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アルヴァンティア2

暫くは一日に一回投稿を続けます






20××年.05月01日.月曜日.昼



午前中の授業を消化してお昼の時間が来た。

既にお腹はギュルギュルと鳴っていて、

教室はいろんな人の腹の音が飛び交っていた。

僕は500円玉を握りしめて食堂に向かう為に席を立つ。

授業を終えた生徒達が一気にざわつきだし、いたるところでバックから弁当箱を取り出していた。


食堂は1階にあるから階段を結構降りなければいけない。

パンの争奪戦などが既に始まっているのか、下の階からは必死そうな声がたくさん聞こえた。

僕もなんとか1階に辿り着き、パンの争奪戦の波に入ろうとするのだが…


僕が買おうとすると何故か波の中から欲しいパンが出てくる。

ポロッと……


なんでだろうか。

しかもしっかりと【購入済み】と書いてある紙と一緒に可愛らしいフォント体で『どうぞ。』と書かれた紙が貼られていた。


(いつもいつも助かるけど…誰なんだろう…)


そう思うのだが、取り敢えずお礼としてチュッパチャプスのキムチ味を近くのテーブルの上において置く。

そしてパンに貼られていた『どうぞ。』の裏にポケットに入っていたペンで『ありがとう。お礼にどうぞ。』と書いて貼っておく。


その後は食堂に設置されている自動販売機で100円のチュッパチャプス味の炭酸飲料を購入してから3階の突き当たりの教室に向かって歩きだすのだった。


ハルが食堂を去った後、争奪戦の行われていた食堂からチュッパチャプスを両手で包み込むように持つ女の子がタタタッと走って出てくる。

少し天パなのかクリクリとした髪の毛がチャームポイントと言える可愛らしい女の子だった。

若干幼く見えるのは先っちょの赤い上履きを履いている事から一年生であると分かった。

女の子は嬉しそうにチュッパチャプスの包み紙を解いて口に咥える。


はむっ。


ばたっ…


そして今日も保健室の先生はチュッパチャプスを咥えながら幸せそうに運ばれてくる患者をみて溜息を増やすのだった。


やはりそんな事など知らないハルは今日も教室で美味しそうにパンを食べていた。



トモのクラスは隣の2年5組なのでいつもはクラスの友達との会話に勤しんでいるらしい。


僕の昼休みの過ごし方は基本的にご飯かお母さんに持たされたお弁当を食べ終えた後、チュッパチャプスを食べながらぼーっと窓の外を眺めている事です。


寂しいなんて事は無くて、時々下に見える校庭から手を降ってくれる知らない生徒もいるし、青い空を眺めているのも好きなのだ。

校庭の先に見える畑やマンションなんかも見ていて飽きないし、さらにその先に見えるスカイツリーもかっこいい。


僕の家はマンションや公園の木々に阻まれて校舎からは見えないけれど、街行く人達を見ながらぼけーっと過ごすこの時間も気に入っている。


僕は一年前から使っているアイプォン4sを取り出し、ツィーターを開いた。

僕がツィーターを始めたのは一ヶ月ほど前で、まだすべての機能は理解できていない。

たまにしか開かないツィーターは他の人のツィートーで満タンになっていて、見る気が萎える。

僕は数秒の間画面を更新した後、一言だけツィートーして、ツィーターを閉じた。


『お昼なう。』


そのツィートーのリツィート数とお気に入り数が数分で二ケタを超え、数十分で三ケタを超えたのは気にしないでおこう。

まぁトモの助言で通知の来ない設定にしてあるハルがその様な事に気がつく様子は無いのだが…



20××年.05月01日.月曜日.放課後



五時間目と六時間目の授業を消化し終え、僕は部活棟へと向かっている。

秋春高校の校舎は何個かの建物に別れていて、それが数個の通路で繋がっている。

生徒が授業を受ける教室棟、

体育館や剣道場などがある体育館棟、

文科系の部活動を行う為の部活棟など沢山あり、部活棟の2階に僕の部室がある。

2階に続く階段を音を立てながら登っていく。


『…………!』


『イヤァァァァァ!!』


いろんな声がいろんな教室から聞こえてくる。

今日も各部活は賑やかにその活動を楽しんでいるみたいです。

そして2階、通称【混沌の2階層】と呼ばれている。

確かに僕の所属する【漫画同好会】のもう一つの顔も【オカルト研究会】だし、なるほど、確かに混沌としていると言える。


僕は2階の廊下をのんびりと歩く。

視界にはいるプレートに書かれた部活名はどれも混沌としている。

【モビルアーマー作成部】、【萌え部】、

【忍者同好会】、【秋春高校親衛隊統括部】などなど、名前だけ聞いてもよく分からない物や分かってもなにしてるのか分からないような部活が多かった。


(本当にうちの高校ってどんな活動してるのか分からない所多いな。多分校長がボケちゃってるから適当に承認してるんだろうけど。)


