98 華の皇帝
真田旅館 夜
それぞれの部屋で一行は食事を楽しんでいた。
風魔達の部屋
「……………………。」
「…………………………………。」
「中々、旨いな。」
「流石にウィルが選んだだけあるな。」
「………。」
長いテーブルには和風の食事が並べられ食卓を飾っている。忌羅は無言で子供の頭ぐらいある伊勢エビを噛み砕き飲み込む。さらに山盛りに盛られたご飯を三秒足らずに水を飲むような動作で飲み込んだ。その光景に風魔や海岸で助けた少女は唖然としていた。
一方で修羅と刹那は行儀良く器用に箸を使い食べ物を口に運ぶ。
「十六夜、気にするな。」
修羅が横目で忌羅をチラッと見てため息を吐く。流石の刹那も苦笑いしている。
「忌羅さんっていつもこんなに食べてるんですか……?」
「普通だな、これくらい食べれんと武神など名乗っておられぬ。」
「武神が飢饉を起こしてどうする。」
「飢饉!?」
「忌羅を信仰していた街に忌羅が来たせいで食物が全て忌羅の胃の中に消えた。おまけに冷害が起きて食料不足になったことがある。」
「あれしかなかったのだ。私をもてなすにはあれの四百五十八倍は必要だ。」
忌羅の刃のような歯が豚肉を噛み千切り、飲み込まれる。
「(母さんこの人と結婚してたら絶対大変だったな。)」
風魔は心の中で呟いた。ふと、忌羅の視線が少女に向けられた。
「小娘、何か言わんのか。私に全て料理を喰われるぞ。」
「……………。」
少女は黙っている。忌羅は肩をすくめ、食事に集中した。
少女は目覚めてから一言も喋らない。風魔は話し掛ける。
「食べないの?」
「……………。」
「せめて一言くらい言ってほしいな……。」
「…………фютрциςύθ。」
「えっ……………わんもあぷりーず。」
「δφωκόέάςϋцыф。」
「あー、ψφλρθξμűƒő?」
「!…………何故、東洋人が…余の言葉を理解できる……?」
「え、あー……まいねーむいずふうまいざよい。」
「違う、お前何者だ。」
「あれ、君こそ日本語分かるの?」
「東方の国には興味があって基本だけ言語を知ってる………そうではない、お前は何者だ?」
少女が喋った意味不明言語を理解速度の限界を越えて瞬時に理解し、返す。すると少女は日本語を話した。
「えーと、俺は……頭が良いんだ。」
「嘘だ、この言葉は帝政ローマ帝国の言語だ。誰にでも理解できる訳がない。」
好奇心旺盛な目で風魔に詰め寄る少女。
「………その前に、君の名前は?」
「余か?余の名はネロ・クラウディウスだ。」
「は?ネロ?」
「ネロだ、元皇帝。」
風魔唖然。風魔はネロ・クラウディウスと言う名を知っていたからだ。
「ネロ………クラウディウス……。」
ネロ・クラウディウス、ローマ五代目皇帝。芸術に彩られた暴君。風魔も詳しい事は知らない。しかしその皇帝が何故、海にいたのだろうか。
「余は国を追われた。逃げたが結局海に出るしかなくてな。運良く辿り着いたがな。」
ネロはそう語って箸で器用に豆腐を口に運ぶ。
「そなた達に助けてもらったのは運が良い。命を救いこうして旨い食事を食わせてもらえるのだからな。」
忌羅も修羅も刹那も風魔もネロの話を黙って聞いている。
「何、長居する考えはない。これが食べ終わったら即刻消えようではないか。」
「良いのか?あてはあるのか?」
「ない。だが、これ以上そなた達に迷惑を掛ける訳にもいかぬ。」
風魔は一旦口を閉じて修羅に向かって口を開いた。
「…しゅ、「言わずともわかっている。十六夜、君はこの少女を放っておけないのだろう?私も同意見だ。何、一人程度増えても問題なかろう。」
「私は特に反対しない。」
「私は十六夜にさえ近付かなければ問題ない。」
「ということで、ネロ。君が嫌なら良いけど、どうする?」
「…………良いのか?」
「結構いるし、女の子一人増えても問題ないでしょ。」
「そうか、感謝する………。」
ネロは何故か目を濡らし四人に頭を下げた。
その時、如真が襖を開けて入ってきた。
「お食事中失礼でござる。どうも…武士の血が疼きまして………。」
「は?」
「神己忌羅殿!金色の武神と呼ばれし貴殿の御力、是非…この真田幻導如真に見せていただけぬか!」
深々と頭を下げて頼む如真。
食事中の忌羅は、鶏丸々一匹の丸焼を骨ごと飲み込み手を止めた。視線が如真に向けられる。
瞬時、如真に凄まじい殺気が押しかかった。気を抜けば気絶しそうな程凄まじい殺気を。
「お願い申しますぅっ!!」
しかし如真は殺気を感じているのか感じていないのか、大声で叫んだ。
流石の忌羅も驚いている。
「…如真とか言ったか、精々楽しむのだな。女とて加減はせぬ。」
口元を布巾で強引に拭き、忌羅は立ち上がる。
「は、はいぃ!ありがとうございます!」
そして、旅館中庭
忌羅と如真は数メートル離れ、武器を構える。
忌羅は孤高なる武神レギを。如真は日本の十字槍を。
涼しい風が吹いた。忌羅の金髪が揺れる。
「………………いざ、参る!」
「来るがいい。」
睨み合いの末、如真が動いた。目にも止まらぬ速さで忌羅に槍の突きを入れる。
忌等は紙一重で回避し、レギを振るった。しかし刃が虚空を裂いた。如真は一瞬で高く跳躍していた。赤い尾を引いて二本の槍が忌羅が立っている場所めがけて突っ込む。
忌羅はレギを構えて、力いっぱい振るった。レギを振ったことによって発生した風圧が如真のバランスを崩した。忌羅はそれを見逃さず、跳躍。レギを横刃に振るい如真を地面に叩きつけた。如真は猛スピードで地面に叩きつけられたが、直ぐに体勢を立て直し下りてくる忌羅に槍を入れた。
忌羅が消えた。
驚愕している如真の背後に忌羅が現れ、レギの刃を如真の首すれすれで止めた。