天魔神拳
「九尾共は始末した。あとは、あいつらだけか。」
アークは空を見上げ、自分に向かって空から向かってくるものを睨みつけた。
あれを始末すれば、月詠に会える。
心が震える。もう一度、あの美しく気高き体に触れることができる。
あの女の全てを、手に入れることができる。
アークは最大級の我が憎悪、それは憤怒の泥の塊を作り出しそれに備えた。
「さぁ、来い……息子よ……お前の血で、俺は月詠に…………!!」
「いいか、俺が奴を引き付ける!お前は隙を突いて殴れ!」
「分かった。頼む!!」
二人は地面に着地すると同時に蹴る。
迎え撃つ泥を紅汰の炎が燃やす。十六夜は速さで泥を回避する。
『限界突破』の効果はあと数分で切れる。
そうなれば暴走し、何もかもを破壊する鬼神となってしまう。
それまでにアークを倒す。それが二人の策。
父親を裁くと誓う十六夜。
子が父を殺す、それはとても恐ろしいことだ。
普通の人間ならば出来ない。だが、十六夜もアークも人間を超越した存在。
十六夜は多くの人々を殺し、母親の意思を穢した父親を憎み、アークは妻に会うために子をも殺し、禁忌の魔術に手を出した。
十六夜もアークも身内を殺すことへの躊躇はなかった。
『殺さなければ殺される』
覚悟を決めろ。家族の命をその手で奪う覚悟を。
「アァァァァァァァァァァァァクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーッ!!!!」
「来るがいい息子よ!お前を殺して俺は月詠を手に入れるーッ!!」
十六夜がアークに接近。右手のグングニルを突き出す。アークは泥を使って高速で回避。泥で槍を掴む。
一閃。槍を掴んでいる泥を左手のレギで切断。拘束から解放されたグングニルを神速の速さで振るう。アークは泥による高速移動で嘲笑うように回避する。
十六夜の足元から泥が飛び出し、両足を貫く。姿勢が崩れ、膝付く十六夜の顔面に膝蹴りが飛んでくる。頭突きで迎撃。激突。アークの膝の皿が粉々に粉砕される音が聞こえた。
苦痛に悶えるアーク。グングニルを突き出し、アークの右足を真紅の槍が貫く。
悲鳴を上げて苦しむアークの体を切断しようと、孤高なる武神の大剣を横なぎに払う。
しかし泥でレギが止められる。今度はグングニルで切り裂こうとするが、その前に泥が鈍器の形となり十六夜の顔面を削り取る。
頬の肉がごっそりと取られるが、能力により超高速で再生。痛みを無視して、攻撃を放とうとする。腹部に激痛。背後から泥が十六夜の腹部を貫く。痛みに視界が真っ赤に染まる。
血反吐を吐く十六夜。アークはその隙を逃さず、泥で十六夜の両腕を肩から切断。
二本の腕と大剣、槍が宙を舞い、地面に落ちる。腹部を貫いた泥が十六夜の体内に入り込み、臓器類を破壊する。今度は失神しそうな痛み。
視界が真っ黒になった。熱い。体に入り込んだ泥が消滅し、能力で腹部の傷と切断された腕に貫かれた足が再生。アークの顔面に紅汰の膝蹴りが命中。
ふっ飛ぶアークを泥が支える。鼻を赤黒く焦がしたアークが紅汰を睨みつける。
紅汰は手から炎を飛ばす。それを泥が迎え撃つ。泥は炎に触れ灰となる。
痛みから十六夜が回復。すぐにグングニルとレギを拾ってアークへと接近。槍と大剣を叩き付けるようにアークに振るうが、泥による高速移動でアークには当たらない。
絶対命中のグングニルを投げる手もあるが、もし命中してもグングニルがアークに取られてしまえば終わりだ。それはレギも同様。忌羅から受け継いだこの剣を投げるわけにはいかなかった。
泥が足元から攻撃してくる。跳躍で回避と共にアークとの距離を詰める。