秋春高校の校長はどうやら数年前からボケが入っているらしい。

そんな噂は学校内でよく耳にする。

まぁそんな話は僕には関係無いので噂のさわり程度しか知らないけど。


気がつけば【漫画同好会】と書かれたプレートの貼られた部室の前に着いていた。

扉は何故か西洋風の扉なのだが実はこの扉、

普通にスライドで空く。

僕は最初この扉のカラクリが分からずにガチャガチャと取っ手を引っ張ったり押したりしていたのだけど、今はそんな事は無い。

ドアをスライドさせてそのまま中に入る。


「こんにちは〜」


僕の声に反応した1人の女性が振り返った。

黒くて長い髪が振り向く時に舞ってそれだけで何か浮世離れしたような感化に陥るのだが、この人はれっきとした都立秋春高校の生徒であり、この【漫画同好会】の部長なのだ。

同時に【オカルト研究会】の部長でもある。


3年生、真枝(サナエダ) 希咲(キサキ)先輩。


今では見慣れた黒髪は癖など見当たらず、すーっと腰まで伸びている。

大和撫子と言う言葉が真に似合う女性を日本で探すとしたら僕はまず、外見だけならばとこの人推薦すると思う。

なぜ外見だけか気になった人にこの人の性格をいうとしたら【中2病】と言う言葉がぴったりだろう。

そう、この人は外見と剥離するように重度の【中2病】だった。


「やぁ、春哉。私の城へようこそ」


これが希咲先輩の平常運転なのだ。


「どうした春哉。私の眷属である君が挨拶も出来ないとは…」


「あっ、ごめんなさい。こんにちわ、希咲先輩!」


「ぐふっ…まぁ良い。合格だ」


基本的に希咲先輩の口調はめちゃくちゃだ。

適当を地で行くこの人に常識は通用しない。

今みたいにいきなり血を吹く様にトマトジュースを吹いたりする。

もちろん吹いた後は僕に吹かせるので困ったものだけど…

僕は希咲先輩の吹いたトマトジュースを置いてあった雑巾で吹きながら希咲先輩を見上げる。

希咲先輩は椅子で脚を組みながら窓の外を眺めていた。

その顔はとても憂いを帯びている様に見えるのだけど、だいたいこういう顔をしている時はなにも考えていないか新しい魔法の呪文を考えている時だ。


希咲先輩は不意に何か思いついた様にペンを取り出し、南京錠のかけられたメモ帳を開いて何かを書き出した。

この場合は何か新しい魔法の呪文を考えついたのかもしれない。


僕がトマトジュースを吹き終えて部室に設置された水道で綺麗にし、干していると部室の扉が開いた。

多分【漫画同好会】の人達が来たのかもしれない。

扉を開いて中に入って来たのは案の定【漫画同好会】の人だった。


2年生、美波(ミナミ) 莉緒(リオ)

