理解
「あぁ、そうさ。俺の都合だよ。訳は言えねぇけど、世界を救わねぇと俺は故郷に帰れねぇんだ」
「そんな喧嘩腰にならないでいただけます? それに、別に救ってくればいいではありませんの?」
「反対しないのか?」
「する理由が、ありませんもの」
つい語気を強めてメリアにぶつけるように話してしまったが、それすらも見通して優しく声を掛けてくる。
反対する理由が無いから反対しないとはよく言うけれど、それを止めようと思わないのだろうか。
メリアは両手を合わせて何やら楽しげに笑っているが、全然読めない。
それだけ上流階級の腹の探り合いは熾烈なのだろう。俺には生きれない世界だ。
「良いではありませんか。やっぱり殿方には大きな野望を持っていただけませんと」
「じゃあ、エル・シッド殿にも言ってもらえるか?」
「えぇ、構いませんわ。それどころか、私もお手伝いいたします」
「……なんだって?」
どうやら世界を救いに行こうとしていることは好意的にとらえられているらしく、むしろ後押しをしてくれている。
そうとなれば説明に行きたくないエル・シッド殿に娘であるメリアから言ってもらえれば面倒じゃなくなるために頼んでみる。
しかし、その好意的が振り切っていることに気が付かなかった。
「私も協力いたします。なんなりと、言ってくださいまし」
「いや、戦争に娘を巻き込んだらそれこそ殺されそうなんだけど」
「大丈夫ですわ。マクラギ様にご指導していただきましたし、どんな敵が現れても一網打尽ですの」
「いや、相手は人じゃないから」
「敵にまわるのは魔物だけと思いまして?」
「……狸が」
なんと俺と一緒に戦うと言いだしたのだ。
それは不味い。とても不味い。主に俺の胃と命的な意味で。
そんなことをしてしまったら俺が磔刑にされてさらし者にされてしまう。
どうなってしまったらガメオヴェラ。もう二度と生き返されることなく土の下行きだ。
そうなると分かっているはずだ。この頭の回転が速い御令嬢は。
「どうかご安心を。お父様は黙らせますから」
「怖いよ。というか巻き込むつもりないから。マジで本当に」
こればっかりは巻き込むわけには行かない。
ちなみに巻き込むわけには行かないのはメリアとエル・シッドとロボ娘だ。
それ以外の人なら別に良い。なんなら玄翁さんだって巻き込んだって構わない。
だって、設定が分かっているから。
メリアを含めた三人は表舞台に出てこないために設定集にすら乗っていなかった。
自慢じゃないが粗方の登場人物の設定は頭に入っているために、この後に起こる専用イベントなども網羅しているつもりだ。
だが、この三人に限っては何も知らない。何も知らないからこそ、怖い。コレは前にも合ったことだ。
もしかしたらこの後に残酷なイベントが待っているかも知れない。
なんせ、アゾットさんとヨフィさんの間を“引き裂く”イベントを作るシフトワールドのスタッフたちのことだからな。
そんなことになっては後味が悪いなんてものじゃない。絶対に回避しなければならない。
だから、巻き込むわけには行かないんだ。
「ダメだ。お前はまだ未熟だ。俺の本気に勝てたとしても、俺の全力全開には勝てなかっただろうが」
「ですが、私にも手伝えることが――」
「無い。残念だが、絶対に足手まといになる。俺がいつでも見張っていなければならない程の、いるだけで戦力が削がれる最悪なパターンだ」
「……あんまりですわ」
なんとか考え直してもらえるようにかなりきつめに説き伏せる俺。
すると、狙い通りにどんどん自信とやる気が無くなっていく彼女。
もう少しだ。
「あんまりだって? あんまりなのは俺の方だ! 自分の強さを分かっていない己惚れた弟子を持ってしまった俺がなっ!」
「そんな……私は、私は、マクラギ様の……」
とどめと言わんばかりに畳みかける。
すると、今にも泣き出しそうな表情になり、病室から走り去っていくメリア。
これで彼女も着いてくるとは言わなくなるだろう。もう、彼女の笑顔を見ることも無いだろうが。
と、そんなとき病室のスライドドアが開く。
俺が目を覚ましたと聞いた看護師さんだろうか。
「よぉ、俺の娘を悲しませたらどうなるかって……言ったよなぁ?」
「……ジーザス」
しかし現実は残酷。
そこにいたのは彼女の父親であるエル・シッド。
俺は死んだかもしれない。
◆ ◆ ◆
「――ということで、私は【勇者】の元へと行こうと思います」
「そうか……僕に出来ることがあったら、遠慮せずに言ってくれ。君にはまだ返しきれていない大恩があるんだからね」
場所は王宮の謁見の間。
玉座に座るは無能王こと西海龍王敖閏だ。
話の内容はもちろんこの国を去り【勇者】の元へ行くとのこと。