レギをアークの額向けて叩き落す。避けられる。横なぎに振るおうとしたが、アークが放った泥が剣を弾く。大きく振りかぶった十六夜に隙が出来る。それを狙ってアークが泥を刃へと変形させ、振るう。刃の泥が飛んできた黒い炎に触れて灰となる。
今度は紅汰がアークに接近。紅い剣、レーヴァテインに自らの黒い炎をまとわせ振るう。アークは危機を感じ、高速で回避。紅汰も炎のブースターで加速し、素早いアークを追う。
紅汰の視界が一段低くなった。地面を見ると、紅汰の足元に泥の沼が出現し紅汰を泥へと引きずり込もうとしていた。炎を放つが、紅汰の体は沈んでいく。僅かに動きが止まった紅汰の体に泥の刃が集中。これは炎で灰にする。その一方で体は膝まで沈んでいく。
十六夜が地面にグングニルを突き立て、右手で紅汰の体を後ろから引っ張り泥の沼から紅汰を引きずり上げる。目線で紅汰は感謝を伝える。十六夜は目線で受け取り、グングニルを引き抜く。今度は紅汰の体から燃え滾る黒い炎にグングニルとレギを当てる。その行動を理解した紅汰は炎を操作して、黒い炎をグングニルとレギにまとわせる。
魔王の炎や聖剣は『我が憎悪、それは憤怒』の泥を一切受け付けない、それを利用して十六夜はグングニルとレギに魔王の炎をまとわせた。
これなら本来の用途でグングニルを使うことができる。
ただし、それはアークの虚を突いてからだ。紅汰と頷きあい、走る。迎え来る泥は炎が灰にする。泥の沼も今度は注意を払って、予測できないように走る。アークはまた大量の泥を背後に設置する。今度は泥が形を取り、竜となり、虎となり、大砲となる。
泥の竜が口から泥を吐き出す。飛んで回避。すると、上から泥の虎が紅汰に襲い掛かる。炎を使おうとしたが少し遅い、と思ったが虎の横腹を紅の槍が貫く。槍は虎の体を貫くと、持ち主の青年の手元に戻る。貫かれた虎に炎を放つ。炎が泥の虎を包み込むと地面に着く前に灰になる。泥の砲台が十六夜に向けて泥の塊を発射。十六夜は翼を使って回避。泥の砲弾はそのまま空へと消えるかと思いきや、一瞬で形を鷹へと変え十六夜に襲い掛かる。
十六夜の紅の翼が空気を薙ぎ払う。鷹はそれに巻き込まれ、ただの泥と化す。
泥の砲台、泥の竜による泥の息、刃、虎、無限に製造されていく泥の生物達を前に二人はアークに接近できなかった。紅汰が大規模の炎を放とうとするが、泥の鷹や砲弾が邪魔をして上手く狙いが定まらない。十六夜も砲弾や竜の泥息を避けるだけで精一杯だった。ダメ押しにと、アークの背後に今度は泥で機銃が生成される。さらに、機銃の他に泥の弓を持った人型の泥の兵士たち。完全に行き詰っていた。
アークの口元に嘲笑の笑みが浮かぶ。十六夜の限界突破もそろそろ限界がくる。
と、気に留めた十六夜の動きが一瞬止まったことをアークは見逃さず、泥で十六夜の足を掴む。大きな隙が出来た十六夜の体を泥の砲弾に弓、弾丸、刃が容赦なく貫く。十六夜を助けようと炎を放とうとした紅汰の胸を泥の虎が鋭利な爪で削り取る。さらに十六夜同様、刃に弾丸、砲弾、弓が容赦なく紅汰の体に降り注ぐ。炎を使って飛んでくる泥は灰にする。
十六夜の体が地面に叩き落される。足が泥で拘束され、その頭をアークが踏みつける。
紅汰が援護に入ろうとするが、今まで二人に分散していた泥たちが一斉に紅汰に襲い掛かる。
「どうだ。これが俺の力、俺が月詠を大切に思う強さ理解したか?お前達では俺に勝てない」
「……なにが、思う、だ。クズ野郎」
十六夜が両手に力をこめて立ち上がろうとする。頭にさらに圧力がかけられる。
「母さんの大切なもの、沢山奪っておいて……なにが、思う強さだよ……!」
「あれらは月詠と俺の未来を邪魔する障害。ゴミだ。ゴミは排除するのが当然だろう?」
アークの言葉に怒りが沸きあがる。しかし力が入らない。
「ふざけんなよ……なんで、テメェみたいな悪の勝手な理由で皆が殺されなくちゃいけねぇんだ…………!!」
