さらば、さらば、このままじゃいけない
「……この世界が崩壊するって? それまた大きく出たな」
「嘘だと思っているのかしら?」
「いんやぁ、思っちょらんよ。ただ、何分いきなりだったんでね」
突然知らされた世界の寿命。
この場で嘘を吐く必要性が無いので本当のことなのだと思わざるをえない。
それを聞いた俺はさも平気だと言わんばかりに装っているが、内心は結構驚いている。
このまま何事もなく三年間を有意義に過ごすはずだった俺の人生設計を見事にぶち壊してくれたのだから、慌てないはずがない。
しかし、俺と言う尊厳を守るためか、いつも通り虚勢を張る。
それが彼女には通用しないと分かっているはずなのに。
「それで、その結果が起きるとして、どうして俺が【勇者】になる必要がある? まさか世界が崩壊するから俺に救えと?」
「その通りよ。一応、先回りをして逃げ道を塞いでおくけれど、貴方でないと世界の崩壊を防げないわ」
「あのババアたちじゃダメだってか」
「えぇ、あくまでもイベントの末にシナリオを起こす必要があるから」
彼女の言うことに今度こそ動揺を隠せない俺。
なんとこれから【勇者】のババアを含めた救世主たちでは世界が崩壊してしまうのを防げないから、俺に世界を救ってほしいとのたまうのだ。
なぜ、俺である必要性があるのか今一度問いたいところ。
しかし、しかしだ。
「なんだ、俺があの年増魔女っ娘……管理者だとか【副王】とやらに呼び出されたからか?」
「そうよ。なんだ、貴方って結構勘が働くのね。厳密には、この世界に組み込まれていない人だからよ。この世界に組み込まれている人では、シナリオを動かすことは出来ない。何故なら、予め決まっているシナリオ通りでしか動けないから」
「つまり、アンタじゃ世界を救う設定が組み込まれていないから、世界の崩壊を防ぐことは出来ない。それは【勇者】たちにも言えることで、そいつらでは二人の【勇者】エンドには辿り着けないから……ってところか?」
「そうそう、その通りよ。なんだ、今まで頭が良さそうに振る舞っているバカかと思っていたけれど、そうでもないのね」
俺でなければいけない理由は至って簡単なことだった。
俺はこの世界に設定が存在しない。つまり、いないことになっている。
そして、この世界に存在する人たちは何らかの設定を絶対に持っているため、その設定通りでしか動くことが出来ないのだ。
しかし、俺はそんな設定は持ち得ていない。だからこそ、誰もたどり着くことが出来ないエンディングに行くことが出来る。
簡単に言えば、俺はどんなことでもできるってことだ。
この世界を救うことも、破壊することも。どちらもしないことも。
「それで……その世界が崩壊する起因となる事柄は……驚かないで聞いてね」
「これまでに十二分に驚いてきたよ」
「あらそう。じゃあ言うわね。世界が崩壊する起因は……どれか一つの内、エンディングを迎えると世界が崩壊するわ」
「は?」
俺にしか世界が救えないのは分かった。
次に問題なのは世界が崩壊する原因だ。どれかがトリガーとなって崩壊してしまうのなら、それを回避すればいい話だ。
しかし、どの世界にも集束力があるのは知っている。この世界で言う、シナリオのように。どうあがいても結果は変えることが出来ないのだ。
その集束力すら騙して回避しなければならないとなると、少し……いや、かなり厳しいことになる。
ジャックの望んだ世界に辿り着けなかったように。
けれど、世界は実に無情なのだ。
「エンディングを迎えるとって……どうやって防ぐんだよ!」
「ちょっと落ち着いてっ」
彼女の口から発せられた世界の崩壊の起因は……今考えた限りでは防ぐ方法が無い。