意外にもすんなりと了承してくれた。まぁ、止める意味も無いのだろうけれども。
そしてその直ぐ傍にはエル・シッド卿とその娘のメリア。
この国で最も権力のある人物が揃ってしまったこの場。一見、圧力が半端ないと思うのだろうけれど、そうでもない。
既にエル・シッド殿とは話を着けてある。メリアも協力させるという妥協で。
あの後、結局権力に屈してしまった俺はメリアも協力させると頷いてしまったのだ。
もうどうにも出来ないので吹っ切れてはいるが、胃に穴が空きそうです。
そんな俺の心境など知らないメリアは至って上機嫌である。
ついでにエル・シッド卿も。
「では、これで」
「うん。君の行く先に幸運がありますように」
話すことも終わったのでそそくさと謁見の間を後にする。
これ以上いても仕方のないこと。一応、メリアは白の国内での行動に限られるだけマシだ。
着いてきてもらっても困る。
しかし、これでビバール家の協力を得られると言っても過言ではない。
そう考えてみると、捨てたものでもないのかも知れない。
「あ、マクラギ」
「玄翁さんにロボ娘」
王宮を後にして街へと戻る俺。
すると待ち構えていたのか玄翁さんとロボ娘が現れた。
二人とも少し不満気で睨み付けている。玄翁さんはともかくロボ娘からは目からビームが発射しそうで怖い。
この間解禁したって聞くし。
「赤の国に戻るんでしょ? だったら、私と行こうよ。私も、協力する」
「元より協力してもらうつもりだったさ。断ったところで諦めるタマでもないし」
「さっすがマクラギ! わかってるぅ!」
どうやら俺に着いてくるらしい玄翁さんは、意気揚々と拳を天にかざす。
玄翁さんにステータスは本当に優秀で、鍛えれば最後の局面まで一緒に戦える頼もしい人だ。
それはもうゲームで確認済み。
だがしかし、ここで現実を叩き付けなきゃいけないやつがいる。
「ロボ娘、お前も来い。だけど、戦争には参加させない」
「いいえ、私も尽力の限りお手伝いいたします」
「頼む、止めてくれ。お前は大人しくしていてくれ。頼むから」
「……何故ですか? 私が頼りないからですか? それとも、人間でないからですか?」
玄翁さんは参加させても問題ない。
俺といる限りは死なせはしない。だがしかし、ロボ娘だけはダメだ。
理由は設定が無いからどうなるのか分からないため。死なせるわけには行かない。
もし、死ぬのなら俺が殺してやる。
そして、当たり前のように連れて行ってくれるように懇願してくるロボ娘。
なんだかんだ言って大切なんだよな。俺って所有物は大切にする節があるから。
「お前のレベルは?」
「レベル……」
「無いよな? お前にレベルというものはないからな。つまり、魔物と戦う術を持たないんだ。俺と戦闘外で勝てても、戦闘では勝てない。そうだろ?」
ということで練りに練って考えてきた理由をぶちまける。
それは、ロボ娘にはレベルと言うものがないこと。幾ら戦闘力があろうと、レベルが無いのだからステータスも無い。
つまり、魔物や敵と戦う術を持たないのだ。幾ら力が強かろうと、目から不可視光線が出せようと。
レベル差は絶対。くどいようだが、レベルが無いのだから赤子より弱い。
それが彼女、ロボ娘なのだ。
「……でもな、戦うことだけが戦争じゃない。だから、お前は帰る場所を守ってくれ」
「え?」
「俺がギルドに掛け合ってやる。大丈夫だ、俺は赤の国ではかなり顔が利く。あまり使いたくはないが、姫様に掛け合ってでも居場所を与えてやる。だから、お前はそこを守っていてくれないか? 俺が帰る場所を」
さぁどうだ。
これだけ譲歩してやればロボ娘も頷かるをえまい。
絶対に関わるな、ではなく、中途半端に関わらせて手元に置くこの作戦。
少々臭いセリフではあるが、これが一番手がこまない方法だと俺は思う。
その証拠に、ロボ娘は顔を赤らめてもじもじしている。
きっと、俺に求められると言う耐性が付いていないために照れているに違いない。
ホント、扱いが楽で助かる
「……私で良ければ、守って見せます」
「よし、決定だ」
そらみろ、これでロボ娘は安心だ。
後は居場所を与えてやるだけで事が済む。
白の国に置くことも考えたが、この国ではロボ娘は些か生きにくい。
それならば逆に自由の利く赤の国で遊ばせている方が良いだろう。この国に置いて行ったとして、彼女にできることは何もないのだから。
「あれ? でも、マクラギってイグニード商会の専属鍛冶師じゃなかったっけ?」
「あぁ、そうだよ。そうなんだよ」
思わず俺は頭を抱える。
そうだ、そうなんだよ。次は……ある意味ラスボスより相手にしたくない人物。
イグニード会長を説得しに行かなければならないんだよ。