「悪?悪とは弱者、己の目標も願いも夢も何も成し遂げることの出来ない者共のことだ。俺が正義だ。強者が正義、全てを力で成し遂げることの出来るもの」
「違う……ッ!!」
十六夜の腕に籠められる圧力で地面が凹む。
「悪、とは…………己の勝手な理由の為に、他人を踏み躙る奴のことだ……!!悪はお前だ!弱者はお前だ!何もかもを一つの目的のためと言いながら結局はその目的さえも穢している!お前は母さんを独占したいだけの馬鹿野郎だ!」
アークが再度、十六夜の頭を足で踏みつける。十六夜の顔面が地面に叩き付けられる。
「なら、証明してみろよ。俺が悪、お前が正義。俺が弱者。お前が強者。勝者が正義、敗者が悪。」
「……あぁ、証明してやるよ…………お前は、俺を怒らせたんだからなァ…………!!!」
十六夜の背中から紅蓮の翼が飛び出す。アークは飛び退く。ゆっくりと立ち上がった十六夜。後方に落ちていたレギとグングニルを取ると、アークを紅蓮の瞳で睨みつける。
「そうこなくてはな!さぁ、息子よ!これで終わりだ!」
「aaaaaaaaaaaaaaaaaaakuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu!!!!!!!!!」
十六夜の怒号が空気の塊となってアークの体をふっ飛ばす。あまりの衝撃に紅汰も軽くふ、っ飛ばされる。
「最後だッ!『我が憎悪、それは憤怒』!!!」
アークの背後に巨大な泥の塊が現れたかと思うと、それは巨大な波となって十六夜に襲い掛かった。十六夜は泥の波に向かって走る。それを見て嘲笑するアークだが、その笑みもすぐに消えた。十六夜の右手が波に触れた瞬間、泥の波は一瞬で形を崩し、地面に染み込んでいった。波の向こうから現れたのは真紅の鬼神。目、髪が紅蓮となり、両手に持つは美しく輝く孤高なる大剣と真紅の槍。紅汰は悟った。十六夜の『限界突破』があらゆる限界を超えてしまったために起きた暴走が、起きたのだと。
そしてそれはアークの敗北を示している。
「な、んだお前の…………その姿は……!?」
「aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaーーーーッ!!!!」
怒号と共に十六夜が消えた。一瞬でアークの前に現れると、顔面に蹴りを繰り出す。泥でガードするが、泥が十六夜の脚に触れた瞬間ただの泥となりその防御は無意味となり、十六夜の脚はアークを蹴り飛ばす。アークはふっ飛ばされ、バウンドするボールのように地面に叩き付けられる。泥で受身を取った瞬間、アークの目の前に紅蓮の鬼神が槍を突き出していた。泥でガードするが、槍に触れた瞬間泥はただの泥となった。槍が泥を切り裂いてアークの胸を貫く。血反吐を吐くアーク。十六夜の左腕が一閃。レギによってアークの四肢が切断された。さらに脚で空中に蹴り上げられる。飛び上がった十六夜の踵落としがアークの腹に叩き落される。地面が凹むほどの威力で叩き付けられる。一気に瀕死となったアーク。紅汰への攻撃も既に止まっている。十六夜が空中からレギをアークに向かって叩き落す。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーッ!!!?」
圧倒過ぎた。化け物だ。最強の魔術の部類に入る『我が憎悪、それは憤怒』が通用しない。
さらにあの身体能力。とても人間に出せるものではない。
これが、『天魔神拳』!!あらゆる攻撃、魔術、防御は天魔神拳の前では無力。
神でさえも聞いただけで震え上がる最強の神拳!まさかそれを目の前に立つ自分の息子が仕えるとは!こんな情報はなかった!あの天界の野郎共!!
