真実 終わり
今回は最終回なのでいつもより約二倍ほど長くなっております
十六夜がアークを殺してから6日が過ぎた。今日で丁度一週間だ。
紅汰たちは妖怪の山のとある場所に来ていた。
天狗の館がある山の少し遠くに位置するとある山。何故か龍の背中に乗って紅汰たちはその山に来ていた。後ろにいる十六夜と修羅が支えているのは大きな棺桶。
今日は神己忌羅の葬儀だった。
この山は、十六夜の母親である風魔月詠が空を覆うほどの光から皆を守るためにと飛び立った場所だ。彼女の墓も立ててある。
十六夜の願いで忌羅の墓は月詠の墓の隣に立てることになった。それに誰も反対はしなかった。葬儀に参加したいものだけがこの場所に来ることになっていた。
山に着き、龍の背から皆が降りると龍の体が光を発する。すると、龍はいつの間にかグラムとなっていた。紅汰が彼に話しかける。
「お前、龍だったの?」
「あぁ。名もないただの龍だ。遥か昔の大戦争で主とお前の父親によって魔剣グラムに封じ込まれたな。」
「は?俺の親父?なんで親父が出てくる。」
「……お前の親父は恵みの大賢者天切平良。邪神をも圧倒する男だぞ?お前は自分の家庭事情も把握していないのか?」
「ぐっ……だって俺ずっと一人だったし…………」
「……まぁ、俺よりはマシか。」
グラムが黒い布を顔に巻き、普段通りの姿となる。
紅汰は小さい頃の記憶はあまり残っていない。十六夜やルーシャと遊んだ日々は憶えているのだが身内に関係することは一切憶えていない。
それは十六夜も同じだった。彼と自分の家には自分以外誰もいなかった。それが小さい彼らにとってどれほど寂しかったか。
しかし、十六夜と紅汰が出会ったとき、あっさりと打ち解け今ではかけがえのない親友となっている。
「そういえばルーシャとは打ち解けるのにあんまり時間が掛からなかったな。外国人だったから日本語通じねぇと思ってたんだけどさ。」
ルーシャに話を振る。ルーシャは当時のことを嬉しそうに話す。
「近所に紅汰と風魔しか同年代の人がいなかったので……徹夜で勉強しましたよ。言葉よりどうやって話しかけるかに時間を掛けましたが。」
「そうそう。なんかいつも窓から俺と風魔が遊んでるとこ見てたよな。」
「えぇ……どうも、人見知りだったもので……」
ここで十六夜に視線を向ける。地面に座って夜の月を眺めている。今はあまり誰かと話したい気分では無さそうだ。
「あれ、確か……最初は紙飛行機を飛ばしてきたよな。」
「えぇ。ガウェインの考えで。上手くいくか心配でした。」
「俺より汚い字で読むのに時間が掛かったよ。しかも漢字まで入ってたからなぁ……風魔がいなければ読めなかった。」
「なんて書いてあったんですか?」
「えぇとな……『初夏の日差しが暑く感じ始めた今の季節ですが如何お過ごしでしょうか?初対面ながらまことに失礼ですが、私の名前はルーシャギア・ペンドラゴン。この度は貴方達二人を明日の私の誕生日会にご招待いたします。どうかよろしくお願いいたします』だったけなぁ。ホントに風魔がいなければ読めなかった。」
「よ、よく一字一字憶えていますね……」
「あれはインパクトがあった。風魔が必死で辞書で探しているから俺も何度も読んだ。」
「……すいませんね。日本人は皆漢字を使うものだと思っていたもので……」
「で、言ったんですか?誕生日会。」
「あぁ。衝撃の連続だった。庭には馬がいるし、家もほぼ城だったし。見たこともないものばっかりでさ。あぁ、でも一番驚いたのはルーシャだったかな。すっげぇ綺麗なドレス着てさ。一分ぐらい見惚れてたな。」
今でも憶えている。彼女が誕生日会で着ていたドレスは。
純白で花嫁みたいなドレスだった。いやあれは花嫁姿と言ってもいいぐらいだった。
「私も驚きましたよ。男の子というとどうもやんちゃなものかと思っていましたが、案外二人は大人しくて私の話を真剣に聞いてくれてました。あれは嬉しかったですね。」
「いやぁあれは風魔に『向こうは真の貴族さんだ。礼儀正しくしないと失礼だ』ってしつこく言われてさ。大人しかったんだよ」
「へぇ……風魔さんってショタなころからあんな感じの性格だったんですねぇ……」
藍とルーシャの三角形で言葉を交わす。十六夜は相変わらず空を眺めている。
「風魔は本当に変わってませんよ。出合ったあの日から……」
「そうだな……俺達よりも何倍も大人だよ、アイツは。昔から……」
「…………なんか、シリアスになっちゃいましたね。」
「……続きを話すか。」
「……そうですね。」
「……礼儀正しく食事と話を終えた俺と風魔は確か、ルーシャにプレゼントを上げた。二人ともペンダントだったな。」
「えぇ。今も二つとも持ってますよ。」
ルーシャが騎士鎧と服の間から二個のペンダントを取り出す。緑と金のペンダント。十年経った今でも傷一つない。
「で、その時ルーシャが泣き出したのはホントに困ったな。大泣きでペンダントを首に掛けるからさ、驚いた。」
「不思議ですけど……凄く嬉しかったんですよ。」
「ま、喜んでもらえて何よりだったんだけどさ。そのペンダント、今何か入ってる?」
ルーシャの肩が少し跳ね上がった。あのペンダントには何か入っているらしい。
「何が入ってるんだ?」
「……風魔なら、分かりますよ…………。」
少し顔を紅くして、ルーシャが答えた。紅汰と藍が十六夜に視線を送ると、十六夜は視線に気付いたのかこちらに振り向き、とても哀しい目で答えた。
「俺がやった方には、誕生日の時の写真。紅汰がやった方のペンダントには、お前と彼女のとても大切なモノが入ってる」
なるべく感情を出さなようにしている十六夜だが、やはり忌羅の死が影響しているのか目を伏せ哀しい表情を作る。十六夜の隣にグングニルが現界し、彼を抱きしめる。と、藍の視線がグングニルの左手の薬指の緑の指輪を捉える。
「むむっ!グングニルちゃん、その左手薬指にある指輪はもしかしてもしかすると結婚指輪でしょうかーっ!?」
「はい。私とマスターは永遠の愛を誓い合いました。」
一同がグングニルの言葉で止まった。月詠の墓に花と線香を置く修羅と刹那は、唖然として十六夜とグングニルを見た。紅汰もルーシャも藍もネロも天魔も皆唖然としている中でグラムだけが興味の無さそうな目で二人を見た。
「……話を戻すか。」
「いやいやいやいや!!風魔お前いつの間に!?」
「……お前たちを追い払う前だ。」
「はえぇ!え、じゃあお前が俺達の結婚式の祝辞読む前に俺がお前達の結婚式の祝辞読むのか!?というか式はいつだ!?」
「分からん。」
「は?」
十六夜の哀しそうな視線がルーシャを捉える。話を戻そう、と言っているのだろう。
それを察したルーシャと藍が話を強引に変える。
「……で、紅汰さんのペンダントには何が入っているんですか?」
「……二人の婚姻届。」
「えぇ!?」
一番驚いたのは藍ではなく、紅汰だった。
「紅汰、お前は覚えていないのか?小学三年生の夏、お前とルーシャは婚姻届にお互いの血判を押して誓いのキスまでして将来の結婚を誓い合ったあの夜を。」
「……………………あっ」
思い出した。お互いがまだ小さかった小学生の頃、確か十六夜と二人でルーシャの家に泊まったことを。そしてルーシャの部屋に呼ばれた紅汰はそこでルーシャからの告白を受け…………紅汰もそれを受け止め、十六夜が言ったとおりのことをして結婚を誓い合った。
いや、その前にだ。あの時部屋には紅汰とルーシャ以外いなかったはずだ。何故十六夜がそのことを知っている?
