目下拳闘
◆ ◆ ◆
「おはようございます。先生」
「はい、おはようさん」
昼時、ロボ娘に作ってもらった焼飯を腹に流し込み、あまり気乗りがしないメリアの稽古にやって来た。
既にメリアはベルリヒンゲン領内にある演習場にいた。なるべく早めに来たのだが、それよりも早く来ているとしたのなら昼ご飯はもう済ませたのだろうか。
玄翁さんの方はロボ娘に任せてあるので問題は無いと思いたいが、如何せん不安は残る。
それがメリアにも伝わってしまったのか、少々訝しげな表情でこちらを見ている。腹の探り合いが得意な奴は嫌だね。
「……どうかされたのですか? 顔色が優れていないようですが」
「いや、メリアが気にすることじゃない。とりあえず、打ち込んで来い。この一週間でどれだけ腕が上がった見てやる」
「承りましたわ。では、行きますわよ!」
メリアに言っても仕方がないので関係無いの一言でバッサリ。
メリアのことだから俺がいないところでもしっかりと鍛錬をしていたことだろう。鍛錬するだけにしてもレベルは上がるために、前よりは強くなっているはず。
それでも、一番手っ取り早いのは魔物と戦うことだが、ここら一帯は意外にも低レベルには厳しい適正レベル。
そんな環境ならば、やはり鍛錬で少しずつ少しずつ経験値を得てレベルアップしていくほかない。
そんなメリアのことだ。
きっと鍛錬でレベルが一レベルくらい上がっているだろうと踏んでいたのだ。
その認識が甘かった。
「っ……!」
「ハァ……! ハァ……っどうですの?」
正直に言ってしまえば手加減をしていた。
手加減しているかと言っても、ステータスは変えることは出来ないので技術面で手を抜いていた。
だからと言い訳をするつもりはない。けれど、あまりにも予想外だったのだ。
俺の持っていた剣が、メリアの攻撃に弾かれてしまったのだ。
メリアの獲物は俺がこの間造ってやったセイバー。俺が獲物としていたのは鉄の短剣〈伝説的〉。
斬り込む技量と度量を見るためにも間合いの狭い鉄の短剣〈伝説的〉を使っていたのだが、それすらも杞憂に終わってしまったのだ。
「すぅー……ふぅー。けれども、私もこれくらいで喜んではいられませんわね。手を抜いていたのでしょう?」
「あ、あぁ。正直、手を抜いていたが……」
「そう、ですの。私ももっともっと精進致しませんと」
化物か、コイツは。
レベルが一上がっていれば良いな、なんてまったくどうして本当に。
天才ってのはここまで驚異的なのか。目標がどこにあるか教えてやるだけでこんなにも成長するものなのか。
そして、こんなにも力がある人がシナリオどころか設定にすら上がっていないのか。創られていない、まったく純粋な道端の石ころ。
……いや、待てよ?
ここまで強く“世界に設定”されている人が、スタッフが関わっていないはずがない。
もしや、メリアの存在も、没設定として存在が確定されていた可能性もある。エル・シッド殿の名前だけは設定上に存在する。
そのエル・シッド殿のイベントがあって、そのイベント内に出てくるはずだったキャラクターの可能性もある。
それだとしたら、この驚異的な強さも説明できる。イベントのあるキャラクターだったのなら。
まぁ、確かめようがないから本当のことなんてわからないがな。
「では、次は手を抜かずにお願いできます?」
「……悪いが、それは出来ない。理由も言えない」
「…………分かりました。先生がそうおっしゃるのであるなら、これ以上は言いませんわ」
そしてごく自然な流れで次は手を抜かないで手合わせしてほしいとのこと。
しかし、その申し出に俺は渋る。レベル差というわけではない。技量の差というわけでもない。
特に大きな理由があるわけでもない。
じゃあ、なんでダメなのか。
その理由は至極単純、手を抜かないで……つまり本気で戦って負けたら後がないからだ。
手を抜いて戦って負けたのなら、手加減していたから負けたと言い訳になるが、本気で戦って負けたのなら言い訳の仕様がない。
そんな相手のことを侮辱しているかのような理由を、純粋に強くなって父親のためになろうという彼女の志に行ったところでどうしようも無い。
幻滅されるのが落ちだ。ここでメリアを幻滅させれたらどれだけ良いものか。
でも、エル・シッド殿にメリアを悲しませたらギルティと言われているのでそんなことはしない。
自分が大好きだから。
「えーっと、今手合わせして分かったんだが、メリアはどうも剣同士で鍔競り合いに持ち込もうとするところがある。鍔競り合いはぶっちゃけやるだけ無駄だ。剣の消耗を早めるだけだから、やめておけ」
「では……どのように立ち回ったらよろしいので?」