多分ゾンビが大好きなのだろう。

僕は美波さんと呼んでいる。

明るめの黒髪は短くカットされていて肩くらいまでしか無い。

肌は希咲先輩と同じくらい真っ白で身長は僕よりも小さい。

基本的に漫画や小説ばっかり読んでいる彼女はあまり喋らない。

でもゾンビの話になるとテンションが上がると言っていた。

前にアイプォーンのイヤホンにはリアルすぎるゾンビのイヤホンジャックが刺さっていたのを見た事があるし。

多分ゾンビが大好きなのだろう。


「…希咲さん…今日はどっち?」


美波さんは小さめの声で言った。

多分今日は【漫画同好会】と【オカルト研究会】のどちらの活動をするのかと聞きたいのだと思う。


「ふふふ。今日は久しぶりの活動だからな。【オカ研】だ!」


珍しく素に近い話し方で希咲先輩は宣言した。

なんやかんやで希咲先輩もオカルト方面が好きなので活動もどちらかと言うとオカルト研究会の方が多かったりする。

その言葉を聞いた瞬間に美波さんは座っていた椅子を立ち上がり、ペンのキャップをとってボードに『オカルト研究会、今日の議題』と書いた。

凄まじく早くて適当に書いたはずなのにその字は習字並みに綺麗で見慣れている筈の僕でも美波さんの動きと字の美味さは慣れない。


「相変わらず上手い字ですね」


「…習字やってたからね…」


いくらか饒舌になった美波さんは表情の変化も多くなる。

少し微笑んでいる様にもみえるその表情は先程の表情からしたら随分と可愛いと思えた。


「では今日の議題をどうするか!ネタがある奴は言うがい!」


相変わらず定まらない口調とキャラの希咲先輩は偉そうな口調で棒を手に取り、ボードを叩いた。

【オカルト研究会】の部員は全員で5人いる筈なのだが…僕はこの2人しか知らない。

前に希咲先輩に聞いて見た事があるのだけど、「…フッ……」と言われただけだった。

1人は3年生でもう1人は2年生らしいのと言う事は美波さんから聞いた事がある。

3年生の卒業までに全員揃った所を見てみたいけどどうなるのだろうかは分からない、


希咲先輩の声に真っ先に手を上げたのは美波さんだった。

僕は基本的にネタを提供するの訳じゃなくてこの2人の会話をダラダラを聞いている役目だ。


「…昨日○○区でゾンビ…「却下ァァ!」…酷い…」


一瞬で却下された美波さんの出したネタは多分ツィーターで流れていたネタの事だろう。

美波さんは僕に助けを求める様に視線を向けて来た。

脈絡のない却下は希咲先輩の特技だが、

なんとなく僕もその話は気になったから良いだろう。


「それ僕も気になるんで聞いても良いですか?」


「うっ…仕方ない。今回はその議題で行こう」


そんな事もあり今回の議題は『昨日の○○区でのゾンビ発生事件』となった。


「映画では良く、噛むと感染するゾンビがよく登場する」


「…厳密には粘膜接触…」


「す、すまん。粘膜接触で感染するゾンビがよく登場する中で、現実世界でもゾンビが確認された例はある」


僕は希咲先輩の言葉に少しびっくりした。

映画の知識が染み込みすぎているのかもしれないけど、そんなゾンビが出てきたら人間なんか全滅しちゃうんじゃないかな?と。


「でもその現実世界で確認されたゾンビは…」


「………感染しない…」


希咲先輩の言葉にかぶせるように美波さんは頬を紅潮させながら言った。

そしてスクリーンを使いボードにパソコンの画像を映し出す。

そこには数年前のゾンビと昨日○○区に現れた1体のゾンビの写真と画像が順番に映し出された。


「ヌーチューブの画像?」


僕はそれがヌーチューブと呼ばれる動画サイトだと思ったのだが、よく見ると画質がだいぶ違う事に気がついた。


「…いや、これはエージェント1の撮影だ」


希咲先輩は事もなさげにいった。


「「え?…」」


それには僕も美波さんも唖然とした。

希咲先輩の準備の良さにも驚いたけど、エージェント1って言う人は確かこの同好会にきていない3年生だった筈。

しかも画面に表示されている撮影された時間は授業中だった。


(その人は授業中に○○区に居たのか…)


