No.1 浜辺のオジサン
僕の出逢ったオジサンは、凄く変な人だった………
何しろ自分の事を『自分は縁結びの神様なのだ』とか、『自分探しの旅をしている旅人だ』とか言っていた痛い人だったから。
まあ、サラリーマンだと言っても全く信じる気は無かったけどね。
オジサンとの初めての出逢いは、僕が初めて告白された日の帰り道。近所の砂浜に座り、海を眺めていた時に相談と言うか、助言みたいな感じで話しをしたのが最初の出逢いだ。
どちらかと言うと、初めての告白に悩んでいた僕が、からかわれたと言った方がしっくりくる。
あの日から僕は、砂浜へ行ってオジサンに恋愛相談をする様になった。相談と言うよりは、一方的にオジサンの恋愛話を聞いていた気もするけど………
砂浜のコンクリートブロックに座り、海を眺め、打ち寄せる波を数えながらオジサンと話した日々の思い出が、とても鮮明に僕の心に残っている。
今日も砂浜のコンクリートブロックに座り、おじさんに逢えるかと打ち寄せる波を眺めていた。
ふと隣りを見ると、いつの間にか僕の隣に缶コーヒーが置かれていた。
その缶を手に取り、ラベルを確認する。どうやら普通の缶コーヒーのようだ……
クスリと笑い、僕はその缶コーヒーを軽く振って一口飲む。甘めのコーヒーを選ぶセンスは、あの人らしい……
潮風と混ざった甘い香りが、あの人と出逢った日の事を僕に思い出させる……
……思い出してみよう。波を数えながら覚えてしまったオジサンの恋愛話。
あの晴れた海辺で、打ち寄せる波のように、途切れる事なく喋り続けた。あのオジサンのくだらない恋愛の話を………
◆
◆
あの日……
僕は、生まれて初めて告白された。
学校の昇降口の真ん中で、見慣れない女の子に両手で封筒を突き出され、告白された。
手紙を持ち、真っ直ぐに突き出された白い手と、細い両腕の間に、黒くて艶やかな長い黒髪と、右巻きの旋毛が僕の目に映る。
手紙を突き出し、頭を下げたままの女の子は、突然の事に驚いて動けない僕が、手紙の受け取りを拒否してると思ったのか、恐る恐る顔を上げる。
やはり初めて見る女の子で、卵型のツルンとした輪郭の顔が、頬を真っ赤にして此方の様子を窺っていた。
同級生ではない……セーラー服の胸にある学年章から、この四月に入学して来た一年生だろう……
緊張して、ぎこちない動きの僕の右手が手紙を受け取ると、女の子はパーッと笑顔になって校舎の中へ駆け出し、いなくなってしまった。
その日は朝から女の子と手紙の事で頭が一杯になり、昼休みには昇降口の出来事を知った友人達の追求を逃れ、図書室の隅で動物図鑑に隠しながら手紙を読んだ。
手紙には、あの子の名前や色々な事が書いてあり、手紙の後半には僕の事が好きだと書いてあった。そして最後に『明日の朝学校の近くの公園で返事を聞きかせて欲しい』と書いてあった。
放課後、部活動をしていない僕は、一人で家に向かって歩いていた。僕の学校は海辺の町にある。小さな漁村が発展した町で、それなりに人口もある。まだ時期は早いが、夏には海水浴客でそれなりに賑わったりもする。
夏には大渋滞になる学校から家までの帰り道。海沿いの県道を歩きながら、僕はあの子の事を考えていた。
(告白されたのは、初めてだ……まあ、告白した事も無いけど……)
『悩んだ時は海を見ろ』と、僕の亡くなった祖父が言っていたのを思い出す。何も考えず、ぼーっとするのが、一番良いらしい。
ガードレールを跨いで、コンクリートの防波堤を登ると、防風林の間から夕陽に輝く海と砂浜が見える。まだ海開きの時期ではないから掃除のされていない砂浜には、打ち上げられた昆布や海藻、空き缶等のゴミが目に付く。
砂浜の端にある砂止めの長いコンクリートブロックに座り、僕は海を眺める。
静かに響く波の音に耳を傾け、波の泡をボーっと眺める。
二十分位そうしていると、僕の隣に、いつの間にか三十代位のオジサンが座っていた。
それが、僕と、このオジサン。白波稲枝との初めての出逢いだった………