表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/137

悔恨



「御主人様、御主人様。起きてください」


「んあ? あー……? ロボ娘、か? 俺の部屋に入ってくるなんて偉くなったもの……だなっ!」


「ぐっ……申し訳、ありません。ですが、もうお昼前ですので」


「そんな寝てたのか……」


 体を誰かが揺らしている。

 惰眠を貪っていた身には煩わしいその揺れは、頭を覚醒させるには充分であり、半ば無意識に目が開いてしまった。

 そこにはロボ娘がいた。常日頃から勝手に自室に入ることを赦していないため、掛け布団の隙間から腹目掛けて蹴りを入れる。

 しかし、聞いてみれば既に時間は昼前だと言うではないか。


 さすがに活動しないわけにもいかないので渋々布団から這い出る。

 そこで自分が何も身に纏っていないことを思い出し、記憶を巡る。


 確か、昨日はクルスさんから世界を救う様に頼まれて、そのままヒロインは攻略するものと言って合意の上でセックスしたんだっけか。

 そう言えばクルスさんが見当たらない。既に起きたのだろうか。


「おい、クルスさんは?」


「クルスさんならば、今朝方に出て行きました。朝餉は昨日の鍋の残りで作った雑炊を召し上がったようです」


「そうか」


 カーテンを開け、その身一杯に太陽の光を浴びる。

 眩しさに思わず目を細めたが、その太陽から目を背けない。

 この太陽が降り注ぐ世界を、俺はこれから救ってみせるのだ。


 その太陽が少しオレンジ色に見えるのは気のせいだと思いたい。


「玄翁さんは?」


「一階のリビングにあるソファーで寝たようです。今は昼餉を摂っている最中です」


「結局泊まったのか。分かった、俺も着替えたら降りるよ」


 きっと、あのまま食べていて満腹になったので横になっていたらいつの間にか眠ってしまったのだろう。

 それ自体には何の問題は無い。むしろ、客人をそんなところで寝かせてしまった罪悪感さえある。


 これからやることが一杯ある。

 ゲームの攻略を本格的にするんだ。本腰にならざるをえない。

 少し前の俺が見たらなんて言うだろうか。くだらないとでも、バカみたいだと言うのだろうな。

 だが、やる気になってしまったのだから仕方のない。飽きない内に行動に移そう。


 とりあえず着替えなくては何も始まらないのでロボ娘には出て行くように言う。

 すると、ロボ娘は顎に手を当てて少し悩んだ後、決起したのか顔を上げてこう言った。


「昨晩はお楽しみでしたね」




◆ ◆ ◆




「おはようマクラギ。って、ロボ娘ちゃんは頭痛いの?」


「おう、おはよう」


「うぅ、この世界にあれほど痛い拷問があったとは知らなんです……」


 着替え終え、昼餉を取るために下まで降りてきた俺。

 ロボ娘は余程俺の拳骨グリグリが痛かったのか、こめかみを押さえて唸っている。

 俺を、ひいては未来の【勇者】を小バカにした罰だ。


 昼餉は昨日の鱈鍋で作った雑炊。

 見た目からしてロボ娘が作ったのではなく、クルスさんが作ったと分かる料理だった。

 なぜなら、ロボ娘は基本をおさえたレシピ通りの料理なのだが、この雑炊には一手間も二手間もオリジナルが加えられている。それに美味しそうだ。


「そう言えばマクラギ」


「なんだ」


「昨日はお楽しみでしたね」


「お前もか」


 席に着き、ロボ娘がよそってくれた雑炊に手を付けようとした時、玄翁さんが何やら思い出したような声で話しかけて来た。

 何やら嫌な予感がしたが、一応聞き返してみると案の定の答えが返って来た。

 そこまで激しくした覚えはないのだが。


「それにしても、昨日の……クルスさん、だっけ? そのクルスさんとそんな関係だったとはねぇ」


 なにやらとてもニヤいた顔でそう言ってくる玄翁さん。

 凄くアイアンクローをしたくなったがグッと我慢して飲み込む。


「別に恋人って訳じゃないぞ。一晩の遊びだよ」


「えぇ? マクラギって意外とプレイボーイだったんだねぇ」


「そんなわけあるかっ。それと、いい加減その緩んだ顔をどうにかしろ」


「とびっきりの玩具を見付けて、それを黙っていられると思う?」


「思わんな。だが、俺をいじるなら覚悟しておけよ。そこのロボ娘みたいになる」


「肝に銘じまーす」


 口では言うが、絶対に止めるつもりがなさそうな玄翁さん。

 しかし、命は惜しいのかそれ以上何も言わなかった。きっと、ほとぼりが冷めてからまたいじってくるだろう。


 さてはて、【勇者】になると決意して初めての朝だ。

 一年の計は元旦にありとはよく言うが、思い立ったが吉日だ。早速今日から行動に移さねば。

 そう思い、俺は今朝の新聞に目を通す。新聞はとてつもない情報量が詰め込まれている。


 そして、新聞は新しい情報にはとても敏感である。