思わず【オカルト研究会】のアグレッシブさに脱力した瞬間であった。


「そんな事はどうでもいい。数年前に撮影されたゾンビの写真はよく見ると今回のゾンビと酷似している」


そういって説明を美波さんと交代した希咲先輩は美波さんの座っていた椅子に座り、脚を組んだ。


「…酷似している点は噛まれたとしても感染しない点…それと24時間以内に活動を停止する点…」


らしい…僕は始めて知る内容ばかりで良く分からないけれど、僕の表情を察してくれた隣の椅子に座る希咲先輩が「全世界で1年に2回は確認されているよ」と教えてくれた。


やっぱり感染しないと言うのはゾンビのウイルスとかじゃないのかもしれない。

その後も饒舌になった美波さんの説明は続いたけれど、理解出来たのは最初だけで、殆どは僕には分からない事ばかりだった。



20××年.05月01日.月曜日.夕方



「♪〜♪♪〜♪〜♪♪♪〜〜♪」


チュッパチャプスのビーフジャーキー味を加えながら数年前に流行っていたらしい鼻歌を歌う。

僕がこの歌を知ったのはついこの前なのでちょうど流行には乗り遅れた感じだったけれど、あまり気にしない。

のめり込みすぎる訳ではないのだし、語り合える人がいようがいまいが構わなかった。


公園を横切ると子供達が遊んでいるのが見えたので自転車をおりて押しながら歩く。

わいわいと滑り台やブランコで遊ぶ小学生や砂場で親と遊ぶ幼児をみながらほっこりとする。

じゃいあんはこの時間帯は何処かの塀の上で日向ぼっこをしているのだろう。

この公園では見当たらなかった。


僕の家の周りには猫が多い。

それが高じて猫好きになったのか、

猫が好きだったから猫に目線が行く様になったのかは分からないけれど、猫を見つけたら駆け寄ってしまうくらいには猫好きだった。


公園を抜けて再び自転車にまたがる。

僕の家は公園からだとほんの数分で着くからこのまま自転車を漕げば着く。

ビーフジャーキー味のチュッパチャプスが半分ほどの大きさになった頃、家に着いた。


僕の家は一軒家だけどもそこまで大きいと言うわけでもないありふれた一般的な家だと思う。

そんなありふれているけど僕にとってはかけがえのないその家は二階立てで、僕の部屋は二階にある。

青い自転車を車庫の中に置いてかぎを抜き取りガチャンと自転車の脚を出して固定させて僕は家の鍵をポケットから取り出す。

僕のポケットはいろんな物が入っている。

チュッパチャプスに家の鍵にテイッシュに小銭、他にもいろいろあるのだ。


「ただいまー」


『おかえりー』


ドアを開ければ鼻腔をくすぐるのは何かを炒めた匂いやら湯でた匂いやら。

お母さんのおかえりの言葉など既に聞こえなかった。

ご飯はもう出来上がっているのかな?などと踊る心と鳴るお腹を抑えつつ、靴を脱いでリビングに向かう。

リビングの扉を開けると一気に匂いが僕を襲った。

どうやら今日のご飯は野菜炒めとたらこスパゲティらしい。


「お、おかえり」


まだ中学生の妹は思春期に入ってしまったのか最近は僕にべったりじゃなくなった。

嫌われてしまったのかもしれない…

妹の名前は鷹梅(タカウメ) 冬香(フユカ)、13歳で今年で中学2年生になった。


僕と似た茶色かかった髪の毛をツインテールにしているフユはいつも着ているピンク生地にデスティニーランドのマスコットキャラ、ミギーマウスのプリントされたパジャマを着ていた。

