顔合わせ
「ごめんごめん。つい、話に夢中になっちゃって……」
「おうおう、それは良いとして紅茶でも淹れてくれないか? 凍えそうなんだよ」
「え? 赦してくれるの!? ふふん、幾らでも淹れちゃうよー!」
事務所には幸運なことに玄翁さんが楽しそうに世間話に勤しんでいた。
事務員さんは俺たちが入ると同時に、俺たちに気を使ってか外の見回りに行ってしまった。
事務所の中は暖房が利いており、入った瞬間に鳥肌立つ。
設備としては一昔前の火の魔石を軸にしたストーブに、湿度を保つための水が入ったやかん。
窓に張り付けられている段ボール。地面には熱を逃がさないための簀子が敷いてある。
「珍しいですね。言及しないなど」
「そうは言うが、考えても見ろ。迷っていなかったことを喜ぶべきだ」
「それもその通りですね」
ロボ娘に耳打ちされる。
内容は玄翁さんに話に夢中になっていて、頼まれたことを御座なりにしていたことを問い詰めないのかというもの。
確かに何をしていたんだとは言いたいところだが、それよりも事務所に辿り着けず、もしくは事務所から抉れた場所へ向かうまでに迷っていなかったことを喜ぶべきだと思うんだ、うん。
妙な説得力を持った俺の言葉は、ロボ娘も納得させて水に流す。
当の玄翁さんは鼻歌を歌いながら慣れた手つきで紅茶を淹れている。きっと、糞ジジイのお茶を淹れているせいだろう。
……そう言えば、糞ジジイがずっと前に玄翁さんは糞ジジイが造ったカラクリだと言っていたが……実際のところはどうなのだろう。
確かめようとも思わないが。どうせ、知ろうとしたら関係が悪化しそうだし。
「はい、どーぞー」
「さんきゅ。……渋いな」
「あれ? 抽出時間長かったかな?」
やがて紅茶を淹れて来た玄翁さん。
お礼を言い、一口啜るが、どうも渋い。
どうやら茶葉を蒸らす時間が長すぎたようだ。それでも飲めないことは無いので啜る。
ロボ娘は飲むことは出来ないが、メリアも同じことを想ったのか一瞬だけ表情が険しくなる……が、直ぐに平静を装い愛想笑いを浮かべた。
そういう時は正直に言ってもええんやで。
紅茶も役者もそろい、安い長机とパイプ椅子に座る合う俺たち。
コレは自己紹介の流れで良いのでは。
「えっと、マクラギの生徒さん……で良いのかな? 私は玄翁レナって言います。一応、マクラギが赤の国いた頃に仲良くしていました!」
仲良くしていたと言うのだろうか、あれは。
「私はメリア・ディアス・デ・ビバールと言いますわ。先生……マクラギ様に剣の稽古を着けさせていただいておりますの」
「ビバール? もしかして父親は……?」
「ロドリーゴ・ディアス・デ・ビバール。通称エル・シッドと呼ばれておりますが……そこはあまり気にしないでいただきたいですわ」
「メリア。言っても無駄だぞ。俺みたいな小市民じゃないけど、結構ミーハーだから」
「はぁ」
お互い自己紹介をし、お互いがどのような人物か分かったところ。
国は違えど学校の教科書に出てくるような人物だと耳に引っかかる名前らしい。
玄翁さんも気が付いたのか、おそるおそると言った感じでメリアに訊ねたが……彼女からすれば最悪の形で的中したと言って良いだろう。
現に玄翁さんはメリアがかの救国の英雄の娘だと知るに否や目を輝かせて、まるで子供のような顔でメリアを見ている。
その視線を過去に浴びたことがあるのかメリアは少し顔をひきつらせている。
まるで英雄譚に出てくる英傑をその眼で見ているかのようだ。純粋だなぁ。
「わた、私! 我がエル・シッドの歌を何度も聞いたことがあります! 凄いですよねー、バレンシア城を征服して城主となり、国王へ貢献したんですよね! あ、ティソナとコラーダっていう二振りの名剣って、やっぱり凄いんですか! 誰が打ったか分かります!?」
「あ、あはははは……凄く、その、元気な方ですわね……」
「済まん。良い意味で純粋なんだ」
長机に身を乗り出し、対面にいるメリアに質問攻めと言う名の父親へ対しての褒め言葉を羅列する玄翁さん。
やはりそう言う輩は何度も相手したことがあるのか、少し面倒くさそうな表情をしているメリア。
代わりに謝っておくが、相手が相手だと激怒されかねないぞ。
「ええと、レナ様でよろしいのよね? 見たところ……かなりの手練れとお見受けしますが、冒険者ですの?」
あまり身内のことは聞かれたくないのか、あからさまに話題を変えるメリア。
何か嫌なことでもあったのだろうかと変に勘繰ってしまうが、表情を見るにただ受け答えるのが面倒なだけだと言うことが分かる。
しかし、妙に間の働く玄翁さんは何かを察したつもりになり、頷いている。空気を読んでいるつもりなのだろう。
