No.5 告白とシュークリーム
オジサンはその日、泣いていた。
僕は今日も彼女を駅まで送ると、オジサンに会いに砂浜へ向かった。
防波堤を登り、防風林を通り抜けると、砂浜のコンクリートブロックに座る茶色いコートの後ろ姿が目に留まる。
「こんにちは。オジサン」
僕が声を掛けるとオジサンは軽く頷き、僕に座るように手招きすると、ポケットから手のひらサイズの何かが入った紙袋を二つ取り出し、僕に一つ渡す。
……何時もは飲み物なのに、どうしたんだろう?
この袋に何が入っているのか疑問に思い。オジサンを見ていると、紙袋から取り出したのはシュークリームだった。オジサンは海を眺めながらシュークリームを食べ始める。その様子を見ていた僕も紙袋を開け、シュークリームを一口食べる。
……カフッ……
気の抜けるような音と食感。想像していたクリームの食触が無い。シュークリームの噛み痕を見ると、シューの中に肝心のクリームが無かった……
「……オジサン。何これ?」
「エアクリームシューだ」
「それだけ聞くと軽い口当たりの美味そうなクリームみたいだけど、欠陥商品だよ! 空っぽだよ! エアギターとかエア友達の仲間? 僕には見えないよ! 新しい嫌がらせかよ!」
「少し昔の話しをしよう。あれは……」
「僕の話し聞けよ!」
「あれは、今から百数十年前。初めて告白した時のことだ……」
僕の抗議もなんのその。オジサンは何時も通り恋愛話を話し始めた。
何だよ百数十年前って……
「告白の定番と言えば、少年のように学生ならば、学校や通学路。公園などある程度の身近な自分の行動範囲で呼び出し可能な場所が主流だ。後は携帯電話やメールだな? もし、少年が今の彼女にフラれて次の女性に告白するなら、直接的な告白をお勧めする」
「まだ付き合って数日なのに、フラれる事を前提で話すなよ!」
「どうせフラれるなら、冥土の土産に相手の顔を見ておけば、すっきり諦められるだろう? まあ、少年の事はどうでもいい。私の話だが……」
「今、どうでもいいって言った? 言ったよね! 今!」
「……気の所為だ。黙って話しを聞けないのか? 私がお勧めする告白場所は海だ。男なら一度はやってみたい告白スポットだな。此処の砂浜でも偶に告白している男を見るぞ。私も海で告白した事がある。此処ではないが、別の海に友人達と遊びに行った時の事だ。丁度今頃の時期だったな……入学式で初めて彼女を見て、一目惚れだった。彼女が目に入った瞬間、身体が動かなくなって、目が離せなくなった。小説風に言うなら運命の出逢いだな。それから何度か話したが、どんどん好きになっていった。それから暫くして、クラスの友人達と海に行く事になってな。勿論、彼女も一緒だ。その日に告白しようと決めた私は、前日からどう言おうか考え続けた……場所は何処がいいか。二人っきりになれるか? カッコ良く言いたい。彼女はどう思うだろう? 嫌じゃないか? 断られたらどうしよう……有りと有らゆる事を考えた。そして、その時はやって来た。波打ち際で彼女が貝殻を拾っている時、運良く一人になったので、俺は彼女の隣に歩いて行き、声を掛けた。本当は格好良く、色々な事を言おうと考えていたが、彼女の顔を見た瞬間、そんな考えは吹き飛んでな……『好きだ。俺と付き合ってくれ』と言っていた」
……海で告白か……上手くいったのかな? 僕はオジサンの横顔を見ながらの話しの続きを待った。
「……ちょっと吃驚して嬉しそうに笑う彼女のあの顔は今でも覚えている。嬉しくて、海に向かって叫んだら友人達にバレて、顔を真っ赤にした彼女に初めて怒られたな……」
オジサンの口元が僅かに笑っていた。僕は告白されて付き合ったけど、オジサンは自分から告白したのか……ちょっと尊敬する。今まで僕は一目惚れとか、そこまで好きになった人がいなかったから……まあ、今は彼女の事が一番だけど。
太陽が西に傾き始め、僕達の座るコンクリートブロックに防風林の影が伸びて来る。オジサンのコートが影に染まり、色合いを濃くしていく。
「……しかし、その思い出の砂浜も、数十年前の津波で今は海の底……もう見る事は出来ない……それでも、彼女と、あの砂浜からの景色は今も鮮明に私の心に映し出される。……このエアクリームシューのクリームのようにな!」
食べかけのシュークリームを僕に突き出し笑顔を見せるオジサン。突き出されたそのシューをよく見れば中にクリームが入っていた……
「オジサンのシュークリームには何でクリーム入ってんだよ!」
ニヤリと笑うオジサンの目尻には、微かに涙が浮かんでいた………
僕にもこれから忘れられない思い出が出来るかな………
空っぽのシューの中を覗き込み、僕は見えないクリームを探していた。