このゲームの特色を忘れたとは言わない。このゲームは“何もしなくてもエンディングを迎えることが出来る”ゲームなのだから。
赤の国に肩入れすれば富国強兵エンド。
白の国に肩入れすれば世界征服阻止エンド。
青の国に肩入れすれば世界魔法浄化エンド。
緑の国に肩入れすれば世界緑化補完エンド。
黒の国に肩入れすれば二人の勇者エンド。
そして店を出して金を溜めて行けば商人エンド。
ただ冒険だけをしていれば伝説の冒険者エンド。
ギルドで名声を上げて尽せばギルドマスターエンド。
始まりの魔物の抜け殻を倒せば救世の英雄エンド。
などなど、簡単にあげてもこれだけのエンディングがある。
プレイヤーが何もしなければ勝手に【勇者】が【魔王】を倒して世界は救われる
その場合のエンディングは伝説の冒険者エンドとなる。
クルスさんが言うには、そのうちの一つのエンディングを迎えてしまうと世界が崩壊するのだと言う。
俺は散々このゲームに言ってきたことがあるが、今一度声を大にして言いたい。
糞ゲーじゃねぇか。
「遠まわしに死刑宣告されたのと同義じゃねぇかよ」
「話は最後まで聞いてちょうだい。だから、貴方には【勇者】になってもらいたいのよ」
「どういうことだよ」
まるで何も打つ手なしと思われたことだが、クルスさんが言うには回避する方法があると言う。
考えてみれば、何も考えなしに算段なんて持ち掛けない。先走ったか。
「この世界はエンディングを迎えると、そこで物語が終わってしまうのよ。先のシナリオが存在していないから。貴方なら、分かるのではないかしら」
「……あ」
「だから、シナリオを進めてエンディングを迎えるのではなく、エンディングを迎えるまでの間をなるべく引き伸ばしてほしいの」
「……あー、なるほど。あれか、要はラスボス前の状態のまま保ってほしいってことか」
「そゆこと」
エンディングを迎えると世界が終わってしまう。
それが意味するのはシナリオの空白を指していることが分かる。
なぜなら、シナリオはエンディングを迎えてしまうとそこで終わる。そうすると、その先のことが書かれていないので、世界を構成しているシナリオが無くなってしまい、結果的に世界が崩壊する。
セーブデータなんて存在しない。
ゲームでは、ラスボスを倒せば最後にセーブしたデータをロードできるが、この世界じゃセーブデータなんて存在しないんだ。
だからクルスさんは、ラスボスを倒す前の状態にしてほしいのだ。
ラスボスを倒さなければシナリオは完結しないのだから。
しかし、この場合のラスボスは【魔王】ではないのではなかろうか。
【魔王】を倒しても、その奥に裏ボスである始まりの魔物の抜け殻が控えている。とても倒せる気がしないバカみたいなボス。
つまり、始まりの魔物の抜け殻を倒す前の状態を維持してほしいってことだ。
ちなみに、プレイヤーが血が滲む思いで挑む始まりの魔物の抜け殻も、放って置けば勝手に世界を壊して終わる。
そうすると迎えるのはテラフォーミングエンド。
……って、維持しても駄目じゃないか?
「……ダメだ。あのラスボスは、放って置くと強制的に世界を滅亡させる」
「それ本当? じゃあ、どうしたら……」
一気に絶望感が漂う空気に。
ラスボスを倒しても世界が崩壊する。ラスボスを放って置いても世界が崩壊する。
それが当たり前なんだろうけど、今回ばかりはゲーム寄りじゃないのが悔やまれる。
何か道は無いのか!
ラスボスを倒さず、かつ放置もしない。完全な均衡を取る方法は。
残された時間は二年未満。俺が帰るまでに確実に世界が崩壊してしまう。
それだけは絶対に嫌だ。
絶対に帰る。俺は絶対に元の世界に帰るんだ。
誰だよ、待っているだけで確実に元の世界に帰れるなんて言ったやつは。
考えろ、考えろよ!
