No.6 デートの服装
僕は彼女とデートした。
そう、僕は彼女と初めてデートをした。待ち合わせ場所の駅の待合室に立つ彼女は、綺麗な黒髪を揺らして人が通るたびにキョロキョロしていた。
薄いピンクのレースシャツに空色のボトムパンツと可愛い花柄のサンダル。本当はサンダルじゃなくてミュールとか言うらしいが、僕にはその手のファッション系の違いが分からない。
制服姿の彼女しか見た事がなかったけど、私服姿を初めて見て、改めて可愛いと思ってしまった。
女性の服装は何処でもいいから必ず誉めろ! とオジサンは言っていたが、オジサンに言われるまでもない。今日の彼女は普段の五割増しで可愛い。
折角の初デートなのだから、遊び場の多い賑やかな隣町に行こうとしたのだが、彼女は初めてのデートでやりたい事があると昨日の電話で僕に教えてくれた。
僕が育ったこの町を二人で歩いてみたいと言って、毎日通学している筈の代わり映えのない地元の町が、初めてのデートコースになった。
彼女は隣県からこの高校に電車で通学していて、学校が終わると直ぐに電車に乗らないと帰宅時間が遅くなってしまう。 その為、余りこの町をゆっくり歩いた事がないそうだ。
そうまでして余り有名でもないこの高校に来た理由を聞いたのだが、彼女は『秘密です』と恥ずかしそうに笑って教えてくれなかった。
日も傾く頃には、ちょっと歩き疲れたけど、楽しそうな彼女を駅に送り、手を振りながら発車を見送ると初デートも終わりを告げた。
電車を見送りながら、今日のデートを思い出し、嬉しい反面、もう少し一緒に居たかったと少し寂しい気持ちで家に帰る。
海岸沿いの県道を歩きながら、オジサンにデートの報告をしようかと、何時も通り砂浜に行ってみると、何時もの場所にオジサンは座って海を眺めていた。
「おお、少年。デートはどうだった?」
僕の足音に気付いたオジサンが振り返りながら声を掛ける。オジサンの手には缶ビールが握られていたが、当然、僕にはビールではなく、スポーツドリンクの缶を渡してくれた。
「楽しかったよ。ちゃんとアドバイス通りに誉めたら、喜んでくれたし」
「そうか。それは何よりだ。彼女はどんな格好だった?」
少しホロ酔いのオジサンは彼女の服装が気になっていたのか、嬉しそうに聞いてくる。だが、僕が彼女の服装を伝えると、オジサンは少しガッカリした顔をする。
「何だよ、オジサン。そんな顔して?」
「いや、デートはやっぱりスカートだろ? ボトムパンツはありえん!」
何をガッカリしたのかと思えば、彼女がスカートでなかった事にガッカリしている様子だった。
「別にスカートなんて、制服で毎日見てるよ? パンツ姿の方が新鮮だったよ」
「いや、デートと言えばスカートだ! 彼女にそういって見ろ! ヒックッ!」
……オジサン、変なスイッチ入ってんな……
そんなにスカートがいいのか? オジサン、そう言えば、前にスカート捲りしてたって言ってたな……?
「……別にどんな格好でもいいよ。どんな服でも彼女に変わりはないよ」
「何を言ってるんだ? 中身は言うまでもない。だが、外見が変わるだけでこっちの気持ちが変わるだろう! 私が学生の時なんか、メイド服とか拝み倒して着て貰った事があるぞ! あの時の感動は忘れない……」
「……いや、オジサンの趣味はどうでもいいよ」
「少年だって違う服装を見れて喜んだのだろう? 何の為に多くのスカートがあると思っているのだ? 外見を気にしないと言うのであれば、全身タイツでもいいのか?」
「うっ、確かにそうだけど……でも」
「……少年。これ程言ってもスカートの良さが分からんのか……? それは心が病んでいるからだ!」
「……寧ろ病んでるのはオジサンの頭だよ!」
オジサンとの言い争いは暫く続き、オジサンはスカートの素晴らしさを延々と語り出す。
折角の楽しかったデートの気分も沈む夕日と一緒に何処かへ行ってしまった……
ホロ酔いのオジサンにスカートの話は禁句だ。今度から気を付けよう……
そう思いながら、オジサンのスカート講義が終わるのを僕は波の数を数えながら聞き流した。
「……だからな。スカートは宇宙を救う鍵なん……おい! 少年。聞いているのか?」
「帰りてぇ………」