「メリアは速さを活かした立ち回りが得意なんだろ? だったら、相手の攻撃を弾いて体勢を崩したり、相手の手元を狙ったりすればいい」
「難しいことを簡単に言うのですわね……」
「馴れればどうってことないからな」
なんとか話題をずらすために、さっきの手合いで気になったところをメリアに言う。
メリアは口を挟みはするが、基本的に言うことを良く聞くからこちらとしてもやりやすい。
というよりも、理解が早いのでほとんどこっちで説明する必要が無い。なんだかなぁ。
「……先生は剣以外は使わないのですか?」
「一応使う……っつーか、今まさに短剣で立ち回ったはずだけど?」
「学校で習った限りでは全武器を扱うことの出来る唯一の職業が鍛冶屋だとか。……けれど、全武器を扱おうとする鍛冶屋がなかなかいらっしゃらないのと、下位職業ですから……早々に上位職業へ転職する物が多いと聞きまして」
「アンタの親父さんから聞かなかったのか? 俺は一応なりとも全武器を扱える。でも、全武器の習熟度に職業ボーナスは無いし、熟練度だって高いとは言えない」
「全武器を……そんな方が、本当にいたのだなんて……」
未だに肩で息をしているメリアは黙っていればいいのに沈黙に耐え切れなかったのか更に切り出して来た。
まだ息が整っていないから少し休んでいた方が良いと思うのだが、本人がそれをしようと思わないのでスルー。
話の話題は俺の職業である鍛冶屋。
普通の職業だと一つの武器しか装備することが出来ないが、鍛冶屋は武器を造るものと言う立場なのか全ての武器が装備できる。
前にもおさらいしたような気もするが、全武器を扱えるその代わりに職業ボーナスという補正値が無い。
そして、習熟度ボーナスもつかない。例えば、戦士の職業ボーナスがHPと力が上がりやすく、剣の習熟度ボーナスは三倍となっている。しかし、鍛冶屋はそのボーナスが全くないのだ。
そして、ボーナスがないときついきつい。
そのせいか鍛冶屋の上位職業の錬金術師になるための通過点と思われがちだ。ちなみに錬金術師が装備できるのは杖だ。アゾットさんだけは固有武器のアゾット剣を装備しているため例外だが。
だがしかし、考えても見てくれ。
時間を費やすだけで全ての武器のスキルや全ての武器の魔法を扱えるとあれば、これほど魅力的なものはない。
その結果、俺のような器用貧乏が生まれたわけだが。しかも、職業ごとの強力なスキルや魔法は使えないため、微妙なところもある。
「……あの、お願いがあります」
「お願い? なんだ、言ってみろ」
俺が鍛冶屋で、全ての武器湧使えると聞いたメリアは何やら考え込むように顎に手を添えてブツブツと何かを呟いた。
そして、自分の中で答えが決まったのか、既に息が整っているというのに大きく息を吸いこみ俺の眼を見据える。
その眼は、何かを覚悟した眼だった。
「全ての武器で、手合していただいてもよろしいですか?」
「全ての? まぁ、良いけどよ」
メリアがお願いとして切り出したのは、稽古で俺が扱う武器を全種類にしてくれないかと言うものだった。
今までは剣だけの手合いだったために、剣の捌き方しか教えてこなかった。
今回は偶々鉄の短剣〈伝説的〉だったが。
確かに俺が全ての武器を扱えるのならば、全ての武器の対処法を教えて上げれると言うこと。
なかなかどうして良い申し出じゃないか。俺感心した。
「そうだな、剣で苦手だろう槍をまずやってみるか? 戦場で剣より目にすることが多い武器だしな」
「はいっ! お願いいたします!」
さっそくその申し出を受け入れ、鉄の短剣〈伝説的〉から鉄のグレイヴ〈伝説的〉へと持ち替える。
グレイヴは長柄の先にファルシオンのような曲刀が着いた切っ先となっている。長さは二百七十、重さは三キログラム。
基本的に片刃だが、中には両刃もあるらしい。このゲームでは片刃だが。
「それもまた……業物ですわね」
「あぁ、枕木印のブランド物だぜ」
久しぶりに触る長柄武器の感触を楽しみながらメリアを見据える。
基本的に長柄武器は剣や鈍器よりも長いリーチを持っているが、対処がとてもしやすい。
長柄武器には長柄武器なりの癖がある。そこを突かれたら待ち構えていない限り不意を突かれてしまうだろう。
しかし、この世界の戦士たちは控えめに言ってチャンバラをしているだけ。
武器の性能に頼り過ぎて、武器には武器なりの戦い方があると言うのに無視して戦っている始末。
そんなんでよく今まで魔物と戦ってこれたと本当に思う。
だからこそ、教えてやったら相当強い。
基礎は出来ているのだから。
「行くぞ」
「はいっ」
まず小手調べに俺は、鉄のグレイヴ〈伝説的〉をまっすぐ投擲した。