しかし、いつまでたってもレギはアークの体を切断することはなかった。
刃が目の前で止まっていた。
「……何故、止めた。」
「…………お前を殺したら、皆が戻らないかと思った。皆を解放しろ、さもなきゃ殺す」
無言でアークは能力を操作して、地面から瀕死の修羅と刹那、死体となった忌羅を泥の沼から出す。しかし、不思議なことにLがいなかった。
「Lさんは何処だ。」
「し、知らない!何処を探してもいない!自力で『我が憎悪、それは憤怒』から脱出したとしか考えられない!ほ、本当だっ!」
「…………。」
十六夜はレギの刃を下ろす。そしてアークに背を向ける。
「俺の勝ちだ。俺が勝者、強者。お前が敗者、弱者。これで決まりだ。二度と俺達の目の前に姿を現すな、次は殺す。失せろ」
「…………。」
十六夜は走って瀕死の二人に駆け出した瞬間、アークの口元に笑みが浮かんだ。地面から泥が十六夜の心臓めがけて突き出される。
「甘かったなぁ!!弱者は貴様だぁぁぁぁぁぁ!!」
「風魔ッ!」
血が飛び散った。泥が十六夜の心臓を貫く。
しかし、その泥はすぐにただの泥となった。穴が空いた十六夜の胸が超高速で再生した
十六夜は振り向く、ゆっくりとアークに近付く。アークは恐怖のあまり泥で四肢を作ることを忘れ、泥で十六夜を攻撃する。しかしそれらは十六夜の周りにある不可視の壁に触れると瞬時に消滅した。十六夜はレギをグングニルを地面に突き刺すと、右拳を構えた。
「ば、化け物ォ……!」
「死ね。」
冷酷な一言と共に拳をアークの顔面目掛けて放った。凄まじい衝撃波と共にアークの体が消滅。跡形もなく消え去った。
こうして風魔十六夜の父親は死んだ。息子に殺され。
しかし、その息子は一度も父親のことを「父さん」と呼ばなかった。
彼は認めなかった。刹那な修羅、忌羅達があれほどまでに慕い、愛していた母親があんな下衆な男とは認めたくなかったからだ。
だから、殺した。それが間違っていたのか正しいのかは分からない。
ただ、これだけは言えた。十六夜は決して、決してアークを赦さない。
「…………終わったのか。」
紅汰が呟いたと同時に十六夜の体が地面に崩れ落ちた。現界したグングニルが彼の体をしっかりと受け止め、抱きしめた。
終わったのだ。
安心した十六夜の意識は深い眠りへと落ちていった。
「えぇ、確かに。確認しました。アークは死亡。皆さんほぼ瀕死状態ですが、なんとかなりました。……残念ながら、忌羅さんは手遅れでした。ですが、彼の魂は風魔さんに……えぇ。はい、では……頑張ってください。ウィルさん。」
妖怪の山の天狗の館の医務室で十六夜は目が覚めた。
隣で誰かが電話している声が聞こえた。
瞼を開けると、見えたのは木製の天井。
「おや、お目覚めですか。良いタイミングです。」
右側に視線を動かすと銀髪に白衣の青年、シーゼがそこに座っていた。片手には携帯電話が握られている。彼は携帯をしまうと、笑顔で十六夜に手を振った。
「僕が誰だか分かりますか?」
「…………邪神様」
十六夜の返答にシーゼは苦笑。
十六夜は起き上がる。どうやらベッドの上にいるらしい。
「確かにそうですが、此処ではシーゼ、と呼んでほしいですね」
「…………。」
「さてと、まず何から説明しましょうか。」
シーゼは思い出すように視線を右上へと動かす。
十六夜は自分の体を見る。全身包帯だらけで上半身は裸。下半身はいつも通りのズボンを穿いていた。
「あぁ、そうだ。第二次人妖戦争は終結しました。人間の敗北で」
「……何故、ですか?」
十六夜たちが倒したのはアーク一人だけであって人間と戦った覚えはまったくない。
