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保守的



 待て、待て、待て。待つんだ。

 額から脂汗が垂れ落ち、頬を伝ったところで袖で拭い去る。

 相手の言う通りに鵜呑みにはせず、しっかりと自分なりに噛み砕いて飲み込むんだ。

 丸呑みは腹痛の元、もとい頭痛の元。


 間違った知識は恥にしかならない。

 よく考えろ、俺。


「っ……それなら、この世はレヴナントだらけじゃないか。レヴナントはそれこそ大きな無念や怨念が魂を繋ぎ止めて、死肉を無理やり動かす魔物。それだと矛盾が出来るじゃないか」


「えぇ、そうね。瘴気の正体は何も怨念と言ったつもりはないけれど。あくまでも、それが素材として瘴気となるのよ。レヴナントは出来立ての尤も濃度の高い瘴気に中てられて動き出したにすぎないわ」


「怨念は起因に過ぎないと?」


「そういうこと」


 レヴナントは膨大な怨念や無念が塊となって死体に宿る魔物。

 彼女曰く、レヴナントはあくまでも瘴気の塊によって動きだすもので、怨念より生れ出るものではないそうだ。

 しかし、瘴気の起因になっているのならば、それも瘴気のせいだと言えよう。


「そうね、瘴気の正体は人の強欲・傲慢・暴食・嫉妬・憤怒・怠惰・色欲が混ざり合って気化した物なのよ。人の想いが力を持つのはレヴナントの件でわかっているわよね」


「あぁ、それでなくとも、希望や勇気が面倒な力を与えることも知っている」


「くすくす、希望と勇気を面倒と言う貴方も相当ね。大丈夫よ、不服だけど私もその二つにはほとほと困らさせられているわ」


「お、気が合うな」


「寝言は寝てから言ってもらえない? 言ったでしょう? 不服って。まぁ、貴方でも共通点が見つかるのは野暮ではないけれど」


「そうかい」


 勿体付けられてようやく分かった瘴気の正体。

 それは人の七つの大罪と言われている暴食・怠惰・色欲・傲慢・強欲・憤怒・嫉妬らしい。

 負の感情の一覧と言われているだけあって人間が忌み嫌うものなのだな。

 それが人間に仇名し、襲い掛かってきているのだとしたら世界規模の皮肉だ。


「なるほど、じゃあその瘴気に立ち向かうには希望・勇気・純愛・正義・友情・忠義・知識ってわけか?」


「あら、正直貴方を侮っていたわ、ごめんなさいね。えぇ、その通りよ。まったくもって馬鹿馬鹿しいけれど」


「お? じゃあ、見直してくれたのか?」


「そうね、少し話が出来る人から、隣で会話できる人までには」


「そいつは嬉しいね」


 人に仇名すのが七つの大罪ならば、人を救うのは七つの美徳と言うことか。

 全く持って馬鹿馬鹿しい。そんなもの、縋ったってなにも変わるものではないと言うのに。


「それで、魔物は瘴気から、瘴気は人の怨念や無念から出来るってことは分かってもらえたかしら?」


「おいおい、それは仮説だろう? 裏付けする物がないと断言できないじゃないか」


「そうとでも前提にしなきゃ前に進めないじゃない」


「悪いな。それなら伝説の大陸アトランティスの方が信憑性があるぜ」


「なにそれ」


「眉唾な伝説だよ」


 しかし、考えても見ろ、俺。

 今まで話てきたことはあくまでも仮説。それが本当である証拠なんてどこにも無いのだ。

 それをさも本当のように語るのは学者の悪いところだ。とってつけたこじつけが、いつしか連想ゲームになってそれが本当のように感じてしまうのだろう。

 そして、後で本当のことを知って顔を真っ赤にするまでが流れ。


「じゃあ、もっと眉唾な私の話を聞いてもらえるかしら?」


「隣で会話できる人なんだろ? もちろんだ」


「貴方……私が言うのもなんだけど変わり者って言われない?」


「良く言われる」


 彼女の話して来た仮説を鼻で笑って否定する俺。

 そんな彼女は俺が信じるわけがないと最初から分かっていたかのように落ち着いた雰囲気だった。

 それよりもむしろ、信じてもらうよりもただ話を聞いてもらいたい……そんな感じがした。


 隣に座っていた彼女は身を乗り出す様に顔を覗き込んでくる。

 彼女はフードを被っているのだが、不思議なことにこちらを覗き込んでいるのに対し、こちらからは全くと言って良いほどフードの中が見えなかった。

 まるで、フードの中が暗いのではなく、そこに闇が広がっているかのよう。


 どう足掻いてもフードの中を覗くことは出来ないのだな。


「えっとね、私の仮説だと……瘴気は人間より出てくるものだから、当然瘴気は増える一方ね。なんせ、人間は未だに増え続け、争いも増え、貧困の差も激しくなっている。だったら、様々な怨念が溢れていると思えない?」


