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激動



「なにこれ! うまー!」


「おう、沢山あるからたんと食えよ」


「……御主人様、この機械油……濃度が、その……」


「おっめ、忘れたとは言わせねぇぞ」


 夜。

 ようやく地面を均し終え、日も暮れてきたので今日のところは解散となった。解散とは言っても、メリアだけが抜ける形だが。

 玄翁さんには夕飯を用意していると言うと目を輝かせたのは印象的だ。


 やはり玄翁さんは体型に似合わず大食漢のようでよく食べる。

 鱈一尾を買っておいて正解だったと思う今。もちろん振る舞っているのは鱈鍋。

 寒い白の国では鍋物はよく食べられている家庭料理だ。また、香辛料も多い国なので辛い食べ物も有名だ。


 そして、なによりはお酒。

 度数の高いお酒ばかりだが、これがまた美味い。

 日本酒が欲しいところだが、ウォッカがあるのでそれで我慢しているのだが、この世界に日本酒ははたしてあるのだろうか。


「そう言えば、マクラギってロボ娘ちゃんの料理食べて驚いたんじゃない?」


「あ? あぁ、確かに驚いたな。なんせ、ちゃんと食べられるんだからな」


「私監修の元教えたからね。私に感謝してよ?」


「おう、マジ感謝」


「何だか軽いなぁ……」


 聞けば、ロボ娘の料理技術が向上したのは玄翁さんのおかげらしい。

 あっちでロボ娘に料理を教えていたそうなのだが……あっちにいた頃のロボ娘は四肢が無いんじゃなかったのか?

