きまぐれ
工房に入るに否やまず感じるのは先ほどの和室とは違った熱気。
言わずもがな炉に入れた火が放出する熱気である。炉に入れた火は消さないようにするとは言うが、俺は一回も炉の手入れをしたことが無い。
一番初めに入れた時から轟々と炉の中の日は燃え盛っている。これはゲーム寄りと言った方が良いだろう。
今回はビジネスではない個人的な鍛造だ。
それも個人に合った武具を鍛造するためのもの。
しかし、当然ながら問題は浮上する。
鍛造できるのは、もちろんレシピにある通りの剣に限る。
そのため、その人に合った剣など造ることは叶わない。なぜなら、どんな武具を打ったとしても出来上がるのは同じ武具だから。
俺が打ったとしても、他の鍛冶屋が打ったとしても出来上がるのは同じ武具。
そんな条件で個人に合った武具など打てるはずもない。
だとしたら、元々彼女に合った武具をレシピの中から探し出さなければいけない。
彼女の腕力は高くない。一般的な女性よりは高いものの、女性の域は越えるものではない。
そもそも女性は剣を振るうことは想定されていない。
ならば……一般的な剣よりも短く振り回しやすい剣に限る。尚且つそれなりに重量があって重さによって撫で斬りを可能とする剣。
グラディウス……は女性でも振るえるほど軽いが決定打に欠ける。
カラベラ……は短いが破壊力を出すために重く造られている。
ならばスクラマサクスは……おおよそ貴族が持つ剣じゃないな。
やはりここはショートソードだろうか。
ショートソードならメリアでも振り回せるし、それなりのリーチを持つ。
スモールソードまで行くと短すぎだが……ショートソードの親戚にするか。
そうだな、皆が好きそうなセイバーにしよう。
片刃、両刃、刺突、斬撃、騎兵、歩兵とオールマイティーな武器だ。
もともとは馬上用だが、軽く振り回しやすいのはメリアにぴったりだ。
完成形は全長七十、重さは七百グラムだろう。バランスがとりやすい様に柄頭に重さを乗せるとして……とりあえず造ってみよう。
「さーてと」
セイバーなんて格好良く言っているけれど、サーベルのことなんだがな。
英語風にセイバーと言うだけで変わるのだから、名前って重要なんだなぁ。
「……意外と素材が必要なんだな」
セイバーを造るだけの素材を並べてみる。
鍛造に鉄のインゴットを四つ。鉄の金具を二つ。なめし皮を三つ。
強化十回分に鋼鉄のインゴット二十。聖水を十八。何故だか馬の皮を十二。そして何故だかバイキングソードを一本必要だ。
馬の皮やバイキングソードをどう使うのか見当もつかないが、一応必要なので用意する。
ちなみにバイキングソードは最後の強化に必要なのだが……これは炉に突っ込めば良いのだろうか。
「最後の一撃は楽しーい!」
鉄のインゴットをやっとこで炉の中へ投げいれる。
すると一本の熱された鉄の棒となるのでそれをやっとこで掴む。
しばらく炉の中でいれていると、強制的に炉の中から吐き出されるので、金床の上に置いて金槌で叩く。
小気味の良い音が工房に響き渡る中、早くも汗が額から伝う。
叩いているうちに勝手に剣の形に仕上がっていく。
赤く柔らかい鉄の棒は段々と冷え固まっていき、その形を崩さないために水に浸ける。
熱い鉄の棒が急激に冷やされたので、辺り一面にもくもくと立ち上る水蒸気。
水から取り出すと、ただの鉄の棒だったのが剣の形になっていた。だが、これではまだなまくらなので、これから砥石にかけて切れ味を鋭くしていく。
鍛冶三年磨き八年とはよく言うが、この砥石の段階でその剣の切れ味が決まる。
まぁ、適当に磨いているだけで鋭くなるのだが。
そこまで現実寄りだったらやっていけねぇよ。勉強しているうちに元の世界へと帰ってしまう。
ゲームだからこそ俺がこうして鍛冶屋が出来ているわけであって、現実だったら相当の勉強が必要になるのだろう。
「ふぃー、まずは刃だけ完成だ」
水で流しながら砥石で磨いているうちにセイバーの剣身が完成した。
ここからなめし皮と鉄の金具で柄を造っていく。鍔に握りに柄頭だ。バランスを取るために、柄頭は重くする。
重くするって言っても苦にはならない程度の重さだし、振るう分には問題は無いだろう。
なめし皮と鉄の金具を纏めて炉の中へ投げ込む。
なめし皮が溶けてしまわないのか甚だ疑問だが、ゲームだから問題は無いのだろう。
しばらくして炉の中から柄が吐き出される。コレを剣身と合わせたら晴れてセイバーの完成だ。
所要時間は十分。
とてつもなく早い時間なのだろうが、量産するには長い。
だから何日も工房にこもりっきりで作業して、納品する武具をいつも作っている。
大変ではあるが、金になるので文句は無い。仕事をしていない一日の長さよりはマシだ。
「さてっと」
続いて強化に取り掛かる。
