滲み出す魔の尾
「《バックスタブ》!」
「凄く強いね、やっぱり冒険者は違う」
狭い坑道を進んでいく俺たち。
狭い坑道の中で戦うのはなるべく避けたいので、短剣スキルにある《バックスタブ》や《隠密の影》を駆使しつつ進んでいる。
《バックスタブ》は背後から突き刺す一撃で、命中率が低いが強力な一撃が魅力のスキルだ。しかし、命中率の低さと範囲の狭さからあまりキャラクターが使うスキルではない。
そこで使われるのが《隠密の影》というスキルだ。《隠密の影》は敵に見つかっていない状態で使うと敵に見つかりにくくなるという盗賊向けのスキルで、《バックスタブ》と併用すると恐ろしいくらいに強くなる。
基本的に敵に見つかっていない状態での攻撃は必中なので、《隠密の影》を使って敵の背後から《バックスタブ》を使うと言うコンボは掲示板でも有名だ。
だが、このコンボはあくまでも一対一で使うことが前提なので、乱戦や混戦には向かない。
この坑道みたいな一本道でこそ映えるコンボだ。だが、このコンボで敵を必ず倒せるわけではないので使う際は気を付けたいところ。
「ねぇ、ここに来る前は何をやっていたの?」
「ん? まぁ、赤の国と緑の国をウロウロしていたよ」
敵を粗方片付けて次のエンカウントとリスポーンまで余裕が出来た頃、玄翁さんが俺に質問をしてきた。
内容は俺がギルドもとい鍛冶屋を構える前は何をしていたのかというものだった。
特に何かをしていたというわけではない。
とにかく赤の国で鍛冶屋を構えるために色々とクエストをこなしていただけ。
中には死ぬかもしれないと言う修羅場もあったが、ゲームとは違って死にたくないので慎重さが出ていたのかレベル上げだけはしっかりとやった。
時間にして半年だったが、俺が今まで生きて来た時間と比べてみれば、比にならないくらいに密度が高かった半年だった。
「意味が分からず放り出されて、今まで戦ったことも無い魔物に襲われて、初めて人を殺して、諦めて、妥協して、そんな感じだったよ」
「……確か白の国の辺境? から来たんだよね。その地域で男の子は街を出るとか習慣でもあるの?」
「い、いや、そんなものは無いかな?」
思ったより食い付いてくる玄翁さん。
こちとら意味が分からず放り出されたのは実話だが、白の国の辺境からやって来たっていうのは咄嗟のでまかせだ。そんなもの深く設定していないからボロが出そうになる。
けれども、最初は苦労した。人を殺さざるをえない時もあった。手に殺す際の感触がこびりついて離れない時もあった。
果てには魔物の赤ん坊を殺したこともあった。殺さなかったら、成長して人間を襲うから。
いつからだろう、殺すのに抵抗が無くなったのは。
「……相当苦労して来たんだね。同情する気はないけど、街育ちで生温い環境で暮らして来た私には想像できないよ」
「……そうか」
空気が悪くなってきたところで、当初目的地としていた拓けた空間に辿り着いた。ここでなら思う存分に武器を振るえる。
確か、この広い空間のどこかに魔物の住処とつながっているはず。その最奥に、そいつは待っている。動くことなく、ただ座って待っている。
俺はここで四次元ポーチを開いて緋色の指輪を取り出す。
もちろん十個すべてだ。
緋色の指輪は火属性ダメージに一割減と水属性ダメージに一割増の能力値ボーナスを付与される。
もちろん、火属性に強くなって水属性に弱くなるだけ。
ゲームでは装備することが出来る部位は頭・胴・腕・脚・装飾品だ。
そのどれもがそれぞれ一つずつ装備することが出来て、装備しているシリーズが揃えば装備ボーナスがもらえる。
例えば、頭に鉄の兜、胴に鉄の鎧、腕に鉄の腕甲、脚に鉄の脛当てを装備していると鉄シリーズが揃っているので守備力が上がる装備ボーナスが能力値に加算される。
もっとも、俺が装備しているのは学生服というこの世界のどこを探しても無い防具のために意味がない。なぜか学生服の替えだけが大量にあるんだよな、他の防具が不思議なことに装備できないし。
結局何が言いたいのかというと、装備は基本的に部位に一つしか装備できない。
だが、俺は取り出した緋色の指輪を全ての指に填める。その際にヨグさんにもらった言語の境が無くなる指輪を取り外す。
するとどうだろうか、俺の能力値に十割の火属性ダメージ減と十割の水属性ダメージ増のボーナスが付与された。これが意味するのは、火属性に完全な耐性と水属性に紙並の耐性がついたというわけだ。
どういうわけか、全ての指に指輪を装備できるのだ。
それだけではない。
俺は続いて四次元ポーチから力の腕輪という文字通り力を上げることが出来る防具を取り出す。
そしてそれを両腕に填めると力の能力値が上がったではないか。
つまり俺は装飾品に関しては装備限度が無いのだ。これは嬉しい誤算。
これに気付いたのはまだ旅を始めて間もない時だった。
その時、既にここがゲームを酷似した世界だと気付いていた。
序盤だと言っても敵は本気で殺しにかかってくるし、レベルも低かったので毎日が修羅場だった。
そこで、ただでさえ胴と脚に装備が固定しているというペナルティを何とかできないかと打算したのだ。
そこでだ、指全てに装備が出来ると。
その後、指ならず手首と耳、首と眼鏡を同時に装備できることが判明した。
しかし、指輪を装備しているところに再度指輪を装備しても効果が表れないところを見ると、一つのところに一つの物しか装備できないのは適用されているようだ。
これで防具は完璧だ。ここに水属性攻撃を持つ敵がいなくてよかったぜ。
しかし、問題なのは攻撃面だ。幾ら力の腕輪で力を底上げしたって通らなければ意味がない。
一応、ヨグさんからもらった剣とボスドロップの魔法剣は持って来ている。ヨグさんからもらった剣……“副王の剣”というのだが、今一使い方が分からない。なんとこの剣、魔法を斬ることが出来るというとんでもない剣なのだが、自分の能力値に左右される剣なので、あまり使い勝手はよくない。
しかも、どの能力値に左右されるのか分からないため使い時が分からない。
更に、魔法を斬れるからと言っても斬ったところでその魔法が無くなるわけではないので意味がない。
火球を斬っても、その勢いで俺に当たってしまうのだ。おかげで大火傷をした記憶がある。
「あ、あそこじゃない? ほら、壁が崩れたところ」
「ん? そうみたいだな」
拓けた場所を探索していると、他のところとは違って採掘道具が散乱していて瓦礫で歩きにくい場所を見つけた。
その近くの壁が崩れたところに不自然に開いた穴を見つけることが出来た。大きさにして大の大人が一人通れるくらいの大きさだ。ここが掘り抜いてしまった場所だろう。
しかし……なんだか妙だな。
俺の考えすぎか?
