て、少し呆れた様に笑い合う。

 ある意味、一番強いのは彼女かもしれない。


 なんせ、これから首を突っ込むのは修羅の道だから。




◆ ◆ ◆




「御主人様、御体に障りますよ」


「いや、ちょっと飲み過ぎた。風に当たってるから気にすんな」


「では、私も」


「男には一人になる時間が必要なの」


「あぁ、俗に言うマスターベーションですか」


「おかずも無いのにそうすれと」


 白の国を出港してから二日目の夜。

 航行の最中に船に襲い掛かる魔物を蹴散らしたところ、船長率いる船員たちに大変偉く感謝され秘蔵の酒を振る舞ってくれた。

 まぁ、その酒よりも高い酒を知っていたが雰囲気も相まって飲み過ぎてしまう。

 もう既に飲み会は終わっており、乗客はもちろん船員たちも寝静まっている。


 ちなみに玄翁さんは早々に飲み潰れてしまった。


「では、潮風にあまり当たりすぎないようにしてくださいね」


「機械じゃあるまいし」


「お休みなさい。御主人様」


「あぁ、お休み」


 俺に付き合い起きていたロボ娘も今しがたスリープモードになるため船室へと入っていった。

 今ここで起きているのは見張りの船員と俺だけだ。


 夜は岩陰に停泊しているらしく、船は動いていない。

 夜は魔物が活発になる時間。そんな時間にわざわざ動こうとするわけがない。

 ちなみに月光から隠れるように岩陰に停泊しているために結構暗い。船から見下ろしてみても海は真っ黒で何も見えない。


「……さむ」


 幾ら白の国を抜けて赤の国に入っているとは言え冬の海は寒い。

 肌寒い風が吹き抜けていき、鳥肌が立つ。


「うー……気持ち悪っ」


 しかし、今の気分はとても寝るような気分ではなく、物凄く吐き出したい気分だった。

 けれども今ここで海に吐いてしまえば魚が寄ってきてしまう。そして、その魚を目当てに魔物が寄ってきてしまうかも知れない。

 ならばトイレで吐けばいいのではないだろうかと思うが、今動いてしまっては戻しそうだ。


 よって、ここから動くことは出来ない。


「あん?」


 ぼーっと頬を撫でる風に心地よさを感じながら夜の海を眺めていると、ふと眼下で何か音がした。

 なにか水面で動いたような……例えば水に小石が落ちた音に似ている。そんな音が聞こえて来た。


 見下ろしてみると、確かに水面が波打っている。何か魚がいたのだろうか。


 そう特に気にせずに注意を外すが、今度は先ほどより大きな音が聞こえた。

 まさか魔物でもいるのではと驚いて水面を見つめる。


 すると、


「あ……」


「えっと……えへへ」


 どこかで会ったような人魚が水面から顔を出していた。

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