道すがら
「お父様とお話した結果、特例としてロボ娘ちゃんに市民権が与えられるそうですわ」
「良く話が通ったな。相手は西海龍王じゃなくてニオンさんだろう?」
「あら、国王様も権力はお持ちですわよ? それに国王様の一存には……逆らえないものですから」
「……後でお礼に行かなきゃな」
翌日。
朝早いのにも拘らずメリアは俺の店にまでやって来ている。
和室に通してロボ娘に紅茶を淹れさせたところ、べた褒めしたのだからやはりロボ娘の入れるお茶は美味しいのだろう。
舌が肥えているはずの貴族の舌を唸らしたのだから。
メリアとエル・シッド殿が一晩話し合い、なんとその日のうちに無能王にまで話が行き、そして一日と経たずにロボ娘の市民権が適応されてしまった。
これでロボ娘はこの国の国民だ。何があってもロボ娘のことを守ってくれるはずだ。
更に独り暮らしも出来る。ということはここに通勤することも可能になってしまったのだ。
確実に今回頑張ったのは無能王だろう。
頑固で一番蜜を啜ってお山の大将気分でいるニオンさんに有無を言わさず市民権を発行したのだから。
きっとニオンさんのことだから強く反対したに違いない、しかし、腐っても無能でも国王様。
ニオンさんの発言は取り消されてしまったのだろうな。
これでますます無能王の頼みごとが断れなくなってしまった。
「はい、どうぞ」
「これは?」
「この国の国章とビバール家の家紋を合わせたブローチですわ。コレを肌身離さず付けておくこと。良いですわね?」
「え? はい、このような綺麗なもの、ありがとうございます」
「お似合いですわ。大事にしてくださいね」
メリアは懐からブローチのようなものを取り出し、ロボ娘が来ているワンピースに付けた。
なんでも白の国の国章と国王に準ずるビバール家の家紋をあしらったブローチだそうで、おそらくその意味は国王とビバール家の息が掛かる者だと証明する物なのだろう。
そうであるなら、きっとロボ娘を邪険に扱う者はいない。何故なら、国賓と言っているようなものだから。
「ところで、マクラギ様の家の増築のお話なのですが……」
「近くに家を借りられるなら別に良いんじゃないか?」
「あら、ロボ娘ちゃんはマクラギ様の御傍に在りたいようですが?」
「……増築の話が、なんだって?」
「この国に多大な貢献をしているマクラギ様に、謝礼として増築代を負担すると国王様が」
「何だか怖いくらいに至れり尽くせりだな」
問題の増築に関する費用だが、驚いたことに国が負担するとのこと。
ここまでしてもらって逆に後が怖いのだが、メリアはこう言葉を紡ぐ。
「なんでも、マクラギ様に国王様の勅令を下していて、その報酬は割に合わないものばかりでしたので“お話”をしたら快く払ってくださいましたのよ。国王様は太っ腹ですわね」
「割に合わないって……結構な金額だぞ?」
「あら、そうでなくて? 仮にも国王様が直々に下した命令を、ただの一市民の懐に納まる様な金額では……割に合わなくて?」
「あれを割に合わないと申すか貴族様は……!」
なんとメリア曰く今まで俺に払われてきた報酬は少ないのだと。
しかし、そのお願いのどれもが最低金貨三枚は支払われていたのだから高い高い。
それにどんな簡単な仕事だったとしても金貨三枚なのでこれほど稼げるものはない。
まぁ、その代わりどっと疲れてしまうのが偶に瑕だが。
それを少ないと言うのだこの金持ちは。
確かに富裕層の金銭感覚からしたら金貨三枚など満足に買い物が出来る数字ではない。
高級な武具なんてどれも金貨十枚やら十五枚するからな。高い服ならなおさらだ。
「これにて事の顛末は終わりですわ。後はあちらから連絡が来るでしょうし、マクラギ様が懸念すべきことではないと思いますの」
「お、おう……」
俺の問題だったはずなのにいつの間にか水面下で話がどんどん進んでいっているので俺は若干不機嫌。
俺の知らないところで俺に関することが進んでいることは嫌だ。かなりムカつく。
