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誘惑



「【勇者】だって?」


「そう、【勇者】。世界を救うべく生み出された歯車の総称よ。なってみない?」


「それはあれか? 俺はあのババアと一緒に【魔王】を倒せって言っているのか?」


「よく分かっているじゃない」


 ぐつぐつと煮えたぎる鍋を挟んで行われている会話。

 話の内容が分かっていない玄翁さんは放って置いて、自分が突っ込むべきではないと我関せずのロボ娘の耳に入れて置いてほしい話。

 そんな話の内容は、俺に二人目の【勇者】になってくれとのこと。


 この女は分かって言っているのか。

 それとも……いや、全てを分かって言っているのだろうな。


 なら、カマを掛けてみる。


「俺はそんなシナリオなんか望んじゃいないぞ」


「そうみたいね。でも、お金なんて稼いで楽しい?」


 よーしよし。

 分かった。よく分かったよ。

 コイツ、シナリオと言う単語を理解してやがる。


「悪い。ちょっと上の部屋使うぞ。ロボ娘と玄翁さんはこのままここにいてくれ」


「畏まりました」


「え? いきなりどうしたの?」


 俺はクルスさんと二人で話をするために、二階に割り振られている俺の部屋へと向かう。

 玄翁さんは依然として何のことなのか理解していなかったが、ロボ娘は見透かしていてその上で理解している、そんな気がした。まぁ、理解していないのだろうけど。

 俺の一存に従うと、その一存に従ったうえで俺のことを第一に考えることだろう。


「あら、なーに? 二人っきりで部屋だなんて、襲う気?」


「フードの中を見せてもらってから考えるよ」


「そう? 体型は結構自身があるのだけれど」


 俺の寝室へと入り、部屋の外であの二人が盗み聞きしていないか細心の注意を払った上で近くの椅子に腰掛ける。

 対するクルスさんは俺のベッドに腰掛けている。それを理解しているようで、そこか大柄に座っている。


 回りくどいのはこの際邪魔なだけなので、こちらから切りだす。


「アンタ、どこまで知っている?」


「なんでも……は知らないけれど、貴方がこの世界の人じゃないのは知っているわ」


「…………」


 やっぱりと自分の中で納得する。

 半ば賭けのようなことだったが、正解だったので特に顧みることなく心に閉じ込めた。

 確信は無かったが、どうもクルスさんはこの世界の人間にしては明確な設定が無い。

 モブというわけでもない。いや、モブにでさえわずかな設定があるのにも拘らず、クルスさんには明確な設定が無い。

 設定資料集にすらたった一文しかなく、そのほとんどの設定は……いや、彼女の生い立ちは作中でしか語られない。


 だが、別にクルスさんの正体を知っているわけではない。

 ただクルスさんは俺がこの世界の住人ではないと知っているだけなんだ。

 彼女はいったい何者なのかは、依然として分からない。


「なぜ、それを?」


「この本よ、この本。以前、一番最初にあった時にこの本を見たことを覚えているかしら?」


「あぁ。確か英雄本(ヘルデンブッフ)だったけか」


「えぇ、よく覚えていたわね」


 なぜ俺がこの世界の住人ではないと知っているのか問うと、彼女は懐から一つの本を取り出した。

 古めかしいが、立派な装飾品と黒い皮で装丁された本だ。魔道書に分類される本なのだろう。


 名前を英雄本(ヘルデンブッフ)

 その本を見て、俺に会いたかったと彼女は俺に言ったんだ。

 その本に、いったい何が書かれているのだろう。


「この本は……私の旧友が持たせてくれた餞別なの。この世界に、来る時に貰ったのよ」


「……この世界?」


「あら、気付いていると思っていたけれど、気付いていなかったの? 私はこの世界の住人ではないわ。尤も、貴方のいた世界とは違う世界だけれど」


「……マジで?」


 今明かされる衝撃の事実。

 作中では絶対に語られることが無いだろう設定に、俺は驚きを隠せない。

 そんな設定があっただなんて知らなかっ……いや待てよ。設定があったとしても、俺が何故この世界の住人ではないと知っているのだ。

 設定だとしたら、俺がここに来る前……スタッフが組み込んだ設定のはず。スタッフは元々ゲームの世界に誰かが入り込むことを想定していた?