「ばれないように覗いていた。そしてその後ルーシャから言われた。」
ルーシャの方に振り向く。ルーシャは苦笑。
「えぇと……紅汰はもしかすると忘れてしまうかもしれないので、風魔に……」
「結果的には見事に忘れていたわけだ。で、今お互いに18歳だ。ペンドラゴン王国の法律なら18歳から結婚は出来る。」
「なんでそんなこと知ってんの!?」
「ルーシャから聞いた。お幸せに。」
感情のこもっていない声で十六夜が拍手する。釣られてグングニルや藍、グラムも拍手する。
やはり十六夜の様子が異常だ。いくら家族と呼ぶべき存在が亡くなったとはいえ、完全に目が死んでいる。忌羅の死とは別に何かあったのだろう。紅汰は十六夜に向き直る。
「風魔、お前なんかおかしいぞ。」
ピクリ、と十六夜の肩が動いた。
「……」
黙っている十六夜に更に言葉をかける。
「忌羅さんの死以外に何かあったんじゃないか?」
「……。」
十六夜は答えない。少しイラッとした紅汰は十六夜の目の前まで近付く。
「なぁ、何かあったのか?」
少し威圧をこめた声で言っても十六夜は反応もせず、ため息を吐いた。
瞬間、炎をまとった紅汰の拳が十六夜を打ち抜く。十六夜の体は後方によろめき、踏み止まる。
「なんか言ったらどうだァ?」
「……今は、話せる気分じゃない。」
いつもの十六夜らしさを感じず、憤りを感じる紅汰。さらに殴ろうとしたが、その手をルーシャが抑えた。
「紅汰、私が風魔と話をします。だから落ち着いて。」
彼女の真剣な目に気圧され、紅汰は拳を下ろす。ルーシャが十六夜の前に立つと、大丈夫ですかと声を掛ける。十六夜は大丈夫だ、と返事をしその場に座り込んだ。
ルーシャが横目で紅汰に「申し訳ありませんが、少し離れてください」と言っているように見えたので紅汰は十六夜とルーシャから声が聞こえない程度の距離まで離れ、地面に座り込む。ルーシャは座り込み、十六夜から事情を聞き始めた。
十六夜が目頭を押さえて何か言う。ルーシャは十六夜の言葉にショックを受けたらしく、口元を押さえている。十六夜は顔を上げると、ルーシャの手を握り意思の籠もった強い目で言った。ルーシャは彼の言葉に相当なショックを受けたらしく、ついには目尻に涙まで浮かんでいる。
さらに二人の会話に修羅とネロ、藍、グラムが入ってきた。刹那は何か感じたのか、月詠の墓の前で目を閉じて待っている。
十六夜の話でルーシャ、修羅、藍は固まる。グラムは無表情で話を聞いている。
十六夜の手がグングニルの頬を撫でる。そして三人に対して何か言うと、三人は重々しく頷いた。修羅とネロ、藍、グラムが離れるとまた十六夜とグングニル、ルーシャだけの会話となった。
ルーシャの唇が震え、言葉を紡ぐ。彼女の目には今にも涙が溢れそうだ。
十六夜はルーシャの言葉に対して頷き、頭を下げた。ルーシャの目から涙が溢れ、頬を伝って流れ落ちた。そして嗚咽を吐いて十六夜に抱きついた。
紅汰はそれを見ていた。本来なら嫉妬するのだが、今の状況では嫉妬も怒りも無意味に思えた。
十六夜は嗚咽を吐くルーシャを落ち着かせようと頭を優しく撫でた。そして何か言った。
ルーシャもそれに頷き、十六夜から離れた。
立ち上がってルーシャは十六夜に頭を下げた。十六夜も立ち上がり、手を挙げてそれに答えた。そして十六夜は紅汰に近付き、笑顔を作る。
「悪い。心配掛けたな。もう大丈夫だ。」
「……本当か?」
「本当だ。ルーシャのおかげで吹っ切れたよ。」
「…………そうか。心配掛けんなよ。」
「悪い悪い。俺だってたまにはこういうときもあるんだよ。」
忌羅そっくりに邪悪に笑んだ十六夜。次の瞬間、彼の拳が紅汰の頬を打ち抜く。
後方によろく紅汰。
「え、な……なに?」
「これは仲直りの証だ。」
要はさきほど殴ったときの仕返しらしい。十六夜が笑むと、紅汰も釣られて笑んだ。
「さてと、そろそろ忌羅さんの墓作りするか。」
首を鳴らして忌羅の墓作りに取り組もうと、母親の墓に向かって歩き出した十六夜。
「もう出来ている。」
刹那が月詠の墓の隣の土を軽く指で叩くと、そこには巨大な穴が出来ていた。
修羅が両手で忌羅の遺体が入った棺桶を持ち上げ、その穴に丁寧に下ろした。
刹那が再び、指で穴の空間を叩くと穴は一瞬で土に埋まった。そこに修羅が忌羅の石碑を立て、指で文字を刻んだ。
『金色の武神 神己忌羅 ここに眠る』
そして修羅が隅に置いてあった孤高なる武神レギを掴む。レギを十六夜に渡す。
神己忌羅の形見である孤高なる武神レギ。龍神神話に登場する武神レギが自ら鍛えた2メートルほどの大剣。白銀に輝く刃に切れないモノはない。
寂しそうにレギの刀身を撫でる十六夜。そして、レギを忌羅の石碑の後ろの地面に深く突き刺した。
全員で墓の前に並び、両手を合わせて忌羅の冥福を祈った。
紅汰たちが忌羅の葬儀を行っている時、妖怪の山の別の場所で一人の男が倒れていた。
「はぁはぁ……っぁ……ぐっ……くそが……」
その男はアークだった。十六夜の拳を受け、肉片残らず消滅したと思われていたアークは十六夜の拳を受けた瞬間に泥で地面に潜り、逃げた。
しかし十六夜の拳によって発生したエネルギーが地面にまで及び、アークの無限に等しいほどの魔力を削ぎ取った。
最後の力を振り絞って離れたものの、アークにはもう『我が憎悪、それは憤怒』を使うことは出来なかった。
両肩はすでに武神に刈り取られ、片足も動かなくなっていた。
このままでは死ぬ。しかしどうすることもできない。
「くそぉ……俺は、俺はこんなところでぇ……!!」
風が吹いた。すると、アークの前には二つの人影が現れていた。
「……ついに、着けるべき因縁に……終わりが……」
「こいつを倒せば終わるのかー?」
二人の男が会話をしていた。
「だ、誰……だ……!」
「風魔小太郎。」
「天切平良。」
驚愕。息が止まった。
顔が見えないが、目の前に立つ二人の男は人類最強の人間を名乗った。
しかし見なくても感じるこの尋常ではないほどの魔力と覇気。間違いなく、伝説の忍風魔小太郎と恵みの大賢者天切平良だと確信してしまった。
「でもよォ、この男は天界に騙されてただけのあわ~れな男なんだろ?情けとかないのか?コタロー。」
「そんなものをこの男に掛けるならご飯にでも掛けてやる。この男は自らの犯したことの重大さにも気付かず間違った道を歩み続け、ついには月詠の家族までを侮辱し、傷つけ、奪った。俺としてはこの男は殺したい。」
「あっそ。じゃあお前に任せるわ。」
平良が二歩引くと、小太郎は両腰に装備している二本の刀をゆっくりと抜いた。
鉄が擦れる音が森に響く。
アークは何も出来ないまま、その場に震えていた。
「これで、終わりだ。」
小太郎の言葉と共に刀が振り下ろされた。
刀が鞘に収められると、また風が吹いた。
するとそこには無惨な姿で息絶えた男の遺体だけがあった。
「今思えば、俺がこの世界に来たのも全てウィルの真実とやらを探すためだったんだろうな。」
「あー?今更か?」
「いや、考えればとうの昔にそんなことは気付いていた。全てあの男の考えの中なのだと」
「だよな。ま、俺にとってはんなことはどうでもいい。ウィルの筋書きでは多分、俺達の出番はもうないよな?」
