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現実は甘くない



「はい、そこ座って」


「はい」


 場所を移して茶の間。

 金の使い道に困った挙句、俺が監督の元で特注で造らせた和室だ。

 畳はもちろん井草の畳。床の間も作り、なにも活けていない花瓶が妙に悲しく彩っている。

 この世界に掛け軸と言う概念が無いので、せっかくなので俺が一筆した掛け軸も添えて。


 床の間の隣が余ったのでふすまの押入れを増築。

 中には懐かしの敷布団がある。もっぱら、お客様用なのだが、そんな酔狂な輩は現れることが無かったので押入れの中でカビている。

 俺に開ける勇気はない。


 和室の真ん中には三人は囲めるであろう卓袱台が一つ。

 いつかこれをひっくり返せるときが来ると切望している。主に俺が怒って。

 ひっくり返した瞬間満足して怒りがどこかに行きそうであるが。


 そんな和室の上座に俺。

 下座にロボ娘が正座している。


「率直に言うが、何をしに来た?」


「御主人様の御傍に。お言葉ですが、私がいないと御主人様は掃除や洗濯、料理も満足にできないと思っています」


「……一通りできていると思うが?」


「先ほど見たところでは、部屋の隅には埃がたまっているではないですか。洗濯物も、あのたたみ方では皺がついてしまいます。冷蔵庫の中も拝見しましたが、中の物を見るに調理と言っても野菜炒め程度しかやっていないのでは?」


「そうか、お前が言うんならそうなんだろうな。精進するわ」


 一応までに質問するが、分かっていたことだが返ってきては欲しくない返答が返ってくる。

 俺の傍、つまり俺の世話をしに来たと言っている。よく玄翁さんや心昭の爺が赦したものだ。


 一人暮らしをすると言うことで、形でも家事をしていたのだが……ロボットで飲み込みが一瞬のロボ娘からしたら俺がやっていることはおままごとの範囲なのだろう。

 俺としても隅々まで出来ているとは思っていない。しかし、どうにかしようと思っていないし、やっているうちに効率よくできる方法が閃くかもしれない。

 そうやって惰性に極めて家事をしていた。


 だからと言って、俺はロボ娘を置くつもりはない。

 ロボ娘はもう解雇したのだし、この店はそもそも店番がそんなに必要が無い。

 表向きにはイグニード商会に武具を売り出すための工場みたいなもの。たまにお客も来るが、もちろん強化した武具は店頭に置いていない。

 そもそも、他の武器屋や防具屋と比べても変わらない値段で売りに出しているため、わざわざ懇意にしている店から出来たばっかりに得体の知れない鍛冶屋に鞍馬替えしようと思う者も少ない。

