第2話 インターセプター部隊
20XX年・・・世界は活気に満ちていた。
これまで枯渇寸前にあったエネルギー源である石油・・・その元となる油田が相次いで発見されたからだ。
その総量数は、今後何百年と使い続けても有り余るほどに・・・。
それにより、世界は再びバブルの時代へと逆戻りした。
それに伴い、車社会が急激に発展し、高級車は勿論、スポーツカーやスパーカーが、誰でもちょい頑張れば手に入る時代となったのだ。
だが、新たな問題が浮上してきた。・・・走り屋の脅威である。
公道を我が物顔でレースに明け暮れる者達は世界中で大量発生・・・いまや国際問題になっている。
時速何百キロで暴走する彼等、彼女等の駆る車両は、走る凶器となんら変わらない。事実、交通事故による死亡率がここ数年で急上昇したのは言うまでもない。
違法改造に違法改造を繰り返したマシンは、普通の警察では手に負えなくなってきた。
事態を重く見た政府は、世界中にのさばる彼等を検挙するために特殊部隊を組織した。それこそが、緊急時高速車両追跡特殊部隊・・・通称、【インターセプター部隊】である。
超高速車両の追跡を専門とするその部隊・・・勿論、乗っている車両は、走り屋のレースを阻止するためにありとあらゆる改造を施されたモンスターマシンだ。
更にこの部隊には、検挙時に限る公共物の破損、一般車両への接触が許されている。
つまり、【追跡中に限り、いかなる物を破壊しても良い】ということだ・・・しかし、最低条件として【いかなる手段を講じても構わないからレースの中断、及び被疑者を逮捕する】ということが絶対となる。
言い忘れていたが、インターセプター部隊にも当然格付け(レベル)という物が存在する。
Lv1~20まであり、最大の20だと最早有名人同然である。映画のスターよりも有名になる。
しかし、その道のりはかなり厳しいものだ。
レベルが上がれば上がるほど、追う側も追われる側も車のスピードが上がっていく。
Lv20では【ENFORCER(執行者)】の称号が与えられ、そいつらの追跡スピードは最大で時速400km/hだ・・・新幹線よりも速いぞ。
乗れる車も、ランボルギーニ、フェラーリ、ケーニッグゼグ、ブガッティ、パガーニ、ポルシェ、マクラーレンetc...どいつもこいつも素のままでも十分速い車ばっかりだ。
「羨ましいぜ」
と、一気に新聞を読んでいた俺は現実に引き戻された。
一覧をデカデカと飾っているのは、【イタリアのパガーニ社、ゾンダの後継機としてHUAYRAが誕生!!】とあった。
写真は白黒だが、その洗練されたスポーティなボデーは、否応なしに人を魅了して止まない。
次の記事を見ると・・・【日本のレクサス社、初のスーパーカー完成間近!?インターセプター部隊への参入はするのか!?】とあった。
「レクサスか、高級車ってイメージがあるけどな・・・いったいどんな風に仕上がるのやら」
非常に興味深い。
日本車でインターセプターへの参入は中々難しいと聞く。
しかし、既に参入済みの車は、どれもこれも他社に引けを取らない優秀な性能だ。
日産のGT-Rを初め、フェアレディZ34、スバルのインプレッサ、マツダのRx-7、トヨタのスープラは脱落したが、代わりに新型の86が参入した。
