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「三日後、レナさんがいらっしゃるそうです」


「は?」


 メリアの武器を造ってあげた五日後のこと。

 早速増築のために近くの一軒家(ビバール家の別荘)に一旦引っ越し、ようやく落ち着いてきたと言う頃合いにロボ娘からそんな話を振られた。

 ビバール家の別荘と言うだけで、普通に今まで住んでいた家よりも断然良い家で、この家で暮らしていたら増築の終わった家に不満を持ちそうだ。


 なんとそれだけでなく、驚いたことにエル・シッド殿が気を利かせて工房まで用意してもらった。

 しかし、かなり急に拵えたようで設備で言えば俺の工房の方が揃っている。簡単なものならここで鍛造は出来るが、本格的に鍛冶をするとなったら一旦家に帰らねばなるまい。


 防寒設備の整った茶の間(三十畳)でロボ娘の入れた温かいお茶を啜っていたのだが、予期せぬ言葉に思わずむせてしまった。

 そんなロボ娘は俺を心配してか傍に寄ってきてタオルを俺の口元まで持ってきた。

 俺はそれを受け取り、器官に入ってしまったお茶を咳で戻そうとする。


「大丈夫ですか、御主人様」


「あぁ、大丈夫。大事ない」


 きっとさっきのは聞き間違いなのだろう。

 いい加減に連絡を取るべきだと思っていた頃合いだと思っていたからそんな風に聞こえてしまったに違いない。

 テーブルの上には先ほどまでロボ娘が目を通していた手紙。俺はそれを手に取り、読んでみる。


 結果、現実は非常だった。


「……マジで?」


「どうやら本気のようですよ。私が御主人様の元で不当な扱いを受けていないか心配のご様子で」


 何度見直しても同じ文章。

 手紙の内容を見るに、俺の元にやってきたロボ娘の様子が見たいのと、俺の顔が見たいのだと。

 要するにロボ娘のことが心配なのか。文面を見るに、どうやら玄翁さんはロボ娘が俺の元へ行くのを随分と反対した様子。

 もうちょっと頑張って引き留めてくれよ、玄翁さん。


「バァカ、前に比べたら随分と改善されたと思うぞ」


「えぇ、そうですね。なんせ……」


 ロボ娘はそこで言葉を句切り、俺の隣にスッと座った。

 まるで寄り添うように。


「こうして、肌を合わせて座ることを赦してくださるのですから……」


「暑いんだが」


「今は冬ですよ?」


「防寒対策が元の家よりしっかりしているの! 暑いったら暑い!」


「照れているのですか?」


「そう見えるか?」


「いいえ、心底嫌がっているように見えます」


「分かっているじゃねぇか」


 そんな隣に座っているロボ娘を押しのけるように遠ざける。

 最近どうやら俺が少し認めたせいか調子づいているような気がする。

 しかし、仮にも彼女の涙で俺の心が揺れ動いた前科があるためか、意外と邪険にできないでいる。

 最低限認めると“誓った”以上、よっぽどのことが無い限り、彼女を壊すことは出来ない。


 何か、何か彼女を壊さざるをえない……または彼女を壊すことが出来る状況にならない限り、な。

 それを作るのが俺の腕の見せ所だ。頑張るぞ。


「でもどうするんだ。玄應さんが来たっておもてなし出来ねぇぞ? こんな状況だし」


「家を借りている身分ですしね。それもほぼ無償で」


「まさか俺の一存で他の部屋を遣わせるわけにもいかねぇだろ? 中にはエル・シッド殿の嫁さんの部屋だって、メリアの部屋だってあるし」


「別荘とは言っても、コテージサイズですしね」


 さてはて、話は当然のごとく玄翁さんの話へ。

 ここに来るって言っても、来てもどうするって話だ。来てしまったものは仕方がないが、来てしまう前の準備と言う物がある。

 だから、こうして前もって手紙で連絡しているのだ。せめて、彼女の家に通信魔石があればと悔やむ。


 そして、手紙で三日後と言えば恐らく結構前に出発しているはずである。

 赤の国の首都からここまで掛かる日数はだいたい十日前後。三日後と言うのなら、一週間前に出発しているはずである。

 それなら、もう受け入れるしかない。おそらく、俺が……依然として名前を思い出せない人魚の少女に出会った港にいるのだろうな。


「うーん、そうだな。宿屋に滞在してもらうしかないな」


「路銀は大丈夫でしょうか?」


「身銭切ってここまで来るのだとしたら、ちょっと心許ないな」


「困りましたね」


「まったくだ」


 二人揃って顎に手を当てて溜息を吐く。

 彼女に会えるのは嬉しいが、少し面倒な時に来てしまったものだ。

 せめて、もう少し早く知りたかった。


「ロボ娘。これで買い物に行ってきてもらえないか?」


「買ってくるものはいかがしますか?」


「うー……んと、どうするかな。玄翁さんが好きな食べ物とか分かるか?」


「魚系統は好んでいたと記憶しています」


「なら鱈を……生物か……。食材は当日買ってきてくれ。ネギと山椒も。豆腐やこんにゃくも頼む」


「鱈鍋ですか?」


「あぁ、冬だし、もてなすにはいいだろうよ」


「こんにゃくは白滝で?」