「そうだな」


 今まで聞く限り、それはそれはこの世界は実に瘴気が蔓延するに良い世界だ。

 人の七つの欲望が瘴気を生み出しているのだから、それはもう瘴気のパラダイスではなくてはいけない。

 しかし、世界はどうだ。瘴気が濃いところとは違って晴れ渡る空に澄んだ空気。とてもじゃないが、瘴気が蔓延っているとは言い難い。


 また、国ごとに見ても変わらないのはおかしい。

 彼女の言う通りならば黒の国の空は瘴気が溜まっていなければおかしい。黒の国が、この世界で一番人間の欲望や怨念が渦巻いているのだから。

 だが、現状はどこの国も変わらない空をしている。


「でもね、その瘴気を抑えるストッパーがいるの」


「ストッパー?」


「そう、ストッパー。その役割を持つものは……笑わないで聞いてね。貴方が言う通り、これは裏付ける証拠がない“仮説”だから」


「お、おう」


 そこで話が上がるのはいなくては説明がつかない瘴気を抑えるもの。

 それがいるのだとしたら、この世界の現状にも説明がつく。まぁ、仮説なのだけども。


 それを言う前に彼女が一つだけ前置きを言う。

 曰く、その話を聞いても笑わないでくれ、とのこと。

 話も聞く前から約束は出来ないが、一応は頷いておく。


「そのストッパーは……【魔王】だと私は思っている」


「【魔王】だぁ? それこそおかしな話じゃないか。……いや、おかしな話か」


 なんと、彼女の建てた仮説からすると、瘴気を抑える役割を持つものは魔物の頂点に君臨する【魔王】だという。

 この世全ての悪をその一身に受けた魔の申し子。それが【魔王】だ。

 その【魔王】がなぜ魔物の動力源である瘴気を抑える役目を受け持っていると言うのか。


 そもそも【魔王】は古来から人間たち、ひいて生物たちの敵だ。

 しかも、放って置けば勝手に【勇者】に倒される存在だ。本来魔物たちの味方のはずの【魔王】が、なぜ魔物にとってデメリットでしかない行為をしていると言うのか。


「意外にも、遠い昔から魔物たちをある程度抑え込むために瘴気を抑えているのかも知れないわよ」


「にわかには信じられないな」


「でも、【魔王】が住まう“無窮の荒涼”の周囲にある瘴気は【魔王】へ向けて吸い寄せられているのよ?」


「瘴気は魔物の動力源なんだろ? 力を溜めこんでいるだけかもしれないぜ?」


「それもそうね」


「そこで折れるなよ」


 やはり信じることが出来ないと言うと、それを裏付けるように【魔王】は周囲にある瘴気を吸い込んでいると言う。

 だが、どこからどう聞いてもそれは【魔王】が力を溜めこんでいるようにしか見えない。

 もしかしたら来る【勇者】に備えて力を溜めこんでいるのかも知れない。でも、実際に【魔王】と戦ってみるとそこまで強くないんだよな。

 本番は倒した後だし。わけわかんないよな、【魔王】を倒したら魔物が活性化して強くなるとか。


 その後に、裏ボスが姿を現す。

 あの“わかっているけれどどうしようも出来ない存在”に勝ったことは一回しかない。

 言わずもがな“始まりの魔物の抜け殻”だ。魂も魂で面倒なんだよな。


 あ、やべ、魂のこと忘れてた。

 うわ、やべぇ。うわーうわー……うわーーやだぁー。


「……どうしたの? 険しい顔をしているけれど」


「いや、何でも無い。絶望を見付けちゃっただけ」


「そう。どうでもいいけれど……どうしてもって言うのなら聞いてあげないこともないわよ?」


「いや、どうしようも出来ないからいい」


「そっ。後悔しないことね」


 おもわず忘れていた絶望を思い出してしまった俺は頭を抱える。