「ある人がですね、外の人間たちを皆撃退してしまったんですよ。いくつかの血は流れましたが、まぁ第一次の時よりはマシでしょう。」
「…………刹那さんたちは。」
「彼女達は瀕死の重傷でしたけど僕の腕に掛かれば。右隣の病室で休んでいます。紅汰さんは瀕死、とまではいいませんがそれなりの怪我でして。彼は左の部屋で美しい少女に囲まれて寝ていますよ。」
良かった。みんな無事のようだ。
…………皆…………違う…………皆じゃない。
「忌羅、さんは……」
「…………残念ですが、流石の僕も死者の時間を巻き戻すことはできません。いえ、正確には可能ですが魂の離れた体は生命も宿りません…………出来るのは遺体の損傷を綺麗に戻すことぐらいです……申し訳ありません」
やはりだ。あのとき忌羅は自分を庇って死んだ。自分のせいで、忌羅は死んだ。
死んでしまったのだ。
「貴方のせいではありません。貴方や修羅さん、紅汰さんの記憶を見る限り忌羅さんは貴方を庇う前に既に死亡しています。」
「え…………?」
意味が分からない。
では何故忌羅は動いていたのだ。
「彼の強靭で気高い誇りと精神が、彼の体を出て行こうとする魂を抑えつけていたのです。生命とは魂が宿って成立するもの。魂のない者に生命は宿らない。忌羅さんは死んでいましたが、その精神で最後に貴方を守って死んだのです。そして最後に限界が来て彼は倒れ、魂は冥界へと向かった。そういったことは僕も初めてですよ、死者が己の魂が体から出て行くのを抑えつけるなんて。その点については彼に敬意を払いますね。」
忌羅が、死んでいたにもかかわらず自分を守るために頑張ってくれていた。
目尻に熱い液体が浮かぶ。
そこまでして自分を守ってくれた彼に魂の安らぎを……。
「泣くのは後ですよ。ここからが問題です。」
シーゼの表情が改まる。と、その時十六夜の腹部に圧力が掛かった。
シーゼとは逆方向に視線を向けると、自分の腹部を枕にウィシャツ姿の大人グングニルが寝ていた。しかしワイシャツは乱れ、ボタンも何個か外れ、豊満な胸がちらりと見えている。彼女の手は十六夜の手を握っている。
「あぁ、忘れていました。彼女は貴方がこの部屋に運ばれてから六日間ずっと看病をしていましたよ。面会は医者として許可出来ないのですが、つい乙女心という奴の気迫に負けてしまいました。」
「…………。」
グングニルの頬を撫でる。グングニルは嬉しそうに笑うと、十六夜のベッドの上に涎を垂らす。苦笑い。とそこでシーゼがマジックペンを差し出してきた。
流石に十六夜には後が怖く、ペンを受け取らない。
グングニルの頬をつねる。ぎゅーと伸びる彼女の顔を見て笑みがこぼれる。
「ふにゃ…………?」
頬をつねったせいか、グングニルが目覚めた。
まだ眠そうな彼女の視線はゆっくりと十六夜の顔を見た。
「おはよう。」
「……おはようございます。」
「グングニル、今日の晩飯はなんだ?」
「……ふぇぇと、スパゲッティです……」
「なんだか、学校の英会話みたいだな。」
グングニルが覚醒。目尻に涙を浮かばせ、十六夜に抱きつく。
「ま、マスター!マスターが起きた!」
あまりに強い力に抱きしめられ、体がきしむ。
痛い。
「さてと、グングニルさんもお目覚めのようなで本題に入らせていただきます。」
シーゼの言葉でグングニルは人前で抱きつくという行為を自覚したのか顔が真っ赤になる。
「風魔さん、貴方はあと一回でも能力を使用した場合、死にます」
「え…………?」
天界 ウィルの家
「目覚めた巨人達は恵みの賢者と風の如き者で討伐。第二次人妖戦争は阿修羅の手によって人間達が撤退。妖怪側の勝利。妖怪代表天魔は人間政府に対して損害賠償を求める、か。」