「あぁ。巨人を倒し、魔神を倒すという俺達の仕事は終わった。あとは彼らに任せる。」
「そうかい。じゃぁ、俺は帰りますかねぇ。」
「ではな、平良。今度は酒でも持ってくる。」
「おう。待ってるぜ。じゃあな、コタロー。」
一同は空を見上げていた。忌羅の葬儀が終わり、その場でゆっくりしていたところ突如空が明るくなった。
ただ、その光景には修羅と刹那は見覚えがあった。
「……また、この光か。」
修羅が呟いた。刹那はその隣で震えている。
「……なんなんだ……あの光は……。」
「………………。」
十六夜は何処か懐かしそうな目でその光を見上げていた。
「あの光は……月詠が向かっていった時と同じ光だ。月詠が言っていた、あれは核だと。」
「核!?核弾頭ですか!」
「おそらくそうだろうな。だが、あの時よりも数が圧倒的に多い。私の結界では到底防ぎきれない。さらに、計算ではあと1時間後にこの山を守る私と阿修羅の結界に衝突し、結界ごとこの地域全体を死の土地へと変える。今から逃げても無駄。つまり、詰んだ。」
修羅の言葉に全員が絶望する。誰も助からない。
「……まだ、終わってない。」
紅汰が呟いた。彼の右手の人差し指には妖しく光る指輪があった。
「ソロモンの指輪が教えてくれる。皆が助かる方法を。」
「あらゆる英知が集った指輪か……。」
「はい。俺があの光へと行き、『混沌世界』で核弾頭全てを全て引きずり込み混沌世界で爆発させれば。俺は瞬時に脱出します。」
「それ、嘘だろ。」
紅汰の後ろで十六夜が呟いた。彼の髪が段々と紅く染まっていく。
「理由は分からないが、俺には紅汰が嘘を吐いているように見える。お前の考えは合ってる。混沌世界で核弾頭を引きずり込むのはいい。だが、お前は絶対に巻き込まれる。」
紅汰の目が十六夜を捉える。周囲の目が二人に行く。
「俺の能力だ。俺は分かる。」
「いいや。俺にはお前が嘘を言っているようにしか見えない。」
「確実な根拠もないのにか?」
十六夜が目線でルーシャ、修羅、ネロ、藍、グラムに何か伝えた。
「あぁ。でも、余計な心配掛けるより俺の案の方がいいと思う。」
「?お前の案?どういうモンだそれは。」
「あぁ。まずこうする。」
十六夜が空を見上げた。紅汰も釣られて見ると、光のせいで一瞬目が眩んだ。
瞬間、紅汰の腹部に凄まじい激痛が走った。全治したはずの骨が砕けた気がする。
「がっ……!?」
「悪いな。これが最善だ。」
修羅が袖から出した鎖が紅汰を拘束する。
「どっ……いう、こと……だッ……!」
「お前が行くより、もう死に掛けてる俺が行った方がいいって言ってるんだよ。」
「な、なに……を。」
「はっきり言うとな紅汰。俺の体はあと一回でも限界突破を使えば崩壊する。」
言葉を失った。十六夜の口から出た言葉は紅汰の胸に突き刺さる。
「限界を超えまくると、いくら常人より少し丈夫な俺でも体が持たないらしいんだ。で、アークの時にお前と戦ったとき以上に限界を超えたからもう体が限界ってわけだ。こいつだけは能力でもどうにもならん。だから、俺が行く。」
「お前に……あれがどうにかなるのかよ……!」
「なる。」
十六夜は光を見た。
紅汰は理解した。
十六夜は、母親と同じ運命を辿ろうとしているのだと。
自らを犠牲に、全てを救おうとしているのだ。幼馴染である紅汰は分かっている。十六夜は自分が助かって誰かが犠牲になるなど許さない。だから、自分が犠牲になるのだ。
「思えば簡単なことなんだ。みんなの言葉で分かった。」
十六夜の背中から真紅の翼が飛び出す。紅い羽が地に堕ちた。
紅汰は能力を使おうとしたが、何故か炎がでない。レーヴァテインで鎖を破壊しようとしたが、巨大化したレーヴァテインが大剣となったグラムに弾かれ、紅汰の手元から離れた。
「でもよ、紅汰。お前は勘違いしているようだから言っておくけどよ。俺は死ぬ気なんて毛頭ないぜ?グングニルを置いて死ねるかよ。ただ、帰るのが遅くなるって言ってるんだよ。グングニルもそれを承知で俺を受け入れた。だからこそ、俺は死なないし死ねない。大体、お前とルーシャの結婚式の祝辞読むまでは死なないって前々から言ってるだろ?ルーシャも藍もネロも修羅さんも分かってお前を抑えてる。」
「……お前は……お前は……ッ!!それで、いいのかよ……!?」
「言い訳がない。俺だって怖い。でもよ、紅汰。こういうものは大抵展開的なもので帰ってこれる。」
十六夜は紅汰以外の全員を見た。
ネロが十六夜の前に出る。
「……風魔十六夜。やはり余の目は間違ってはおらぬ。そなたこそ、英雄よ。」
「止めてくれよ。俺は女の子一人泣かせちまう駄目男だぞ?」
「いいや違う。そなたは自らと大切な者たちを天秤にかけ、自らを捨てることを選んだ。誰にでも出来ることではない。」
ネロが右手を差し出す。十六夜も笑んで右手を出して、手を握る。
「風魔十六夜、そなたに万雷の祝福と幸あれ。」
「おう。ありがとよ。ネロも幸せにな。」
ネロが下がると、ルーシャと藍とグラムが出る。
「後は、任せた。」
十六夜がそう言うと、三人は頷く。
「……ご武運を。必ず、戻ってきてください。」
「詳しいことはあんまり分かりませんけど、ぐっとらっくですっ。」
「…………ぐっとらっく?」
「何故最後疑問系かはあえて突っ込まんが、頼んだ。」
そして次に修羅を見た。修羅は苦笑し、空を見上げた。
「……止めないんですね。」
「残念ながら、今の私には君を止める覚悟はない。君を止めれば皆死ぬからな。本心としては止めたい。だが、私にはどうすることもできない。だから、君の覚悟を受け入れる。必ず、必ず戻って来い。私はこの言葉を月詠に伝えることが出来なかった。だから、君に伝える。必ず戻って来い」
「……はい。」
最後に、刹那を見た。彼女は無表情で十六夜を見つめている。
「私は、分かっていたのだろうな。お前が月詠と同じ運命を辿ることになると。」
刹那は十六夜に近付く。
「分かっていても私にはどうすることもできない。修羅が言っていた。私達はただ少し力を持っただけで人間と大差ないと。その通りだ。私は何も出来ない。だが、私はもう後悔することはない。」
刹那が手を十六夜へと伸ばし、引き寄せた。
「あの時は、何も言えなかった。でも、今は言える。『ありがとう』」
「……必ず、帰ってくるので。お元気で……。」
刹那が十六夜から離れる。紅汰は地面に倒れたままの姿勢で十六夜を見ていた。
「文句なら帰ってきたときに拳で聞いてやる。もちろん当てればの話だが」
「…………信じていいのか?」
「その答えはお前が分かっているはずだ。違うか?」
「…………帰ってこなかったらあの世に出向いてブン殴るからな。」
「おう。お前こそ、俺が帰ってまでになんかあったらお前の恥ずかしい過去話を全て『ルーシャ』に話すからな」
「…………なんか重くないか。それ、社会的抹殺って言うのか?」
「じゃあそうならないようにしろ。俺も必ず帰ってくる。」
紅汰はとてもつもなく重いため息を吐くと、呆れ顔で十六夜を見た。
「止めても行くんだろうな。今回はいいが、次はないからな?」
「あぁ。じゃあなっ、後は任せた。」
十六夜が翼を羽ばたかせ、軽く浮く。グングニルは次第に離れ行く彼の手を強く握った。