「これくらいな穴なら埋めることだって出来たのではなかろうか」
「魔物と戦うことが出来なかったんじゃない?」
「それならそうで、この坑道を捨てればいい話だ。こんだけの鉱脈だ、その延長線上を掘れば同じく鉱石は出てくるはずなのに」
「うーん……なんでだろう?」
考えてみればおかしな話。
鉱脈と言うのはその場所限りの物ではない。連続して繋がっている物だ。
しかも、この鉱山は地中から無理やり地上に押し出されたものだ。それなら鉱脈も湾曲した形になっているはず。
ならば、ここ一つ封じたって何の問題も無いくらいに資源はあるはず。
ここに案内されるまでだって無数の坑道の入口が見かけられた。
見る限り鉱脈は枯渇していないみたいだし、少し奥の方を掘れば鉱石が出てくる夢のような場所。
なら、ここにこだわる理由は何だ?
この奥に、他の鉱脈なんか目ではないものがあるのならば別の話だけど。
「まぁ、いっか。行こう」
「そうだね、私たちが考えても仕方のないことだし」
俺が考えても分かることではないので早々に考えるのを止める。
そう言うのはもっと頭の良い人が考えるものだ。凡人が考えても分からないものは分からない。
とりあえず魔物が入って来ただろう穴を通り向う側へと行く。
そこは鍾乳洞が広がる天然の洞窟だった。足元がつるつると滑るので実に戦いにくい。
けれども、その天然の洞窟は結構な広さで広がっていたので狭くて戦えないと言うことはなさそうだ。
中は今までとは違って真っ暗だ。
四次元ポーチから松明を取り出して掲げてみると、さすがはゲーム寄りの世界だ。かなりの明るさが作り出せた。
ここからは短い。
敵のエンカウントが高くなるが、後は一本道なので迷うことは無い。
だから余計に、胸が高鳴る。この奥に、今まで戦ってきたどのボスよりも強い奴がいる。
あの時俺に毒を注入した奴よりも、あの時俺の腹を裂いた奴よりも、あの時俺の武器を弾いた奴よりも、強い奴がいる。
既に一定の魔物は倒し終えた。
その証拠に、もう辺りには魔物の姿は見えない。特有の嫌な気配も感じない。
それを感じ取ったのか、玄翁さんはそれまで溜めていた息を吐いてその場にしゃがみ込む。
しかし、俺は未だに剥き身の武器を仕舞わない。
「片付いたみたいだね。ふぅ、疲れたぁ」
「魔物は全部倒したみたいだね。後は……先戻ってて。俺はまだやることがあるから」
「採掘? それなら一旦戻らないと鉱脈は無いよ?」
「いや、この奥にちょっと」
そこまで言った俺は玄翁さんを置いて奥に歩き始める。
これから先はレベルの低い玄翁さんを連れて行っても死んでしまうだけ。だったら、連れて行かないのが賢明だと俺は思う。
わざわざ殺されに行かなくてもいい。俺だって負けそうになったら逃げるつもりだ。
元々、勝てる確率は限りなく低いのだから。
奥に進み始めて少し経った頃。
最奥からドス黒い気配を感じる。こう、肌が重くなるような威圧感だ。
俺が元の世界にいた頃、殺気とか気配とかは存在しないものだと思っていたけど、この世界に来てからその認識は変わった。
何故なら、この世界には存在したのだから。
だから、この奥にいることは間違いない。
「うわ」
そして最奥。
照明なんか無い空間で頼りになるのは自分が掲げている松明のみ。
その松明で照らされるはギラリと反射する鱗の塊。色は赤く、警戒色を彩ったその体にはずんぐりとした脚。柔らく突き出た腹は肥えている証。剥き出しの牙は敵意。
地下深くで退化した眼は黄色く、翼は飾りのようなもの。
しかし、腐っても王。
その玉座でふんぞり返るように座っている姿はまるで傲慢。
退屈そうな態度はいかにこの地下空間で過ごして来たのかが窺える。
ここら一帯の鉱脈の主。
始まりの魔物によって地下に閉じ込められた被害者。
ドラゴンがそこにいた。