見敵
「落ち着きましたか?」
「はい……ごめんね」
「洗濯物が増えただけですのでお気遣いなく」
「怒ってる! やっぱり怒ってるじゃん!」
「至極当たり前の反応だと思いますが」
いつまでも泣きぐずる少女の友人玄翁レナを自宅……厳密には少女の自宅ではなく友人の別荘だが、仕方なしに上がらせた。
彼女の涙・鼻水・涎の液体と言う液体の浸食をうけた服を取り換え、洗濯槽へ投げいれたことを快く思ってはいないようだが、友人の好でこれまた仕方なしに赦している。
勝手に家に上がらせたことを主人に謝らなくてはと少女は思ったが、先日上がらせていいと言っていたことを思いだしたので杞憂に終わる。
それよりも問題は目の前の大きな子ども。それを今から何とかしないといけないことに、少し面倒くささを覚える少女。
それでも、少女は悪く思ってはいない。少なくとも、数少ない友人に会えることは嬉しいから。
「それで……私の様子を見に来るとのことでしたが?」
「うん、そう! 大丈夫だったロボ娘ちゃん? マクラギに酷いことされてない? ちゃんと食べてる? 私、心配で心配で……」
「大丈夫ですよ。御主人様は私に良くしてくれます。しっかりと機械油ももらっていますよ」
「本当? 言わされてない? だって、マクラギ……前科があるし」
「えぇ、大丈夫です。それに、私のためにわざわざ部屋を増築してくれるのですから」
「うぅー……やっぱり信用できない……」
彼女の目的は事前に送られてきた手紙にも書いてあった友人であるロボ娘の安否である。
少女の主人、枕木智也……否、ここではマクラギと呼ばれている者は、以前少女ロボ娘に酷い仕打ちと待遇、更にはその手でスクラップ寸前にまで追い込んだ者なのだ。
それなのに少女は頑なに主人の元へ行くと言って聞かず、最終的には出て行く形として主人のいる白の国へ旅立っていったのだ。
それまでの事よく知っている彼女は良しとせず、こうしてここまではるばるやって来たのだと。
今の待遇がかなり改善……されてはいないけれども、少なくとも酷い待遇ではない。
それを幾ら彼女に説いても無駄なようだ。
「ねぇ、マクラギは今どこにいるの?」
「今は剣の師範として教鞭を振るっていると思います」
「剣の師範? マクラギ、先生やってるの!? 鍛冶屋じゃなく!?」
少女に聞いたとしても主人であるマクラギのことを悪く言うはずもなく、これ以上聞いても何も情報を得られないと思ったのか彼女は渦中の人物である枕木の所在を訊ねた。
立派な家を構え、さぞや鍛冶屋として名前を轟かせているであろう同業者は家にはいない。商いが大好きな彼のことだから商談にでも言っているのだろうと彼女は思っていたのだが……その予想は大きく外れることになる。
聞けば、剣の師範をしているらしい。
あまりにも予想と違っていたので彼女は思わず声を荒げてしまったが、それが嘘ではないと分かる。
少女は冗談は言えど嘘は言わない。嘘が吐けないのはロボットの制限かもしれないが。
それでも信じられないのが人間と言うもの。
そして、そんなに面白そうなことをしているとあれば、興味が湧かないわけがない。
「ねぇ、そこって見に行けるかな?」
「どうでしょう? 御主人様からは観光でもしていたら良いと言われていますが」
「観光だよ観光。面白いものを見に行くんだから、観光だって!」
「そうでしょうか……?」
「そうだってば!」
となれば好奇心が具現化した様な彼女が行きたいと言うのは時間の問題だった。
さっそく少女に見に行こうと提案したが、あまり主人の邪魔をしたくはない少女は渋る。
しかし、そこで引き下がるようでは好奇心の名が廃る。友人に強く出れない少女を押しに押しまくる彼女。
更に、少女自体は主人のやっていることに興味が無いとは言えない。
普段とは違う主人の姿を見てみたいと言うプログラムがあるのも事実。
「……そうですね。レナさんと合流した胸を伝えるのも含め、行ってみましょう」
「そうこなくっちゃ!」
いつしか当初の目的である少女の待遇を見定めるというものから、少女の主人がしているという剣の稽古の様子を見るに変わっていることに、彼女は気付いていない。
少女は、気付いていたが。
「……」
「ささ、行こう!」
楽しそうだったので言わないことにしたのだ。
◆ ◆ ◆
「そら!」
「ぐぅ! 凄まじい衝撃……!」
「斧は当たらずとも衝撃で余波を受けることが多い。斧相手に真正面から戦おうとするな!」
「はい!」
もう何度手合いをしただろうか。
既にいつもの稽古より時間も経っていることだろう。
それでも果敢に稽古に臨む姿勢は褒められたものだ。メリアの顎からは常に汗が滴り落ち、稽古の時にいつも着ている制服は汗でぬれている。
ブラジャーが透けていると……注意したのだが、それは気にしないでほしいとのこと。
普通、そうなっているのなら恥が全面的にでしゃばってくるはずだろうに。俺が男性として見られていないと言うのであればそれまでだが。