「本当は、行ってほしくありません。ここで一緒に死にたいです。でも……無理な相談ですよね?」
「すまん、もう決めたことだ。」
十六夜も哀しい目で彼女の手を強く握る。次第に離れていく。
「……マスター、もし今願いが叶うなら……ずっと一緒にいたかったです……」
「あぁ。俺も、ずっと一緒にいたかった。」
十六夜とグングニルの手が離れた。そして十六夜は翼で空間を叩き、全力で空高く飛んだ。
真紅の羽が数枚地面に落ちた。
「マスタぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
自分の体が壊れようと構わない。
あの希望だけは失ってはいけない。自分が帰るべきあの場所だけは。
光に近付くにつれ、体が悲鳴を上げる。血管が切れ、血の尾を引く。骨が軋む。
アークと戦ったとき以上の痛みが十六夜の体を襲っていた。しかし、ここで倒れるわけにはいかない。ここで倒れてしまえば、次は紅汰が行くことになってしまう。
だが、この痛みは限界突破で体が壊れ行く痛みではない。新たな道へ行くための痛みだ。
どうすればいいか、答えは得ていた。Lやシーゼが言っていた言葉が十六夜を一つの答えへと導いた。
視界が真っ赤に染まっていく。聴覚が遮断され、何も聞こえなくなった。
腰から下の感覚もすでにない。ただ感じるのは、光が放つ熱。
ただ一点。光だけを見つめ、十六夜は飛び続けた。
限界ももう近い。しかし、光は遥か遠くに見えた。
『十六夜、頑張って』
ふと、誰かの声が聞こえた。聴覚が既に遮断された十六夜には聞こえるはずのない声。
しかし、それはとても安らぐ懐かしい声だった。幻聴かもしれない。それでも、十六夜には充分だった。
手を伸ばす。そしてふっと、指先の感覚が消え、何も感じなくなった。
空が真っ赤に染まった。
真夜中の闇を照らしていた光は十六夜と思われる紅い光が突っ込むと同時に消滅。
代わりに真紅が空を染めた。まるで、キャンパス全てを赤で塗ったような赤さだった。
そして空から落ちてきたのは真紅の羽。それは紅汰たちの前に落ちると、儚い光を散らして消滅した。
誰もがその光景に見入っている。しかし、一方でルーシャや刹那、グングニルは泣いていた。修羅が鎖をしまい、紅汰を解放する。
空が再び黒になった。真夜中の闇へと空が戻ると、星の光だけが闇を照らしていた。
そして今度は暗黒に染まった。星の光が途絶え、何も見えなくなった。視界すらも。
紅汰がすかさず炎で辺りを照らす。さらに空に巨大な炎を打ち上げ、山全体を照らす。
紅汰たちがアークと死闘を繰り広げたあの山が真っ黒な泥に覆われていた。山の頂上には球体の泥が禍々しく渦巻く。
「『我が憎悪、それは憤怒』だと?あれほど巨大なモノが…………いや……まさか…………!!!」
修羅の眼が大きく開かれ、泥の球体を睨みつける。
「しまった……!……私としたことが……!」
「なにがどうなっている!修羅!」
刹那が修羅に詰め寄る。修羅は珍しく焦っているのか額に汗が浮かぶ。
「……闇の皇が復活する。」
「闇の皇?なんだそれは。」
「龍神神話最凶最悪の黒魔術師だ。死者をも蘇らせ、闇の眷属達を創りだした元凶……!!」
「何故それが復活する!?」
「私が知るか!まずいぞ、こうなった以上闇の眷属が異界から入り込んでくる。平らが封印したのがまさかあの山だったとは……!」
「で、どうするのだ?」
「……無理な話だが、我々で闇の皇と眷属を食い止めるしかあるまい。皇が復活した以上、眷属達は天界のことなどお構いなしに入り込み、命を食らう……!!」
修羅が袖から札を取り出す。何か唱えると札は燃えた。
「残念ながらこの場であの泥に対抗できるのは紅汰、ルーシャ、グラムだけだ。他は逃げた方が良い。私は結界で奴等の侵入を防ぐ。その内に他は逃げろ。妖怪達を避難させろ。姉上、頼んだ。」
「……分かった。死ぬなよ、修羅」
グラムが龍化し、藍がその背に乗る。ネロも乗ろうとしたが、刹那に服を掴まれ、しぶしぶ撤退した。
「ルーシャ、お前は刹那さんと一緒に行け。」
起き上がって紅汰はルーシャに言う。しかし、紅汰も内心は理解していた。ルーシャはここに残る気なのだと。ルーシャはそういう性格だからだ。
「分かっているならいわないでください。私は、貴方と一緒にいます。」
聖剣を鞘から抜刀し、ルーシャは戦う意思を伝える。分かっていても彼女を危険な目には会わせたくはない。しかし、明らかに剣の腕もルーシャの方が上なので気絶してもらう考えは失敗。騙して攻撃、というのも今のルーシャは完全に隙がないので無理。
「じゃあ、ここにいろ。俺がカタを着ける。」
「一人、でですか?」
「そうだ。俺じゃ心配か?」
「……心配、ではありませんが……不安を感じます……」
「それ心配してんだろ。大丈夫だって。」
ルーシャの肩をポンと叩き、落ち着かせる。それでもルーシャは不満げな顔で紅汰を見ている。紅汰は真剣な表情になり、声も低くして言う。
「頼む。これは俺がやるべきことなんだ。風魔が守ったこの山を、壊すわけにはいかない。俺が、俺が終わらせる。」
これほどにまで真剣な目をした紅汰に気圧されたルーシャ。さらに、紅汰の意思を尊重するかのようにレーヴァテインとエクスカリバーが輝く。
「大丈夫だ。俺を信じろ。」
「……風魔みたいに、止めても行くでしょうね。私を抑えてでも。」
「もちろんだ。でも、すぐ戻ってくる。」
ルーシャの翡翠の瞳と対峙する。紅汰にも劣らぬ剣幕だが、数十秒による見つめあいの末、ルーシャはため息を吐いた。
「……絶対、戻ってきてくださいよ?」
「おう。早めにな。」
走り出す。さらに背中から炎の翼を作り出し、泥の塊へと向かう。
「紅汰さん!私も、連れて行ってください……」
グングニルが槍化し、紅汰の手に収まる。紅汰は頷く代わりに、槍を強く握り締めた。
同時に、龍化したグラムも咆哮を上げ飛び立つ。
これが、本当の最後の戦い。
紅汰は巨大な泥の塊の前まで来た。しかし、泥に変化はない。
試しに炎を泥に打ってみると、炎は泥に触れその一部を灰に変えたがすぐにまた泥が流れ出る。後から来たグラムが泥に向かって息を吐こうとした瞬間、泥の塊が蓮の花のように開花した。いくつもの花びらの向こう、泥の塊の中には一人の少年が立っていた。砂色の髪、魔法使いのように黒いローブに身を包み、知性に満ちているも、光のない翡翠の瞳に痩せこけた顔。
まさか、この少年が闇の皇だというのか?
少年は紅汰を見つけると、手を振った。
(やぁ)
「!?」
紅汰の脳内にしわがれた声が響いた。誰だと周りを見回すが、グラムと藍と少年以外に誰もいない。
(私だ。君の目の前に立つ小さな少年だよ。)
「なっ……!?」
(私の名前は闇の皇ヴィア。君は恵みの賢者の息子だね?雰囲気で分かるよ)
「なんで頭の中に声が……?」
(それについてはすまない。何せ、昔黒魔術のせいで声を失ってね。直接君達の脳内に話し掛けている。)
少年が泥の上をゆっくりと歩く。泥は少年の道を作るように空中で固まり、彼の足場を作る。
「……あえてその姿には突っ込まないが、率直に一つ言う。出てけ、ここは闇の眷属がいていい場所じゃない。」
(何故だ?)