ハイウェイパトロールでは、確かにアメリカのクライスラー社のダッジ・チャージャー、ダッジ・チャレンジャー、ダッジ・バイパーやシボレー社のカマロとかが優秀だ。馬力が段違いなのだ。
しかし、峠や曲がりくねった道では、日本車が本領を発揮する。
「スゲー奴はコーナーの内側ギリギリでドリフトしてたな」
そいつはRx-7の使い手だったな。
そいつ曰く、【馬力がデカけりゃ良いってもんじゃねぇ】
「含蓄あるありがたーいお言葉だったな」
さらにペラペラと新聞を捲る。
「・・・」
すると、あるページで目が止った。
【インターセプター部隊隊員、2人死亡】
「・・・今月に入ってもう何人目だよ」
この仕事は常に命の危険が伴う。当然といえば当然か・・・だが、インターセプターの隊員が死ぬのは大きな意味を持つ。
もしそれが追跡失敗だった場合、それは部隊全体の威信の失墜に関わる。
警察官が、犯罪者に負けた・・・極端な話はそう言うことになるのだ。その後は、言うまでもない。
少なくともまともな処置はとられないだろうな。
だからこそ厳正な審査の上で優秀な人材を部隊にスカウトする。
「最近部隊加入の審査甘いんじゃねぇのか」
と、一人愚痴りながらコーヒーを啜る。すると・・・
「あ、アオイ先輩おはようございます」
挨拶されたので、そちらの方向に視線を移す
「よう、おはようさん」
そこには、ブロンドの髪の毛を後ろで一括りにした美女が立っていた。
この女の名前は、アニエス・・・昨日の暴力女の双子の妹である。因みに姉の名前はアイリス。
どちらもブロンドの髪の毛なのだが、妹と違い、あちらは手入れが苦手なのかどうか知らんが、ヒドイ癖っ毛だ。
「新聞を読んでいたんですか?」
「まあな」
「・・・また人が死んだんですね」
「そうみたいだな」
「先月にも1人・・・今月を合わせて5人の人が殉職するなんて、悲しいです」
「そうかぁ?単純に運か実力が無かっただけだろ」
「そんな酷いことを言ってはいけませんよ」
「いちいち同情してたらキリねぇぞ。聞く限りじゃ、この仕事命なんて綿飴並に軽そうだからな」
追跡中に死んだら最後、良くやったと褒め称えてくれる奴なんて居ないんだろうな。
被疑者全員を逮捕することが絶対条件・・・出来て当たり前のことだからな。
「それは否定しません・・・けど、だからといって、罵倒するのは可哀想です」
「はいはい」
また始まったよ、こいつの説教癖。ある意味姉以上に頑固者だからなぁ
「めんどくさ」
「誰がめんどくさいですってぇ?」
「はひ」
ガシッと襟首を何者かに捕まれた。
「あ、お姉ちゃんおはよう」
「ハロー、アニエス。で、アンタはいつまでサボっているわけ?」
「いやなに、ハハ・・・社会勉強の為に新聞をだな」
「アンタ今日D地区の見回りだったわよね?」
「そうだった気がする」
「気がするじゃなくてそうなのよ!!」
「ぐ・・・ぐるじい・・・」
「お、お姉ちゃん!」
「止めないでアニエス、この位しないとコイツは梃子でも動かないわ」
「す・・・すぐ行くから放して」
「最初からそう言いなさいよ」
誰のせいで言葉出せないでいたと思っとるんだ?
「ほら、ネクタイ曲がってるわよ、こっち向きなさい」
「え~」
「いいから!」
「あ、アイアイサー」
「ボタンは最後まで閉める」
「へいへい」
「返事はハイ」
「ハイハイ」
「一回で良いの!」
「ふぁ~い」
「・・・ふん!」
「いで!?」
ぶ、ぶったなこのアマ!