 なにより、俺は籠ったり出かけていることが多いために開店している日が少ない。


 そんなところに、お客はやって来ない。

 やって来なくとも、会長のところから充分すぎるほどの金が入ってくる。

 必要性が無いんだな。


「悪いが、一度雇用して解雇した者は再雇用しない質なんだ。店番も必要ないしな」


「では、メイドなどは」


「近々“信頼と実績”がある家政婦でも雇おうと思っているんだ。必要ない」


「雇うのであれば、私はお給金も――」


「対価の無い労働は糞喰らえだ! 忘れたのか? それに、信頼と実績が何一つ無い“オメェ”が、どうして雇ってもらえると?」


「――申し訳、ありません」


 これも分かっていたことだが執拗に食い下がるロボ娘。

 せっかくの一人暮らしがコイツのせいで息苦しくなってしまったらたまらない。自家発電も早々できなくなっちまうしな。


 ……あ、一つ謝らないといけないことがあるな。


「あー……すまん。“お前”の入れる茶は絶品だ。それだけは褒めてやる」


「っ! ありがとうございますっ」


 悔しいことにロボ娘の入れるお茶やコーヒーは凄く美味い。

 店で飲んでいる奴が泥水に感じるほど美味い。それだけは評価に値する。

 さっき、久しぶりに飲んだ紅茶も美味かった。これじゃあ軽い中毒だな。


 そして褒められた途端に無表情から嬉しそうな表情へと変わるロボ娘。

 ぎこちない笑顔はあの時のままである。何一つ変わっていない。


 いや、変わっているところがある。


「それでよ、その義肢はもう自由に動かせるのか?」


「はい。御主人様が送っていただいた精巧な義肢はこのように」


 ゴッドフリートさん製の徳中義肢は数日前に送ったはず。

 その数日のいくつも無い時間の中でリハビリをして、自由に動かせるまでになり、俺のところまで来たことになる。


 俺が知る限りリハビリには長い期間を有するはずだったのだが、それだけその義肢が凄いものだと言うことなのだろうか。

 現に今目の前でまるで本物の手足のように動かしているロボ娘。その姿はどこか誇らしそうだ。


 さすがはゴッドフリートさんだ。

 最高の義肢作成者の名は伊達じゃない。


「じゃあ、もう義理は返したな。これからは世界を見て見聞を広めろ。良いな」


「……見聞ならば、御主人様の元にいた方が広がるかと」


「バカを言うな。俺はお前が大嫌いだが、存在まで否定しない。お前は確かにここにいる。ロボットでもだ。だから、俺に縛られようとするのはもう止めてくれ」


「……っ!? ……ご、御主人様の御傍にいた方が色々な出来事が……いえ、皆まで語る必要はありませんね」


 これで普段通り暮らすことが出来ると言うことなので、もうロボ娘に気を使う必要はない。

 これまでは玄翁さんやアゾットさんに引け目を感じていたこともあったが、こうして何事もないのならばいい加減に俺離れをさせなくては。

 安寧が瓦解しそうになっているのに、それを支えようとしない俺ではない。


 そんなこんなでロボ娘に世界をもっと見て来いと言ったのだが、最初から素直に聞くと思っていない。

 また俺の元にいた方がーとか始まるのだろうなと思っていると、ロボ娘は何やらひどく驚いた表情になり、次第に目尻に涙を湛え始めた。

 ロボ娘の涙を見るのは宝物であったベッドを壊された時以来だ。


 しかし、その時はは決定的に違っていることがある。

 今にも泣きそうであるのにも拘らず、物凄く嬉しそう……というよりは幸せそうなのだ。

 無機物である機械に幸せとは何ぞやと小一時間ぐらい議論したいところだが、俺の眼が狂っていないのならば確かに今、ロボ娘は幸せそうである。


「……なんだ。嬉しいことでもあったのか?」


「ふふっ。御主人様、丸くなられましたね。角が取れたと言うべきか」


「何を馬鹿なことを。俺はいつでも鋭角七百度だぞ」


「何故なら、私のことを……認めてくださったのですから」


 そう言ってまたぎこちない下手糞な笑顔をこちらへ向けるロボ娘。

 その笑顔は紛れもなく彼女にとっての幸せの証拠であり、その笑顔がとても……羨ましく思えた。

 生ある者が、命無き者に嫉妬するだなんて恥以外の何にでもないが、この時は正直に羨ましく思えた。


 彼女は機械だとしても、自分には無い幸せがあるのだから。


「……」


「赤の国での御主人様でしたら、決して私の存在を認めようとはせず、御主人様自身に縛られるだなんて表現は……使うことが無かったでしょう」


「……あー、なんだ、ホントに……悔しいなぁ。その通りだから何も言えねぇや」


 その通りだと、素直に頷く。

 自分の口から出たことだと未だに信じられないが、確かに俺の口から出た表現。

 赤の国にいた頃の俺だとしたら、ロボ娘に対して絶対にそんなことは口にすることは無かっただろう。