「ここは俺達が住んでいる世界だ。お前達みたいな奴らがいていい場所じゃないんだよ」
(それは人種差別というものだ。私の可愛い実験結果たちはせまい世界の中で退屈している。だから、今この世界が混乱しているうちにこの世界に移住させてもらう。)
「実験結果だと?」
紅汰に向かって歩いてくる少年。彼と目が合うと、彼はとてもその容姿では出せない暗い笑みを作った。
(そうだよ。私が人間と数種類の人外の生物を融合させて創りだした傑作。それが闇の眷属。あれは私の実験の成功結果さ。)
「お前の実験だと……?」
紅汰の心にこの少年に対する怒りが沸きあがる。実験のために大勢の人々の命を使ったのか。そんな紅汰の怒りを感じ取ったのか、ヴィアの声が脳内に響く。
(そう。これは世界平和のための実験なのさ。)
「世界平和だと?多くの人々の命を使って化け物を作っておいて平和だと!?ふざけてんのか!?」
(私は真面目だ。いいかい、考えてみてごらん。今の世界を。貧しい国では子供が満足に食事も食えないまま虫や病気に侵され死に、テロの激しい国では自らの正義を通すために他人を傷つけ、紛争の国では兵士が腸を裂かれ死にたくても死ねず、子供も笑って殺す兵士がいて、何人もの兵士に蹂躙される女性がいる。これらと私の行為を比べてみれば、お互いに殺しあわず、協力しあう闇の眷属の方がよっぽど良いとは思わないのか?)
ヴィアの言葉に紅汰は言葉を失う。ヴィアの今の言葉の中に過去形が一切なかった。つまり、ヴィアは記憶しているのだ。この世界の状況を。全てを。
(だから、私はこの世界を変える。闇の眷属達によって世界を覆いつくし、誰も傷付かない世界を私は作る。と思っていたときに大賢者に封印されてしまったんだがね。)
幼さを残した少年が紅汰の前まで来た。紅汰もグラムもその少年の言葉に動けなかった。
(闇の眷属が世界を調和へと導く。この世界の住人は黙って従えばいい。そうすれば、ずっと幸せなのだから。)
「……お前は、それが間違っているとは思わないんだな?」
(もちろん。私は正しいと思うからやる。)
紅汰の胸元のペンダントが赤く輝いた。すると、彼の右手には真紅の剣が収まっている。
「そんなことはさせない。お前は間違っている。」
(間違っている?なら、代案を示してくれないか。私は、どうすればいいんだ?)
「そんなもん知るか。答えなんて誰も知らない。世界平和なんて絶対にない。必ず何処かで誰かが傷付いて誰かが笑う。世界はずっとそのままだ。」
(私は認めない。絶対に闇の眷属と私がこの世界を平和へと導いてみせる。君には負けない。)
「お前は優しすぎなんだよ。だからこそ、誤った。」
(誤ったのは君達じゃないか。やはり君とは賢者同様相容れないようだね。ここで死んでもらおう。)
ヴィアの背後に泥が集合する。紅汰はレーヴァテインとグングニルを構え、炎を二つの武器にまとわせた。
(さぁ、来たまえ。どちらが正しいか、証明しようじゃないか)
泥が一斉に紅汰に襲い掛かった。炎の壁を作って泥を防ぐ。グラムがヴィアに向かって白銀の吐息を吐く。泥がヴィアの壁となり息は泥を灰にするが、ヴィアには届かない。隙を突いて紅汰の炎がヴィアに放たれるがこれも泥に防がれた。
(さぁさぁ。あと五分で異界から私の可愛い眷属達が押し寄せてくるぞ!!)
ヴィアが片手を空に掲げると、一部の泥が空に浮き渦巻く。すると、泥は空間を切り裂き次元の切れ目を作った。
「くそっ!!」
あそこから眷属達が入り込んでくるのだろうと理解した紅汰はグラムに目線で合図し、ヴィアを炎の壁で囲んだ。隙を突いてグラムが息を次元の切れ目に向かって吐くが、ヴィアが放った泥に防がれた。紅汰は炎の壁を越えてヴィアにレーヴァテインを叩き落す。しかし、破壊の剣は泥によって防がれていた。しかも、泥は炎に触れているにも関わらず灰にならない。
(私の能力、『我が憎悪、それは哀しみ(アヴァ・ディン)』は『我が憎悪、それは憤怒』とは違う。私が今までに見てきた全てを力にしている。たかが、73代しか受け継がれていない炎では破れはしない!)
泥がレーヴァテインを掴む。直感的にまずいと感じた紅汰は炎の温度を上げ、泥を灰にする。通常の炎ではヴィアの泥は破れない。それならば、更に炎を強くするまで。
紅汰の心を感じ取ってレーヴァテインが紅汰の身長をも越える大剣と化す。
そして巨大化したレーヴァテインをヴィアへと叩き落す。しかし、高速移動であっさりと避けられた。再び隙を突いてグラムが息を吐くが、泥に防がれる。
(君は鬱陶しいな)
ヴィアがグラムに向き直ると、手を軽く横なぎに振った。すると、泥が龍の形を作った。
その龍はグラムに泥の息を吐いた。グラムも白銀の息で対抗する。
紅汰が援護で泥の龍に炎を放つ。しかし炎はヴィアが放った別の泥で泥の龍に届くことはなかった。
(君の相手は私だよ)
ヴィアの声が響くと、目の前に泥が飛んできた。炎の壁で防御し、お返しにと炎を放つがやはり避けれられる。このままでは埒が明かない。そう思った紅汰の心の中には少しの焦りがあった。
(ほら、そこだ)
紅汰の焦りを見抜いたのか、隙を突いて泥が紅汰の両脚に絡みついた。即座に炎で灰にするが、気が付いた瞬間目の前にヴィアの拳が迫っていた。
巨大な鈍器で殴られたような感覚と共に紅汰は後方へとふっ飛んだ。炎のブースターで態勢を立て直す。視界が揺れ、血の味が口の中に広がる。重い。今まで戦ったどんな相手の拳よりもヴィアの拳は重かった。
と、関心していた間にグラムの首に泥が絡みついた。泥が龍の首を絞め、息を吐けなくする。グラムは暴れて抵抗するが、更に泥が絡みつく。
「グラム!!」
助けようと巨大な炎を飛ばすが、これも防がれた。グラムはもがいて、背中に乗っている藍を振り落とした。幸い、彼女は泥に捕まれず森の中へと落ちていった。
グラムは主の無事に安心したのか抵抗を諦めた。紅汰が急いでグラムの元へと向かう。
「来るなッ!」
龍が言葉を発し、紅汰を一瞬だけ止めた。一秒でも早く彼を助けようと近付くが泥が邪魔して近づけない。
「天切紅汰、押し付けるようですまないが世界は、主の命はお前に託された。」
それだけ発すると、白銀の龍は泥の塊の中へと消えていった。
紅汰が唖然としていると、ヴィアの声が響いた。
(大丈夫、皆闇の眷属に生まれ変わらせてあげる)
「……ッ……このヤロォォォォォォォォォォォーッ!!!」
怒りで炎が更に激しく燃え上がる。
そんなことはさせない。皆、闇の眷属などにさせはしない。
(怒りだけでは私に勝てない)
泥が紅汰の顔面に飛んできた。炎で灰にすると、炎を破ってヴィアが目の前に接近。その右手を紅汰の腹部に突っ込んだ。少年は炎など気にしないかのように、紅汰の腹部を手で掻き回す。あまりの激痛に悲鳴すら出ず、小さな苦しみの声だけが漏れる。
(可愛い声だねぇ)
ヴィアの嘲笑と共に泥が体内に侵入してくるのが感じられた。流石に体内に炎を放つわけにもいかず、紅汰は精一杯の力で少年の額に頭突きを放った。少年の華奢な体が後方にふっ飛ぶ。超高速で紅汰の腹部が再生。痛みを和らげ、出血を抑える。
(さぁさぁ、あと4分だよ!あと4分で私達が創り上げる新世界が誕生する!!)
「そんなことさせるかァァーッ!」
巨大化したレーヴァテインを連続で振るう。一回一回振るうごとにレーヴァテインの破壊エネルギーが嵐のように周囲の木々を薙ぎ払う。
(力任せかい?愚かだな)
呆れたヴィアの声が響くと同時に空に黒い影。見上げると、空には巨大な泥が紅汰目掛けて落ちてきている。あの大きさではおそらく逃げられない。さらに、紅汰があれをなんとかしなければ泥はこの周辺を覆い先ほど落ちた藍を取り込むだろう。それが広がれば、修羅やルーシャ、妖怪達も危ない。
「レーヴァ!今だけなら本気でやってもいい!」
(おっけー!出力10パーセント~♪)
久しぶりに聞いたレーヴァテインの無邪気な声。紅い剣が輝きを増す。
「10パー?100パーセント出せ!」
(だってお兄様、100パーセントだと宇宙まで消しちゃうよ?)
