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ぶっちゃけ今までのタイトルに意味はない



◆ ◆ ◆




「おうべぇええええ……」


「ほら、お嬢ちゃんよく頑張ったな。着いたぜ、ようこそ白の国へ!」


「うぅ……うっおうろろろろっ」


「……はぁ。ほれ、何度目かの酔い止めだ。キャベジソもあるぞ」


「いただきます……」


 成人して二年が経つこの女性、玄翁レナは大変素晴らしい船酔いに襲われていた。

 目的地である白の国の首都へ辿り着いたのにも拘らず、甲板で胃の中を戻す作業を繰り返している。

 航海の最中、船員たちに気を遣われ酔い止めや船酔いを紛らわせる方法を教えられたは良いものの、そのどれもが意味が無かった。


 その結果がこれだ。

 見事にグロッキー。グロッキーレナの完成である。


 最後の情けだと言わんばかりに船員から渡された酔い止めとキャベジソを胃に流し込み、ようやく白の国の大地に舞い降りた。

 時刻は既に連絡船がここへ着いてから四十分は経とうという時であった。

 連絡船に積んでいた荷物は粗方港へ運び込まれており、文字通り残っている荷物は彼女だけである。


 やっと来たのかとうんざりした表情の船員から荷物を受け取り、活気溢れる港を進んでいく。


「お腹、空いたな……」


 出港してからろくに腹の中へ入れていなかったために、彼女のお腹は虫が居着いていた。

 それ故に港に出店している出店の匂いにつられるのは無理もない。

 新鮮な魚を使った串焼きや、ホタテの姿焼き、それに最近まで悪魔の一柱なのではないかと恐れられていたタコを使った包み焼。それらが彼女を魅了する。


 もともと彼女は魅力が高い方ではない。

 故に魅了相手には分が悪く、そんな誘惑に勝てるわけもない。いや、そもそも勝てる者なんていないのだろうが。


「おじさん、一つちょうだいな」


「あいよ。銅貨一枚だ」


「やっす! 物価があっちより安いのかな」


 誘惑に勝てなかった少女は導かれるように一つの屋台へ来ていた。

 たれを焦がした芳ばしい香りが彼女の胃の中の虫をさらに刺激する。涎が出そうになるをのをグッと我慢しながら、メニュー表へ目を通す。

 その中から特に目が行ったものを注文し、先払いのために銅貨一枚を店主へと渡す。


 彼女は物価の安さに驚いたが、彼女が住んでいた赤の国と白の国の物価は大差ない。

 安さの秘訣は港から直接仕入れ、その日のうちに全てを売ってしまうために値段は安くしてあるのだ。

 それが分からなかった彼女はきっと、店主に田舎者だと思われていることだろう。


 実際、白の国に比べたら赤の国は田舎である。


「あいよ、おまちど」


「ありがとう! いただきまーす」


 彼女が購入したのは取れたての鯖を串に刺し、蒲焼にしたものだ。

 半身で銅貨一枚。店で食べるにしては安いが、自分で作るにしては高い。

 総じて屋台と言うのはそういうものだ。しかし、彼女はそんなことすら考える暇もなく買ったその場でかぶりついた。


 噛んだ瞬間、口の中に広がるタレの甘い香り。

 咀嚼するごとに鯖の旨味が脂とともに溢れだして口の中を染め上げる。

 彼女の表情は一瞬にして幸せそのものになる。見ている店主としても気持ちの良いものであろう。


 更に彼女は魅力こそ平平凡凡ではあるが、可愛らしい顔をしている。

 男は見なく可愛い女性には優しいものである。このスケベな店主も例外ではない。


「お嬢ちゃん美味しそうに食べるねぇ」


「美味しいですから!」


「そんじゃ、こっちはどうかな?」


「え? でも……」


「おじさんのおごりだ。お嬢ちゃん可愛いからサービスしちゃう!」


「良いの!? ありがとう、おじさん!」


 鯖の蒲焼を頬張って幸せそうに咀嚼する彼女の前に差し出されたのは魚介出汁のスープだ。

 寒い白の国ならではの家庭料理だ。彼女は温かい赤の国からやって来たために、少々寒そうな格好をしている。

 これでも厚着をしている方なのだが、如何せんそれでは白の国では薄着に部類される。


 そんなもう少し厚着をしてくればよかったと後悔していた彼女にとっては正に僥倖。

 温かいスープは瞬く間に体中に掛けめぐり、鳥肌が全身にできる。吐き出される吐息は熱を持って大気中に消えていく。


 次いでなるのは笑顔。

 人の温かみに触れた瞬間だった。


「おじさん。ここら辺で鍛冶屋ってやってるところあるかな?」


「鍛冶屋? うーん、鍛冶屋ねぇ……中央街の十字路の近くに一軒あったかなぁ」


 先ほどまで船酔いでグロッキー状態となっていたのにも拘らず、鯖の蒲焼と魚介スープを胃に入れて満足した彼女は当初の目的である友人の居場所を尋ねてみることに。

 彼女の友人、とある鍛冶師と少女のことなのだが、如何せん首都のどこにあるか聞いていなかったために途方に暮れそうになっていたところなのだ。


 確定していることは白の国で鍛冶屋を営んでいることだけ。

 人に鍛冶屋の場所を訊ねれば自ずと辿り着けると思っていたのだが、どうやら一筋縄ではいかないようだ。