例えば、俺の知らないところでサプライズをしようという話が持ち上がっていても俺は嫌だ。それを実行された日にはぶちぎれるだろうね。
そんな俺の心は露知らず、良い笑顔で微笑んでいるメリア。
良く言えば純粋で、悪く言えば空気が読めないと言うのか。いや、貴族の腹の中を読み合っているメリアに限ってそんなことはありえない。
それとも純粋に俺のためにやっているのだろうか。そうだとしたら、是非ともぶち壊したいところ。
「でも、増築するんなら、その間にどこか借家を見付けなきゃな」
「御心配なさらず。手配済みですわ。ここから少し歩きますが、少し小さめの一軒家が空いてましたので、そこのオーナーと話をつけて契約済みですの」
「怖いよ」
「褒め言葉と受け取ってよろしいですわね?」
ロボ娘の市民権は発行され、増築は決定し、費用もあっち持ちで至れり尽くせりのところで更に増築している間に住む借家まで手配済みだと言う。
しかもアパートメントではなく一軒家と言う何とも贅沢仕様。貴族に力に若干引き気味ながらも、俺は平静を装う。
これは俺にとって後が怖い以外の何物でもないが、貴族様にとってはこれが普通のことなのだろう。
先ほどからメリアの尺度で話しているのでいい加減に俺の常識が崩れ落ちそうだ。
傍から見たらとんでもなくVIP待遇なのは分かっている。そして、コレを甘んじて受け入れるしかないってことも。
献上する武具でも持って行かなきゃいけないな、これは。
「それで、俺に用ってなんなんだ? あ、ロボ娘。台所の上の棚にお茶っ葉があるはずだから淹れてきてくれ」
「わかりました」
ここまではロボ娘の話。
これからはメリアの話だ。
メリアは昨日、俺自身に用事があってきたはず。本来ならロボ娘の話に加わることが無かった。
それを蔑ろにしてまで専念してくれたのは嬉しいが、少なくともメリアの頼み事は快諾しなければいけなくなった。
ここまでしてくれて、その上頼みなんて断れるわけがない。
尤も、俺が出来る範囲内でだが。
「ええと、マクラギ様は鍛冶屋だったと聞いていたのですが……」
「あぁ、そうだ。メリアが使っていたツヴァイハンダーも俺が打った武器だぞ」
「そのことで少しお話があるのです」
「話?」
「えぇ、私に合った武器を見繕っていただきたいのです」
聞いてみれば、メリア自身に合った武器を見繕ってほしいとのこと。
メリアが使っていたツヴァイハンダーと呼ばれる剣は長いもので二百八十、小さいもので百四十もある剣の中では最大クラスの両手剣だ。
そんな見るからに扱い辛いツヴァイハンダーをメリアはあろうことか選んだのだから、控えめに言ってちょっと頭湧いているんじゃないかと思ってしまった。
元々ツヴァイハンダーはバットを振りかぶるようにして遠心力で振り抜くのが基本的な動きで、槍のように右手と左手を二十センチくらい離して握らなければバランスを取ることも難しい代物。
偉丈夫が使ってようやく扱えると言うのに、メリアのような華奢な少女が扱えるはずもない。
それをこの前の稽古の時に良く言い聞かせ、とりあえずショートソードを持たせて稽古させたのだ。
結果、かなり良い動きをするようになったが、そんな市販のショートソードでも少し長い印象を受けた。
剣なんてそもそも女性が振るうように計算されていないし、女性用なんてその手の店に行かなければ手に入れることも難しいだろう。
それにしても……不思議だ。
貴族様ならそこら辺はお金を掛けてでも女性用の剣だとか、オーダーメイドとかしてそうな気がするんだが。
「マクラギ様……いえ、先生に言われ、稽古の次の日に早速武器屋へと足を運んだのだけれど……そもそも私に合った武器が何なのか分からず仕舞いでして。店の方に見繕うよう頼みましても……攻撃力の高い武器ばかり持ってくるばかり……」
「あぁ……なんか分かるぞ。それ」
シフトワールドにはとあるシステムが存在する。