「じゃ、行くわよ」
「ちょ、ちょっとタンマ!」
「何よ」
「お前今日の担当地区は?」
「D地区だけど?」
「・・・マジかよ、もうそんな順番が回ってきたのか?」
「なによ?文句でもあんの?」
「め、滅相もございません」
「じゃあ問題ないわね、行って来るわアニエス」
「あはは、また後でね。お姉ちゃん」
「うん、じゃあね」
俺にもその優しさを分けて欲しいんですが・・・。
「ほらほら、キリキリ歩く!」
「じ、実は生まれたときから心臓が弱くて・・・」
「・・・」
「す、すみません。嘘です」
最近解ったこと・・・沈黙の圧力が一番おっかない。
>>とある警察署の一室
「あら、珍しいこともあるものですねぇ」
ある部屋のソファに、私を含めた4人の男が座っていた。
いや、正確には2人は秘書を連れているから6人か・・・。
「こんな遠いところまでお越し頂くなんて、ご苦労様ねぇ」
「いえ、テレサさんには昔お世話になりましたから、挨拶に回っただけです」
「そうなの?ありがとう」
まだ右側にすわる男は良い。
リオン・サテライト・・・現役のインターセプター部隊で、現在Lv.7のチェイサーだから。それに、嘗ての私の部下でもある。
「私は、少し貴方にお話しがありましてね
なに、悪い話しではない」
「そうなの、ご苦労様です」
左側に座る男・・・。
ある意味この中で一番注意が必要な人物だ。
何故なら、LEXUS代表取締役 鬼頭秀忠その人だからだ。
レクサスといえば、日産のGT-Rに続くスーパーカー開発で何かと注目を集めている。
「挨拶は後から出来るでしょうに、こちらは早く用事を済ませたいのですがね?」
「これは失礼しました」
この中で一番要らない人物が真ん中に座っている。
偉そうに足を組みながら、でっぷりと肥満体質を惜しみもなく晒している。
どこかの商人か、或いは富豪か、どちらにせよ名前を覚える気なんて更々無い。
だれでも金持ちになれるこの時代、最近こういう礼儀知らずの成り上がりが増えた気がする。
「私は最後でも構わんよ、それにしても素晴らしいコーヒーだ
じっくりと堪能させて貰うよ」
「恐縮です」
「僕も、テレサさんと世間話に来たようなものなので」
「まあ、嬉しいですねぇ
ここの部署は話題には事欠かないから、退屈はさせませんよ」
どうやら、この2人は最低限礼儀を弁えているようだ。問題は・・・
「では、私から」
パチンっとキザったらしく指を鳴らすと、後ろに控えていた黒服の男がテーブルの上にドン!とアタッシュケースを乱暴に置いた。
「これは?」
「フン!見て解らないのですかな?」
男がケースを開けると、そこには札束が所狭しと敷き詰めてあった。
「100万ドル(約1億円)だ、十分だろう?」
「話しが見えないのですが」
「ワイロだよワ・イ・ロ」
ピクッと、リオン君が反応する。
「冗談で済まされるのは今のうちですよ
ここが警察という政府機関であるということをお忘れですか?」
「貴様が騒がなければ済む話しだろう?」
「・・・一応理由をお聞きしても?」
「何、簡単なことだ・・・もうすぐインターセプターの選抜があるだろう?」
「ええ、そうですが」
「貴様は、こんな貧乏くさい場所に勤務していながらも中央本部の連中に顔が利く・・・そこで」
今度は一枚の紙をテーブルに置いたので、私はそれを手に取る。
「これは・・・?」
「貴様に私の息子を推薦して貰いたい」
成程、言いたいことはよく分った。
しかし、資料にざっと目を通したが、正直お話しにならないというか、ふざけているとしか言いようがない。
その前に、免許を取って半年ってどういうことなのか説明して貰いたい。
「正直に申し上げますと、無理としか言いようがないですね」
「何故だ!?金か!!いくら欲しいんだ!!」
「お金の問題ではありません。いくら積まれようが、無理なものは無理です。」
「そこをなんとかするのが貴様の役目だろう!!」
「最終的な人選の決定は中央本部での厳正な審査故に決定されます
私がいくら頑張っても、本審査までとうてい届きません」
「き、貴様ぁ、あまり私を怒らせない方が身のためだぞ」