「え」
今更ながら、この武器の恐ろしさを知った紅汰。惑星系まで消し去るこの剣を渡したウィルをほんの少しだけ怨んだ。そして、今この少女に会えたことに感謝した。
「じゃあ10パーセント!あの泥をふっ飛ばせ!」
(いっくよー!)
ヴィアはレーヴァテインが出す衝撃波のエネルギーのおかげで近付いてこない。
今がチャンス。紅汰は力を籠めて、レーヴァテインを泥の塊に向かって振るった。
紅い光が泥に一直線に向かっていくと、泥と衝突し紅い光を散らして泥を消滅させた。
喜ぶ暇はないのですぐにヴィアに視線を向ける。少年は泥が一撃で消滅させられたにも関わらず笑っていた。
(創界の鍵、破壊と破滅の剣レーヴァテインか。随分と恐ろしいモノを持っているな。)
「お前に比べれば怖くねぇよっ!!」
続いて10パーセント出力のレーヴァテインを泥の切れ目に向かって振るった。瞬間、別の巨大な泥がレーヴァテインの光とぶつかって消滅した。
(させないよ。)
軽く舌打ちした紅汰。視界が揺れた。何が起きたと思った瞬間、泥が紅汰の四肢に絡みついた。
(あれだけのエネルギーを使ったら使用者の魔力が減るのも当然だね。)
泥が紅汰の体を埋め尽くしていく。抵抗するも、まったく動かない。
やばい、と紅汰はこんな状況でもヴィアに勝つ策を考えているのであった。
天界 天界中央大聖堂 F5
天界を統べる天界神アーラ・ムーは異常なまでに焦っていた。
計画が失敗した。人間に撃たせた大量の核弾頭が一瞬にして消えたのだ。
あの時と同じだった。あの時も大量の核弾頭を発射したはずなのに一瞬で消えた。何が起きた、何があった。地上界へ放った彼の部下からの連絡はまだない。
しかし、それとは別に次の手を打ってあった。これが彼の切り札だ。
その時だった。大聖堂の扉が開かれ、見慣れた顔の青年が姿を見せた。
「おぉ、ウィル!来てくれたか……!!」
「如何なされましたか?天界神。」
コッ、コッ、と大理石で出来た床をウィルがゆっくりと歩く。彼の顔はいつものように明るい。
「人間が、人間が……核を撃ったのだ……!!」
核、その言葉でウィルの表情が真剣なものへと変わった。少し足を速め、詳細を聞いてきた。
「どういうことですか?」
「人間と妖怪がまた戦争を起こし……敗北した人間が自棄になって核弾頭を発射したのだ!核弾頭は何故か消えたが、人間が撃ったという事実は変わらん。そこでウィルよ、お前の力を貸してくれ。」
「……具体的には何をすればよいのでしょうか?」
そうだ。これが、これが天界神の切り札だ。
ウィル、遥か昔に天界児童大量虐殺事件の生き残りである少年。彼を育て、『全知全能』という最強の能力を開花させた天才少年
彼の力があれば計画は必ず成功する。天界神は慎重に言葉を選び、発した。
「地上を浄化する。」
「……つまり、僕の力で大洪水でも天災でも起こして全生命体を消滅させよ、ということですか?」
「……哀しいことだが、そうだ。そして創界の鍵で新たな世界を創る。それにはお前の力が必要だ。ウィル。」
ウィルは納得したように頷くと言葉を紡いだ。
「計画が失敗したので僕に頼った、という訳ですか?」
息が止まった。計画のことがばれているのか?天界神はどうにか震えそうになることを抑えて、言葉を紡ぐ。
「け、計画?なんのことだ……?私にはさっぱり分からん……。」
「とぼけなくても結構です。全て、分かって此処に来ましたから。」
ウィルの背後から別の足音が聞こえた。警備兵だろうか。少し位置をずらして、誰かと見ると見たことのない男が歩いていた。思わず声を荒げて叫ぶ。
「貴様何者だ!ここは神聖なる場所だ!警備はどうした!?」
天界神が叫ぶと、男、つまりLは嘲笑した。
「あァ~ん?あんな奴ら俺の敵だと思ってんの?その辺で気絶してる。」
Lはウィルの隣に並ぶと、とても嬉しそうに笑った。
「ウィル!こいつは誰だ!私に対して無礼だ!」
ウィルはL同様天界神を嘲笑するかのように笑み、言った。
「紹介しましょう。彼の名前はL。いや、貴方にはロキと紹介した方が分かりやすいでしょうか?」
「はァ~い、糞野郎。地獄の底から戻ってきたぞ。」
ロキ、その名前に天界神の表情が凍りついた。おそらく彼の顔は今とてもつもなく青ざめているだろう。
「ロ、ロキ……だと!?馬鹿な……知恵の神ロキは、ロキ神は児童虐殺事件の時に死んだはずでは……!」
「おや?何故そのことを?僕は彼のことをロキ、と紹介しただけで別に知恵の神様なんて一言も言っていませんよ?」
「この事実を知っているのは俺を地上へ落とした奴らと俺が話した奴だけなんだが。でも、俺はアンタと初対面だし~ということは~残るはお前は俺を地上へ落としウルを殺した奴等の仲間なんだよなァ~?」
ウィルとロキの視線が天界神を追い詰める。凄まじい量の汗が流れる。天界神は後ろに下がり、壁に掛けてあるモノに触ろうとした瞬間彼の両肩を弾丸が打ち抜いた。火薬の音と共に血が大理石の床を汚す。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
地面に倒れる天界神をLが無理矢理起き上がらせる。
「天界神アーラ・ムー、貴方の計画は既に失敗しているのですよ。この僕が真実を求め始めた時から。」
「テメェの腐れ脳みそが考えた計画はまず、人間に妖怪側と戦争させ、創界の鍵を奪うことだった。だが、それは風魔月詠のおかげで失敗。それでテメェは死に掛けたアークを助け、月詠を死に追いやった人間共への復讐に協力するということで闇の眷属共の力『我が憎悪、それは憤怒』を与えた。アークは処刑されかけたジャンヌを助け、眷属共と契約させ、眷属共の親玉闇の皇復活に協力する代わりに修羅たちを始末するように言った。そして今回の戦争で妖怪と人間、眷属共が殺しあっている間に創界の鍵を回収させるように部下を使った。アークは闇の皇の力で死者を蘇らせようとしたが失敗、これはアンタの計算内だったな。だが、創界の鍵回収に失敗したのは誤算だった。そこで最終手段として人間側に核を使うことを指示した。だがそれも月詠の息子十六夜がなんとかした。また失敗したアンタは最終手段としてウィルを使い、地上界を浄化。創界の鍵で新たな新世界を作ろうとした。これがテメェの計画だな。」
天界神の計画が、このロキという男に全てばれている!
