No.10 ユウジンロケット
僕は家を飛び出し自転車に飛び乗ると一目散に砂浜を目指して走った。
こんな事を相談出来るのはオジサンしか思い浮かばなかったからだ。
確か車を持っている話を昨日したから、それに乗せてもらえれば自転車よりは断然早い。
県道を全力で走り続け砂浜の近くまで来ると自転車を飛び降りて歩道を走り、ガードレールを飛び越え堤防を駆け上がり砂浜へ出る。荒い呼吸でカラカラの喉を目一杯、海に向かって震わせる。
「オジサ─────ン!」
砂浜に響き渡る僕の声が波の音に消され、荒い呼吸の音だけが耳に残る。
ガクガクと震える膝を両手で抑え、俯き、泣き出しそうになる僕の背中に何時ものあの声が聞こえた。
「……呼んだか? 少年」
慌てて振り向いた少し滲む視界に、何時ものヨレたコート姿のオジサンが、砂止めブロックに座っていた。
僕は慌てて近寄ろうと、砂浜に脚を捕られるが、何とか近寄り、オジサンに事情を話す。
「……そうか、彼女に逢いに行きたいか……」
オジサンは少し悲しそうな顔をすると、砂浜に歩き出す。
慌ててオジサンの後を追いかけると、オジサンは砂浜を指差し、『砂浜に寝ろ』と僕に言う。
一刻も彼女の処へ行きたい僕は、オジサンにそんな暇はないと喚き散らすが、オジサンは僕の腕を掴むと、強引に僕を投げ飛ばし、砂浜へ叩きつけ、起き上がろうとする僕の顔を踏みつける。
「少年。今日でお別れだな……中々楽しかったぞ……」
顔を踏みつけたままオジサンはそう言うと、僕の手に何かを握らせる。
「……今、渡したのは仙人丸。どんな怪我でも万病でもあっという間に治る仙薬だ。彼女に飲ませてやれ」
僕はオジサンが何を言っているか、分からなかった……仙人丸?……仙薬? 何だよそれ?
「それでは少年。彼女の処へ飛んで行け」
オジサンは僕の顔から脚を退けると、数歩離れて柏手を打つ。
「……我は流れし縁を結ぶ土地の神。白波宮豊穣稲枝の真名により彼の者の願、叶え賜え!」
僕の周りの砂浜が震えだし、砂が僕の手脚を絡め取ると砂浜が盛り上がり、瞬く間に形を変えていく。
驚いて言葉を失っている内に砂の動きが止まり、僕の背後には外国のニュース番組で見るような砂の発射台に横たわるミサイルのサンドアートが出来ていた………
「……少年、彼女と仲良くな……」
オジサンはポケットから自転車のグリップみたいな物に赤いボタンの付いた、如何にもミサイルの発射装置みたいな物を取り出す。
「……ちょ、ちょっと、オジサン! なんだよコレ!」
「……友人ロケットだ!」
「有人違いだろ! どう見てもミサイルだよ! 僕をミサイルに縛り付けてどうすんだよ! そんな友人見た事無いよ! 僕を殺す気かよ!」
「……早く、彼女の処へ逝きたいのだろう?」
「まだ死んで無いよ! あの世で仲良くなれって事? もしかして今日でお別れって、僕がお別れなの?!」
オジサンはニヤリと笑い、赤いボタンを親指で押し込む。
ゆっくりと発射台が、せり上がり、四十五度の角度で止まる。
「……達者で暮らせ。少年」
オジサンがもう一度ボタンを押すと、背後のミサイルが震え始め、砂を吹き出し、勢い良く大空へ飛び上がった。
「……ちょ……オジサ────────────────ン!!」
発射の加速に耐え、眼下に小さくなっていくオジサンを見詰め叫び声を上げた。
身体に物凄い風圧と重力が伝わる。修学旅行で遊園地に行った時に乗ったジェットコースターの数倍の力に押さえ付けられて身動きが出来ない。
微かに開けた目から眼下を見れば、青い海と海岸線が見える。
「降りる時はどうすんだよ──!」
広い空に向かって叫び声を上げるが、こんな空の上では誰も聞いてはくれない。
そして徐々にミサイルの角度が変わって来るのを感じる。
……高度が下がっているのだ。
足元を見れば発射前は僕の足より下にあったミサイルの端が膝の当たりまでしか無い。砂を噴き出して飛んでいるからミサイルが短くなっているのだ。
このまま短くなって空に放り出され地面に落ちるのかと思っていると、短くなったミサイルが形を変え、砂が僕の周りを包み込む。
暗闇の中、僅かな衝撃と共に光が差し込み砂が崩れる。一瞬の眩しさに目を細めた僕の視線の先には路面に倒れたまま僕を見ている彼女の姿が見えた。
急いで駆け寄り彼女を抱き起こす。彼女は額や腕、腹部からも出血して脚は有り得ない方向に曲がっていた……
それでも、彼女は僕を見て笑みを浮かべる。
「……会えて……良かっ…た……」
涙を浮かべる彼女を安心させる様に仙薬を彼女の口元へ運び、優しく声を掛ける。
「大丈夫だよ。オジサンに貰ったこの薬を飲めば直ぐに良くなる。口を開けて……」
まるで最後の言葉を聞く様に力無く笑う彼女に僕はオジサンから貰った仙薬を彼女の僅かに開いた唇に押し当てゆっくりと飲ませる。
彼女が薬を飲み込んだのを確認するとその後の変化は劇的だった。
彼女の血塗れの顔が、腕が、脚が、テレビの巻き戻しの様にみるみる元の綺麗な姿に戻っていく。
僕も彼女も言葉を失い、怪我の治っていく様子をただ見ていた。数十秒で彼女の身体は怪我一つ無い綺麗な姿に戻り、彼女は僕に支えられながら立ち上がる。
不思議そうに自分の身体を眺める彼女を見て、僕は彼女を強く抱き締めた。
(ありがとう……間に合ったよ……)
それから僕達はオジサンに御礼を言おうと砂浜に行ったのだが、夕暮れの砂浜にオジサンの姿は見えなかった。
それから毎日、学校が終わると砂浜へ足を運んだがオジサンに会える事は無く。僕と彼女がオジサンに御礼を伝える日はやって来なかった。




