No.7 彼女からの電話
明日の約束……
金曜日の朝、玄関を出ると僕は何時も通り学校に向かう。
あの日から少し変わった登校時間。通学路から少し外れ、小道を通り駅に向かう。そして改札口の隣で彼女を待つ。付き合い始めて二日目の昼休みに、駅から学校まで一緒に歩くと決めたのが、僕達二人で決めた最初の約束。
これから二人で色々な約束をしたりするのかな?
そんな事を考えながら彼女を待つ。ホームからアナウンスが聞こえ、電車がゆっくりと入って来る。この町の小さな駅に停車する朝の電車は、通学や通勤の人達で一番の混み合いを見せ、改札口から次々とスーツ姿の大人達や制服姿の中高生達が溢れ出て来る。
テレビで見る都会の通勤風景に比べれば少ないのだろうが、それでも僕にしてみれば、こんなに多くの人達がこの町にいると実感する風景だ。そんな人の流れの中には当然同じ学年やクラスメートの姿も見える。
待ち合わせ初日、朝に駅にいる筈のない僕を見て不思議そうにしていたが、彼女が僕のそばにやって来たのを見て“彼女待ち”だと分かると、驚いた表情やニヤニヤと嫌な視線を向けられた。
それは数日過ぎた今も続けられ、僕を見つけると『アツいですねぇ〜』とか『あら、リア充君、おはよう』『裏切り者め!』と声を掛けて通り過ぎて行く。
話題性に乏しい田舎の高校ではこの手の話題は尾鰭が付く。隣の家のお兄さんは彼女が出来たら知らない内に子供が三人いると噂になって大変だったと話してくれた事がある。
僕にどんな噂が流れているか知るのが怖い……
彼女が改札口から出て僕に小さく手を振り駆け寄って来る。僕達は笑顔で挨拶を交わすと学校に向かって歩き始めた。
放課後、彼女を駅に送り、僕も家に向かって県道を歩いていた。家に帰る足取りが軽い。理由は分かっている。
昼休みに彼女と週末に会う約束。デートの約束をしたからだ。
「くぅ──っ! 楽しみだなぁー!」
僕は誰も居ない県道で一人、思わず拳を握り締めてしまう。彼女が僕の家を見てみたいと言って、家に遊びに来るだけだが、これはデートだろう。家デート!
「おじさんにも報告しとくかな……」
僕は何時もの様にガードレールを跨ぐと防風林を抜け砂浜へやって来た。そこにはやはり何時もの様にオジサンがブロックに腰掛けて海を眺めていた。
「こんにちは。オジサン」
「おお、少年。何だか顔がニヤけて気持ち悪いぞ?」
挨拶をしたら顔を貶された……
でも、そんな事で今日の僕はへこたれない。オジサンにデートの話をしてみると、うんうんと頷き、ポケットから取り出したペットボトルを僕に渡す。今日はオレンジだった。
しかしこのオジサン。コートのポケットに何時も飲み物や食い物が入っているな? 毎回貰ってばかりだから、今度何か買って来よう。
僕がそんな事を考えていると、オジサンは少し嬉しそうに僕を見る。
「少年。良かったな。私も縁結びの神として手伝いが出来て嬉しいぞ。本来なら賽銭の一つも貰いたいが、まあいいだろう」
「オジサンが神様ならどう見ても飲み物の神様だよ。縁結びには見えない」
「むっ? 散々相談しに来たのに冷たいぞ。少年。明日のデートに車か何か乗り物でも貸してやろうかと思ったが、そんな態度ではデートを追跡して冷やかしてやるぞ」
「止めてくれよ。家デートだから乗り物なんて要らないよ。自転車あるし、そもそも免許証無いから車は無理だよ」
「そうか……残念だ。飛びっきりのヤツに乗せてやろうかと思ったんだがな」
そんな他愛もない話をしていると、オジサンがふと、僕に質問してくる。
「ところで少年、部屋のアレは片付けたのか?」
僕はオジサンが何を言ったのか分からなかった……
「彼女にアレが見つかると大変じゃないのか?」
……ああ、浮かれて忘れてたよ。ありがとう。オジサン……上手く隠すよ。
僕は立ち上がり、オジサンに礼を言うと砂浜を駆け出した。
「ベッドの下は止めておけよ!」
砂浜を駆ける僕は片手を上げてそれに応え、ミッションを遂行する為に家に向かう。
そう、ヤキモチ焼きの彼女に見つかればもう僕の手には帰って来ない。
夕焼けに染まる県道を僕は全速力で駆け抜けた。
翌日 家で待つ僕の元に彼女から掛かった来た電話は、交通事故に遭った彼女が震える声で『会いに行けなくて……ゴメンナサイ』と告げる。別れの言葉だった……