嫌いだから
「不躾と知りながら、話を扉越しに聞いてしまったことを赦してください」
「……おう、おうおう、それは良いんだ。人の家に上がり込むのも不躾って言わないならな。ここは寺屋じゃないんだぞ」
「申し訳ないですわ。戸を叩いても反応が無いもので、中からは話し声が聞こえたものですから」
「……って言うと、俺に用があって来たのか」
「えぇ、でも今は横やりを入れてもよろしくて?」
「…………」
「ありがとうございます」
どうやら元々俺に用があって来訪してきたのは良いが、俺がロボ娘と話し合っていたために気が付かなかったようだ。
けれども中から話し声が聞こえて来たために、悪いとは思えど勝手に上がり込んできたところで話の内容を聞いてしまったと。
なんというタイミング。
図ったとしか思えないタイミングに俺は思わず頭を抱えてしまう。
なぜなら、この問題を聞いて、何とかできる人が来てしまったから。
そして、この申し出を断るには……些か無理があると言うことだ。
「お初にお目に掛かりますわ。私、メリアと言います。この度マクラギ様に剣の師範をしてもらっているのですわ」
「初めまして。私はロボ娘です。……聞いていたのなら、私はロボット。ここで言うカラクリみたいなものです」
「よろしくお願いするわ、ロボ娘ちゃん」
お互いに初対面と言うことで自己紹介を済ませる二人。
メリアはロボ娘がロボットだと聞いても眉一つ動かさずに笑顔を向けている。
その笑顔は貴族間の交流で鍛え上げたたわものか。
「マクラギ様の関係を聞いてもいいかしら?」
「関係、ですか。……御主人様と従者、でしょうか」
「従者……分かりましたわ。なら、その方針で行きましょう」
立ち話もなんだと言うことでメリアはロボ娘の隣に座るように卓袱台を囲んだ。
初めての和室だと言うのに靴を脱いでいるのはさすがの観察眼というところだろう。
小さな卓袱台は三人も囲めばちょうどいい。正座に育ちが見えるメリアは、ロボ娘に俺との関係を聞いた。
そこで俺に訊ねないところはどうかと言いたいが。
「では先生……いえ、この場ではマクラギ様が正しいのでしょう。マクラギ様、マクラギ様は国王様ともお知り合いでしょうから、話は簡単に済みそうですわね」
「い、いや、これは俺とロボ娘との問題だから、貴族様が話に加わることじゃ……」
「あら、恩師に何かしてあげたいと言うのは庶民貴族も関係なくてよ?」
「恩師って……」
依然として俺はこの貴族様が苦手だ。
エル・シッド殿から普通の教え子として変わらない扱いを求められたからこうして普通に接しているわけなのだが、どうしても俺の中では割り切れない。
やはり貴族と言う身分のせいか、どこか畏怖の感情を持って接している点は否めない。
いきなり現れたメリアに対し、当然と言うべきか俺の考えた案が大きな力技によって解決されそうなのを大人しく見ているつもりはない。
けれども今回の話の懸念は全てメリアの力を持ってしてみれば解決してしまうので、どうも分が悪い。
と言うことで俺はありきたりなことしか言えない。そして、俺はこのくらいのことで貴族が引き下がるとは思っていない。
コレは詰んだのではなかろうか。
「マクラギ様は素晴らしいですわ。マクラギ様の指導のおかげで私の剣技はさらなる高みへ行けたのですから」
「指導って……まだ一回しかしていないと思うんだが」
「だから素晴らしいのですわ! たった一回。たった一回ですのよ? 私が独学では辿り着けなかったことを教えていただき、あまつさえそれをものの一回で習得できたのですから。並の指導者ではこうはいきませんわ」
「それはメリアが優秀だったからで……」
「私が優秀なのは分かっていますわ。けれども、そんな私が今まで出来なかったことを、優秀な私では出来なかったことをマクラギ様が指導していただいたことによって習得できた。コレはどう考えてもマクラギ様の指導が素晴らしいもの以外の何物でもありません」
「しかし……」
「この話は後でお話するとして……今はこちら、ロボ娘ちゃんのことですわよ」
いけない。
コレはとてもいけない流れだ。
このメリアと言う貴族は盲信的なまでにそれを信じているわけだ。
当の本人である俺が否定しても考えを改めないってことは、それほどまでに渇望したものだったのだろう。
まともな指導者に巡り合うってことが。
そんなメリアは俺に対して何か役に立ちたい。
そこへ、俺とロボ娘との問題が起きている場面に遭遇した。しかもそれはメリア自身どうにかできること。
そんなことに首を突っ込まない貴族はいない。貴族ってものは、どこに行っても自分本位な物だから。
「……具体的にはどうするんだ」
「そうですわね……私のお父様に掛け合えばことが全て済みそうですわね。私が言うのもなんだけれど、お父様は私のことが大好きですから」
「ですよねー」
そうだ。
そうなんだよ。
たった一言だけで片がついてしまうから貴族ってのは恐ろしいんだ。
無駄に力があって、無駄に金があるってのは本当に強い。だから俺が擦り寄るのだが……この時ほど貴族が邪魔なことは無い。
正直にやめてほしい。
だけど、止めてと言っても聞くやつではない。
俺はどうにかしてロボ娘を遠ざけたい。どうする。
どうするんだ俺!
