63 過去の追憶 忌羅
テスト期間だったので更新遅れました。
すいません……
妖怪の山 夜
神己忌羅は天狗の館の屋根の上でただ独り月を眺めていた。
「何をしているの?」
ふと、後ろから凛々しい女性の声が聞こえた。振り向くと月光に輝く銀髪が目に入った。
「月詠か。何の用だ?」
「貴方が何してるのかって気になって。」
隣に勝手に座る月詠に背を向け、月を眺める。
「綺麗ね。」
「……………。」
「ねぇ、今楽しい?」
「……………。」
無視を続ける忌羅に月詠は頬をプクゥと膨らませた。
「何故無視するの?」
「………………。」
その時だった背中に柔らかい感触があたる。月詠が後ろから忌羅に抱きついた。だが忌羅は顔色一つ変えずに面倒そうな顔をして月詠を睨んだ。
「貴方はまだ気にしてるの?」
「何を、だ?」
「自分が失敗作だってこと。」
忌羅はその一言で一気に感情を表した。
「黙れ!貴様には関係ない!!」
「そうかしら?自分の母親の弟を心配するのが家族じゃないかしら?」
「自分の母親?貴様はただ姉上に拾われただけの犬だ!犬に心配されるほど私は落ちぶれていない!」
忌羅に自分と刹那の関係を言葉にされたにも関わらず月詠はニコニコしている。
「貴方の怒りは収まらないの?」
「この怒りは私を造った者共と造らせた原因の人間にぶつけなければ収まらない!」
「そう、じゃあ私に全てぶつけなさい。」
月詠は忌羅から離れ、立ち上がる。
「貴方の怒り全て、私が受け止めるわ。」
絶対の意思が見られる黒の瞳に忌羅はさらに怒りを露にする。
「そんな覚悟もない言葉を口にするな。」
「覚悟ならあるわ。」
「ほぉ?では貴様は私に殺されようと犯されようと構わないと言うのか?」
「えぇ。それで貴方の怒りが完全に消えるのならね。」
驚く。この目の前にいる銀色の女神は本気の目で忌羅を見ていた。
そのあまりの眩しさに思わず目を逸らしそうになる忌羅。
この女は自らを犠牲にして忌羅の全ての怒りを受け止めるつもりだ。
自分には決して出来ない、いや理解出来ない。
今の自分にこの人間を殺せるだろうか。
今の自分にこの人間を犯せるだろうか。
無理だ、あまりにも眩しすぎる。
東方の武神と崇められ『孤独な武神』と呼ばれた忌羅にも目の前の女性には手が出せなかった。
だがそれと同時に忌羅は手に入れたいと思った。
この美しき女神を、自分の物にしたい。この腕に抱きたい、と。
だがそれもできるはずがなかった。
「…失せろ。」
「え?いいの?まだ何も受け止めてないわよ。」
「貴様が私の怒りを受け止める道理もなかろう。貴様のその高貴さと覚悟に免じて怒りをぶつけるのは止めてやろう。さっさと消えろ。」
忌羅は立ち上がって、月を眺める。
とても美しく眩しい、この自分よりも。
だがこの風魔月詠は月よりも美しく眩しかった。
「そう…優しいのね、忌羅は。」
「別に貴様になどに優しい訳ではない。貴様の高貴さと覚悟を認めてやると言っているのだ、大体私が貴様に手を出すと姉上に殺される。」
「フフッ、それもそうね。ねぇ忌羅?」
「なん、」
名前を呼ばれ、振り向いた瞬間、
月詠と唇が重なった。
忌羅が驚愕を露にする。月詠は数秒重ねると、離した。
「じゃあね、優しい武神さん。」
月詠はいたずらっぽく微笑むと銀色の残像を残し消えた。
忌羅の表情は驚愕のままだった。
「お前は女たらしだな、いつか女に刺されるぞ。てか刺されろ、ついでに死ね。」
昔、どっかの間抜けに言われた気がする。
確かに自分は昔エルフの女達を夜の時間潰しに遊んだ。
だがいくら人間離れの美貌を持つエルフの女達を抱いても自分の心は満たされる事はなかった。
だがあの女、風魔月詠を抱けば自分は満たされるだろうか?
忌羅は月詠と唇を重ねた後ずっと考えていた。
気付けば一週間経った事もあった。
ずっと月詠の事を考えていた。
そして月詠は魔神と結ばれた。
子供もいるらしい。それを知った時忌羅は何の感情も出さなかった。嫉妬も無ければ怒りも無かった。
自分でも不思議だった。
その一年後戦争が起きた。人間達とだ。
忌羅は戦場の最前線に出て人間の兵器を壊した。もちろん人間も殺した。
頭を砕き、骨を砕き、首を噛み千切り、レギで惨殺した。
そしてとある日の夜、妙に明るかったが忌羅は殺戮を続けた。月詠は一人の人間の男性を殺そうとする姿を忌羅を止めた。
「お願い、止めて。」
「…貴様は、怒らないのか?この惨状を見て。」
「その惨状も今日、私が終わらせるわ。」
「何?」
戦場の真ん中で言葉を交わす二人、周囲は肉と血と残骸だけ。
忌羅は人間の武器を奪い両腕を折って放り投げた。
「人間も妖怪もただ家族を守りたかっただけ、皆哀しいのよ。」
「…貴様、どうするつもりだ?」
「この戦争を終わらせる。」
月詠の細く美しい指が忌羅の頬を優しく撫でる。そして唇を重ねる。
「最後に貴方を止めれて良かった。じゃあね、忌羅。」
月詠はそれだけ残すと妖怪の山の頂上に向けて走り出した。
数十分後、銀色の光が空に向かって行った。忌羅はその光が月詠だと一目見て分かった。
銀色の光は一直線に空に向かうと光を発して消えた。
空は一瞬にしていつもの暗さになった。
ただ銀色の羽が月光を反射し輝き地に落ちてきた。
「……愚か者め……。」
忌羅は一人呟くと空に叫んだ。
「貴様はただ止めただけではないか!後は全て私や姉上に任せるつもりか!
ふざけるな…ふざけるなァァッ!!月詠ィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
忌羅の叫びはもう彼女に届かないと知りつつ、虚空の空に響いた。
神己忌羅はほんの一時だけ『孤独な武神』は無くなった。一人の女性によって変わっていた。
だが彼を変えた、彼が愛した女性はもういない。