そこはかとなく
「落ち着いてみればなんてことは無かったな」
「そうでしょうか? 弱味を見せた御主人様の負けだと思いますが」
すっかり温くなってしまった紅茶を淹れなおしてもらい、一息ついたところで一言。
俺が動揺していたことに今一度考えなおしてみると、意外にもどうでも良かったことが判明。
最初の話であるロボ娘を傍には置けないという話は脱線してうやむやにはなっているし、なんかロボ娘は器がでかくなっていた。
人は独りでは生きていけないとは言うが、本当のことだとは思う。しかし、その独りと俺の言う一人とはまた違った意味合いなのだ。
確かに俺はこの世界の住人ではない。
だから一人なのだとしたら、それはそれで摂理だと思う。
別に一人だったとしても、生きていける。独りではないのだから。
俺の知人たちとは表面上の関係だとしても、それは元の世界でも同じことだ。会社の人間とは表面上の付き合いがちょうどいい。
俺には家族がいる。友達もいる。それが表面上の関係だとしても、それが俺に何の危害を加えると言うのか。
人は独りでは生きていけない。しかし、一人では生きていける。
胸を張って外に出て、人と触れ合えたのなら、それはもう独りではない。
良く言うだろう、自分と他人って。
「それでよ、うやむやになっちまったが、お前をここに置く気はないからな?」
「なんと」
「俺はお前と言う物を認めている。あぁ、そうさ。いつの間にか認めちまっていたんだからしょうがない。だけど、それとこれとは違うだろ?」
「私の手によって籠絡されたのではなかったのですか」
「いや、ぶっちゃけお前って怖いしよ。近くに置いておきたくないんだわ。マジで」
「ジーザスッ」
「この世界にキリストはいないぞ」
話は戻ってロボ娘の話。
やっぱり近くには置けないので、その旨を伝えるが何やら過剰にショックを受けている様子。
ロボ娘が俺の傍にいたいってのは赤の国から十二分に知っている。
そして、俺のためならなんだってやることも知っている。だからこそ傍に置いておきたくない。
そう言う輩が大抵よからぬことを招き入れることを俺は知っている。それどころか俺のことを貶されただけで相手を殺しそうな勢いだからマジ怖い。
正直にコイツは狂っている。
正気で狂っているからこそ気を付けなければいけない。
俺のためにすることが正しいとまで思っているのだから、犯罪だって厭わないだろう。
そうなれば困るのは俺だ。犯罪者の近くにいてたまるものか。
しかし、俺が困るとロボ娘に言ったとしても、ロボ娘は止めないだろう。
何故なら、俺の意思が大切なのではなく、長い眼で見て俺のためにしているのだから。
それも高性能頭脳から導き出された計算に基づいて行動しているのだから、間違いはないのだろう。
もう一度言う。
コイツは俺の意思とは関係なく、俺のために動くんだ。
だからこそ、怖いんだ。
「私は御主人様の御傍にいるからこそ、私なのです。私を認めてくださるのでしたら、認めてください」
「……はぁー」
俺が受け入れるつもりはないと言ってもこの様。
きっと、これ以上何を言っても無駄だろう。何とかして早めに切り上げたいところ。
だったら、伝家の宝刀である言いくるめをするしかあるまい。
「分かった。分かった分かった。お前が言いたいことはよく分かった」
「では!」
「あぁ、良いだろう。お前を傍に置いてやる」
俺が観念したと思ったのか、表情を明るくするロボ娘。
もちろん俺はそんなことは思っていない。正直に言ってコレは先延ばしに過ぎない。
いい加減にしておかないと次は玄翁さんまで出てきそうだから、俺も長い目で見るしかあるまい。
だが、これで良い。
後“二年は先延ばし”できる。
二年先延ばしたなら、俺はもうこの世界にいない。元の世界に帰ってエンジョイしている頃だろう。
そうとも、俺はこの世界に三年しかいられない。それをこいつは知らないんだ。それを利用すればいいだけの話。
お前の善意、有効活用させてもらうぞ。
「だがなぁ、直ぐに置くというわけにもいかない。説明したとおり、ここは元々店番を必要としない上に、部屋はこの客室である和室と店側、後は俺の自室だけ。見ての通り狭いんだ」
「そうですね。赤の国では二階建てでしたが……」
「あぁそうさ。あれは元々違う店として構えていて、家族で暮らすようだったから広かったんだ。だが、この家は違う。分かるな?」
「はい。さすがに客室に寝泊まりするわけには……」
まずはこっちが妥協して見せて、相手に妥協させる。
こちらが折れているのだから、そっちもある程度は折れてくれと無意識に伝えるんだ。
あくまでも相手が察する形で。こっちからは何も出さない。
「それを踏まえたうえでここの増築を行う。お前を置くのなら、きっと俺が死ぬまで傍にいるんだろう? だったら長い目で見なきゃいけない」
「……嬉しいです。そこまで、していただけるなんて」
最初に伝えるべきは、直ぐにはロボ娘は置いておけないと言うこと。
相手が納得と言うより仕方がないと思わせて頷かせる。そうすることで、相手は退かざるをえないから。
幸か不幸かロボ娘は腹の探り合いが凄く苦手である。
だからこそこちらが最初から思惑を持って近づいても何の疑問も抱かない。
この手の話なら俺は大の得意。商人ならなおさらだ。
「だがなぁ、増築は改築とは違う。ただ一部屋増築すると言っても、大規模になってしまうんだ」
「……部屋を一つ作るのがですか?」
