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懐かしい顔



「おぉおおおお、あるがあるとしてぇー、そこになにがあるのかぁー」


 茹だる室内。

 換気なぞ、炉があるこの空間には排除すべきもの。

 どういうわけか火の指輪では遮ることが出来ない熱風のために、滴り落ちる汗。

 既に頭に巻いているタオルは機能しておらず、滴っている汗が手元に落ちないように気を配らなければならない。


 しかし、かといって手を休めることは出来ない。

 手を休めた暁には、この工程をまた最初からやり直さなければならないからだ。

 だから、俺は一心に金槌を振り下ろす。


「友を取るのかあぁ、愛を取るのかぁ、馬鹿者は二つを取ろうとするぅー」


 かんかんと小気味の良い音が工房に響き渡ると同時に、自分の世界に入るために鼻歌を歌いながらとんでもなく面倒な工程をこなす。

 店は朝から閉めている。邪魔なんてされたらとんでもない。このために日にちを調整したのだから。


「賢い者はぁー選択をーしぃないー」


 喉がカラカラに乾いている……はずなのだが、体は水を欲してはいない。

 それは集中がなせる技なのか、それとも体が水を欲することが出来ないまでに乾いているのか。

 されど、倒れることは無い。そんなことは考えていないから。


「どれも取らずにぃー、自分だけを守るぅ、それが利口者ぉー」


 鍛造しているのは一振りの剣。

 見た目はなんてことはない、だがその身余るほどの力を秘めた大いなる剣。

 副王の加護を受けた剣と、【神】の祝福を一身に授かった一祝の楔を熔かし合わせた杭。

 それに全霊を込めて、叩き続ける。


 そのためか、鍛冶屋の習熟度がめきめき上がっていく。

 それほどまでにこの鍛造はレベルが高く、難しいものとなっているのだ。

 しかし、その実は集中との戦い。集中が続けば、なんてことはない、時間だけが減っていくだけ。


 そして、この鍛造は間違った場合やり直すことが出来るが、成功したらもう二度と出来ない鍛冶屋の奥義。

 故に、素体と媒体を時間を掛けて選び、それに間違いがないか確認して、それが今後どう俺に影響するのか考えた後に、ようやく鍛造に掛かれること。


 俺は、ゲームを始めたばかりの頃、何も知らずに手を出して取り返しのつかないことをしてしまった。

 泣く泣くデータを削除して、もう一回初めから始めたこともあるまでだ。


 だから、俺はこの一回に全てを賭けてみることにした。


「だがぁ、勇猛なる者はぁー」


 彼が振るう剣は錆びているのにも拘らず凄まじい切れ味を誇り、所有者に身の丈以上の魔力を付与した。

 ならば、コレはどうなのだ。コレは俺に一体どんな恩恵を授けてくれるのか。


 媒介が錆びた剣であれほどまでの恩恵。

 ならば、更なる恩恵を受けたものならば、どうであろう。


 だから、賭け。


 これから起こる、最悪のイベントを斬り抜けるための賭け。

 俺は賭け事は嫌いだ。賭けると言うことは、それ以外に方法が無い……つまり祈る行為だから。

 祈るものに奇跡などあり得ない。危機に瀕しながらも、それに立ち向かう様が、奇跡を見出すのだ。


 尤も、奇跡も嫌いだが。


「選択するということにならなぁーいっ!」


 最後の一振り。

 その一振りにより、俺の賭けは形となった。

 俺は賭けが嫌いだ。だが、それに頼らなければ、道は斬りだせないと判断した。

 コレは俺一人の戦いとなる。一人でなければならないのだ。


 ソレは大きな犠牲を孕みながら這い寄って来る。

 街の中だろうが、家の中だろうが……“仲間の中”だろうが、どこからでもやってくる。

 だからこそ、一人でなければならない。


「出来た……っ!」


 所要時間は三時間。

 頬の感じる焼ける様な熱気すらも忘れ、打ち終わった一振りの剣を掲げる。

 きっと、俺の眼は少年のように輝き、肉食獣が獲物を見るギラギラとしている眼であろう。


 きっと、俺の最高傑作であろう(願望)剣が完成した。

 名前は変わらず“副王の剣”だが、何らかの加護が付加してあることだろう。


「…………」


 俺は昨日、一人考えた。

 もちろん、“どうしようも出来ないがどうにかしないといけない存在”にどう対抗するか。

 ソレは文字通りどこからでもやってくる。引き出しの中、大岩の下、果ては人の口からまでやってくる。

 全プレイヤーにトラウマを植え付け、ソレがあるが故にプレイする人たちが続出した面倒なもの。


 その名も“始まりの魔物の魂”だ。

 その名の通り、太古の昔に世界統一国を横行して五国が出来る原因となった強大な魔物の魂。

 大きさにして大の大人一人分くらい。形状は不定形。一見、黒い霧状のように見える。


 その真っ黒な霧のどこかに顔がある。

 感情の一欠片も感じられない真ん丸な目。機能しているのかどうかさえ分からない棒状の鼻。引き結ばれて閉じられた口。

 そして、三対の糸髭が特徴の化物。


 喋ることも無く、瞬きすることも無く、ただ近寄ってくるだけ。

 近寄った際に聞こえてくる『んーーーー』という壊れたラジオのような泣き声が頭の中で木魂する様は頭がどうかなりそうなほどだ。


「……ちっ」


 そんなやつが街角から、時にテーブルの下から、はたまた会話している人の口から這い出てくる。