どうしてだ!?完璧だったはず!天界神は何処で間違えたと必死に探す。
「まず部下が弱い。簡単に話したぞ。そして眷属共とジャンヌの言葉。創界の鍵、風魔月詠、アーク。これらの鍵がこの俺に気付かせた。真実をな!」
「真実……だと……?」
「貴方が、あの時の天界児童大量虐殺事件の黒幕だということです。アーラ・ムー。」
「馬鹿な!何故私がそんなことをするのだ!?」
「僕、ですよね?」
「なっ……」
「貴方は、天界の子持ちの親に指示した。『子供を殺せ、殺さなければ子供は死ぬ、警察へ言っても無駄だ。逃げても追いかけろ。必ず殺せ』とでもね。僕の両親や凛の両親はそれに従わざるを得なかった。だからあの時、僕らに刃を向けた。そして、生き残った僕はとても身にあまる能力を手に入れた。全ては、天災、いや神に匹敵する能力を持った子供を探すためだったんですね。自分がこの世界を支配するために。」
ウィルはとても哀しそうな目で床に倒れる天界神を見た。ロキは部屋の中を漁り、物置からイチイの木で出来た弓を持ってきた。
「答えてください。貴方が黒幕なんですね?」
「違う。」
答えた瞬間、老人の顔面に蹴りが飛んできた。数本の歯が吹っ飛んだ。
「俺を欺けると思ってんのか?嘘吐いたら一発で分かる。」
今度は目隠しをされ、手足を縛られる。椅子に座らせ、椅子と天界神の体を縛り付ける。
暴れる老人の首筋に冷たい感触、と同時に何かが首から流れ出す。
実際はロキが首に少しナイフを当て、そこから冷たい水を少しずつ流しているだけなのだが。
「知ってるかァー?天人でもよォ、血液の3分の1無くしたら死ぬんだぜ?今首を軽く切った。この出血量だとどれぐらい持つかなァー?自分の死に頃が分かるってどんな気分ー?」
「ひぃぃっ…………!?」
「答えてください。そうすれば貴方を解放します。」
「わ、分かった……!!私が、私があの事件を起こした……この世界のために……!!」
ついに、ついに真実がその口から出た。真実は言葉にした瞬間事実となる。
ウィルもLも驚きを隠せないようで、天界神にさらに質問した。
「この世界のために、とはどういうことでしょうか?」
「この世界は戦争で種族同士で殺し合い、種族違いで殺し合う!そんな腐りきった世界を変えるには新しい世界を作る必要がある!私は人間や妖怪のような下等な生き物を滅ぼし、私が理想とする世界を作る!」
「下等だと?テメェもう一回言ってみろゴラァッ!!!俺の相棒の種族を馬鹿にすることは断じて赦せねェッ!!テメェの方が下等だその辺のうじ虫の餌にして食物連鎖のすげぇ底辺辺りにテメェの名前刻んでやろうかあァ!?」
相棒である忌羅が妖怪であること、それを下等を笑った天界神に憤怒するロキ。どれだけ悪口を言おうが罵ろうが、ロキはロキで忌羅のことを慕っていたのだとウィルは改め理解する。ウィルが天界神の前に立つ。
ロキはウィルの表情に落ち着いたのか、手に持っていたナイフをウィルに投げ渡す。ロキが頷くと、ウィルは決心したように頷いた。
「わ、私は話した!!解放してくれ……!!」
だが、天界神がここで話したことをウィルたちが議会に言っても無意味である。自分の権力さえ使えばそんなものは握りつぶせるからだ。
「分かりました。貴方を解放します。」
ウィルの声と同時に天界神の目隠しが取られた。安堵の表情を浮かべた天界神は瞬時に凍りついた。ウィルがナイフを振りかぶっていたからだ。
「この世からね。」
言葉と共にナイフが振り下ろされ、老人の頭を二つに裂いた。老人は悲鳴を上げる間もなく絶命し、床に倒れた。
「残念ながら天界議会は既に貴方の議長追放を容認し、被告人なしの裁判でも貴方は死刑に決まりました。もちろん、その裁判長は凛ではありませんけどね。」
終わった、とロキは愛おしそうに弓を抱きしめ涙を流した。
ロキが持つ弓は、聖弓イチイバル。北欧神話の神ウルが使う聖なる弓。意味は光輝。
そう、ロキが愛した、もうこの世にはいない女神ウルが愛用した弓。
これでウィルが全てを費やしてでも探した真実は見つかった。復讐も成した。
だが、死んだ者は蘇らない。
「……ウル、終わったぜ……やっと……やっと…………!!!」
最愛の女性の名を呼ぶロキ。彼の涙がイチイの弓を濡らす。
とその時だった。突如、弓が光りだした。あまりの眩しさに目がくらんだ瞬間、ロキの腕には弓ではない何かがあった。それはとても温かい、懐かしい香りがした。
光が消え、ロキの腕には一人の女性が抱きしめられていた。
白銀の短髪。妖しい赤を含む唇。整えられた鼻。体のスタイルを引き立て妖艶さを出す白いドレス。そしてエメラルドの瞳に白い肌。ロキよりも少し低めの美女がいた。
ロキの唇が震えた。さらに涙が溢れ、彼の頬を濡らした。美女はそんなロキを見て、優しく笑った。繊細で綺麗な指がロキの涙を拭う。
「う、ウル……?ウル、なのか…………?幻とかじゃないよな……?」
珍しく動揺しているロキ。ウル、と呼ばれた女性はロキの目を見て笑んだ。
「えぇ。久しぶり、ロキ。」
ウルがその言葉を言った瞬間、ロキが思いっきりウルを抱きしめた。ウルは苦笑いし、自分より少し高めなロキの頭を撫でた。
「もう、こんなに泣いちゃって。情けないわよ。」
「うるせぇ……ッ……会いたかった……ッ!!これ以上ないぐらいにお前に会いたかった!!!俺は……俺は…………ッ。」
「……私も、会いたかったわ。ロキ。」
ロキが探した女性。幾千の世界を巡り、何度死に掛けようと会いたかった女性。
彼が全てを捧げてでも会いたかった、愛した女性。
「……なるほど。女神ウル、貴方は死んだ。しかしその魂を創界の鍵『聖弓イチイバル』に宿すことでイチイバルの武霊となったのですね。」
ウィルが関心したように頷く。ウルもロキ同様、涙を流し答えた。
「えぇ……私も、ロキに会いたかった。ようやく……ようやく……会えた……」
お互いに抱きしめ合い、良い感じのロキとウル。そんなとき、ウィルの携帯がなった。
メール着信だ。用件と共に状況を理解する。彼の口元には笑み。携帯を閉じ、気まずいが二人に声を掛けた。
「あー……真に申し訳なんだけど、お二人さん。君達の力を借りたい。世界を救うために。」
ウルが人前だった、という事実に気付き頬を赤らめた。ロキはウルを抱きしめたまま聞く。
「どうすればいい?」
「イチイバルの力を貸して欲しい。」
妖怪の山
紅汰の体が地面に叩きつけられた。すぐに起き上がった彼の顔面に泥が飛んできた。炎ですぐに防御。しかし、足に絡みついた泥が紅汰を空中へと投げ飛ばす。
魔力切れとなってからは防戦が続いていた。しかし、確実にダメージを食らう紅汰に対してヴィアはまだ無傷だった。
(さぁさぁ!あと1分だ!正確には40秒!!)
空に浮かぶ泥の切れ目の回転が速くなる。まずい。このままでは闇の眷属が全てを食らい尽くしてしまう。
「そんなこと、させるかよぉぉぉぉぉ!!」
体に残った全ての魔力を炎に注ぎ、その炎をグングニルにまとわせる。
頼んだ、願いを籠めて紅汰はグングニルをヴィアに向かって投げた。
紅い光と黒い炎が混じったグングニルは壁となる泥を簡単に貫き、ヴィアの華奢な体を貫いた!!
ヴィアの口から血が吐き出された。グングニルは紅汰の手元へと戻る。
少年の目には疑問。何故自分が傷を負ったのかという疑問があった。
一度投げれば標的を貫くまで動く神鎚グングニル。十六夜が残してくれた力。
(……忘れていたよ。君はもう一つ創界の鍵を持っているんだね。)
ヴィアの表情に初めて焦りが現れた。彼は創界の鍵の対抗策を持っていない。
確信しただけで力が沸いてきた気がする。
(でも、君にはもう魔力はない。あの切れ目を破壊するほどの力もない。僕の勝ちだ。)
気付いた。いくらヴィアを倒そうとあの切れ目をなんとかしない限り眷属達は入り込んでくる。しかし、ヴィアの言うとおりあの切れ目を破壊するほどの魔力はもう紅汰には残っていない。
はずだった。
紅汰の全身から消えかけていた炎が溢れ出す。傷もすぐに回復した。
なんだ、と動揺する紅汰その時だった。頭の中に魔界神の言葉が浮かんだ。
『今、君の中にある邪神の力を解放した。』
まさか、これが混沌の邪神カオスの力だというのか。最後の最後で出てきやがって、と紅汰は邪神に文句を言う。
ならば、今こそ使う。最後の最後まで取っておいたこの能力を……!