「一件だけですか?」


「そうだなぁ、昔からそこだけだったはずだぞ」


「昔から……」


 彼女が知りたいのはつい数か月前に白の国へと出発した鍛冶師の友人。

 しかし、店主から得られた情報は昔ながらの鍛冶屋だけ。目的の情報は得られなかった。


「ありがとう! 美味しかったよ!」


「そうかい? また寄んな!」


 これ以上情報は得られないと判断したのか、それ以上深く聞き入ることはせずにその場から去る彼女。

 彼女は決して地頭は悪くない。性格が邪魔しているだけで考えたり思考するのは得意である。


 次に彼女がとった行動は、情報を持ってそうな人に話しかけることだった。

 おしゃべりが好きそうな、それでいて口が軽そうな中年の女性に。


 幸い、彼女がいるところは漁港。

 朝市も兼ねている大きな漁港には、新鮮な魚を求めてやってくる中年女性が大勢いた。

 目を付けたのは……なるべく派手できょろきょろと辺りを見渡している中年女性。

 決めたのなら、行動は早い。


「あの、ちょっといいですか?」


「な、なに?」


 彼女が話しかけた中年女性は話しかけられたのが驚いたらしく、体が一瞬だけはねた。

 彼女を見る表情は警戒色一色だ。しかし、彼女は持ち前のコミュニケーション能力を活かして話しかける。


「えっと、私、初めてここに来たんですけど、ここのこと何も知らなくて……中央街にはどう行けばいいですか?」


「中央街? あぁ、アンタもしかしてどっかから上がって来た口かい?」


「えぇ、そうなんですよぉ。黒の国から来たんですけど、迂闊に歩いて……その、危ない目に合いたくないですし」


「黒の国! へぇーこれまた難儀なところから来たねぇ。大丈夫よ、ここ白の国、ましてや首都は治安が世界一なんだから。ギルドの人たちが見回ってくれているから安心だし」


 なるべく田舎者のように、尚且つ心許無さそうに中年女性に話しかける。

 不安そうに、助けを求めるように。お節介を焼きたくなる年代の女性には効果がてきめんだろう。

 その証拠に、早くもお節介根性とおしゃべりがでしゃばって来たのか饒舌になる中年女性。


 そして極めつけは出身地を黒の国だと偽ること。


「まぁまぁ可哀想に、でも大丈夫! 黒の国とは違って王様も優しいし、圧政を強いるような執政じゃないからね」


「はい! だから来ました!」


「あはははは! 素直な子だね。でも初めての土地は不安だろうに。誰か、頼る人はいるのかい?」


 黒の国は自他ともに認める独裁政権で、税もきついことで有名な国だ。

 国民の貧富の差が少ないことでも有名だが、家庭の所得が一番低い国で、自由度の低い国でもある。

 そのため黒の国から移住してくる人も多く、誰もいなくなることを危惧した黒王は渡航も規制している。


 あくまでも王族が第一。

 しかしながら黒王の政策は他国を群を抜いており、技術が一番発展しているのが最大級の皮肉である。

 また、所得は低いが医療なども充実しており、医療費に掛かる国民の負担はおよそ一割。

 更に国民の失業者は無いに等しく、誰もが職にありつけると言わしめるほどの失業者支援を行っている。

 苦しい圧政の代わりに、生きることに関しては黒の国が一番である。


 それでも、逃げてくる人は後を絶たない。


「はい。知り合いがいるのですが……知り合いが鍛冶屋をしていることしか知らなくて」


「鍛冶屋? 鍛冶屋なら中央街に一軒……いや、西の方に最近出来たって聞くねぇ。でも、ほとんど開店していないし、なにやら怪しげな人たちが大勢出入りしてるって噂だよ?」


「それって、出来たのは数ヶ月の内ですか?」


「そうそう。確か最近だったわねぇ。でも、危ないから近づいちゃダメよ?」


「そうですね」


「あぁ! そうだ、危ないって言ったらさっき非常識な男がやって来てねぇ」


「あ、あははは」


 噂好きの女性に話しかけたのは間違っていなかったらしく、先ほどの店主とはまた違った情報が得られた。

 中年女性曰く、その鍛冶屋が出来たのはここ最近だと言う。それならば、彼女の目的地である可能性は高い。

 ひとまず目先の目標が出来たことに満足した彼女は、次にこの中年女性からどうやって離れるか考えることに。


 現におしゃべり好きに火が付いたのか、聞いてもいないのにペラペラと話し出した中年女性。

 しかし、無下にすることも出来ないので苦笑いするのみ。ここで変に切り上げて怪しまれてはいけない。


 そこで人のことを気にしないで去ることが出来ないのは彼女の優しさだろう。

 もしくは情報を教えてくれて、なおかつ心配してくれている人を無視することが出来ないのであろう。


「確かね、薄い水色の髪の毛をしたお人形さんみたいな女の子と、いかにも意地悪そうな顔をした男だったわ。女の子のことをろ、ロボ……だったか呼んでいたわ」


「え?」


 パズルのピースがはまる音がした。


「その話、もうちょっとよく聞かせてください」

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