89 背負い続けた十字架
更新遅れて申し訳ないです……
風魔の部屋
「ふぅ……。」
風魔(女体)は右拳についた血を洗い流し、ベッドに飛び込む。
結局、ウィルの話によればウィルが殺されたとかいう事件はウィルとシーゼが仕組んだサプライズ、とでも言うべきか。しかし皆にとっては楽しませるどころか怒らせてしまい、ウィルは皆から囲まれて一発ずつ殴られた。
しかし、当の本人は凄まじい笑顔で笑っていた。マゾなのだろうか?
「あー疲れた。もう寝よう、うん。そうしよう。」
そのまま目を閉じようとした風魔だったが、部屋のドアがノックされのろのろとした動きで、ドアを開ける。
「十六夜、時間空いてるか?」
「あぁ、刹那さん。空いてますよ、どうぞ。」
ノックしてきたのは刹那だった。いつもと変わらない美貌はいつ見ても見とれてしまう。
「…………。」
「ん?どうかしましたか?」
部屋に入ろうとした刹那の足が止まる。その瞳は風魔を写している。
「ごめんなさい、十六夜……。」
突然、刹那が謝罪の言葉を口にした。しかし何の事か分からず風魔は混乱する。
「え?刹那さん俺になんかしました?」
「私は、お前に会う資格すら無いのだろうな………。」
「は?」
刹那はそれだけ言うと風魔の前から走り去った。慌てて追う。
「来るなっ!!」
刹那の叫びが風魔の足を止めた。普段の風魔ならまだ追うだろう。しかし、見えてしまった。刹那の頬から透明な液体が零れ落ちた瞬間、足が止まってしまった。
「………刹那、さん?」
風魔はただ刹那が隣の部屋に入っていくのを黙って見ていた。
「どうしたんだ……?俺が何かしたのか…?」
自室に戻って考える。刹那は何か気にしているようだ。刹那の発言からすると自分との関係だろう。しかし刹那と自分は家族と言うだけで他に何かあっただろうか。
「風魔、少し良いか?」
今度は刹那ではない。修羅の声だ。急いで出ると表情を曇らせた修羅が現れる。
「姉上の事で話がある。」
無言で頷き修羅を部屋に招き入れる。修羅を椅子に座らせ、紅茶を出す。
「先程、姉上が走って部屋に入るのを見たのでな。部屋をノックしたのだが、入るなと怒鳴られてしまった。だから君なら何か知っているのではないと尋ねたのだが……。」
風魔は先程起きた事を修羅に話した。全てを悟ったように修羅は紅茶を飲む。
「君にも話すべきだろうな。姉上、いや…私達の正体を。」
「え?」
自分の紅茶を注ぐ前に現界したグングニルにも温めの紅茶を入れて修羅の話を聞く。
「私達、神己の一族は東方の国が産まれでな。私達兄弟は『玉藻』と呼ばれた九尾の狐と『骸』と呼ばれた九尾の狐の子供達だ。しかし、私達は普通の九尾では無かった。」
優雅な動作で紅茶を口元に運ぶ修羅。そして口を開く。
「私達は『九尾の狐が妖怪の頂点に立つ為に作られた感情に怒りによって尾の数を増やす最凶兵器』なのだ。」
その言葉に風魔とグングニルは言葉を失う。目の前にいる自分の恩人が、ただの利用されるだけの兵器だ、と本人から告げられてしまったのだ。
「私達は母上の体に黒魔術の魔法陣を書き込んで産まれながら人間の軍隊と同格の戦力を持った九尾を越えた狐なのだ。しかし東方の妖怪が西洋の禁術を真似たところで所詮は真似。失敗した者もいた。結果、長男の阿修羅は成功し九尾を越え72本の尾がある。姉上は失敗。54本の尾がある。忌羅も失敗、姉上と同じ54本の尾しか無い。私は成功。しかも最高傑作らしい。尾が108本ある。赦奈も成功。96本の尾がある。希殺羅は失敗。36本の尾だ。成功作である阿修羅や私、赦奈は怒りが最高頂に達すると破壊と殺戮の限りを尽くす最凶の化物となってしまうのだ。」
「そんな……事……。」
「あり得ないか?無理も無い。ただ普通の九尾なら忌羅や姉上のような力は出せん。」
「…………。」
「さて、これが私達の産まれについてだ。だが、姉上があのようになってしまったのは君のせいでは無いだろう。おそらく、君の姿を見て月詠と君に対する罪悪感を再び感じてしまったのだろう。」
グングニルのカップに紅茶を注ぐ。話に聞き行って飲む暇がない。
「自分が無力だったから月詠が死んで君にまで辛い思いをさせてしまった。その事を姉上は千年の間、ずっと悩んでいるのだろうな……。」
「千年も……?」
「この世界と君が元いた世界では時間の流れが違う。こちらでは千年もあちらではほんの数年にしかならないのだろう。姉上にしてはよく耐えた方だ。姉上は生まれつき見た相手に殺気を向ける癖があったから誰にも寄り付かれなかった。母上と阿修羅と私を除けばな。そのためか、姉上は少々寂しくがり屋でな…母上の元を離れてしまうとずっと孤独だったのだろうな……だからこそ、姉上は感じているのだ。孤独だった自分を救った月詠を死なせ君にまで罪悪感をな。」
「………。」
何も言えない。刹那は悩んでいる。千年も遥か昔の事にずっとだ。
「私達には姉上が背負ってきた十字架を共に支える事すら出来ん。だが…月詠の子である君なら、君なら姉上の十字架を下ろせるかもしれん。」
修羅はカップをゆっくりと起き、真剣な表情で風魔を見つめた。
「どうか……姉上を、刹那を救ってくれ…頼む。」
そう言って修羅は風魔に深く頭を下げた。反射的に席を立ってしまう。
「頭を上げてください…。」
それでも修羅は頭を上げない。
「君に頼むのは卑怯だと自分でも思う、だが!私には、家族が苦しむ姿など……見たくない!!」
数秒、間を置いて風魔は答える。
「それは…俺も同じ事ですよ。刹那さんは俺の家族で母さんの大切な人です。家族が苦しんでいるなら、家族として助けるのは当然です。十字架?そんな物、下ろすどころかぶっ壊してやりますよ。俺はあの人の家族ですから。」
そうだ。刹那は家族なのだ。彼女が、刹那が自分よりも苦しんで来たのだ。自分に彼女の罪が背負えるのかは分からない。それでも、
何かは変わるはずだ。
「すまない…十六夜。」
「修羅さんも、ずっと苦しんでいたんですね。刹那さんの事で。今度は俺が苦しむ番ですよ。」
決意を決めた風魔は心配するグングニルの頭を優しく撫でて、部屋をあとにした。
大切な人を救う、ありきたりなヒーローのように。