「よく分かってんじゃないか。頼んだ」


「仰せの通りに。メモをして、当日の朝に市場へと買いに行って参ります」


 こっちにやってくるのが確定なら、腹を据えて待ち構えるしかない。

 きっとこっちにやってくるのなら数日滞在するのだろう。せめて初日は夕飯ぐらいもてなしてやろうと思うのは当たり前だと思う。

 玄翁さんは魚が好きだと言うので、鱈鍋を振舞ってやることに。寒い時に喰う鍋物は格別。

 脂ののっている鱈なら酒も進む。


 事前にロボ娘にお金を渡しておく。

 身銭を切るのはもてなす側として最低限のライン……というのは糞喰らえ。

 でも、店の金を使うわけにもいかないので、結局は身銭を切ることに。


「そうだな、後は宿屋を確保しておいた方が良いな。土地勘のないところを一人で歩かせるわけにもいかないだろうし」


「幾つかピックアップ致しましょうか?」


「そうだな、頼む」


「では……メインストリートから少し外れた場所に、平均よりも宿賃が少ない宿屋が一件。居酒屋などが多い道の奥に旅館が一件。 中央区に少々値が張りますが人気の宿屋が一件。安心性の高い宿屋はこれくらいでしょうか。後はあまりいい噂を聞きませんので」


「じゃあ、地図があるから印をつけておいてくれ。当日、来た時に玄翁さんと相談しよう」


「かしこまりました」


 次に玄翁さんが泊まる場所。

 玄翁さんは歳の割には天然がきいているので来たことのない場所をなるべく歩かせたくない。

 幾ら治安が五国のうち一番良いからと言っても犯罪が無いわけではない。それなりに野望を持っている若者だっているし、裏に入ればそこはかとなく不気味な雰囲気に満ちている。

 尤も、ギルドの連中が巡回しているので無いとは思いたいが。


 玄翁さんは人を疑うことをあまりしない。

 それどころか相手の良いところを探しだして、無理やり信じようとする傾向がある。

 俺の数少ない良いところだって見事探し当て、それを俺にぶつけてきたくらいだからな。

 控えめに言って三歩歩いたら詐欺に合いそうだ。


「多分船で来るだろうから、迎えに行った方が良いな。それにしても何時の連絡船で来るのか」


「手紙には三日後としか」


「朝一で来るのか……それとも昼に来るのか……」


「もし、朝一でいらっしゃるのでしたら私が迎えに行きましょう。朝市に行くために港に行くのですから」


「なら、そうしてくれ。ただなぁ、俺はその日はメリアの稽古の日なんだよ。メリアが学校休みだからって言うもんだから昼から夕方まで」


「そうなのですか……でしたらレナさんがいらした時はこの借家へ」


「そうだな。なんなら観光だってしても良い。後で……小遣いぐらいやる」


「……っ! ありがとうございます。大事に、使いますね」


 次に浮かぶ問題は何時の連絡船で来るのか。

 手紙には三日後としか書いていないので、なんの交通手段で来るのか、何時ごろにこちらへ着くのかが全く分からない。

 幸い、朝一の連絡船で来るのだったらロボ娘が迎えに行ってくれるそうだ。どうせ港の朝市に寄るんだ、そう大して変わらない。


 ここはやはり俺が迎えに行ってやりたいところだが、朝一で来ないのだとしたら次の便は昼頃となる。

 そうなると俺はメリアの稽古が入っているので迎えに行くことが出来ない。結局、ロボ娘が迎えに行くしかないのだろう。


 何も借家で待っていろなんて言うつもりはない。

 始めてくる土地はいつだって胸が躍るというもの。女同士でこの首都を観光するのだって良いだろう。

 玄翁さんだってロボ娘の顔を見に来るのだからな。


「後は……何かあるか?」


「そうですね。後は当日で良いとは思いますが」


「なーんか忘れてるような気がするんだよなぁ。でも、忘れるってんならそこまでの事ってことか」


「大事なことだからこそ思い出せないってこともありますよ?」


「機械の脳が何を言う」


「私なりの皮肉です。皮肉で返されるとは思いませんでしたが」


「悪い気はしねぇけどな」


 後何かあったような気もするが、思いだしたら思い出した時で、思い出せないのならそれで良いとする。

 何かするにしても杞憂に終わることだってある。ここまで無事に辿り着けること自体が怪しいのだから。


 玄翁さん、素で乗る船を間違えそうだから怖い。

 そうなったら黒の国や青の国へ行ってしまう。その二国ともある意味恐ろしいところだ。

 願うならば、もう行くことがありませんように。


「コーヒーのおかわりはいかがしましょう?」


「そうだな、頼むよ」


「かしこまりました。砂糖などは?」


「ブラック……いや、ミルクを一つ」


「ミルクですか。珍しいですね」


「折角美味いコーヒーが飲めるんだ。いろんなものを飲みたいだろう?」


「褒めてくれているのですか?」


「そう聞こえないのか?」


「そう聞こえます」


「なら、褒めてんだよ」


「……嬉しいですね。思わず小躍りしてしまいそうです」


 さぁ、動乱の幕開けだ。

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