「10秒で決着を着ける!」
両目に激痛。しかし、懐かしい感触だった。
「『混沌世界』!!!」
紅汰とヴィアの視界が真っ黒に染まった。
そして混沌世界へと導かれる。
混沌の世界。この世界で決着を着ける。逃げられることはない。
「レーヴァ!この世界ごとふっ飛ばせる出力を出せ!」
(はいは~い!出力15パーセント~いっくよー♪)
これでも15パーセントの力しか出せない。しかし、それなら充分。
ありったけの魔力をレーヴァテインに注ぎ込む。
(私は負けない。『我が憎悪、それは哀しみ(アヴァ・ディン)』は最強の魔術だ!)
ヴィアは巨大な泥の壁を作り対抗。しかし、無意味。
「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーッ!!!!」
振り下ろした。紅い光が混沌の世界を覆った。
気が付くと、混沌の世界から妖怪の山へと戻っていた。
空を見上げると、泥の渦は消滅していた。どうやら、レーヴァテインの力は混沌世界まででなく妖怪の山にも少なからずの影響を与えていたらしい。
そんな中、ボロボロになったヴィアが浮いていた。下半身は消滅し、両腕もない。顔も眼球が目から零れ落ちるほど酷い有様になっていた。
(ワ、ワタ……ワタシは!!平和ナ世界、ノために負けるワワワケニハイカナイッ!!マ、マダ……マダ終わっていない……!!!)
ボロボロになりながらも叫ぶヴィアに紅汰は哀れみを感じていた。
どうして、このような少年が道を誤ったのか。何故黒魔術などに手を出してしまったのか。
何故叶いもしない理想のために戦うのか。
「……お前の敗因は一つだ。ヴィア、たった一つ。シンプルな答えだ。お前は一人だった。それだけだ。」
紅汰には、十六夜がいる、ルーシャがいる、魔界神がいる、グラムがいる、藍がいる、グングニルがいる、レーヴァテインはいる。一人ではなかった。
ただ、ヴィアは一人だった。それだけなのだ。敗因は。
遥か遠く、ロキは朝日のように輝く弓を構えた。その方向には妖怪の山がある。
「この距離で当たるのかい?30kぐらい離れてるけど。」
「俺には距離は関係ない。ただ、当てる。それだけだ。」
ロキは光り輝く矢を弓の弦に通す。呼吸を整え、矢を引く。そして。
「闇を払い、光輝の光を!!聖弓イチイバルッ!!!」
渾身の力で矢を放った。矢は光の尾を引いて、それへと向かっていった。
妖怪の山
(サァ!第二幕開始だッ!!世界の命運をカケテタタカエ……!!)
『我が憎悪、それは哀しみ(アヴァ・ディン)』の泥がヴィアの失われた部位を構成する。傷も泥が塞いだ。しかしレーヴァテインのダメージは消えない。
その時だった。
光が一瞬瞬いた。
一瞬の光に紅汰は目が眩んだ。すぐに何が起きたと確認すると、そこには。
光り輝く矢に心臓を貫かれたヴィアがいた。
矢が更なる光を発すると、ヴィアの体を作り出していた泥が消滅。さらに少年の周囲に待機していた泥も消滅。ヴィアの体も光に消えるようにゆっくりと消えていった。
闇の皇は消滅した。紅汰は最後に、幼くとも世界の平和を望み道を誤った少年の魂の安らぎを祈った。
「……闇の皇は消滅。闇の眷属達も来ないし、人間は魔界が押さえた。もう戦争は起きない。」
「おう。やっと……終わったな。思えば長かった。」
「うん、長かった。でも、やっと終わった。」
ウィルはロキに手を差し出す。ロキもふっと笑んでその手を強く握る。ウィルも彼の手を握り返す。
「L,いやロキ……ありがとう。君がいなければ僕は真実に辿りつくことはなかっただろう。本当に、ありがとう。」
「何言ってんだ。お前がいたから俺もウルに会えた。お互い様だろ?」
「……そうだね。中々楽しかったよ。君との旅は。」
「おう。俺も楽しかったぜ。ありがとよ。」
手を離し、彼らは空を見上げる。星が輝く夜空で彼らは言葉を交わす。
「んじゃ、俺とウルは神界に戻るとするか。ウィル、お前も来るか?」
「あぁ、是非ね。天界の方が落ち着いたら連絡を寄越すよ。」
「ん。じゃあ、それまでお別れだな。」
「うん。じゃあね、ロキ。ウルと良き人生を。」
「おう。お前も良い女捕まえて幸せにな。じゃあな。」
「あっ。最後に一つ、いいかな?」
「ん?なんだ?」
「君と僕が出会ったあの日、僕にメールを寄越した『神』って誰?」
あぁ、そんなことか。ロキは最後に、言った。
「お前だよ、ウィル。」
第二次人妖戦争についての記述
第二次人妖戦争は妖怪側の不思議な攻撃により兵士全員が戦意喪失。その後、武装解除し降伏。これによって人妖戦争は終結した。
しかし、人間側が妖怪たちに向けて核を発射。妖怪側はこれらを一瞬で消滅させた。
その時に紅い光が核弾頭に向かっていくことが確認された。
その後、魔界神率いる魔界が人類最高政治機関都市フロンティアを制圧。これによって人間側は完全な敗北を迎えた。
後日、魔界、天界、妖怪、人類、その他の代表が集まり人間を管理下に置くことを決定。
人類は永久的にあらゆる種族に管理されることになった。
ここに全ての犠牲になった者たちの魂の冥福を祈る。
そして高貴なる風魔月詠、風魔十六夜に敬意を。
筆者 神己修羅
第二次人妖戦争が終結してから18年の時が過ぎた。
ペンドラゴン王国 市内
「「いってきまーす!!」」
「行ってらっしゃい。稗那、春乃。」
元気な声と共に二人の少女が飛び出していった。
グングニルはまだリビングのソファで眠っている少年に声を掛ける。
「ほら、華蓮。寝坊するわよー?」
少年はハッ、となって急いで支度をする。苦笑いし、彼の支度を眺める。
「じゃあ、行ってきます。母さん。」
「はい、行ってらっしゃい。気をつけてね」
何処かぎこちないが、少年は後に出た二人を追う。グングニルはそれを笑顔で見送った。
核弾頭に突っ込んでいった十六夜。その後、皆で探したのだが、十六夜は見つからなかった。
戦争が終わって18年が過ぎた、十六夜は行方不明のままだった。
そしてグングニルは母親となっていた。十六夜の子を身篭り、三人の子供を出産した。
長女の風魔稗那、次女の風魔春乃、長男の風魔華蓮。
皆十六夜にそっくりで可愛らしい。
紅汰とルーシャも名目上ではまだ結婚していないが、子供が出来ていた。グングニルと同じく三人の子供がいる。
あれから18年、それぞれの道を歩みそして今幸せな人生を送っている。
彼らはまだ知らない。彼が産まれるまでに彼らの父親、母親がどんな人生を送っていたのかを。それを知るのは、まだまだ先になりそうな気がした。多分。
「マスター、待ってますよ……」
グングニルは呟いた。その言葉は風に乗り、何処にいるのかも分からない想い人へと届くのかは分からない。それでもこの空の続く何処かにいると思えた。
彼女はただ、それを願い続けた。
「……あぁ、うん。そうか、『彼』は神界に入ったか。じゃあ、詳しいことは君が教えてあげてくれ。皆いるだろうけどね。…………うん、じゃあ……また連絡するよ、ロキ」
この小説を書き始めて約一年。これで終わりです。
一応、続きも考えてあるのですが区切り、ということでここで終わりにさせていただきました。読者様から何かあれば続編を書くかもしれません。
短い最初辺りの話から今までこの作品を読んでくださった皆様方本当にありがとうございました!!
もしかしたら別作品を書くかもしれませんが、その時はよろしくお願いします。
今までありがとうございました。