鉄のインゴットと聖水、それに馬の皮とバイキングソードを用意する。
鉄のインゴット二つを炉の中へ投げいれ、鉄の棒になったところでやっとこで摘まんで吐き出されるのを待つ。
吐き出されたのなら、先ほど完成したセイバーに重ねて金槌で打つ。すると、次第に一つになっていく。
何とも不思議な光景だ。
完全に合わさったのなら聖水で冷やす。
充分に冷えたのを確認したのならば馬の皮で包み込んで磨くように擦る。
これで一回目の強化は終了だ。
この工程を後九回ほど繰り返す。
これがどうも面倒な作業なのだが、手を抜くわけにもいかない。
この作業自体は金にならないが、後に話のタネとなるのなら喜んでやろう。
「これで……」
十回目の強化時に、バイキングソードを炉の中へ投げいれる。
それと同時に強化九回目のセイバーも投げ入れる。すると、どういうわけか炉の中でセイバーとバイキングソードが融け合って一つの剣となる。
炉の中から吐き出されたのなら、続いて鉄のインゴット二つを炉の中へ投げいれ、鉄の棒になるまで待つ。
その間にバイキングソードとセイバーが混ざりあった剣を金床に置いて金槌で叩く。
鉄は熱いうちに打て。
考えてみれば当たり前のことなのだが、口に出してみないと分からない者もいたのだろう。
やがて炉の中から吐き出された鉄の棒も一緒に金槌で打つ。
すると、ようやくだが一本の剣身となる。そこで聖水で冷まし、馬の皮で擦ってやるとようやく完成。
鉄のセイバー〈伝説的〉だ。
普通の鉄のセイバーと比べてみてもその実攻撃力は十三倍。
しかし、元となる鉄のセイバー自体の攻撃力が低いので十三倍と言ってもたかが知れてる。
それでも中盤までは使えるだろう。ここからエンチャントで加護を付加すればもう十分なほどに。
奮発して魔法鉄で造ってやっても良かったのだが、それでは終盤どころかラストダンジョン道中まで音も出来るまでになってしまう。
そうなれば攻撃力に頼ってごり押しまで可能になってしまう。それは経験上ダメだと思う。
……俺が人の将来を考えるなんて滅多に無い。
やだなぁ、自分が変わってしまうようで。
「メリア。出来たぞ」
「本当に三十分で造ってしまうとは……」
工房と居住区を隔てる厚く小さい扉を開けて和室へと足を運ぶ。
いつになってもこの暑いところから涼しいところへ出る清涼感は堪らない。
和室へと入ると、意外にも会話に花を咲かせている二人。
ちょっと間に入るのが躊躇われたが、そんなこと俺には関係無いのでメリアに話しかける。
出来上がった実物を目の前に出してやると、本当に造ってもらえるとは思わなかったのか目を丸くするメリア。
しかし、俺の造る速さはそこまで速くは無いと思うんだがなぁ。納品が溜まっている時は別として。
「これは……一見どこの城下町で売られているような鉄製のセイバーですが、違いますね」
「分かるか、ロボ娘」
「当たり前です。短い間でしたが、御主人様の元で働いていましたから」
「……そうか」
それを見ていたロボ娘が一番に声を上げた。
手に触れているメリアならともかく、少し離れているロボ娘が性能を見抜けるとは思わなかった。
基本的にアイテムや武具は触れなければ性能なんてわからない。何かに書いているなら別だが。
俺だって見ただけでその武具の加護なんてわからない。攻撃力や防御力は覚えていたらいいだけの話だが、強化済みのなんて見た目も同じだから分かるはずもない。
それが分かったのなら、その眼はまさしく慧眼と言うべきだろう。
「どうだ、そんなに重くしていないつもりだけど」
「えぇ……不思議と手に馴染みますわ。それに……鉄製のセイバーとは思えない性能。私が持っていたツヴァイハンダーよりは劣りますが……使い勝手が段違い。なにより私の戦い方にぴったりですわっ!」
「メリアは一撃に賭けるよりも、その素早さを活かした戦い方が身に染みただろう?」
「はいっ。こんな、こんな素晴らしい武器を私だけのために……感謝いたします!」
どうやら気に入っていただけたようだ。
これでメリア……ひいてはビバール家に貸しが返せたのは何より大きい。
貸しなんて作るものではないし、借りを作る方が断然良いのだから。まぁ、借りが返ってくる見込みのある人にしか借りを作らないが。
「早速、こちらの武器で試し切りをしても?」
「あぁ、構わない。裏に俺が使っている巻き藁があるから、それで試すと良い」
「はい!」
見るからに鉄のセイバー〈伝説的〉を使ってみたそうだったので、裏に置いてある巻き藁を使わせて上げることに。
まるで新しい玩具をもらった子供のようだ。目がキラキラと輝いていやがった。
「なんだか嬉しそうですね、御主人様」
「そりゃ、自分が造ったものをあそこまで喜ばれちゃ、嫌な気持ちにはならねぇだろ」
「ですね」
そう言って、ロボ娘と顔を合わせて苦笑する。