ウィルはシーゼによって伝えられた結果を呟く。
「順調か?」
椅子に座って緑茶を飲むL。
「あぁ、あと少しだ。あと少しで真実にたどり着ける。そして真実は事実となる……!」
数え切れないほどに待ちきれた。あの時から、自分はこの時のために生きていたと。
「充分な証拠も得た。彼を追い詰めるだけの充分な証拠をね。」
「そうか、ついにここまで来たんだな。俺達」
「あぁ。あとは…………彼ら次第だ。」
そう言ったウィルの手元の携帯電話が着信音を発した。相手は『風魔十六夜』
妖怪の山 天狗の館。
「では、僕はここで失礼します。よく考えてくださいね。」
椅子から立ち上がり、シーゼは二人に一礼する。礼を返すと、シーゼは病室の扉に手を掛けた。そこで何かを思い出したのか、振り向かず言う。
「あぁ、最後に一つ。人間をやめてしまえば、全て片付きますよ。お大事に。」
意味がよく分からない言葉と共にシーゼは十六夜の病室から出て行った。
シーゼの話は簡単だった。しかし、それは残酷で衝撃だった。
あそこまで無理して暴れまわった結末がこれなのだ。自虐の笑みがこぼれそうだ。
「マスター…………。」
十六夜の心境を悟ったのかグングニルが肩を寄せる。安心させるために十六夜は彼女の頭を撫でる。
「困ったなぁ……でも、仕方ないよなぁ……」
「…………。」
無言のグングニル。
無言の十六夜。
それが十分ほど続いた。
十分経ってようやく十六夜が口を開く。
「なぁ、グングニル。」
「はい。」
グングニルの肩に両手を掛け、彼女の顔を見つめる。とても美しい大人びた彼女の美貌。
「お前はさ、俺とずっと離れていても俺のこと好きか?」
「もちろんですよ。私はマスターが大好きです。この想いはたとえ何千年も離ればなれになっても消えることはありません。」
「そう、か……。」
分かりきっていたことだ。
しかし、十六夜が出した結論は彼女にはとても残酷。
その結論は十六夜の性格上決して言いたくない。しかし、自分の性格や誇りよりも大切なのはグングニルだ。
「なぁ……グングニル。」
「はい。」
言葉を紡ぐだけなのに心臓がバクバクと振動する。まさかこんな歳でこんなことを言うとは思わなかった。しかし、言わなければならない。
乾いた唇を舌で濡らし、言葉を発する……と思ったのだが、そこで肝心なことを思い出した。グングニルにちょっと待てといい、机の上にあった自分の携帯電話を掴んで電話する。
相手は『ウィル』
数秒経ってからウィルが電話に出た。
グングニルには聞こえないように小さな声で話す。
「やぁ。君か、なんとか生き延びたようだね。おめでとう。」
「ウィルさん。シーゼさんから俺のことは聞いていますね?」
「うん、聞いているよ。残念ながら僕でも治せないよ?」
「いいえ。貴方にお願いしたいことがあります。」
「何かな?出来る範囲で頼むよ。」
「では…………」
十六夜はウィルに頼みごとを言った。
電話の向こうから二重の爆笑が響く。ウィルとは別に誰かの爆笑も聞こえた。
「「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」」
「わ、笑い事じゃありませんよっ!俺は本気ですよ!」
「いやぁ、ごめんごめん。つい。でも、そのぐらいならお任せあれ。」
「すいません。お忙しい中。」
「いいよ、君たちには大きな恩があるからさ。」
「?」
「いや、君には分からないだろうけどさ。そのうち分かるよ。じゃあね。」
一方的に切られた。しかし、十六夜の左手に確かな感触があった。握っていた手を開くと、そこにはそれがあった。流石に速い。