死ぬんだぞ。
分かっているのか!
このままじゃ絶対に死ぬんだぞ!
「……凍結」
「え?」
「いや、封印? ふう……封印だ! 封印だよ!」
物が動かずにかつ死なない方法を考えている時に浮かんできた単語。
それは封印と言う概念だった。封印ならば、自由に動くことも出来ず、なおかつ倒さずに済む。
そして、幸運なことに封印をすることが出来る概念がこの世界の設定にある!
俺は懐から副王の剣〈楔〉を取り出す。
コイツにはかつて始まりの魔物を縫い付けていた楔“塩の杭”が混ざっている。
それならば、コイツで始まりの魔物をもう一度地中深くに縫い留めることが出来るのではなかろうか。
いや、出来る。
ここに掛かれているテキストがそれを物語っている。
“神魔が合わさった剣。きっと、未来を縫い留めるだろう”と。
未来を縫い留めるとはすなわち始まりの魔物を縫い留めて出来る平穏のことに違いない。
なんだ、これ。どうしようもなくわくわくして来た。こんなに胸が躍るのはいつ以来だろうか。
この剣で、未来を縫い留める。
どうした、俺。中二病はとっくの昔に克服したのではなかったのか。
だが、この世界は幸か不幸か中二病が蔓延るファンタジーの世界。高二病なんてくそくらえ。
パズルのピースが一つ一つは待っていくこの感覚、悪くない。
「クルスさん。この世界はまだ捨てたものじゃないぜ」
「何か策はあるの?」
「あぁ、もちろん。この世界のラスボスは始まりの魔物の抜け殻。そして、ここには始まりの魔物を縫い付けていた楔がある。コイツで、そいつをもう一度封印してやる」
「それで、崩壊は防げるのね?」
「シナリオの達成条件は倒すこと。倒さずに封印してしまえば、倒すと言う達成条件が満たされないからラスボスを倒すと言うシナリオは続く。いつか、始まりの魔物の抜け殻を倒さない限り」
俺は自分がヒーローになるだなんてこれっぽっちも思っていなかった。
けれども今はどうだ。世界は俺にしか救えない。設定通りにしか動けない無能共とは違う。
俺にしか出来ないことがある。皆にはできない、俺にしか出来ないこと。
こんなにも素敵な響きが今まであっただろうか。
平穏に暮らして三年間待つだなんて止めだ止め。元の世界に帰る前に世界を救って、後世にまで語り継がれる栄光を残そうじゃないか。
なんてたって、俺にはそれが出来る。少なくとも、俺がいるうちにはこの世界は滅んでしまっては困るんだからな。
「良いじゃないか、救ってやろうじゃん。世界!」
「そう、期待しているわ」
決意を胸に、腕を天高く掲げる。
こんなにも晴れやかな気分は初めてだ。まるで初めて生きていることが楽しいみたいに。
俺は今、どうしようもなく笑顔だ。屈託のない、子供のような笑顔だろう。
甘美で、そして苦いこの俺専用のシナリオ。そのおかげかもしれない。
鍛冶屋が世界を救う話。中々良いじゃないか。
「じゃあ、ちょっと、先行投資しちゃおうかしら」
「え?」
そうクルスさんが言うと、おもむろに着ていたフード付きローブを脱ぎだす。
そのフードの中にはこんな別嬪さんがいたのかと思ったが、直ぐにその考えもどこかへ消え去ることに。
「初めてじゃないでしょう? それに、責任を取ってなんて生娘みたいなことは言わないわ」
「いや、いきなりすぎて意味分かんねぇけど」
「大丈夫よ、私、一応ヒロインなのよ? なら、主人公に攻略されるのもシナリオの内でしょ? それに、ヒロイン攻略なんてどこの世界でも理不尽にフラグが立つじゃない」
その日を境に、俺の心境は捻くれたものから少しだけ、改善された。
ようやくタイトル回収。