ネズミを人型にしたようなキモ可愛いキャラで、賛否は分かれるけれどだいたい人気だ。

肌は色白くて、僕の周りには色が白い人が多いみたいだ。


「手洗ってうがいしてきなさーい」


「分かってるー」


リビングを離れて洗面所に駆けて行く。

ささっと手を洗い、うがいも数回で済ませて直ぐにリビングへと戻り妹の隣の席に座る。

僕の定位置だ。


「いただきまーす」


妹は既に半分ほど食べ終わっていて、お母さんは既に殆ど食べ終わっていた。

僕もすぐさま残りの野菜炒めを小皿にかき集めとられない様にする。

たらこスパゲティは既に僕の分が盛り付けられていたので海苔をふりかけてレモンをすこし絞ってから食べた。


「…がっつきすぎ…」


フユのその声はもう僕には届かなかった。

僕の家族は全部で5人。

お母さんにお父さん。

そして妹のフユ。

後、今は居ないけれどお姉ちゃんが1人いる。

お姉ちゃんは会った時に紹介する。

この時間だとまだ近くのファミレスでバイト中だとおもうから。


ご飯を食べ終えてしばらくはチュッパチャプスを舐めながらテレビをぼーっと鑑賞している。

今舐めているのは抹茶味。

オーソドックスで美味しいというチュッパチャプス界の名作といえるかもしれない。


微妙に離れて隣に座る妹には既にイチゴミルク味を渡してある。

準備万端。僕はチャンネルを変えて今日の放課後の【オカルト研究会】の帰りに美波さんに勧められ、その流れで押し付けられる様にして渡されたDVDを再生させた。


『ジャジャーン…ヴァーィトォーハァーザァードゥォ』


今世紀の名作、バイト・ハザード。

DVDショップでバイトをしていたジョセフが突如発生したゾンビに対抗する為にDVDを手裏剣にしながら戦う物語で続編が5作品目まででている凄い人気の映画だった。


「ひっ…」


いまフユが怖い映画が苦手な事を思い出したのだけど、まぁいっか。

隣でイチゴミルク味のチュッパチャプスを口から落としかけたフユは今では震えながら布団を被って僕の隣で縮まりながらも視線はテレビに釘付けだった。


『ジョセフ?……』

『…ぅ…ぁ……ガァァッ!!!』

『キヤァァァァァァァァァ!!!!!』


うん。取り敢えず今はもう終盤に差し掛かっている。

かなり面白いんだけどやっぱり心臓に悪いね。


「きやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


そしてホラーのシーンのたびに抱きついてくるフユは心臓大丈夫かな。

寿命がやばいくらいに縮まってそうだからむしろそっちが怖い。

そんなこんなで続編を待て!と出たのでDVDを抜き取ってしまう。

明日辺りに学校に持っていって美波さんに返すとしよう。


「こ、怖かった…」


フユはなにやらブツブツとつぶやきながらリビングの向かいにあるお母さんの部屋に入っていった。

多分怖くて1人じゃ寝れないのだろう。

怖がりなんだから最後まで見なければいいのに…


僕は歯磨きを済ませてから二階に続く階段を登る。

二階には数個の部屋があり、その二つは僕とフユが使っていた。

『ハルヤ』と書かれたプレートのかかっているドアを開ける。


部屋は基本的にシンプルで、机に椅子、ベットや本棚など一般的な物が特にこれといった特徴もなく適当に配置されていた。

でも目に止まるものそれは機械的な装甲を纏った人型のフィギュア。

僕の趣味でもあった。


モビルスーツ、所謂ガンダムと呼ばれる物。

僕はドハマりこそしていないけれども、今時の男の子よろしく機械物が好きだった。

僕は基本的に浅く広くなのでフィギュアも数体しか持っていない。


でもやっぱりガンダムはかっこよかった。

機体の名前なんて知らない人、つまり僕の事だけれど、それでもかっこいいなと思える。

もしかしたは僕の持っている数体のフィギュアはその道の人に聞けば全く違う物かもしれない。

まぁロボットが好きな僕にはそこら辺の違いなんて些細な事だから問題ないけれど。

僕が持っているフィギュアは金色のボディで、胸部は人を載せる為に大きめになっている。

すこしだけ生物的な雰囲気を醸し出す身体のバランスは僕の知っている一般的なガンダムとは少し違って全体的に細身だった。

けれども貧弱さは感じさせないまさにかっこいい感じで、凄く雄々しいと思う。


「いやぁ…かっこいいなぁガンダム。僕もこんな感じのかっこいいガンダムに乗りたいなー」


そんな事あるはずがない。

僕は少し落ちた気持ちをガンダムを眺めながらチュッパチャプスのトマトケチャップ味を舐める事で持ち直した。

ベットでゴロゴロしていると次第に瞼が重くなっていく中で、僕は不思議な夢を見た。

僕にとっては馴染みの深い桐矢 礼奈という少女の記憶の筈なのに見た事のない景色だった。


(なんだろう…この景色は…こんなの知らない…桐矢 礼奈さんの記憶には…無かった筈…)