それは武器屋や防具屋で、その都度プレイヤーに見合った武器や防具をピックアップしてくれる“最強装備選出システム”というものである。
そのシステムを選ぶと、プレイヤーの使っている武器の傾向や掛かることの多い状態異常から動きやすい重さまで全て計算して尤も合った武具を選出する……というのが説明書に書いている内容だ。
実際は攻撃力の高い武器や防御力の高い防具をひたすらにピックアップするだけで、プレイヤーのデータも糞も無い。
しかも、攻撃力の高い武器や防御力の高い防具は総じて重い物ばかり。そのシステムに任せて武具を買ってしまうとあら不思議、戦場で重戦士が牛歩のごとく姿が見えることだろう。
ましてや武具に付加してある加護なども無視して選出されるため、もっぱら利用しているプレイヤーはよっぽどの物好きか初心者だけである。
「そこで……そこにあった高級で性能の高い武具のほとんどに先生が掘った刻印が見受けられましたので、ここへ来たのです」
「ってことはその武器屋や防具屋はイグニード商会の店だったのか」
「はい、先生は……」
「イグニード商会専属の鍛冶屋でな。そこと契約させてもらっているんだ」
「……っ!? イグニード商会と言えばこの国でトップシェアを誇る商会ですよね。そこの専属の鍛冶屋……先生は相当腕の立つ鍛冶屋だったのですね」
「……そうだよな、俺って結構凄い鍛冶屋だったよな。忘れてた」
そう言えば俺が商会に売った武具の行き先を知らなかった。
そりゃそうだよな。俺が納品している武具はどれも強化済みの世界で類を見ない武具だ。
なんせ、強化の技術を持っているは世界で俺ただ一人だけ。そのために引き抜きの話もそれなりにあったし、店に泥棒に入ろうとした奴だっている。
そうか、俺の武具はかなりの高級品だったんだ。
そして、世界でも最大級の商会の専属の鍛冶屋って結構な肩書だよな。
赤の国のギルドには宝だと言われるくらいだし……俺の技術ってもしかしなくてもオーバーテクノロジーなのか。
加えて赤サンゴの加工法も世界で俺だけが知っている。これって世が世だったら人間国宝級だぞ。
それで胸を張るつもりはないが。
それって、プレイヤーであるなら誰でもできただろうし、もしこの世界に俺じゃなく他の誰かが連れてこられたとしても出来る芸当なのだから……誇るべきものじゃないと思うんだよ。
「分かった。俺が造ってやる。メリアの職業は騎士だったな」
「わざわざ造っていただけますの!?」
「大した労力でもないし、別にかまわんよ」
「それは……なんとお礼を申し上げればよいのか」
最初からそれを望んでいたのではなかろうか。
俺という鍛冶屋のところに来るんだから、てっきり俺は作ってもらいたいがために来たのかと。
まぁ、建前なんだろうが。それでも世辞を言うだけメリアは良識がある。
最近、なんだか常識のある人に会っていないような気がする。
「どれ、今から造るか。ちょっと待ってろ」
「い、今からですの!?」
「三十分程度で出来るから、ロボ娘と雑談でもしててくれ」
「は、はぁ」
特に大したお願いでもないので、早速鍛造に取り掛かろうとするとなにやら驚いた表情をするメリア。
鍛造と言ってもベースとなる剣を造って、そこから限界まで強化をしていけばいいだけの話。三十分もあれば鍛造できる。
幸い、次の納品までに造る必要のある武具は既に作ってあるから少し余裕がある。
お金も大してかかるわけでもないので、俺は素直に快諾したのだ。
「御主人様? どちらへ?」
「工房にな。その間はメリアと話でもしていてくれ。お茶、もらって行くぞ」
「はい、どうぞ。では、何かございましたら何なりとお申し付けください」
「あぁ」
立ち上がり、和室を後にしようとしたところでお茶を淹れてきてくれたロボ娘とすれ違う。
銀のトレイに乗った湯呑を受け取り、火を入れっぱなしで灼熱地獄と化した工房へと向かう。
それでも、湯呑に入っている熱いお茶は飲み干すつもり。
なんだろう、この違和感は。