「冒険者ではないかな? マクラギの同業者で、鍛冶屋見習いをしてるんですっ」
「鍛冶屋見習い? でしたら、武具を御造りになるのですね。マクラギ様のお知り合いなら、相当に腕の立つのでしょう」
「あは、あはは、ソウダヨー……」
勘違いが勘違いを読んで変な空気になりつつあるが、そのまま話の流れが進んでいるので口を出さない。
玄翁さんの職業が鍛冶屋だと分かった途端、今度はメリアが興味を示した。
玄翁さんの鍛冶屋の熟練度は見習いとあってかそれほど高くは無い。けれども、俺よりは高いのだからバカには出来ない。
けれども、俺のように武具の強化は出来ないので、言ってしまえばそこらにいる鍛冶屋と何ら変わりはない。
それを知らないからこその期待のこもった眼差しは玄翁さんの心を抉ったことだろう。
「……レベルが高いのですね」
「レベル? 私のレベルはあるようで無いものだから気にしないでください」
次にメリアは玄翁さんのステータスを見たようで、ポツリとそんなことを呟く。
玄翁さんのレベルはプレイヤー……つまり俺のレベルに合わせて上がっていくシステムとなっている。
他にはアゾットさんやヨフィさんだって俺のレベルに合わせて上がっていく。
だが、決して同じレベルというわけではない。
仲間レベルと言うものがあるらしく、俺は全部を理解していないために曖昧だが、元々弱いキャラクターを仲間にしたとしてプレイヤーはその仲間よりレベルが高い場合は、決してプレイヤーのレベルに追い付くことは無い。
逆を言えば仲間にした時点でプレイヤーよりレベルが高い場合は決してプレイヤーが強い仲間のレベルに追い付くことは無い。
そう覚えてもらって構わないはず。
俺のレベルが幾つか上がっているのだから、玄翁さんのレベルも幾つか上がっていると見て言いと思う。
今は何レベルなんだろうか。
「レベル五十……大台の五十は憧れますわね」
「五十? え?」
「どうかしたのですか? 御主人様。身を乗り出して」
玄翁さん、メリアに続いて声を上げたのは俺だった。
俺の聞き間違いじゃない限り、さっきメリアは玄翁さんのレベルを五十レベルだと言った。
俺のレベルが四十四に対し、六レベルも高いことになる。俺が知る限り、玄翁さんのレベルは俺より低かったはずだ。
仲間レベルのシステムを信じるならば、俺よりレベルが高くなることはありえない。
俺の聞き間違いだろうか。
「ロボ娘。確かお前の眼はスキルを使わずに相手のステータスを見れるんだよな? 玄翁さんのレベルは何レベルだ?」
「五十レベルですね」
「うーん、この……あー……」
「どうかなされたのですか?」
「あ、いや、大丈夫だ。気にしないでくれ」
皆が心配した様子で俺を見ている。
そうかそうか、忘れていたよ。ここではゲームの常識が少し通用しない時があるんだよな。忘れてたよホント。
考えてみればわかる。みんなそれぞれ自分で鍛錬しているはずなんだ。それなのに俺がレベルが上がらないと他の仲間たちのレベルが上がらないのはおかしいよな。
別に俺が世界の中心で回っている訳でもないし。何もおかしなところは無い。よし。
「……え? ってことは、今の俺って玄翁さんより弱いの?」
「え? マクラギのレベルは?」
「四十四レベル」
「うそ、赤の国の時から一レベルしか上がっていないじゃない」
「いや、うん、レベル上げ、さぼってました」
「うわー……決闘場の覇者なのに」
「うるせいやい」
ムカつく。
あぁ、なんだかムカついてきたぞ。
普段から見下している玄翁さんよりもレベルが低くて弱いだなんて、気にくわない。
本当に気にくわない。ダメだ、ムカついてきた。絶対に五十レベル以上にしてやる。
「……御主人様?」
「気にすんなって言ったろ」
「申し訳ございません」
平静を装っていたつもりだが、向かい側にいたロボ娘は俺の心境の変化を感じ取ったのか声を掛けて来た。
衝動的にぶち壊してやりたくなったので言葉で制すと、それ以上何も訊かなかった。
やはり、俺に忠実と言う意味では最高だよ、ホント。
「さて、十二分に温まったろ。再開するか」
「えぇー、もうちょっと休んでいようよ!」
「最初から働いてないやつが何を言う。ほら、行くぞ!」
「あ、待って! まだ扉開けないで! 寒い寒い!」
「気になってはいたのですけれど、その恰好は白の国では自殺行為に等しいですわよ?」
「やっぱりそうかぁ……」
俺ははやる気持ちを隠す様に、休憩の終わりを告げる。
体も温まったことだし、早く片付けてしまいたい。
……ここらで、レベルを上げるとなれば…………遠出しなければ。