 例えば、どこどこで魔物被害があったとか、【勇者】が今どこにいるか、等々。


 というわけで【勇者】が取り上げられている欄に目を通す。

 どうやら【勇者】は赤の国にいる様子。その後、緑の国へ行くとか行かないとか。

 仲間たちはそれぞれ、ある意味一番厄介な盗賊が黒の国、戦士が青の国、魔法使いが緑の国にいるのだそうだ。

 となれば、俺は一回無能王と謁見して赤の国へ戻ろう。


 なるべく赤の国に関わりたくないが、黒の国を越えて緑の国へ行くよりはマシだろう。

 それになにより、あの盗賊と会いたくない、確実に死に戻りさせられる。それならまだ話の通じる戦士か魔法使いを選ぶよ。


「なぁ、みんな話がある」


「どしたの?」


「何か入用ですか?」


 向かう場所が決まったのなら、そこに行くにあたって準備をしなければ。

 あれだけここから追い出されるのを恐れていたのに、いざ【勇者】になると決まればどうってことは無い。

 それまでにやることは沢山あるが、そのどれをとっても蔑ろには出来ない。一つ一つ向き合わなければ。


 ということで、まずはこの二人に話を付ける。

 玄翁さんはともかく、ロボ娘とはまた別れることになるからまた何か言われそうだ。


「俺さ、【勇者】に協力するためにここ出て行くわ」


「は?」


「はえ?」


 当然のごとく伝えてみたはいいが、何を言っているのか分からないと言う顔をされる。

 俺だっていきなり親しいやつが【勇者】のところへ行くって言ったら頭湧いているんじゃないかって思うわ。


「いや、俺ちょっと心入れ替えて世界救ってくるんだわ」


「……ロボ娘ちゃん!」


「はいっ!」


 何を思ったのか、二人して深刻そうな表情になる。

 そして、目を合わせて何を疎通したのかこちら目掛け跳び掛かって来た。

 しかし、そこは俺。普段の訓練のおかげか取り乱すことなく武器を構えることが出来た。


「確保!」


「病院へ早く!」


 まぁ、勝てないんですけどね。




◆ ◆ ◆




「うっ……んぅ?」


 目を開けてみれば眩しいくらいに迫り来る白い天井。

 瞳孔が開いていたのが、段々と光になれて辺りを鮮明に映し出す。

 白で囲まれたその部屋はどうやら病室で、後頭部に鈍い痛みを覚えた。


 どうやら病院にいるようだ。

 ……なんで?


「あ、目を覚ましたのですね」


「メリア……」


「安心してくださいまし。ここはビバール家が所有する病院ですわ。どこか具合の悪い場所は?」


「強いて言うなら後頭部が痛い」


「あぁ、それなら従者の方がやったものですので御安心を」


「ロボ娘め……」


 目を覚まして幾分もしないうちに病室のスライドドアが開いて見慣れた顔が姿を現した。

 その人物はメリアであり、ここはビバール家の病院だと説明してくれた。どうしてここにいるのだろうか。


 そして頭の鈍い痛みはロボ娘がやったのだと言う。

 もう一度壊してやらないと分からないのかアイツは。


「驚きましたわ。なんでも妄言を突然に言うと」


「妄言? あ? 妄言なんかじゃねぇ。俺は何としてもやり遂げなければならないことがあるんだ」


「……【勇者】様と接触する、とのことでしたが」


「聞いてくれるのか?」


「他ならない、お父様の次に信用できるマクラギ様ですから」


「随分と評価が高いな」


 どうやら俺がトチ狂ったと思われたらしく、頭を殴って無抵抗となった俺を病院に運んだのだそうだ。

 なんと失礼なことをしてくれたのだあの二人は。至って真面目に世界を救ってやろうとしたのに、こんな仕打ちはあんまりじゃないか。

 あの二人には是非ともお灸をすえてやらねば。


 しかし、目の前には好都合なことに説明する人の一人であるメリアがいる。

 あの二人とは違って話を聞いてくれると言うので、説明することに。あの二人とは違って!


「最初から言っておくが俺は至って真面目だからな」


「えぇ、存じております。マクラギ様が酔狂でな物事に行動を移すか方ではないと分かっていますので」


「いやぁ、本当に良い子だなぁお前は」


「でしたら、私とも間違いを犯していただけますの?」


「おいちょっと待てそんなことまで話したのかあの二人は」


 お灸を据えるどころの話じゃなくなった件について。

 冗談めかしてそんなことを言うメリアの眼は全く笑っていない。なんか寒気がする。

 嫌だよ俺は。冗談言う子は嫌いだよ。


「まぁ、それは置いておきましょう」


「出来るならそのまま放置して腐らせてほしいけどな」


 何よりも俺はまだ命が惜しい。


「あのな、メリア」


「はい」


 一拍、


「俺はこの世界を壊したくねぇんだわ」


「それは、マクラギ様の都合で、でしょう?」


 そして、当然のごとくお見通しだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