 だが、今ここにいる自分は確かにロボ娘の存在を認め、俺に構うな、ではなく俺に縛られるな、と言ってしまった。


 俺は自分で言うのもなんだが、自分に対しては素直だ。

 自分にだけは嘘を吐きたくないから、なんやかんや理由や屁理屈をつけて嘘ではないと思いこむ。

 この場合もそうだ。俺は自分に嘘は吐きたくない。

 俺がそう言ったのであれば、素直に認めるしかない。口は禍の元とは言ったが……思ってもないことを口にするはずもない。


 困った、これは困ったぞ。


 俺に縛られるな。

 なんだよこれ、これじゃあまるで俺が……ロボ娘を気遣っているようにしか聞こえないじゃないか。


「……怖いのですか?」


「あ?」


「大丈夫、ですよ。私は……貴方を裏切らない。私は、貴方の御傍に、ずっと、ずっといますから」


 そう言って卓袱台を回り込んで俺の元までやってくるロボ娘。

 その表情は機械とは思えない程に慈愛に満ちており、母親が我が子を見るような……そんなバカげたことまで思ってしまうほどに、ロボ娘の表情がそう映った。


 それがとても、とてもムカついた。


「思えば御主人様は……どんな人ゴミ居ようと、誰と酒を飲みかわそうと、ずっと一人だと、そんな表情をしていました」


「なにを……」


「家にいる時でも、レナさんといる時でも……御主人様は一人だと感じて居たのではないのですか?」


「……バカを言うな。その口を、閉じろ……!」


 もう既に殺気を抑えようとはせずに、レベル相応の殺気をロボ娘に中てる。

 ロボ娘は俺の殺気に一瞬だけ止まったが、直ぐに俺の近くまで擦り寄ってくる。

 俺がどんなに睨み付けても、口で拒絶しても、それでもロボ娘は近寄ってくる。


 それがどうしようもなく、怖くて、ムカついた。


「御主人様はまるで世界で独りぼっち……いえ、世界にすら拒絶されている。そう思えて仕方がないのです」


「オメェ、いい加減にしろよ。一回離れろ、早く!」


「世界にも拒絶されるだなんて……“この世界の住人ではない”、そんなのおかしいではないですか。御主人様は、ここにいるのですから」


「っ……!!!」


「きゃっ!」


 この世界の住人ではない。

 その言葉を聞いた途端、俺は無意識にロボ娘を突き飛ばしていた。

 そして、良く、とてもよく理解した。そうだ、そうだとも。


 俺はこの世界の住人ではない。

 それがなぜ今まで分かっていなかったのか。

 恐ろしい。恐ろしい。それを分かってしまったという、イレギュラー。


 イレギュラー?

 イレギュラーならば、俺は今ここに存在していないのか?

 存在してはいけないのか?


 そんなことはない。

 俺は一人ではない。俺の一声でどれだけの人が集まると思っているんだ。

 だからこそ……俺は俺に嘘は吐きたくない。


「帰れ」


「……御主人様」


「また壊されたいのか! 大人しく帰れ!」


「お忘れですか?」


「何をだ! オメェは俺を嘗めているのか!?」


 突き飛ばされたロボ娘が再び、俺の元までやってくる。

 俺の手にはかつてロボ娘を砕いたスレッジハンマー。いつでも振り下ろすことが出来る。


 そうだと言うのに、臆しもせずに近づいてくる。

 まるで恐怖と言うプログラムにバグが請じているように。


「私は、御主人様に壊されようと、嬲られようと、否定されようと、御傍におります。そのどれもが、私の本望でもあり、幸福なのです。これまで、この身を持ってお伝えしましたが?」


「おまっ……! なんだよ、なんなんだよ、オメェはよぉ!」


 忘れてない。忘れるものか。

 俺の元にやってきて、俺が否定しても甲斐甲斐しく働いたロボ娘。

 俺が無視しようとも、俺の言いたいことを理解して全てそつなくこなしていたロボ娘。

 俺がいくら罵倒しようとも、全てぎこちない笑顔で聞いてくれていたロボ娘。


 そして、俺が凶器を振りかざし、潰して壊しても……傍に在ろうとしたロボ娘。


 忘れるものか。忘れてなるものか。


「安心してください。この世界が貴方を必要としていなくとも、忘れないでください。この世界に貴方を愛している“物”が一人でもいることを」


 決壊。


「帰れよ、帰ってくれ」


「帰りません。御傍にずっと」


「帰ってくれないか……俺が、お前を壊す前に」


「壊してください。貴方に壊されるのなら、私は幸せです」


「狂ってる。狂っている……」


「えぇ、狂っています。そうでなくては、貴方の御傍にいられませんから」


 結局、ロボ娘は帰らなかった。

ブックマークがいつの間に三百の大台を突破していたことに驚きを隠せない。

はい、私です。

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