60 解き放つ力
神己忌羅は突然消えた両肩から吹き出す鮮血を見て、表情を邪悪な憤怒に変えた
「……雑種の分際で私に血を流させるか。そこまで死に急ぐか、雑種!!」
忌羅の両肩が付け根から再生する。
さらに右手に忌羅の武霊が宿る大剣『孤独なる武神レギ』を出現する。
「あの小僧共の知り合いと聞いたが今となってはどうでもよい!我が怒りに触れた事を地獄で後悔するがよい!」
忌羅の九本の尾が邪悪なオーラを放つ。すると、
忌羅の尾が十五本に増えた。
「ルゥゥゥゥゥゥゥゥァァァァァァッ!!」
忌羅の憤怒の叫びにその場にいる亜季奈以外の人々が凍り付く。
忌羅の十五本の尾が二メートル程まで巨大化にし、槍のように尖端を尖らせ亜季奈に襲いかかる。
亜季奈は鎌を失ったが、それでも人とは思えない俊敏さで尾を避けていく。
「aaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
亜季奈が忌羅に負けない叫びを放つと
地面から蔓が大量に生えだし、全員の体に縛り付いた。
「小賢しいィィ!!」
忌羅が力ずくで体を動かし、蔓から解放される。
「消えろ。」
次々と生えてくる蔓を斬り、忌羅の大剣が亜季奈に降り下ろされた。
蔓が壁となるが孤独なる武神レギに斬り裂かれる。
さらに蔓が何百本の鋭い槍となって忌羅の体を貫くが、レギが止まることは無かった。
グシャァ!!!!
左目を貫かれた忌羅の顔に大量の少女の血が付いた。
地面が砕かれ砂埃が辺りを覆った。
忌羅は自らを傷付けた相手を倒したにも関わらず怒りが収まらない。
「アァァッ!このぶつけようの無い憤怒、誰にぶつければよいのだァッ!」
忌羅の苛立ちに共感するように十五本の尻尾が辺りの物体を破壊する。
「凄まじい怒りだ!君は七つ大罪にぴったりな人材だな!」
忌羅の背後から赤髪オールバックの男性が拍手しながら忌羅に近付く。
「失せろ。今の私は機嫌が悪い、それともお前が私の怒りを受け止めるのか?」
「遠慮しとくよ、俺はサタン。魔界神特別精鋭部隊『七つ大罪』の一人だ。」
「何の用だ……。」
「魔界深底部に君を傷付けた張本人がいるんだ。仕返しがしたいなら送るよ。」
サタンの隣に紫色の炎の門が出現した。
だが忌羅の表情は憤怒に満ちている。
「結局貴様は私に『タルタロス』に行かせ農耕の神クロノスを殺させたいのだろう。」
忌羅は瞬きの一瞬でサタンの目の前に移動する。サタンが数歩後ろに下がる。
「いやぁ、他の七つ大罪が途中でぶっ倒れてさ。紅汰と銀髪の美少女さん二人で行くからさ、色々心配なもので……。」
銀髪の美少女、という言葉に忌羅の表情が一瞬和らぐ。
「その娘、名は風魔か?」
「そうそう。風魔十六夜とかいう熱くない名前で、あれ?」
サタンが答えた時には炎の門と忌羅は消えていた。
「「やっと着いた…………。」」
紅汰と風魔は出発してから何時間経ったのか忘れるくらい歩いて『タルタロス』と悪魔の言葉で書かれた門の前に辿り着いた。
実際、数日経っている気がするが。
だが、風魔の体が戻らないという事はまだ半日ぐらいしか経っていないという事だろう。
なんとか風魔が紅汰を背負って道を風の如く駆け抜けた。
「で、どうすんの?」
流石に息切れしている風魔を見下ろして紅汰は考える。
その時だった。
「私にお任せください!♪」
突然、紅汰の背後から元気いっぱいの声が聞こえた。二人が振り向くと幼い少女がいた。
灰色のはねた髪、頭には犬っぽい耳、尻辺りにフワッとした尻尾、生き生きとしたつぶらな瞳、そして
何より全裸だった。
「「!!?」」
二人は息が合ったように少女に背を向けた。
「あれぇ?どうして背を向けるんですか?」
「お前が全裸だからだ!これ着ろ!」
紅汰は自分がコートの下に着ていたワイシャツを少女に渡す。
だが少女は怯えたように拒否する。
「だ、ダメですよ!魔王様の御召し物を着るなんて……私のような未熟な魔狼には無理です!」
「いいから着ろ!何か言う奴は俺が黙らせるから!」
紅汰の強制に少女は慎重にワイシャツに触れた。
「…着て良いのですか?」
「早く!!」
渋々と言った様子で少女はワイシャツの袖に両腕を通し、ボタンを止める。