 いや、想定するメリットが無い。理由すらない。


「私は……そうね、いわゆる管理の世界で【魔王】お抱えの医者をしていたの。まぁ、わけあって……この世界を“管理していた”【神】とも交友があったのよ」


「……【魔王】だって? 違う世界にも【魔王】が……それよりも、この世界を管理していた【神】ってどういうことだ」


「そのまんまよ。元々、この世界にもいたでしょう? 太古の昔に【神】がいたけれど、この世界を去ってしまったって」


「……」


 クルスさんの言うことに記憶の中を漁る。

 設定集に、確かこの世界に【神】が存在していたが、その時五国になる前の世界国を総べていた人間に幻滅し、この世界を去ってしまったとか。

 今ではあちこちに名残があるだけで人間たちの記憶の中からは消えうせていたはず。


「まぁ、そこは重要じゃないから省くわね? そこで知り合った【神】の書記官……元気にしてるかしらね。その書記官にこの英雄本(ヘルデンブッフ)をもらったのよ。この世界に行く餞別に」


「……その本がキーだな?」


「そうよ。英雄本(ヘルデンブッフ)はね、その世界にいる又は存在していた人達の情報が詰まっているの。その中に貴方の名前は無かった。だから、貴方がこの世界の人ではないと分かったのよ」


 にわかには信じられない話。

 しかし、こうして目の前でペラペラと話されては信じざるをえない。

 いや、それが真実であろうと嘘であろうと、俺の頭が認めたくないと言っている。

 今まで十二分にオカルトな世界に迷い込んでいたが、この話がぶっ飛びすぎている。別世界の【魔王】だとか【神】だとか、その世界からやって来たとか……ファンタジーかよ。


 だが、俺と言う前例もある。

 俺が生きる承認なのだから、信じないわけにもいかない。

 現に俺が別世界からやってきているのだから。


「……わかった。よくわかった。アンタがそこの誰なのかよく分かったが……何であんたがこの世界の設定に組み込まれている? 別世界から飛ばされた来たのなら、アンタはこの世界に設定は無いはずだ。俺と同じように」


 問題はそこなのだ。

 クルス・クルスという女性がいることはこの世界、ひいてはゲームの中でも存在している。

 この世界にもともと存在していなかった俺には設定と言うものは存在していない。しかし、彼女はこの世界の“住人”として設定されている。

 一応にも設定集に存在し、ゲームの中でもプレイヤーと接触している。


 俺と同様、この世界に存在していなかったのなら、設定すら存在していないはずだ。

 それが分からない。だから、今話したことが彼女の“妄想”ということもありえる。

 そうなれば、色々と問題が発生する。願わくば、矛盾の発生しない理由を訊かせてもらいたい。


「簡単よ。この世界に住人として認められちゃったのよ。実は私はこう見えて凄く長命なの。私がこの世界に来たのは五国が独立して間もない頃よ。でも、この世界に長く居過ぎたのね。いつの間にかこの世界の歯車として組み込まれちゃったのよ」


「……それを、信じる証拠は?」


「そうね、じゃあ言ってみてくれるかしら。私の設定を」


「…………良かった。本当みたいだ」


 彼女の話す理由を聞き、ホッと胸を撫でおろす。

 そうか、そう言うことだったのかと自分の中で納得することが出来たから。


 彼女には設定という設定が存在していない。

 ただ、彼女と言う存在だけが設定されているだけなのだ。

 それもそのはず、元々は設定として組み込まれておらず、世界の修正力か何かは知らないが大きな力によって捻じ曲げられてしまったのだろう。

 過去にも確認したことがあるが、彼女の設定はスタッフたちですら把握していない。運営がわざわざプレイヤーから情報を集めてまで彼女の設定を知ろうとしていたのだから。


 きっと、スタッフたちは彼女を作っていなかったのだろう。

 そして、デバックとテストプレイを終えて発売したは良いが、自分たちの知らないキャラクターがプレイヤーの前に現れ、そのことが問い合わせとして耳に入ったのだ。

 そこで苦肉の策として彼女の情報をプレイした人たちから集め、いつどこでなぜクルス・クルスと言うキャラクターが作られてしまったのか調べることにした。

 しかし、彼女はゲームの中で“生きている”ために情報が多種多様にまで渡った結果、謎の女性として説明する他なかったのだろう。


 そう考えてみるとスタッフたちの苦労で目に涙が浮かぶ。

 きっと、スタッフたちでももう一度プレイしたり、身内で勝手にそう言うキャラクターを組み込んだやつがいないか調べたりして、結局わからなかったという大事故になってしまったのだから。


 世界に長く居過ぎてしまうと、世界の住人として組み込まれてしまう、か。


「……もしかして俺も組み込まれたりしてないよな?」


「たかが一年いたところで、貴方の存在は世界にとって増殖のしない一つのウィルスに過ぎないと思うけど」


「だよな。良かった」


 もしかして俺も既にこの世界の住人として組み込まれているのではないかと思ったが、杞憂だったようだ。

 もし、そうなっていたのなら俺はくるっていたところだ。唯一の希望が元の世界に帰れるということだけだったので、物凄く安心した。


 だがしかし、話は何一つ進んじゃいない。


「……それでよ、なんでそれが二人の【勇者】エンドに向かう必要があるんだ?」


「そうね、ようやく核心に触れられるわ」


 再び、彼女の雰囲気が真面目なものになっていく。

 そして、その雰囲気から言われたものは、どうしようもないものだった。


「この世界は遠からず、後数年で崩壊するの」

読者を置いてけぼりにするのは今に始まったことではない(困惑)

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