「……大変ありがたい話なんだが」
「お断りと申しますのなら、私はお父様に泣きつきますわよ」
「ダメだこれ詰んだわ」
それでもなお食い下がろうとする俺に止めを刺さんとばかりに言い放つメリア。
それもとてもいい笑顔で言うもんだから質が悪い。
現状としては温情に訴えかけて引き下がってもらおうとしていたのだが、こちらが話す前に先手を打たれてしまった。
ここで『それでも~~』と続くようなら確実にくどくなってしまう。
早い話、迷惑なのかと言う話になってしまうだろう。人によるなら何故頑なに断るのか聞いてくるだろう。
まことに不服ながら、これは本当に俺が分が悪い。どう考えても不利だ。
本当なら俺はロボ娘と暮らしたいと願っていなければおかしいのだから。それでも断ると言うのならば、俺は全然と言って良いほどロボ娘と暮らしたくないと言っているようなものだ。
暮らしたくないのだけれど。
「ロボ娘……」
「はい、なんでしょうか」
「よ、良かったなぁ……い、一緒に暮らせるぞ……?」
「声が震えていますし、口端がぴくぴくと震えていますし、明らかに嬉しそうではないのですが」
「ば、バカな……嬉しいに決まっているだろ……?」
「御主人様のことですから『余計なお世話』とでも思っているのでしょうけど、私としては嬉しいので何も言うことはありません」
「お前、実は分かっているだろ?」
「なんのことだか」
とにかくロボ娘と暮らすのはこの際良いとしよう。
ここでメリアと言う大きな後ろ盾を失うのは辛い。エル・シッド殿の顰蹙を買えばもれなく会長の信用も失って、この国での居住権もどこかへ行ってしまう。
そうだ、これは妥協だ。目の前の不幸と長い目で見て不幸だったら目の前の不幸を選ぶしかあるまい。
それに、暮らしてからロボ娘を追い出せば良いのだ。
少しの間だけ我慢すればいいのだ。何かにつけて追い出すのは簡単だからな。
……ホント怖いんだよコイツ。
赤の国でも俺にぶつかった子どもの頭をアイアンクローで持ち上げた時は困った。
最初のころなんて買い物に来たお客さんが俺に軽口をしただけで睨む様な奴なんだよ。
まるで何も知らない子供のようで何もかも一から教えなければいけないのはかなり困ったし。
出来れば厄介払いしたいものだ。
「マクラギ様。さっそくお父様にお話をつけて参りますから、また後ほど」
「メリアの用事は何だったんだ?」
「それはご報告も兼て明日に参りますわ。それでは御機嫌よう」
俺が折れたところでメリアは物凄く嬉しそうに出て行った。
部屋から出る際に一礼するのを見るからに、やはりお嬢様なのだと再認識される。
そして、純粋に俺の役に立ちたいのだと、痛いほどに分かる。胸が痛いほどに。頭が痛いほどに。
そしてまた俺とロボ娘の二人。
またもや温くなってしまった紅茶を不機嫌そうに音を立てて啜っていると、ロボ娘は何も言わずに立ち上がって俺の自室にあるキッチンへと向かった。
おそらく、紅茶を淹れなおしているのだろう。だとしたら、俺はこれを飲み干しておくべきだろうな。
温くなってあまり美味しくなくなってしまってようが。
「どうぞ、御主人様」
「さんきゅ」
新しく入れなおしたアイスティーを音が立たないように啜る。
「どうですか?」
「美味いよ」
「ふふっ、良かったです」
そう言ってまた幸せそうにぎこちない笑みを浮かべるのだ。
その笑顔を見て、あまり悪くないと思ってしまうのだから、俺も随分と丸くなっていまったのだろう。
誰のせいかと言われれば……きっと俺にも後ろめたいと思うところがあったのかも知れない。
となれば俺はなんだかんだいってロボ娘のことを気に掛けていたのか。
そうであってはならないと思う俺がいるのだから、きっとその通りなんだろうな。
なんてたって、俺は素直ではないのだから。
「御主人様?」
「なんだ?」
「いえ、ただ……どこか幸せそうな表情をしていた物ですから」
「……そっか」
そうであってはならないのだ。
非道はしようと横道はせず。俺の生き様。
ならば、早くロボ娘を追い出す案を考えなければ。