「着ましたよー♪」
二人はため息を吐いて少女の方を振り向く。
「魔王様の御召し物を着せて貰えるなんて…このフィリン、ありがたき幸せです!フフッ自慢できます。」
ワイシャツを少女を着た少女の太股が微妙に露出しているが、まぁしょうがない。紅汰は早速問いを掛けて見る。
「所で誰?」
「あ、すいません申し遅れました。私は魔狼のフィリンです。今回の案内役を勤めさせて頂いてます!」
ビシッと敬礼して自己紹介、二人は顔を見合わせた。
「で、こっから先はどうすんの?」
「簡単です。入るんです。」
「そこからは?」
「紫炎で出来た牢獄があるので、魔王様の炎で囲って頂ければ終わりです。」
「そんだけ?」
「はい。」
以外に簡単な方法だった。
だがそこで疑問がひとつ。
「何で俺のこと魔王って呼ぶの?」
紅汰は魔界神の孫ではあるが魔王と呼ばれた事など一度もないし、呼ばれたくもない。
「だって次期魔王だって皆が噂してますよ?」
「…………………………………。」
まぁこの際、追求しないでおこう。
紅汰は右手で門に触れ、巨大な門を開けた。
門の先は崖だった。鋭く連なる岩の先には紫炎で出来た牢獄があった。紫炎の牢獄はボロボロで、一部の炎が小さくなっていた。牢獄の中には布らしき物に包まれた石像。
「あれか?」
「はい。」
ゆっくりと牢獄に近づく。
『魔神七炎』の黒炎を発生させ、牢獄を包もうとした瞬間、バギィン!と何かにヒビが入る音がした。
さらに地面が揺れる。
バギィン!!さっきよりも音が大きくなる。バギィン!!!牢獄の炎が散っていった。バギィィィィィン!!!!
そして
「ふぅ、やっと出られたな。」
炎の牢獄を造っていた炎の残骸を振り払い、地面に降り立つ女性。
緑色の輝きが感じられない長髪、足下まで隠す緑色のドレス、華奢だが、しっかりとした体つき、そして女神のような神々しさを放ち、全ての生き物を見下す目付き、女体風魔と同等の美醜漂う美貌だ。
視線が目の前の紅汰に向けられる。
「こ、こんにちは。」
思わず挨拶してしまった。
「ん。こんにちは。」
返された。驚きの表情を出す紅汰の顔を女性はまじまじと見つめた。
「…貴様、ミカエルの血の者か?」
「え?」
ミカエルという名前に覚えはない。首をかしげる紅汰に女性は特に気分を害した様子もなく紅汰の顔に自分の顔を近付け、
唇を重ねた。
「!!?」
慌てて飛び退く紅汰を見て女性は笑う。
「ククク、やはりミカエルの血の者だ。この味、忘れた事などないからな。」
女性は何か確信したらしくニヤニヤと笑い、今度は後ろの風魔に目を向けた。表情が驚きに変わる。
「貴様月詠か!?」
「あ、いや、俺はちがうぁっ!?」
言い終わる前に風魔は女性に抱き付かれた。女性の顔が風魔の胸にめりこむ。
「月詠!久しいなぁ!!この胸も前よりもでかくなったなぁ!!」
「あぅ!?いや、俺は月詠の子供です!!」
風魔のその一言で女性の動きがピタッと止まる。胸にめりこんでいた顔がゆっくりと風魔の美貌を見上げる。
「月詠の、子?」
「はい!風魔十六夜と申します!だから離れてくださいぃ!」
眉を歪み、渋々と風魔から離れる女性、まじまじと見つめる。
「………………………十六夜?」
「はい………。」
「…前見た時は男だと聞いたが?」
「特別な結晶の効果で女になっております。」
「……そうか、ところでお前達は何しに来たのだ?」
女性が紅汰と風魔を交互に見る。
「牢獄の補強してこい、って言われたんですけど……。」
「ほぉ……ミカエルは私の復活を予期し、遣いを差し向けたか。彼奴らしい。」
女性は勝手に満足し、何度も頷く。
「あの、貴女は?」
風魔が聞いてみる。
「私の名前か?よくぞ聞いた!私の名前は、」
女性が言い掛けた瞬間、風魔を突き飛ばした。
漆黒の鋭い尻尾が風魔と女性の間の空気を貫いた。
「出たか、まぁいい。牢を壊す手間が省けたな。」
門が五本の巨大な尻尾に破壊される。
破壊された門の向こうから邪悪な殺気を放つ何者かが歩いてくる。
「ん?お前も遣いか?」
「あぁ。地獄からお迎えに来てやったぞ。」
大剣を担いだ邪悪な武神が現れる。
「農耕神クロノスよ、貴様死ぬ覚悟は出来てるか?」