携帯を閉じて、机の上に置く。
今度こそ。十六夜はグングニルを見つめる。
「グングニル。」
「は、はいっ……」
改まった十六夜の声にグングニルの表情も引き締まる。
そして一つ一つの言葉を慎重に紡いだ。
「俺と結婚してくれ。」
言葉と同時に左手に握っていたものをグングニルへと差し出す。
グングニルの目から涙が流れた。涙は頬を伝ってベッドの上に落ちる。
十六夜の左手にあるものは、緑色の輝きを放つ宝玉とそれが設置された黄金の指輪。
グングニルへの結婚指輪だった。ウィルに頼んで即席で作ってもらった。
「……私で、いいんですか……ぁ……?」
「良いに決まってる。こんなにも俺のことが好きなお前しかいない。受け取ってくれ。」
もう一度、言葉を紡ぐ。
「俺と、結婚してくれ。」
「…………はいっ。」
グングニルが頷き、ゆっくりと右手を差し出す。十六夜はその指輪を摘むとゆっくりと彼女の右手薬指に嵌めた。グングニルが十六夜の胸に顔を埋める。小さな嗚咽が聞こえた。
「グングニル…………」
「分かっています…………分かってますよぉ……でも、大丈夫。大丈夫です。」
彼女の頭を撫でる。彼女も分かっていたのだ。十六夜が受け入れるべき運命が。
ただ、残酷すぎた。
グングニルの両肩を掴む。その瞳を見つめる。
「ただ、俺もお前のことはいくら時が経とうが愛してる。これだけは確かだ。」
グングニルの体をベッドに押し倒すようにして、十六夜は彼女と唇を重ねようと顔を近づけた。
「十六夜!!!怪我は、大丈夫…………か……?」
病室の扉を開けて、刹那が入ってきた。
そこには、十六夜が上半身裸で服装が乱れているグングニルをベッドに押し倒している…………光景があった。
刹那が固まった。あとから入ってきた修羅も、その光景を見ると苦笑し、完全に固まった刹那を引っ張って出て行った。扉が閉められる。
「………………。」
「………………。」
グングニルと二人で見詰め合う。今度こそ、と顔を再接近させた。
「風魔!!皆でおみ……ま……い……に…………。」
今度は扉を開けて紅汰、ルーシャ、藍、グラム、ネロが入ってきた。
そして十六夜がグングニルを押し倒している光景を目撃した。
ネロは唖然とし、刹那同様魂が抜けたように固まる。グラムは状況を理解したのか、十六夜に向けて親指を立てる。藍は携帯で写真を撮っている。ルーシャは顔を真っ赤にしてその光景を眺めている。紅汰は、数秒固まるとハッとなった。
「わ、悪いっ!邪魔した!俺たちは何も見てないぜ!見てないぜ!」
紅汰とグラムは女性陣を引っ張ると、病室から出て行った。扉が閉められる。
「……………………。」
「……………………。」
数秒の沈黙のうち、再びグングニルに向き直る。二度も見られたためか、彼女の顔は赤く染まっていた。今度こそ、と顔を接近させた。
「………………。」
誰かに見られている、と感じた十六夜は机の上にあったペンを掴み扉の僅かな隙間に向かって投げた。回転を描き、ペンは扉の隙間に吸い込まれていきそれに命中した。
「いたっ!?」
紅汰の声が聞こえた。ついでに他の声も聞こえる。おそらく皆で覗いているのだろう。
ため息を吐いて、グングニルに向き直ると、彼女と唇が重なった。
そこから先の記憶はなかった。
天界
「L、そろそろ時間だ。」
「おう、もうそんな時間か。」
二人は肩を並べて空を見上げた。
「さぁ、行こうか。」
指を鳴らすとウィルとLの姿が消えた。
そろそろ、ですね。
今回もご視聴ありがとうございました。
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