「元々この家はこの形で完成しているんだ。それを不恰好に部屋を増やしたって色々問題が出てくるんだ。風の向きや日の当たる位置、耐震や強度ももちろん、この区分けされた土地に残されたスペースにどうやって部屋を造るか……軽く並べてもこれだけ出てくる」
「な、なるほど……」
家の建築に関してはさすがのロボ娘も知識は持ち得ていない。
その手の参考書などを読めば丸分かりなのだろうが、知的向上心をあまり持っていないロボ娘が見るとも思えない。
だから、ここである程度の知識を提供してやる。もちろん、嘘は言わない。本当のことも言わないが。
だから、こっちが言いたいことを誤解して納得するんだ。
「だったらお前が近くに家を借りればいい話……って訳にもいかない。お前はロボットだ。そして白の国ではロボットには市民権と居住権は適応されない。居住権に関しては保護者がいればなんとかなるだろうがな」
「では私は一人で暮らすことが出来ないのですか?」
「そう言うことになる。それで、さっきの増築の話になるんだ。分かったか?」
「はい」
次に逃げ道を塞ぐこと。
こちらから物を提示したら、相手は必ず考える。
当然だ、相手は考えることが出来る物なのだから、それを最大限に活用しないでどうする。
だからこそ、その考えることを放棄させなくてはいけない。そうすることで、それしか道は無いと思わせるのだ。
そうなると、俺の元では暮らすのが難しいならば俺のとこで暮らさなければいいと言う逃げ道を塞ぐのが先決。
ここでは人間と例外としてヒューマノイドスライムにしか市民権は無い。当たり前だ。そうなれば人間の精を求めた淫魔が横行してしまうに違いない。
実際には知らないから、完全に口から出まかせだ。だが、嘘は言っていない。
それでロボ娘には増築しか道は無いと思わせる。
「この土地の広さだと……一部屋増築するだけでもギリギリだな」
「……では、前回のように二階を造ってみるのはどうでしょうか?」
「それはダメだ。赤の国にいた頃は周りには高い建物が沢山あったろ? だが、ここは雪国で家の強度も雪の重さに耐えきれない。だから、強度のことを考えると二階の部分を造るのは自殺行為に等しい。それに、低い家ばかりだからこそ、高い家を造ってしまうと周りの家に日が当たら無くなってしまうんだ」
「近隣の方にも気を使わなければいけないのですね」
「そういうこと」
次にやることはわざと逃げ道を作り、その逃げ道を完全に塞ぐこと。
そうすることで、自分で考えてみても浅はかな知識ではどうにもならないと思い知らしめることが出来る。
ロボットで高性能な人工知能を持つ彼女のことならなおさらだ。
ロボ娘は知っていることならいつだって真実を見いだせる。逆を言えば、知らないことなら何も分からない。
試行錯誤と言う概念が無いのだ。
「店側は良いとして……そうだな、この際居住区は思い切って作り直すか。幸い良い大工も知っている。でも、そうなるとお金の問題が出てくる」
「私の貯金では足りないでしょうか?」
「さすがにお前から集ろうとなんて思ってないさ。俺も建てたばかりだが狭いって思ってたんだ。なんせ、自室の中に台所があるのはちょっと汚れが気になるしな。キッチンが欲しかったところだ」
「そうなると……幾らぐらいかかるのでしょう? 御主人様の年収なら大した痛手ではないと思いますが」
「おま……俺が金を出すのに……いや、止めよう。俺も納得したことだしな。詳しくは見積書出してみないと分からないが、今の持ち金じゃ足りないな」
「そんなにかかるのですか?」
「いや、この和室を作るのにオーダーメイドで全部作ったからよぉ。今はすっからかんなんだ」
「確かに異質な部屋ではありますが……靴を脱いで上がるなど初めてです」
その次には直ぐにはどうしようも出来ない問題を突きつける。
この場合ならお金の問題。現に俺は今日常生活を送る分には申し分ない貯金はあるものの、改装するとなったら圧倒的にお金が足りない。
俺の収入ならば五か月も遣り繰りすれば貯まるのだが、その五か月が大きい。なんせ、五か月はその計画に“着手”出来ないのだから。
「頑張っても六か月、いや五か月は稼がないとな。だから、どっちみち直ぐに置くことは出来ないんだ。済まない」
「いえ、こちらこそ……無理を言って申し訳ありません」
「玄翁さんと心昭の爺さんに手紙を書くから、持って帰れ。それと、少しだが路銀も持たせる。俺からの小遣いだと思ってくれ」
「お小遣い……っ!? あの守銭奴でお金が貯まっていく通帳を見ることが楽しみだった御主人様が、お小遣いを私に下さるなんて!」
「こら、無一文で帰れだなんて誰が言うか」
総体的に見て、ロボ娘を置くという話になったため、ロボ娘もさして疑問を持たず帰る決意をいとも簡単にしてくれた。
これで俺の勝ちだ。なんとかして時間を二年経たせれば俺の大勝利だ。
さてさて、これから頭を使わないとな。
それに、これからロボ娘に定期的に手紙を出すことにしよう。
そうすれば俺に対するヘイトを稼がなくて済む。主に玄翁さんから。
そんな勝利を確信した、その時だった。
「あら、でしたら私の方で便宜を図って差し上げましょうか?」
「え?」
いきなり襖が開いて姿を現した女性がそう言ったのだ。
俺は反射に逆らうことなく、見上げる形で見た人物は……、
「私なら、可能でしてよ?」
この首都で便宜が図れるどころではない人物、メリア・ディアス・デ・ビバールが立っていた。
なにやらとても誇らしそうに。