赤い炎が揺らめいて、黄緑色の蛍光色のような光が線を引く。

金属的な光沢をもつ緑の何かが大きくて真っ黒な何かを貫く。

その景色を桐矢 礼奈という少女の視点で見ている僕。

何がなんだか分からなかったけれど、

その緑色の何かが黒くて大きな何かを阻む様にして戦っている事だけは分かった。


そして桐矢 礼奈という少女が激しい恐怖に震えている事も、視線を共にしている僕には分かる。

どれほど怖かったのか、その場にいた僕には分からないけれども、それが想像を絶するものだという事だけは僕でも分かった。

そこで桐矢 礼奈という少女の記憶と僕の夢は同時に途切れた。



20××年.05月02日.火曜日.朝



意識が深い海から持ち上げられていくかの様に上昇していき、光が瞼を刺激する。

僕はゆっくりと目を覚ました。

僕はガンダムのフィギュアを抱きしめながらベットでチュッパチャプスのトマトケチャップ味を咥えたままだった。


「もががっ…ぷはぁー。あー歯磨き忘れた」


トマトケチャップ味のチュッパチャプスを口から引き抜き、すこし名残惜しいけれどティッシュに包んでゴミ箱に捨てておく。

急いで1階に降りてお風呂と歯磨きをしなければ。


「うるさいわよー」


「ごめんなさーい!」


お母さんはもう起きていたのだろう。

ドタドタと階段を降りる僕の足音がうるさかったのだと思う。

一言だけ謝ってからくちゃくちゃの制服を脱ぎ捨ててお風呂にはいる。

学校まではまだ1時間以上はあるのでシャワーを浴びるくらいなら大丈夫。

シャワーを浴びながら石鹸を泡だてて手で洗う。

僕はそこまで肌が強くないのでゴシゴシと洗うのは苦手なのだ。

男の僕のシャワーシーンなど嬉しがる人はいないからここの描写は割愛する。

お風呂を出たら手っ取り早く歯磨きを済ませてタオルで頭の水分を飛ばす。

その後はドライヤーをかけながら櫛で髪を梳かしていく。


あとは制服のシャツとワイシャツを取り替えて洗いたての黒いシャツと真っ白なワイシャツを着る。

まだ朝と夜は肌寒いので茶色いセーターを着るのも忘れない。

掛け違えないようにゆっくりとボタンをしっかりととめて、それからズボンを穿く。

すこし順序がおかしい気もするけど気にしない。

ずっと昔からの癖だから治らないのだ。


リビングのドアを開けると既に妹のフユが中学の制服を着てバックをしょっていた。

早いと思うかもしれないけれど、運動部に所属している中学生の朝練の時間は大体このくらい。

テーブルを見ると既にご飯が並べられていて、お母さんは半分ほど食べ終えて、お父さんも半分ほど食べ終えていた。


「ん?おはよう。ハル。今日はもう行くのか?」


お父さんは僕が制服に着替えているのを不思議がっているのかもしれない。いつもこの時間帯はパジャマでぼけっとしている時間帯だから制服を着ている僕を見て驚いているのかもしれない。


「いや、昨日お風呂に入る前に寝ちゃったみたいだからさっきお風呂に入ったんだ」


「そうだったのか」


疑問が解けたのに満足したのかお父さんは再びご飯に箸をつけはじめた。

今日のご飯はハンバーグ。

朝からがっつり過ぎると思うけれどお母さんもお父さんも元気な人なので諦めるしかない。

お姉ちゃんはまだ寝ているのかハンバーグだけが湯気を立てながら寂しそうにしていた。

しばらく経つと二階からギシギシと階段を降りる音が響いてきた。


お姉ちゃんの部屋は僕の部屋とフユの部屋とはすこし離れた場所にある。

つい最近、バイトで疲れているお姉ちゃんを刺激しないようにあえて部屋を離したのだ。


「あ"〜おはよぉ…」


ちょっとハスキーな声をリビングに響かせながら疲れた顔を覗かせたのは鷹梅家の長女。


鷹梅(タカウメ) 香瑠(カオル)


19歳で僕の2つ上。

今は大学に通っているらしい。

僕は香瑠お姉ちゃんと呼んでいる。

少し男っぽい声なのでせめて名前くらいは女の子っぽく呼んで欲しかったらしい。

そう呼ぶと呼ぶと香瑠お姉ちゃんの顔が緩む。

黒い髪は毛先にパーマをかけているのか、

ふんわりとしている。

顔は雪の様に白くてきめ細かい。

あれで手入れも何もしていないと言うのだから女性の敵だと思う。

身長も高くてスタイルも抜群。

ナンパは後を絶たないらしいけれども、しつこい相手には痴漢撃退法を容赦無く実践する。



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1.暴漢が前から襲ってきて、首を閉めようとしてきたら。

2.素早く頭を下げ、前かがみになって相手の腕を躱します。

3.身体を伸ばし、相手の顎の下目掛けて頭突きで攻撃します。

4.続けて、股間を狙って膝蹴りを入れます。

5.相手が苦痛のあまり前かがみになった時、首筋に肘を打ち下ろします。

6.次に相手の頭を両手で抑え込み、顔面に膝蹴りを思い切り打ち込みます。

7.倒れこんだ相手の後ろに立ち、脇腹部分に狙いをすませて自分の利き足を高く振り上げます。

8.振り上げたかかとを相手の脇腹に打ち込みます。以上1〜8は連続技です。


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といったツィーターに載っている事を平気でやる、他人には容赦ない人なのだ。