 一体全体どうやって学んだのだろう。


「そんで玄翁さん。ここに来た目的忘れてないか?」


「え? 目的?」


 実に幸せそうな表情で鱈鍋を食べている玄翁さんにそう問いかける。

 問いかけられた玄翁さんは一瞬だけ呆けたような表情をして俺に聞き返して来た。

 その間も口を動かすのを止めないところはさすがと言えよう。


 というかその目的があったから遥々この異国にやって来たんじゃないのか。

 ここに来てからまだ一日も経っていないぞ。


「目的……目的……もぐもぐ」


「食べるか考えるかどっちかにしろ」


「じゃあ食べる!」


「残念、そうじゃない。そうじゃないんだ」


 食べながら考える……たまに呟く玄翁さんに皮肉を言うが意味はない。

 もう目的のことなんて頭には無く、目の前にある鱈鍋を平らげることしか頭にないのだろう。


 仕方がないので教えてやることにする。


「ロボ娘の様子を見に来たんじゃないのか」


「あっ! そうだった!」


 堪り兼ねて溜息まじりに本来の目的を教えてやると、ようやく思い出したのか目を見開き大声を出す玄翁さん。

 その際に口から何なのか知れぬものが飛び出る。口に物を入れて喋るなと教えられてないのだろうか。


 玄翁さんは一旦口の中に入っている食べ物を良くかんで飲み込むと、ようやくお椀をテーブルに置いてロボ娘の方へ向き直った。

 当のロボ娘というと、自分の失言によりおそらく美味しくないだろう機械油を啜っている。その表情もどこか不満げだ。


「大丈夫だったロボ娘ちゃん! 嫌なことされてない!?」


「今まさに質の悪い機械油を与えられているのですが……」


「なんてひどいことを! マクラギ! どういうこと!?」


「いや、それは自業自得だと思うぞ」


 当初の目的を思い出した玄翁さんはロボ娘に詰め寄るように問いかける。

 するとロボ娘は待ってましたとばかりに、今まさに自分が負っている不当を訴えかける……が、それはロボ娘の自業自得なので特に意味が無い。


 まぁ、せっかくのこの場で質の悪いものは無粋かもしれない。

 と言うことで反省もしている(俺の主観で)ようなので懐から新しい機械油を出してやることにした。


「ほら、もう言葉には気を付けろよ」


「おぉ! お慈悲痛み入ります!」


 わざとらしく表情を暗くしているロボ娘の前に新しい機械油を差し出すと、これまたわざと仰々しい態度で機械油を受け取った。

 その行動にイラッとしたが、そこは大人の対応で我慢我慢。


 その一連を見ていた玄翁さんは驚いたような表情をしている。

 その表情がどこか面白かったので思わず吹き出してしまう。


「なんちゅう顔してるんだよ」


「いや……なんだか、ツチノコを見てしまったような気分だよ」


「なんじゃそりゃ」


 それっきりロボ娘の扱いを訊ねられることは無く、ただ無心に目の前にある御馳走を美味い美味いと食べている。

 俺とロボ娘もどうしたのだろうと最初は見ていたのだが、自分から話そうとしないのでどうでもよくなり、遂には話題にも出なくなった。

 彼女なりの何かがあったのだろうか。俺には到底わからないが。


「御主人様、この機械油はどこで手に入れたのですか?」


 一通り俺が出した新鮮な機械油を啜っていたロボ娘が満足した様子でそう俺に訊ねた。

 どうやら飲みきってしまったらしく、空になったボトルをテーブルに置いてこちらを見ている。

 ロボットに味覚があるのか甚だ疑問だが、古代の超技術をもってすれば可能なのかもしれない。もっとも、ゲームだからと言ってしまえばそれまでだが。


「それは町工場からもらったものだ。成型に使う型を造った時に、お礼にと」


「町工場……? 御主人様が取引しているのはイグニード商会だけでは?」


「イグニード商会!? そんなところと商売してるの!?」


 特に隠す必要も無いので、機械油を手に入れた経緯を話していると、イグニード商会と言う単語に反応して玄翁さんが声を上げた。

 例によって口の中に物が入ったままなので大変汚いものが見えてしまった。これが俺の家族だったらキレているところだ。


「玄翁さん、口の中に入っている時は喋らない」


「ご、ごめん!」


 俺に注意された玄翁さんは意外にも素直に聞き入れ、早めに咀嚼し……なおかつしっかりと噛んで飲み込み、口の中に入っていた物を食堂へと押し込んだ。

 そして、彼女の瞳が輝ている。俺は未だに彼女のスイッチが何なのか理解していない。


「それで? イグニード商会と取引してるってホント?」


「あぁ、ホントさ。ちょっとした垂涎ものの取引を持ちかけてな。それ以来は良くしてくれているよ」


「へぇー、良いなぁ。ちなみに、その垂涎物の取引が何なのか聞いたら……」


「野暮ったいことこの上ないな」


「だよねー」


 がっくりと肩を落とす玄翁さん。

 殊更に言う必要も感じなかったからだが、楽しいご飯中に変なことを言うものではないと思ってのこと……と言うのは建前で、本当は上手い話を簡単に外部に漏らすことは出来ないから。

 ましてや口ががばがばな玄翁さんに話してしまったら、次の日には商店街中に広まっていることだろう。

 尤も、人魚が見つかったのは周知の事実だが、俺が関わっていることは秘匿情報だが。


「本当にこれ美味しいわぁ。喜びなさい、私が認めることなんてそうそう無いわよ」


「ありがとうございます。それで、貴女は?」


「私? クルス・クルスよ。覚えておきなさい」


「何を自然に溶け込んでいるのですかねぇ」


 気を取り直して再び鱈鍋を突き始めた玄翁さんを見届けた後、俺も鱈鍋に手を伸ばす。

 いつの間にか半身も食べていたようで、ロボ娘がキッチンにある冷蔵庫から鱈を持ってきた。

 煮詰める必要があるので、一旦鍋の中にある食材を全て取らなくてはいけない。ということでいそいそと鍋に手を伸ばしていると、いないはずの方向から女性の声が聞こえて来た。


 どこから入り込んだのか。

 そしてその食器をいつの間に持ってきたのか。

 いつの間に輪の中に入っていたのか。


 シフトワールドの謎。

 学者のクルス・クルスさんが鱈鍋を食べていた。


「あら、ダメだったかしら?」


「住居不法侵入罪だぞ」


「残念。確かに人の家に入ったらダメだけど、明確な法律が無いから裁くことが出来ないのよ」


「能書き言いおって」


「マクラギ、知り合い?」


「知り合いっちゃあ知り合いだけど。っていうか順応速いなお前ら」


 いきなり知らない人が家に上がり込んで、しかも同じ料理を囲んでいると言うのに驚きもせずに箸を休めない。

 それどころか自然に会話に入り込んでいると言う……俺が突っ込みに回るとは思わなんだ。


「あぁー学者のクルス・クルスさんだ。専攻は魔物学? で良いのか?」


「魔物の学者さんなんだ。へぇー、私は玄翁レナです」


「私はロボ娘です」


「よろしくね、お二人とも」


「あー……もう、なんか、いいや。それで、何の用だ?」


 まるで暖簾を押しているかのような周りの反応に毒気を抜かれた……というより面倒になった俺はとりあえず不法侵入したことは置いておくことにした。

 俺に用があるのは間違いないようなので、追々問い詰めることにする。ここで暴れて追い出してもいいのだが、生憎ここは他人の家。更に、周りには俺よりも強い人と無機物がいるのだから、暴れようものなら俺は取り押さえられてしまう。


 そういう言い訳を自分に言い聞かせ、平静を装う。

 本当は納得なんかしていない。


「そうねぇ、ちょっと相談があるの」


「相談? なんだ、この世界をぶっ壊してほしいとか?」


「あら御名答。凄いわね、よく分かったわね」


「…………俺が悪かった」


「最初から茶化さないでほしいわ」


 口調は笑っていたが、声は笑っていなかった。

 正直怖かった。


「といっても、あながち間違いじゃないのだけれど」


「は?」


 クルスさんの来た理由は俺に相談があるからのこと。

 前回分かられた時に意味深なことを呟いていたから、またどこかで出会うことになるのだろうと思っていたが、こうも早くなおかつ不思議な出会い方をするとは思わなかった。


 それまで上機嫌だった雰囲気が一変して、真面目な雰囲気が彼女を包む。

 彼女の顔は被っている超高性能光反射フィルターフードのせいで見えないが、きっと真面目な顔をしているのだろう。


 そんな彼女から発せられた言葉は、俺の意表を突くものだった。


「貴方、【勇者】になる気はない?」

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