「《徒士割り》! からの《スウィング》!」
「っ!」
「真正面から戦うなとは言ったが、そうやって距離を取ると遠距離攻撃されるぞ!」
「着かず離れず、ですね!」
そしてもうぶっちゃけると俺いらないくらいに成長する。
どれくらい成長するかと言うと、さっきから俺と手合いをしているだけでめきめきレベルが上がっていく。
さっきまで二十九レベルだと思っていたら、もう三十五レベルだ。それほどまでに驚異的な速度で成長している。
この分だと俺を抜くのも時間の問題だろう。そうして俺はいらない子になるわけですね分かります。
「《覇王樹》!」
「ここですわ!」
「甘い! 《パリィ》!」
「それを待ってましたわ!」
「なにぃ!?」
それほどまでに潜在能力を秘めているメリアのことだ。
その技術がやがてレベル差を埋めていくことになるだろう……と思っていたのだが、ここまでだとは思っていなかった。
驚異的な技術はそれだけでレベルとなる。低レベルで手加減していた俺を倒してしまったのだ。
そのレベル差が埋まってしまったら、それはそれは俺の立つ瀬が無くなるというものだ。
なんと、若干レベル三十五にて俺の先を読み、見事に首筋へと剣を当てられてしまった。
俺のレベルは四十四。レベル差にして九レベル。五レベル差あれば絶望的とまで言われたレベルの壁を突き破って見せたのだ。
まぁ、俺の技術が未熟なのも要因だろうが、この事実は素直に驚いた。
俺は負けたのだ。寸止めとは言え、結構本気でやっていたのにも関わらず。
「……すぅーっはぁー……どうですの?」
「……正直、もう教えることが無いくらい成長したな」
「こんな短期間でですの? ご冗談は」
「この結果は冗談だと思うか?」
「……いえ」
目の前の事実を受け入れたメリアは大きく息を吸い直し、首筋に当ててていた剣を離した。
そして、俺の評価を聞いたメリアは鼻で笑う様に否定したが、俺が真面目だと分かったのか声を落ち着かせる。
正直に言えば悔しい。
どうだ見たか。これが天才と言うやつだ。これが凡人の限界と言うやつだ。
やはり早いうちに俺を抜くだろうと思っていた矢先に、これだ。フラグの回収が早いと言うレベルではない。
昔誰かが言っていたが、天才にはどうやっても敵うものではないそうだ。
何故なら、凡人が努力しているのなら、天才だって同じくらい努力をしているからだ。
その言葉を体現したような状況だな、これは。
「おめでとう……って言いたいが、まだ全ての武器を凌いだわけではない。次の武器だ!」
「は、はい!」
それを妬んでか、素直に褒めてやることはせずに強く当たる俺。
目の前にいる天才が妬ましい。だが、それを表に出してはダメだ。出すのなら、俺がこの国を去る時。
きっと、俺がもっと教えてやればもっともっと強くなるだろう。呑み込みが早いのは噛み砕くのも早い。
良く咀嚼して飲み込めば、それは即戦力となる。それが出来るのが天才なんだなぁ。
「次は杖に対する戦い方だ! 杖を使うのなら魔法を使ってくると思って良い! そう言う輩には迷わず懐に飛び込め!」
「はい!」
「だが相手も懐に飛び込まれたら危険と分かっている。それなりの対処をしていると思え! それを全て凌ぐのが魔法に対する最善の対処法だ!」
「では、参りますわ!」
だがしかし、だがしかしだ!
俺だってやられっぱなしは嫌だ。
何とかして負かしてやりたいと思うのが世の常。
俺の杖の習熟度は他と比べてみても高い。それでも中級に差し掛かったばかりだが。
そして、相手の先入観を逆手に取ることも出来る。
俺の杖の技術を嘗めてもらっちゃ困るね。
「《強化魔法・力》! 《強化魔法・速》! 《強化魔法・技》!」
とりあえず魔法でおなじみの強化魔法をそれぞれかける。
これで力と素早さと攻撃の速さを上げることが出来た。そして、四次元ポーチから力の腕輪二個と力の指輪九個と力の首飾りを取り出して装備する。
この時点で俺の力は普段の約四倍。素早さは約二倍となっている。
そこへダメ押しとばかりにとあるものを装備する。
それは赤の国で姫様に勝利した商品。王家の指輪である。
言わずもがな、装備されている加護をそのまま二倍にする超レアアイテムである。
そのため、俺の力は約八倍。素早さは四倍だ。
そして、俺の言う通り懐に飛び込んで来ようとするメリア。
俺が牽制として放っている魔法を躱しながら。愚直なまでに突っ込んで来る。
「うらあ!」
「甘いんだよ!」
「えぇ!?」
俺が持っていた杖を一回強く振ると、杖の先から勢いよく飛び出しすものがある。
それは杖の中に収納されていた剣身だった。俺が装備していたのはいわゆる仕込み杖。
フェザースタッフという杖だ。
その様子を見たメリアは驚き、一瞬だけ動きが止まってしまった。
俺はその隙を見逃さず、剣が露出したフェザースタッフを大きく振りかぶり、地面へと振り下ろした。
「……」
「……あ」
その結果、他人の土地である地面が大きく抉れてしまったのだ。