 その様子に一応は心配してくれたのか、彼女が声を掛けてくれたのだが、彼女がどうにかできるものではないので胸の内に秘めておく。


 だって、どんなシナリオであれ、ある一定進行すると起きる全編共通イベントが起きる。

 赤の国の富国強兵エンドであれ、白の国の世界征服阻止エンドであれ、黒の国の二人の勇者エンドであれ、全編共通して起きるくっっっっっっっっっっそイベントがあってしまうのだ。

 そのイベントから逃れることは出来ない。おかげで周回プレイする人たちの最難関(面倒という意味で)と言われている。


 俺の商人エンドはどこまで進んでいるんだ。

 分かりにく言ったらありゃしないが、このまま順当に金を増やし続ければ確実に起きる。

 だからと言って何もしないままでは冒険者エンドになってしまう。


「あら、もうこんな時間。ぼちぼち人が戻ってくる時間ね」


「……そんな時間経ったか?」


「えぇ、ざっと二時間くらい。さて、私はもう行くわ」


 そうこうしているうちにお開きの時間となる。

 彼女は立ち上がり、尻に着いた塩や砂利をはたき落す。そして、こちらをむいて、俺を無理やり立ちあがらせた。

 華奢な体格にしてはかなりの力を持っている。俺がそんなに力を入れてないのにすんなり立ち上がれたからには、彼女も鍛えているのだろう。


「これからどこへ行くんだ?」


「そうね、また世界中を回って魔物のことを研究するわ。もうこうして話すことは無いわね」


「そうか、少し残念だ」


「……でも、偶然会ったなら……その限りではないけれど」


「そうか、結構嬉しい」


「調子が良いわね。私が見かけても話しかけないからそのつもりでなさい」


 そうところどころにトゲが見えるが、その合間に優しさが垣間見える言葉は、やはり可愛らしい。

 この場で彼女のフードを取っ払うことは容易なのだろうが、それをしてしまうと蛇足にしか感じないのは俺だけではないはず。

 だから、この場は大人しく別れることにしよう。どうせ、また後で会えるのだから。


 ちなみに、彼女とも結婚することは可能だ。

 しかし、殆ど会えない上に、何故だかある程度シナリオを進めると行方不明になる。

 そして、彼女と結婚できたからと言って彼女の顔は見ることは出来ない。残念。


「あぁ……最後に一つだけ、質問していい?」


「なんだ?」


 別れ際。

 後はもうお互いに踵を返して別れるだけの状態で、彼女が最後に質問をしたいと言ってきた。

 特に断る理由も無い。余韻として受けよう。


「貴方は主人公なわけだけど、そこはどう思っているの?」


「はぁ? 主人公だぁ?」


 何を考えているのだろうか。

 何を根拠に俺を主人公とのたまうのか。バカか、アホかと。

 俺が主人公ならば、全世界の人間が主人公になるだろうが。

 それに、主人公ってのは世界を無条件で救って、困っている人たちに惜しみなく助ける偽善野郎のことなんだよ。


 俺みたいな小悪党で小市民みたいな奴には、無謀にもほどがある。

 鼻で笑われるわ。


 その旨をかなり誇大して伝えると、彼女は知っていたとばかりにくすりと笑ってこう言った。


「やっぱり、貴方は私が捜していた人だわ」


 そう言って、最後に謎を残して去っていってしまった。

 なんだか腑に落ちない終わり方。こうなってしまっては寝るのに十分くらいかかってしまうではないか。


「クルス・クルス……なんで、あいつ……」


 そして一番の謎は、何故彼女は俺を主人公と、まるでこの世界がゲームのように言ってのけたのだろう。

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