 目的は公式ですら明言しておらず、ただひたすらにプレイヤー目掛け這い寄って来る。

 もちろん、触れればゲームオーバー。その後プレイヤーがどうなったのかすらわからない。


 訳も分からず死に、真っ暗な空間の中でひたすら頭の中で『んーーーー』と聞こえてきた時には思わずヘッドフォンを投げ捨てたこともある。

 慣れればどうってことないのだが。


 対策はただひたすら逃げること。

 幸い寝ている時に襲ってくることは無いので、襲われたら寝れる場所に逃げ込むのが鉄板となっている。

 そしてスタッフたちの最後の温情と言わんばかりに、目を覚ましたら始まりの魔物の魂のスポーンはリセットされる。

 それがなかったら糞ゲー認定していたところだ。


「試し切り試し切りっと」


 そこで無い頭を絞って考えた対策がこの剣だ。

 鍛冶屋の特権として、基礎となる武具とその他何かを混ぜ合わせて一つの武具を作成することが出来るのだ。

 例えば、ドラゴンに対して有利にダメージを与えれる屠竜属性の付いた武器と、力を上げる力の腕輪を混ぜ合わせて作ると、屠竜属性と力を上げる効果の付いた武具が完成するというわけだ。


 俺は初見の時に、よく考えもせずに炎属性耐性のある鎧と、水属性耐性のある水の指輪を混ぜ合わせて炎属性耐性と水属性耐性のある鎧を創ろうとしたのだが……それが失敗だった。

 実はコレ、メリットだけでなくデメリットまで一緒に混ざってしまうために、俺が造った奴は台無しになってしまったのだ。

 と言うのも、炎属性耐性があるのは良いのだが代わりに水属性耐性が下がる鎧と、水属性耐性のあるのは良いのだが代わりに炎属性耐性が下がる指輪を混ぜてしまったのだ。


 出来上がったのは何も付加されていない鎧。

 俺は泣く泣くデータを消去して最初から始めた。


 それも、鍛冶屋になったばかりの序盤でだ。

 この機能は鍛冶屋であるならばいつでもどこでも製作可能で、習熟度を必要としないのが魅力。

 それがあの時は仇となったのだが。


「うーん……特に変わっていない? 失敗したか?」


 そして学んだ今回の鍛造。

 混ぜ合わせたのは防御無視でダメージを与える攻撃力の低い“副王の剣”と、かつて始まりの魔物を縫い留めていた“塩の杭”だ。

 副王の剣は打点こそ低いが、その特性はかなり使える。防御力が高くてまともに攻撃が通らない魔物には重宝している。

 塩の杭は、始まりの魔物を縫い留めていたからには始まりの魔物の魂にも何らかの作用があるはず。


 それでなくとも、ジャックが所有している錆びた剣も、かつて始まりの魔物を縫い留めていた塩の杭がベースに造られた武器だ。塩と言うだけに錆びているのかも知れないが。

 だとしたら、こうして造った新生副王の剣にも何らかの加護が付与されてもおかしくはない。


 そう思っていたのだが……何の手ごたえも感じない。


「……なんじゃこりゃ」


 念のために説明を呼んでみると、意味の割らないテキストが現れた。

 以下全文。


 “神魔が合わさった剣。きっと、未来を縫い留めるだろう”


 これだけ。

 まきわりで試し斬りをしているが、若干攻撃力が上がったようにも見える……が、誤差の範囲内。

 肝心の防御力虫の攻撃は間違いない様だが、始まりの魔物の魂に使えるかどうかと言われれば首を横に振らざるをえない。


 完全に失敗か。

 塩の杭は失われ、副王の剣に融合している。

 もしかして、そのまま使った方が効果があったのではないかと思うまでに。


「…………いや、絶対に何かある。何にもないってのが、おかしいんだ」


 この鍛造は、メリットだろうがデメリットだろうが必ず反映される。

 例え何の効果も無く換金しか使用用途が無いアイテムと混ぜ合わせても、鍛造した武具が換金アイテムと売値が同じになるのだから、絶対に反映されるはず。


 剣と回復効果のあるリンゴを混ぜ合わせたら、食べたら回復する剣が出来るんだ。

 何かがこの副王の剣に反映されているはずだ。


 それが何なのかが全く分からないのだけれど。


「そんなに根詰めてはだめですよ。はい、紅茶です」


「おう、さんきゅ」


 あまり考えすぎては余計におかしくなってしまう恐れがある。

 俺はその通りだと思い、差し出された紅茶を啜る。


 うん、美味い。

 この味だ。この味でなくてはな。

 しばらく飲んでいなかったからか、余計にうまく感じる。

 しかも、熱いの考慮してくれたのかアイスティーだ。甘くて渋くて美味しい。


「うん?」


 強烈な違和感。

 今この場であり得るはずがない現象に対しての違和感。

 誰から紅茶を受け取った。そもそもこの場には俺しかいない。

 そして、この味はもう二度と飲むことが無いと思っていたもの。


 絶対にありえない。

 それを先ほど副王の剣の件で否定したはずなのに、また頭の中に浮かび上がってくる。

 それを解決するには、紅茶が差し出された方を向くだけ。それだけで解決する。


 ……本当か?


 恐る恐る顔を向ける。

 そこにいたのは……。


「ロボ、娘?」


「はい、御主人様。まさかたった一ヶ月で顔を忘れたとは言わせませんよ?」


 赤の国の玄翁さんのところで居候しているはずのロボ娘だった。

あっという間に百話を超えていた。

時が経つのもはやいものですねぇ。

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