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襲来



 三日後。

 約束の日。再会の朝。

 かつて永訣とも思われた人物が今日やってくる、はず。

 仕事も無いのに朝早くより起床した俺は、いつも通りの寒さに身を震わせながら一階の茶の間へと向かう。

 階段を降りる際に鼻腔をくすぐるのは朝餉の匂い。味噌汁の良い匂いに口端を綻ばせなら茶の間のテーブルにつく。


 いつものように置いてある新聞を手に取り、おもむろに読む。

 犯罪が聞いて呆れるほど何もない見出し。あるとしたら【勇者】が着々と【魔王】に向けて力をつけているくらい。

 進行くらいから言って半分。ちょうど半分くらい。


 新聞の中身は平和そのものだが、そこから得られる情報は俺にとって危険を示している。

 そろそろか。そろそろ“どうしようもないが、どうにかしなきゃいけない絶望”がやってくる。


「はぁーあ」


 重い溜息を吐く。

 吐いたところでどうもならないのだから仕方のない。


「おはようございます。緑茶です」


「おう」


 ばさりと新聞をテーブルに置いて天井を見上げる。

 天井には高い天井の空気を循環させるためのプロペラ回っている。見ていて気持ち悪くはならないが。

 そんな時に目の前に淹れたての緑茶が置かれる。ロボ娘だ。


 緑茶を受け取り、一口啜る。

 なんだかいつもと違う味がしたような気がする。そこまで分かる舌は持ち得ていないが。


「淹れ方変えたか?」


「いえ、いつも通りですが」


「そうか」


 そうら、杞憂だ。


「失礼します。朝餉は白身魚の宗八の塩焼きにほうれん草のお浸し。お味噌汁と白米、お新香です」


「さんきゅ」


「これより私は朝市へお買い物へ行って参ります。そこで連絡船にレナさんがいらっしゃるようであればお連れいたします」


「おう」


「それでは、行って参ります」


 用意された朝餉に手を付ける。

 味噌汁を啜り、白味噌の味を確かめる。具はわかめのようだ。

 その間にロボ娘が今日の予定を俺に伝えてくる。今日の予定とはもちろん玄翁さんのことだ。


 手早く身支度を整えたロボ娘は玄関へと向かう。

 俺はそんな後姿を見つめ、声を掛ける。


「ロボ娘」


「なんでしょうか?」


「味噌汁の味が薄いぞ」


「塩分を抑えるためです。御主人様は私がいない間随分と不摂生をしていたようですので。お腹を見ましたか? 自慢の腹筋が贅肉で隠れていましたよ」


「うるせぇっ」


「ともかく、私がいる限りは体調管理は大丈夫ですよ。間食も控えていただきます」


「…………あー、ほら、もってけ」


「はい?」


 俺の好みの味付けよりも少し薄めだったのが気になり、ロボ娘に言う。

 ロボットであるロボ娘が分量を間違えることは故障していない限りあり得ない。

 ということはわざと薄くしたということ。


 その予想は当たる。

 俺の体調を気遣ってか味噌汁の味を薄くしたとのこと。

 まるで妻にでもなった気分か。ふざけんな、俺の性癖は普通だ。


 そんなことを前置きにしないと素直になれない俺はぶっきらぼうにロボ娘へ小さな布袋を放り投げる。

 中には銀貨十数枚。これだけあれば無駄遣いしない限り大丈夫だろう。


「こんなに……良いのですか?」


「約束したろ? 俺は約束されたら守らないが、俺から約束したら守るぞ」


「コミュ障ですか?」


「うるせぇっ! はよ行け!」


「はい。行って参ります」


 照れを隠すために怒鳴るが隠れきれていないために、ロボ娘は分かっているとばかりに笑って出かけて行った。

 その後ろ姿を見送った俺はもくもくと用意してくれた朝餉を食べる。実に美味しい味付けだが、やはり薄味だ。


「……」


 随分とロボ娘は料理の腕を上げたものだ。

 最初のころ、赤の国で雇った時なんて古代の料理と現代の料理の違いに区別がつけられず、それはそれは不思議な料理が出てきたこともあった。

 その時のロボ娘は心底申し訳なさそうではあったが、ちゃんと食べてやると嬉しそうな顔をしていた。

 どうやら料理の区分されているファイルの中に古代の料理も現代の料理もぶっ込んでいたらしく、色々と混ざってしまったのだそうだ。

 それからは保存するファイルを別々にしてから料理が上達し始めた。


 良くもまぁ味見も出来ないのに美味しいものを作れるもんだ。

 ロボ娘の食事は機械油だからな。食物は食べられない。


 そうるすると、鍋物は悪手だったかもしれない。

 鍋はみんなで囲んで食べると言う先入観がある。玄翁さんは鍋を囲めないロボ娘のことを気遣うかも知れないな。


「なんだよ、ホント……腑抜けたなぁ、俺」




◆ ◆ ◆




 一定の歩幅を一ミリもずれることなく歩いている。

 向かう先は潮風が吹き付ける港。少女は髪の毛が傷むことを厭わずに歩き続ける。

 手には買った物を入れるバケット。心なしか足取りは軽そうだ。


「連絡船は……まだ来ていないのですね」


 港へ着いた少女は活気の溢れる朝市とは反対方向にある船着場を見るが、そこには連絡船らしき船は見当たらない。