しかも複数の相手には脈絡のないラリアットからのダブルヘッドロックで意識を落として警察に持っていくという鷹梅家のおっとりとした気性からは明らかに突然変異な人物。

それが香瑠お姉ちゃんなのだ。

香瑠お姉ちゃんの愛情は家族にしか向けられない。

これ本当。

でも友人にはツンしかないけどそこが良いと人気らしい。

香瑠お姉ちゃんの友人関係をお母さんとお父さんが心配したのも無理はないと思う。


そうこうしているうちに家を出なくちゃいけない時間が近づいてきた。



20××年.05月02日.火曜日.放課後



時間は飛んで放課後。

今日の日中は特にこれといった出来事は無かったと思う。

強いていうなら朝、廊下をトモと歩いていると女の子とぶつかって舐めていたチュッパチャプスのもつ鍋味を落としたことかな。

拾おうとしたもつ鍋味のチュッパチャプスは消えていたので親切は人がかたしてくれたんだと思う。


後は休み時間に食堂に行ったらまた人混みからパンが飛び出してきた。

今度は電話番号が書かれた手紙が【購入済み】のシールと一緒に貼ってあったので電話でお礼を言って、代わりにチュッパチャプスのアンチョビ味を置いといた。


あと今日は今週に入って始めて咥えていたチュッパチャプスを抜き取られたのだ。

慌てて追いかけたけれど体力のない僕は直ぐにチュッパチャプス強奪犯の姿を見失ってしまう。

なので校庭の端っこにあるベンチで座っていると女の子が慰めてくれたのだ!

しかもさっきまで僕が舐めていたチュッパチャプスとは違う味までくれるという。

僕はそこで天使をみた気分になったね!

思わずありがとうといって手をとってしまい、その流れで女の子の瞳に引き込まれそうになったけど、そこでやっぱりトモが引き止めてくれた。

また流されそうになった僕だったけど、トモがいる限り大丈夫だと思う。


そんないつも通りの日常といっても差し支えない一日を過ごした僕は現在、【漫画同好会】で二日連続の【オカルト研究会】としての活動に参加していた。


「今日は我が城に訪れた哀れな羊達に我の弁舌を……まぁいい。取り敢えず今日の議題は先日の『昨日の○○区ゾンビ発生事件』での追加情報を議論したいと思う」


相変わらず適当がデフォルトの希咲先輩は面倒になったのか大仰な口調をやめて簡潔に議題を述べた。


「…追加の情報とは…?」


僕と同学年の美波さんが少しだけ目をキラキラさせて希咲先輩に詰め寄る。

自分の知らないゾンビの情報が早く知りたいんだと思うけどいつもとのギャップがあり過ぎる。


「うっ…近寄るな…我に近寄るとっぁぁっ!!分かった!分かったから!!」


希咲先輩は最初こそ偉そうな口調で格好つけていたけれど本物のゾンビのように近寄る美波さんの気迫には耐えられなかったみたい。

最初から教えてあげればいいのに…


「はぁ。先程、エージェント2による情報提供があった」


先程ってまだ6時間目の最後の方じゃん…

そう思ったけれどももう突っ込む気力は湧かないし、もともと僕は突っ込みキャラじゃない事を思い出して諦める。

この部活には突っ込みキャラがいないことに気がついたけれど無視した。

気にするだけ無駄だからね。


「まず先日、別視点から観測していたエージェント2の情報提供により新たに判明した事がある。それはサーモグラフィーによる熱源反応にゾンビが真っ青な反応を示した。つまり体温が確認されなかったのだ。それが示すこ事とはつまり…」


「…狂犬病の類ではなく本当に生命活動を停止している…」


「そうだ。現実世界で確認されたゾンビは確実に死んでいたのだ!」


「…おぉ…」


美波さんがやや大げさに驚き、希咲先輩はエージェントさん達の手柄を独り占め。

昨日と大して変わらない内容だったけれど、つまらないとは思わなかった。

昨日バイト・ハザードを見たからかもしれない。


「…次に日本で発生したら日本政府に鹵獲される前に捕獲しようと思…「却下ァァァ!!」…ケチ…」


なんか大変な事を口走りかけた美波さんは置いといて、なんやかんやで今日も平和な学校生活は終わった。


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