今にも掴みかかりそうな男の様子にリオン君が身構える・・・その時だった
「さて、双方そこまでにしておいたらどうかね?」
コーヒーを飲み終えたのか、鬼頭取締役が動いた。
「な、何だ貴様は」
「失敬、申し遅れました・・・私、こういう者です」
「!?」
渡された名刺に目を見開く。本当に知らなかったとは・・・
「ここは一つ、この私に免じて事を収めてもらえないでしょうか?」
「あ、ああ・・・いえ、はい」
「それと、そこにいる彼だが、現役のインターセプター部隊の隊員だ
彼に逆らうと言うことは、国家権力・・・いや、国際権力に逆らうことになるが」
「そ、そのようだな・・・私も少し熱くなりすぎた。わ、私はここいらで帰らせて貰おう」
「そうですか、ではお気をつけて」
逃げるように退室していく。
結局、ああいう人間は自分よりも強い人間には絶対に逆らわずに従順となる。
「さて、一番のお邪魔虫も退散したことだ。私もそろそろ本題に入りたいのだが・・・」
「・・・」
成程、第三者に聞かせるつもりは無いわけね。
「リオン君、ちょっとだけ席を外して貰えないかしら」
「構いませんが」
「ごめんなさいね、せっかく来て貰ったのに・・・」
「気にしないでください」
一礼すると、彼は大人しく退室していった。
「さて、この私に何の用でしょうか?」
改めて問うと、男は窓際まで移動した。
「・・・知っての通り、我が社は新型スーパーカーを開発中だ」
「ええ、随分と話題になっていましたよ。しかし、何故急に?」
「元々、我々はトヨタの高級ブランドに過ぎなかった会社だ」
「ええ、知っていますよ。」
レクサスは日産の【インフィニティ】やホンダの【アキュラ】と同じく、大手自動車メーカーの高級ブランドを手掛ける会社だ。
昔は、トヨタで販売した車体を仕様変更やグレード見直ししたうえで再度販売していたが、このバブルの再来で高級車の需要は急上昇、会社は一気に大きくなり、今や親会社を呑み込まんとする勢いだ。
「だからこそだ・・・今回のプロジェクトが成功すれば、トヨタとは完全に離別する事が出来る。
私は束縛を嫌う性格でね。どちらかといえば支配されるより支配するほうが好みだ」
「(大きく出たわね・・・)」
この男はとんだ野心家だ。
「故に、絶対に失敗は許されん」
「残るはインターセプターへの殴り込みというわけですか」
「既に車体は完成している・・・だが」
「・・・だが?」
「完璧主義者たる私は、中途半端なドライバーを乗せる気は毛頭無い」
「因みに聞きますが、車体Lvは?」
「勿論20ですとも」
「そうなると、かなり難しいですね」
「そうですかな?」
「貴方ほどのお人が知らないはず無いでしょう?
Lv20のドライバーはENFORCER(執行者)の称号を与えられた最強のチェイサー・・・世界規模で見ても数える位しか存在しません」
「承知の上だ」
「・・・それが、ここに来た理由と関係があると?」
「そろそろ惚けるのを止めていただきたい
貴方なら知っているでしょう?そんな都合の良いフリーのENFORCER(執行者)を」
「・・・」
「どこでそれを、と言った顔だ
私はね、調べたんですよ・・・インターセプターにまつわる【伝説】を」
成程、【彼】に目を付けましたか・・・。
「・・・どうしてランボルギーニ・レヴィントンが消えたと思うかわかるかね?」
「・・・それは、アヴェンタドールが参入したからではありませんか?
新型が投入されたら、古い車種が除外されるのは良くあること」
「それなら、真っ先にムルシエラゴを対象とするはず・・・
レヴィントンはまだ出て間もない。そんな車を短期間で除外など、まず考えられんな」
「・・・」
「・・・いるんですな?此処に、かつてレヴィントンを駆り、世界中のレーサー共から恐れられたあの男、神崎葵が」
どうやらこれ以上隠し通せそうにもありませんね。
「・・・確かに、彼はここに配属されています」
すると、目の前の男はニィっと肉食獣のような獰猛な笑みを見せた。
「なら話しは早い、私は彼を我が社の【LFA】のドライバーとして推薦したい!!」