 ゆらゆらと感覚の広い波に揺られているのは漁船だけ。その漁船から新鮮な魚介類を朝市まで出荷しているのだ。


 船長らしき人と仲買人が魚介類の値決めをしている。

 セリをしているところは見受けられなかったが、少女の記憶媒体によるとここの魚介類の売買は事前に約束した業者としか売買しないとされている。

 故に、漁業協同組合もない。


 朝市へと赴くと、そこには朝早くからだと言うのにたくさんの人々で賑わっていた。

 そこで売られているのも新鮮で、一度食べたら冷凍のものは食べられたものではないと言わしめるほど。

 尤も少女は食べることは出来ないが、記憶している限りでは冷凍をしてしまうと味が落ちてしまうと覚えている。


 依然として毅然とした態度で朝市の中へ入っていくロボ娘。

 だがしかし、少女はここに来たことはまだ数回。常連客の多い朝市の中に見覚えが無い者がいたら目立つのが道理。

 漁師が卸した商品を売る仲買人も、常連客も皆、見かけることの無い少女をチラチラと見ているのだ。


「鱈……あれが良さそうですね」


 事前に本で読んだこと記憶媒体から引き出し、上がったばかりの鱈を選び始めた少女。

 どれも良い鱈ばかりだが、その中から更に良いものを選ぼうと品定めをする。

 少女が知っている通りでは鱈の切り身は透明感がある身が新鮮。時間が経つにつれ白く濁り、やがて黄色がかってしまう。


 その中でも身が締まっており、透明感のある切り身を発見。

 少女は迷わずその切り身に手を伸ばす……が、その手を止める者が。


「嬢ちゃん、それも良いがこっちの方がもっと良いぞ」


「……?」


 少女の手を止めたのはその鱈を売っている店主だった。

 店主は優しそうな笑みを浮かべて、少女が選んだ切り身とは別の丸々一尾の鱈を勧めてきたのだ。

 その鱈は小振りではあるが、腹は大きく子が詰まっているようだった。


 少女は考えた。

 切り身を買うよりも一尾を買うメリットはあるのか、と。

 鍋物にするとは言っても実質食べるのは二人のみ。少女が知っている限りでは主人は大食漢ではあらず。けれども、コレからやってくる友人はよく食べることを知っていた。

 余すかもしれないが、少女が手に取ろうとしていた切り身では足りないかも知れない。けれども、一尾では多いかもしれない。

 なにより、自身の主人がから渡されたお金の範囲内でおさめなければならない少女にとって、なるべく安い物を買いたい。


 そこへ、悪魔の甘言が。


「嬢ちゃん可愛いから安くしておくよ?」


「安く……?」


「うーん……そうだねぇ、これでどうだい?」


「これは……!」


 考え込む少女を見兼ねたのか、それともやって来た客を逃すまいと考えたうえでの行動なのか定かではないが、店主は少女の眼の間で算盤を弾きだした。

 弾いている間は決して珠の面を少女に見せず、ぱちぱちと子気味の良い音で弾いていく。その音を、少女は何事かとただ眺めていた。

 その時の少女の表情は、傍から見たら年相応の表情に見えたに違いない。尤も、この場に居る誰よりも年上なのだが。


 やがて店主の合算が行く数字になったのか、これまた優しそうな笑みを浮かべて算盤を見せて来た。

 その数字に思わず少女は目を見開く。


 切り身よりも些か高価だが、一尾を丸々買うとなったら破格の値段である。

 その数字を見て、少女はもう一度考えようと顎に手を添える。だが、直ぐに手は下がった。


 少女は思ったのだ。

 桶は桶屋。染は染屋。魚は魚屋。

 ただ本を読んだだけの少女が選ぶよりもその道に精通している店主の言葉に従う方が良いのでないか、と。

 その結果、考えることを放棄し、記憶媒体から引き出していた魚に対する情報の供給を止めた。


「では、一尾包んでもらえますか?」


「へっへっへ、毎度」


 少女の言葉により一層笑顔になる店主。

 そのまま店主は手に持っていた鱈を何枚かの新聞紙に包みだす。


 少女もまた、満足そうなぎこちない笑顔を浮かべていた。

 自分の言葉で交渉し、安く品物を買うことが出来たことに、少なからず誇らしい気持ちになっているのだ。

 その感情が、不思議と心地よいものだと胸の中に入れる。


「ほら、鱈だ。銅貨十二枚だよ」


「代金です」


「はい、どうも」


 鱈を包み終えた店主が目の前に新聞紙の塊を差し出してくる。

 それを受け取り、一旦小脇に抱えて財布を取り出す。


 中には数枚の銀貨。

 この朝市で買い物をするには充分すぎるほどのお金。

 その中の一枚を掴み、店主へと差し出そうとする。


 その時、ニュッとの伸びて来た腕が、財布ごと少女の手を掴んだ。

 驚き、見上げる。おそらく、店主も同様だろう。


 しかし、なにより驚いたのは手が伸びてきたことではなく、その手の持ち主の顔を見た時だった。


「ちょっと見せろ」


「御主人様……?」


 何故ならその人物は、少女の主人だったから。

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